フィリス
「はいはい、話が決まったのなら、宿代をいただきましょうか? どうせ、泊まるのでしょう?」
と、若い女の声が割って入る。レーイ以外には聞き慣れた声だった。
レーイがその声の方へ目を向けると、ストレートの銀髪を腰まで伸ばした女が、籠を片手に立っていた。アルビノかと思わせるほど白い肌だが、そうではない。目は蒼いし、唇は紅い。整った顔立ちに浮かべる凜とした表情、銀の髪と白い肌が相まって、一種の近づきがたい雰囲気を作り出している。
ただ、『宿屋の華』と呼ぶには、少々、高尚過ぎる華と言えた。その意味では、町の宿屋の女主人という仕事は、彼女には似つかわしくないとも言える。逆に、もっと高い立場の、例えば貴族の令嬢と言われれば、誰もが納得するだろう。
実際、彼女にはそう言う噂もある。その所為か、彼女に言い寄ろうとする男はそれほど多くない。
「フィリス、またしばらく世話になるよ」とエライアス。
その言葉で、レーイもその女性が何者であるか、知ることが出来た。
この宿とレストランの女主人。ケルスの雇い主。
「女主人殿、私はレーイと言う。しばらくご厄介になりたい」
「先立つものがあれば、いくらでも?」
フィリスは籠をカウンターに置きながら素っ気なく答える。
「取りあえず、一週間」
レーイはそう応じながら、財布代わりの袋から金貨を1枚取り出して見せた。
フィリスは一瞬、目を大きく見開いたが、すぐに元の表情に戻り、
「金貨なら、朝食付きで一ヶ月は泊まれるわよ」
と答えた。
「それなら、それで良い」
「まいど」とフィリスは金貨を受け取り、「ケルス、部屋を用意してあげて。上等な場所で」と指示を出す。
「判った」と、簡潔にケルスが応じた。
翌朝。
レーイが部屋を出て1階のレストランに出向くと、「おはよう!」と元気な声がかかる。レーイがその方を見てみれば、それはエライアス。
寝起きが悪いレーイは、目をこすりながら、「おはよう」と挨拶する。そして、「ここにどうぞ」とエライアスに奨められるまま、彼の真向かいの椅子に座った。
即座にウェイトレスの女の子が近づいてきて、レーイの前に水とサラダを置いた。
レーイは手を合わせて短く神に祈りを捧げてから水を一口含み、それからフォークを手に取った。サラダの次にはスープとパンがやって来て、レーイはそれも平らげる。
温かい物を口にしたお陰で、ようやくレーイの眠気も覚めたようだった。




