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逃亡者

彼ら3人は鬱蒼とした森を踏破しなければならなかった。

軽装ではあるが、織りの良いマントに身を包み、さらにはその仕草などから、高位の立場にある人物たちであると知れる。

複雑に絡み合った樹の根と藪と雑草に足を取られながら、彼らは懸命に先を急ぐ。

乗っていた騎馬は、長距離を走る内に乗り潰してしまっている。いや、もし乗っていたとしても、この森の中ではかえって邪魔になっていただろう。


ここは大陸で最も大きく最も深い、『セーネイアの昏い森』。

しかも街道から外れた、人界から隔絶された原生林の只中だった。

にもかかわらず、彼ら3人以外にも人の気配はあった。しかも大勢。こちらの集団は金属が擦れ合う甲高い音をいくつも鳴らしながら、3人の後方を走っている。

彼らは鎧兜に身を包んだ、騎士たちだった。

その前方を行く3人は、後方から追いすがる大勢の騎士の動向が気がかりな様子で、何度も後ろを振り返りながら歩を進める。

逃亡者と追跡者。

この2つの集団に名を付けるとすれば、そういうことになる。

だが、逃亡者側としては、そのように呼称されるのは甚だ心外だっただろう。

何しろ、3人は犯罪を犯してはいないのだから。

それなのに罪を着せられ、いまは逃げるしかない状況に追い込まれたのだ。

この3人のうち、黒髪を短く刈り上げた青年が主人で、残る2人はこの青年の配下の者だった。

青年の名は、

『マルティン・アル・クヴァルティス』

と言った。その名が示すとおり、大陸南西に位置するクヴァルティス国の王族に連なる者である。

3人は、しばらく一心不乱に歩き続けたが、ふと、配下の内の若い方が振り返り、様子を窺う。「どうした、クリート?」

もう1人の年配の配下の男が問う。

「父上、どうやら追いつかれたようです」

父上と呼ばれた配下の男は、立ち止まり、近くを蠢く敵の動きを目と耳で探った。そして眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべる。

彼、カール・ナクティスが出した結論は、その息子クリート・ナクティスと同じだった。

「どうしますか?」

クリートは父親に判断を仰ぐ。

その様子を、主君であるはずのマルティンは、ただ見守るだけだった。

本来なら、クリートは主君であるマルティンに判断を仰ぐべきところなのだ。なのに、クリートはそれをしなかった。そして、マルティンはそれを咎めようとはしなかった。

言い方を変えれば、臣下であるクリートは主君を蔑ろにし、主君たるマルティンは、そんな臣下を罰しようとしない。

一般的には、主従関係が崩壊しているとも解釈できるのだが、この2人に限っていえば、そうではなかった。

これにはいくつかの理由がある。

1つには『今のマルティンに判断を求めるのは無理がある』とクリートが考えていることである。今のマルティンには、とある理由から、感情を整理し、考えをまとめるための精神的、時間的余裕が必要だった。それを捻出するためにも、クリートは配下の者だけでできることは配下の者だけで対処し、主君に要らぬ負荷をかけないように心がけているのだ。

一方のマルティンは、何も言われずとも、そんなクリートの考えを理解していた。マルティンがクリートの越権的な言動を咎めなかったのはそれが理由である。

さらに言えば、このような言葉に依らないやりとりは、幼い頃から共に育ってきた2人だからこそ出来ていると言える。

つまり、主従関係が崩壊しているどころかむしろ逆で、この2人はお互いを思いやれる固い絆で結ばれていると言って良かった。

だが、理解できることと納得できることは別であり、マルティンにとっては、クリートの気遣いも忸怩たる思いに繋がる理由になっていた。


マルティンは、一度はクヴァルティスの王座を望んだ身である。そして一時、それを掴みかけた。なのに、築き上げたすべてが、あっという間に崩れ去った。

たった1人の男の所為で、だ。

そして今剣すら手元にないまま、忠臣2人に守られて落ち延びている。

マルティンの心中には、後悔と情けなさと、あの男への憤怒が渦巻いていた。その一方、それらの負の感情を整理しなければならないという焦り。自分は、自分を守ってくれているこの2人の主君であるという誇りと自負が、かろうじてマルティンを自暴自棄から遠ざけていた。

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