アクリテス
掴んだ、と思った瞬間、杖が燃え上がり、一気に全体を包んでいく。
「マルティン様!」
駆けより、炎からマルティンを遠ざけようとするクリート。
『離すな!』
老人の声が強制力を持ってマルティンの耳に響く。
マルティンは、それに従い、杖を手放さなかった。
「マルティン様、大丈夫なのですか?」
「ああ、不思議と熱くない」
「そんなことが……」
クリートは、不思議な物を見るように杖から転じた炎を眺めた。
炎は、マルティンの握る位置を起点に、天へと伸びていき、マルティンの身長の2倍程度の長さで止まった。
そして、炎が消失すると、現れたのは……。
「これは!」
マルティンが握っていたのは、クレイモアと呼ばれる種類の大剣だった。長く、太く、馬上の敵ですら叩き切ることが出来る剣。もちろん、それ相応の膂力を必要とし、使い手を選ぶ。
だが、マルティンには経験があった。しかも、普通の剣より相性が良いと思っていた。
『それの名は〈アクリテス〉と言う。今は〈炎剣アクリテス〉と呼ぶべきじゃろう。さて、これで儂の務めは終わりじゃ』
「待ってくれ、ご老人! なぜ、俺にこれを託すのだ?」
『それは、いずれ判る。〈アクリテス〉がお主を導くじゃろう。そんなことより今は、成すべきことがあるのではないか?』
その通りだった。
これで追っ手を迎撃出来る。神々が味方してくれていれば、カールを助けることも出来るかも知れない。
「礼を言う、ご老人。名を伺おう」
『本当の名を〈リィ・マグヌス〉と言う。じゃが、覚えてくれなくてよろしい。去る者の名じゃ』
「リィ殿、感謝する」
マルティンはそれだけを言うと、元来た道を戻り始めた。
クリートもそれに従った。
『これで、本当に終わりじゃ。皆が良き世界を作り上げるよう、心から願っておるぞ』
感慨深げに呟いたと思うと、老人は元の光に姿を戻した。
そして、光はいくつもの光へと別れて天へと昇っていく。
後には、何も残らなかった。
マルティンとクリートは、それまでの逃亡行とは比べものにならない程の速さで原始の森を駆けた。
「間に合ってくれ!」
カールと別れてから30分は経過している。たった1人が数十人を敵に回して、生き延びることが出来る時間ではない。しかし、マルティンはカールの無事を祈らずにはいられなかった。
それまでのマルティンは自分の不甲斐なさに落ち込むことしかできなかったが、今は違う。
剣がある。戦う術がある。それを実感できるだけで、意志が、力が、自然と溢れてくる。そして今は、その溢れるものを敵に叩きつけることに集中すれば良い。他の感情は不要だ。
マルティンたちは、軽鎧に身を包む騎士の集団が列を成して行軍する、その前面に躍り出た。
「貴様、マルティン・アル・クヴァルティスではないか!」と、指揮官とおぼしき男が指さしながら叫んだ。「捕らえろっ! それが出来なければ、殺しても構わんっ!」
命令と同時に騎士達は剣を抜き、マルティンとクリートを囲もうと動き始める。
マルティンは、背中に担いでいた〈アクリテス〉の柄を取り、一気に上段から振り抜いた。
巨剣と言っても良いほどの〈アクリテス〉を軽々と振るう様は、騎士達に用心を植え付けるのに十分だった。
騎士達はそれまでと違って警戒を強くして、遠巻きに〈アクリテス〉の攻撃範囲から距離を置いて2人を取り囲もうとする。




