雷光(フルグル)4
「ふむ、主人の使う魔術は便利じゃの」
飄々とした風さえ感じられるイグニクルスの声。
「全くです。もし、レーイ様がいらっしゃらなかったら、エライアス殿は亡くなられていたでしょうね」とアレーナ。
死んでいたかもしれないエライアスは状況が判らず、半壊したドアの向こうできょとんとしている。フルグルの雷をレーイの闇が飲み込んだのだ。正確に言うと、落雷という事象を曖昧化してその特質を消極化した。
「なんで死なない⁈ 死ねよ! 殺されろよ!」と絶叫したかと思いきや、フルグルはぱたりと悪態を止めて、「……いや、いいか。死なないでくれてもいい。その方が都合、良いかも。代わりに、このむかむかが消えるまでつきあってよね!」
再び、大きな落雷がレーイ達を襲う。しかし、それはレーイ達に直撃する前にかき消えた。
「いいよ、いいよ、いいよ! そうでなくちゃ、消えない。ぼくのむかつきは消えないんだ!」
落雷が館の屋根を穿ち、レーイ達の居る部屋の床を穿ち、1階をも貫通していく。それが幾条も現れては消える。時折、レーイ達の頭の上で光が膨張して消える。
「おお!」
エライアスは、精霊が行使する光の技に目を奪われていた。
上から下へと、次々に走る抜けていく閃光。
その度に、視界には光が溢れる。
恐怖という感情と背中合わせの光景。
一種の荘厳さすら感じさせる。
しかし、それは、エライアスが感じる錯覚でしかない。
その場に満ちているものは焦燥と憎悪でしかないのだから。
レーイは、自分を含む4人に被害後が及ぶ場合のみ、落雷を曖昧化して取り込んでいた。
フルグルの攻撃はあまりにも無駄が多く、誰もいない場所であってもところ構わず雷を落としていく。レーイ達は無傷だったが、館は天井から床までが穴だらけという有様に変わっていった。
当然の帰結として、レーイ達とフルグルの間の床板に亀裂が入ったと思うと、瞬く間に崩壊して1階に落下していった。
さらに壁に亀裂が入る。館そのものが崩れる兆し。
それを確認したイグニクルスは、
「このままでは危険じゃ」
とレーイを促す。
「逃げよう」とレーイが答える。
「御意」
「仰せのままに」
2人の精霊は異を唱えることもなくれいをとる。
実際のところ、イグニクルスの能力を以てすれば、この館を炎で焼き尽くすことなど造作も無かった。
だが、レーイは、それらの方策を選択しなかった。
理由のひとつはエライアスの存在である。館を炎で消失させたりすれば、一瞬とは言えエライアスは炎に包まれる。それでは命の保証がない。
アレーナがレーイを抱きかかえる。
「エライアス殿は老人に抱えられるのと、一人で飛び降りるのと、どちらがお好みかな?」
切羽詰まった状況下でも、イグニクルスには余裕が見てとれる。
「ある意味、究極の選択ですね」
老人ほどの余裕は無いエライアスは、苦笑いして答えたが、すぐに、
「自分で飛び降ります」
と返答した。
「うむ、男子たるもの、そうでなければな!」
満足げに頷いたイグニクルスは、「先に参りますぞ」と言って窓から飛び降りていく。その行動の俊敏さは、とても老人のものとは思えない。ちなみに、彼が先行したのは飛び降りた先の状態を確認し、危険を取り去るためであって、先に逃げた訳ではない。
「エライアス、先に行ってくれ」
アレーナに抱えられたレーイが告げる。
2階から飛び降りる程度、どうと言うことはない、はず。確かに、着地が不味ければ捻挫や、最悪骨折することもありうるが、かといって今は躊躇していている状況でもない。
エライアスは覚悟を決めて、イグニクルスが使った窓から飛び降りた。
その後ろで、
「おーい、どこに行くんだよ? 付き合ってくれる約束だよね?」というフルグルの声が聞こえた。続いてレーイを抱えたアレーナが飛び降り、地面に着地する。
その間もフルグルの落雷は継続している。
アレーナがレーイを地面に立たせるのとほぼ同時に館が音を立てて倒壊した。
フルグルはーー避難したようには見えなかった。つまり、瓦礫と化した館の中に取り残されていると考えられた。どれほどの傷を負ったのかも定かではない。
「未だ活動継続中じゃの」
呆れたようにイグニクルスが報告する。
すると、瓦礫の一部が音を立てて崩れ、そこから姿を現したのはフルグルだった。
血を流す様子も骨折した様子も見えない。だが、なにかしらのダメージがあるのか、フルグルの歩行はふらふらとしていて足元が覚束ない。
「やはり、身体に限界が来ているようじゃな」とイグニクルス。彼の言う『限界』とは、受けた傷による活動限界ではなく、精霊としての存在限界のようなものだった。フルグルはレーイ達と会ってからずっとソファに座っていた。それは、動かなかったのではなく、動けなかったのである。
「それでしたら、『闇の癒し』で……」とアレーナが提案する。




