逃亡者2
「儂が残る。クリートはマルティン様をお守りして先に行け」
カールは、腰に佩いた剣をすらりと抜き放ち、元来た道を戻り始める。
「父上!」
「カール!」
カールは振り向き、僅かに微笑んだ。
「生き延びなされ、王子。そして、いつの日か、クヴァルティスを正しき道へと導いてくだされ」
カールはそれだけを言うと、後方の集団に向かって走り出した。
「カール……」
マルティンは、小さく呼びかけた後、唇を強く噛んだ。その口の端からは血が流れ出た。
「行きましょう、マルティン様」
「だが……」
と答えつつ、マルティンは頭では判っていた。ここは、カールを犠牲にしてでも逃げ延びなければならないのだと。
マルティンは歩き出す。それにクリートが付き従う。
後方から怒声と剣戟の音が響いてくる。鳥すら鳴かない最奥の森の中では、その音はまるですぐ近くの出来事のように思える。
少し進んで、マルティンは立ち止まった。
「マルティン様?」
「このまま忠臣を盾に生き延びることが、本当に王たる者のするべきことか?」
口から絞り出すような声だった。
「そうです」
間髪入れずにクリートが答えた。「あなたが今、成すべきことは、生き延びることです。何を犠牲にしてでも!」
「しかしっ!」
マルティンは振り返る。その顔には迷いがある。
戦いはまだ続いているようだった。たった1人残ったカールが、複数の騎士を相手に善戦しているようだった。
「まずは父が! それでも足りなければ私が! あなたの盾となる! あなたはそれを甘受せねばならぬお立場なのだ!」
マルティンは言葉を失った。クリートの覚悟の程を見たからだ。
「さあ、今の内に距離を稼ぎましょう!」
クリートがマルティンの背中を押す。しかし、マルティンは歩き出そうとしない。クリートの言い分はもっともなところだが、一方でマルティン自身の考えも間違っているとは思えなかった。
忠臣を見殺しにして生き延びることに意義はあるのか?
己に、命を賭して守ってもらう程の価値があるのか?
「マルティン様! 父の思いを無駄にしないでください!」
クリートのその声は悲痛に満ちている。それはそうだろう、いくら主君のためとは言え、己の父が死に逝くのを助けもせず、立ち去ろうというのだから。
マルティンは大きく目を見開き、それから目を閉じた。
カールの思いと、クリートの思い。2人の忠実な臣下はマルティンに生き延びることを求めている。それを無碍にすることなど、マルティンには出来なかった。
「判った」
マルティンは走りだした。
まるで、何かと決別するかのように、しっかりとした足取りだった。
マルティンとクリートが森の中を駆けていると、前方に光が現れた。
「マルティン様」
クリートの呼びかけでマルティンは立ち止まる。
そのまま様子を窺う。
光は、あちらに移ったと思うとこちらを照らすといった具合に、物凄いスピードで移動しながらマルティン達に近づいてくる。
人間に出来る動きではない。かと言って、野生の動物の中で光りながら移動するようなものは居ないはず。
そうなると、なにがしかの怪異、と考えるべきだった。
『セーネイアの森』には、人間とも、野獣とも違う存在が住んでいて、森に入り込む人間を襲い、殺す。おとぎ話ではない実話として、そんな話が大昔からある。それゆえ、セーネイアに立ち入る人間(主に商人)は怪異を警戒し、護衛を雇うのが常だった。
それでも2〜3年に一度は、商隊が襲われ、最悪の場合、全滅すると言われている。
それに出くわしたのだと、マルティンもクリートも判断した。




