闇魔術(アルス・カリゴニス)
「さて、レーイ。これからの予定は何かあるかい?」
「当座は、戦いに向けて力を付ける以外には特にはないな」
「力を付けるというと、何か魔術に磨きをかけるようなことかい?」
レーイは「いいや」と首を振る。「私が行使する魔術は『闇魔術』と言うのだが、これは既に修めている」
「ほう……。その『闇魔術』というのは、どんな魔術なんだい?」
「一言で言って、『闇を扱う魔術』だ」
「もう少し詳しく」
「大きくは『闇』そのものを扱う述と、間接的な術とがある。間接的なものは『概念魔術』と言う」
「概念?」
「そうだ。『闇』という事象を概念化することによって得られる事象を行使する」
「『闇』の概念とは?」
「『曖昧』。もしくは『曖昧化』」
「ほほう、なかなか哲学的だね。だが、『曖昧を行使する』と言うのは、よく判らない」
「確固とした事物を曖昧にすると言うことだ。存在然り、定義然り」
「存在を曖昧にする……。それは、例えば人間を消すというのとは違う?」
「『消去』とは違う。あくまで、事物を形作る様々なものをあやふやにするということだ」
「具体的には?」
「そうだな……」
少し考えた上で、レーイはテーブルの上のコップに手で触れる。途端にコップが消えた。
「今、コップが『消えた』ように見えていると思うが、実際にはそうではない。だが、現状ではコップは存在しているとも言えるが、存在していないとも言える状態にある。人間の眼は存在している物しか視えないから、そんな曖昧な物を視ることは出来ない」
「『隠れている』というのとも違うということか」
「無論、違う。在るようで無い。無いようで在る。そんな状態だ。これを闇魔術では『闇に溶かす』と言う」
「闇に溶かす……」
エライアスは鸚鵡返しに返した。心ここにあらずといった様子で物思いにふける。
「これを生き物に応用すると、こうなる」とレーイは告げて、「アレーナ」と呼びかける。すると、レーイの傍らに、忽然と若い女性が姿を現した。
「ここに居ります」とアレーナ。
これにはエライアスも椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。
「アレーナは、普段は『闇に溶けている』が、名を呼ぶことで『闇から分かれる』。……ありがとう、アレーナ。戻ってくれ」
「御意」
アレーナは軽く会釈したかと見えた次の瞬間には、存在が消えていた。
「これが闇魔術の一端だ」
「うーむ」
エライアスは唸った。魔術を見た興奮もさることながら、『闇魔術』の難解さに頭を悩ませていた。




