怪異
ゆえにクリートは、今度は自分の番だと理解した。マルティンを生かすための盾として。
父は人間が相手だったが、自分は怪異。
しかし、成すべきことは変わらない。
クリートは腰の剣を抜き、マルティンの前へ出た。
光は何かを探しているかのように右往左往していたが、突然動きを止める。そして、再び動き始めたと思ったときには、すでにマルティン達の目の前に出現していた。
「怪異め! マルティン様には指1本触れさせぬ!」
裂帛の気合とともに、クリートは剣を光に向けて突き刺した。しかし、その剣先は、空を切っただけだった。勢い余ったクリートは体勢を崩す。マルティンがそれを辛うじて後ろから支えた。
光に実体はないようだった。
「マルティン様、お逃げください!」
クリートは光を前にしてマルティンを庇うように立ちはだかった。
『ようやく、見つけた。マルティン・アル・クヴァルティスだな』
「喋った?」とクリート。
その声は確かに、光の方向から聞こえた。
『ああ、すまぬ。まだ慣れておらぬのでな』
と、声がしたと思うと、光が形を変えていく。やがて現れたのは、光の中に浮かぶ老人だった。と言っても陰影でそれと判るだけで、物理的に実在している訳ではない。
『ふむ、最期の記憶が強すぎるか』
光の老人は自分を観察しながらつぶやく。長い髭を蓄えたその姿はドミナス・カヴァリエリ、すなわちレーイの師のものだった。だが、マルティンたちはそんな事実を知るよしもない。
「怪異が、我らに何用か?」とクリート。
『儂は怪異などではない』
クリートは『怪異でなければ、その姿は何なのだ?』と言ってやりたかったが、とりあえず抑えることにした。
実体がなく、光に包まれた老人など、怪しい以外の何物でもないが、老人が持つ雰囲気は友好的である。警戒を解くことはしないが、話を聞くくらいは大丈夫だろうと判断した。
というよりむしろ、この光の老人がなにがしかの打開策をもたらしてくれるのではないか、とさえ思えた。切羽詰まった者が藁にも縋る気持ちなのと同じなのかも知れないが、それでも構うまいとクリートは考えた。
クリートが視線をマルティンに移すと、マルティンも同じ考えのようだった。
『そんなことより、そなた。マルティン・アル・クヴァルティスで相違ないな?』
老人はマルティンを見ながら確認する。
「いかにも。俺がマルティン・アル・クヴァルティスだ」
光の老人は満足げに頷く。
『儂は譲り渡す物があってそなたに会いに来たのだ』
「承ろう」とマルティンは簡潔に答える。
『譲り渡す物』が何かは不明だが、この状況を打開するための役には立つ。なぜか、マルティンは、そう確信を持っていた。
『うむ』
光の老人が手を前の方に伸ばす。すると、次の瞬間、木製の杖がその手に握られていた。
『これを、そなたに』
「……」
マルティンは絶句してそれに応じた。
『どうした? 受け取らぬのか?』
沈黙を続けるマルティンの代わりに、クリートが思うところを告げる。
「ご老人、ご厚意はありがたいが、今、マルティン様に必要な物は杖ではないと思います」
『そうであろうな』
「でしたら、なぜ?」
『まずは手に取れ、マルティン・アル・クヴァルティスよ』
「巫山戯ないで欲しい、ご老人! その木の杖で、敵を撲殺して回れ、と言いたいのか!」
馬鹿にされたと思ったマルティンは、怒りを隠そうともせずに食ってかかる。
『せっかちなのは若者の特権じゃが、今は収めるが良かろうぞ? 杖に見えるこれは、所有者によって形を変える。その者に相応しい形にな』
「剣が欲しいと言えば、剣に変わるのか?」
しかし、木の剣では役に立たない。
『手に取れば、判る。さあ!』
老人が真剣に言っているのは、マルティンにも伝わっていた。ゆえに、マルティンは騙されたと思って、木製の杖に手を伸ばす。




