アクリテス2
マルティンは戦闘を開始する前に、どうしても確認しておきたいことがあった。
「カールはどうした?」
「カールだと? ああ、1人で挑んできた中年のことだな? 返り討ちにしてやったぞ! 当然のことだ!」
指揮官は胸を張って自慢気に答えた。
マルティンは無表情だった。悲哀、憎悪、諦観といった様々な感情が彼の内側を流れて、こういう時はどういう表情が相応しいのか、全く見当がつかなかった。
ただ、身体は正直だった。その意味で、溢れる感情の中で一際大きかったのは、『憎悪』だった。
マルティンは無意識のうちに、〈アクリテス〉を振り上げざまに一足飛びに指揮官との距離を詰め、迷いなく指揮官の頭上に〈アクリテス〉を振り下ろしていた。
巨剣が指揮官の兜を割り、喉を裂き、胸まで両断した。同時に吹き上がる大量の血飛沫。
赤い血が降りかかるのを構いもせず、マルティンは指揮官の身体に蹴りを入れて〈アクリテス〉を引き戻す。指揮官の死体は支えを失ったように地面に倒れ込んだ。
それを目の当たりにした騎士達に動揺が走る。
マルティンが王族でありながら剣の使い手でもある、という情報は騎士達にももたらされていた。だが、巨剣を振り回し、一撃の元に指揮官を葬り去るとまでは考えていなかったのだ。
騎士達は、肉を焼くような匂いが鼻をつくのに気がついた。
匂いの元を辿れば、指揮官の死体が、赤い炎に包まれて燃え盛っていた。
「なんと言うことをっ! マルティン・アル・クヴァルティス!」
副指揮官らしい騎士が怒りも露わに叫ぶ。遺体の必要以上の損壊は騎士道精神に反する行為である。指揮官の死体が燃えているのをマルティンが何かした所為と判じての糾弾だった。
それに対して、マルティンは「知らん」と平然と言い返した。しかし、それに加えて、「だが、考えるにこの剣の所為なのだろう。これは炎の魔剣だからな」と〈炎剣アクリテス〉を掲げてみせた。
それを、副指揮官は鼻で笑う。
「魔剣だと? そんなものこの世にあるはずがない! 火種でも持っているに違いない! そんな小癪な技、2度も通じるとは思わんことだ! 者共、かかれ!」
号令と共に、騎士のめいめいが剣を構えてマルティンに対峙する。
魔剣と聞いて気後れする者は1人としていない。
この時代、魔剣だけでなく、魔術、魔女、魔物など、およそ『魔』と付く存在はおとぎ話の中だけにしか存在しないとされていた。
ゆえに副指揮官が〈アクリテス〉を侮ったとしても不思議なことではない。
だが、この世界に『魔』は間違いなく存在する。騎士達はこの後、それを身を以て痛感することになった。
クリートも剣を抜き、マルティンの背後を守るように立った。
2人にとって不幸中の幸いだったのは、敵が騎士で構成されていたことだ。
騎士は、騎士道精神を大事にすることから、このような状況下では一斉に攻撃を仕掛けてくるようなことはない。おそらくは1人また2人が同時にマルティンたちを攻める動きをするはずだ。
マルティンの真正面に対峙していた騎士が、足を浮かせ、一歩前へ踏み込む。
その動きをマルティンは見逃さない。獣のような俊敏さでその騎士に近づくと、〈アクリテス〉を敵の頭めがけて振り下ろす。
標的になった騎士は左腕に携えた盾でそれを防ごうとする。しかし、巨剣が当たった瞬間、騎士の盾は粉々に砕け散る。
それだけに留まらず、巨剣は威力を減じつつも騎士の左腕を斬り飛ばした。
騎士はたまらず絶叫を上げる。
マルティンは〈アクリテス〉を引き戻すと、間髪入れずに騎士の胴を目がけて一文字に薙いだ。
痛みに気が遠のいていた騎士は、それに対応できない。
〈アクリテス〉の刃は騎士を斬り裂き、その胴を真っ二つにした。
跳ねるように宙へ飛び上がった上半身は、その切断面から血が流れ出るのではなく赤い炎が噴き出し、全体が炎に包まれながら落下していく。一方の下半身も燃え上がりながら地面に崩れ落ちた。
両断された騎士の兜の下には、驚愕と恐怖が張り付いていたが、それを見ることができた者はいなかった。
もはや、疑う余地はない。
マルティンの巨剣は、『斬った対象を燃やす』。
戦慄が、場を覆う。
騎士達は、怪異を目の当たりにしたのだ。
なぜ、王族が怪異の剣を所持しているのか。それが判るものは騎士たちの中にはいない。判っているのは、逃亡した王族の男を捕らえるだけの簡単な仕事が、命がけの仕事に化けたと言うことだ。
副指揮官は、ここに至って、応分の犠牲を覚悟した。彼はまだ、マルティンの〈アクリテス〉が魔剣だとは信じていなかったが、理由はどうあれ『剣に触れれば燃やされてしまう』ことには違いない。そして、それにも増して危険なのはマルティンが示した剣技。巨剣をまるで普通の剣のように軽々と振り回す技と力は、侮って良いものではない。
「『方陣の包囲』を組め! これより、敵を殲滅する!」
本気になった副指揮官が宣言するように指示を出す。
「Jawohl!」という声がそれに答えた。




