墓地の出会い?
放課後の空気は、冬の匂いは少しになって、春の微かな香りを含んで少しだけ冷たかった。
神原は、校門を出たあと、寄り道をしていた。
まだ、自分の墓か神原の墓がないか諦められずにいた。
墓銘碑をしっかり確認するのには時間がかかった。
旧いものは消えかかっている。
そんな旧いものは関連性がないんだと思いたい。
でも、何がどうなって自分がこうして存在しているのかわからない以上、あらゆる可能性があると考えた。
しかし、高校生が一人墓地にうろつくというこの状況はどう見えるのか…
そこが引っかかるから、周りを気にしないと出来ない。
仏花を手にして墓参りをしてる風にしたり。
管理人もいる上に、隣が農地なので作業する人も見かける。
当然こちらの方も視界に入る。
高校生が墓地をうろつく。
それも何回も…
きっと毎日作業してる人から見れば、記憶に残るかもしれない。
それがどんな風に解釈?されるのか…
少しそれが恐ろしいといえばそうだった。
墓地といえども、完全に無人になることはない。
お墓参りに来る人や、作業する人も…
まあ真夜中なら…
そもそもそんな時間帯に行ってたらそれこそ犯罪者と間違われるか、自分がなにかに遭遇…
日曜の墓地は人がいることが多い。
故人のお墓参りや清掃などで。
そんな墓地を墓銘碑をチラリと見ながらゆっくり歩いていると、三十代ぐらいの女性だろうか、何やらあちこちを見ながら歩いてるのが視界に入ってきた。
日の光が当たってるのか、その女性は輪郭がはっきり見えなかった。
あ…お墓探してるのかなぁ…
眩しい…
そのときだった。
お墓の影になってわからなかったが
視界の端に、明らかに場違いな存在が映る。
――女子高生。
さっきまで三十代ぐらいの女性がいたはずのところに制服姿の少女がいて墓石の間を行ったり来たりしている。
あれ?
さっきの人は…
その女子高生は立ち止まっては名前を確認し、また移動する。
どう見ても、不自然だ。
なんでさっきの女性と同じことをしてる?
また、知らん顔して、チラ見する。
やはり、墓銘碑をみてる。
なんで…
なるべく距離をとって、視界の端には入れるようにする。
(……何してるんだ…)
と、観察してると時々、その女子高生がさっき見た三十代ぐらいの女性に代わってみえた。
ほんの瞬間だが。
日光のせいか?
二人重なって見える瞬間が。
残像のように、神原の目に入ってくる。
不思議な現象だった。
神原は少し離れた位置で足を止める。
様子を伺う。
女子高生は、明らかに焦っていた。
落ち着きがなく、何かを探している。
それも――必死に。
(墓参り……じゃないな)
神原の中の“年長者の勘”が働く。
(放っておくのもどうかと思うが……)
数秒迷ったあと、神原はため息をついた。
(……こういうのは、誰かが声をかけるべきだろ)
そして、その“誰か”を自分に設定してしまうあたりが、完全におっさんだった。
「おい」
背後から声をかける。
女子高生はびくっと肩を震わせ、振り返った。
「……なに?」
警戒の色がはっきりと浮かんでいる。
それと同時に何度も見た残像が重なってみえた。
神原は腕を組み、じっと少女を見る。
残像は見えなかった。
「ここで何してる」
「……別に」
「別にじゃないだろ。さっきから何をみてる」
彼女の眉がわずかに寄る。
「関係ないでしょ」
「関係ある。ここは墓地だぞ。」
完全に老害の入り口だった。(笑)
彼女は露骨に嫌そうな顔をする。
「……は? 何それ」
「墓地でうろうろしてる高校生なんて普通じゃない。 何かあるなら言え!」
「はあ? あなた誰なの!て、あんたこそここで何してるの!」
「墓参りだ!」
「じゃあ私も墓参り!」
声が強くなる。
風が止まったように、空気が張り詰める。
彼女は一歩距離を取る。
神原も一歩詰める。
完全に不審者同士のにらみ合いだった。
「……あんたのほうこそ何なの…」
彼女が低く言う。
「人のことずっと見てたんでしょ!普通に怖いんだけど!墓地だし!」
「つけてない。様子を見てただけだ」
「それが怖いって言ってんの!」
もっともだった。
今言ったことは、全部特大ブーメランだ(笑)
だが神原は引かない。
「で、何を探してる!墓銘碑か!」
「……っ」
彼女の表情が一瞬だけ揺れた。
そのわずかな変化を、神原は見逃さなかった。
(やっぱり…)
「なんでそんなことをする!」
「……!」
はっきりと、反応した。
神原は確信する。
「誰のだ」
沈黙。
彼女の唇が震える。
そして――
「……ある人の」
小さく、絞り出すように言った。
空気が変わった。
さっきまでの言い争いの温度が、一気に冷める。
神原はさっきまでの勢いが全くなくなっていた。 変わっていた。
「そうか……」
ただその一言だった。
彼女は以外だと言わんばかりに目を見開いていた。
「どうして…なにも言わないの?おかしいとか…」
「俺もある人の名前を探している……」
「……あんた、まさか…」
彼女の声がわずかに低くなる。
そしてゆっくりと顔を上げた。
その目には、年齢に似つかわしくない疲れと焦燥があった。
「もしかして、おまえもか…」
「……気づいた?」
「お前……時々なにか人がみえた気がするんだ…三十代ぐらいの女性の姿のようにもみえた…」
彼女は少し驚いた様子だ。
目が大きく見開かれる。
「……なんで、それが…」
「……同じだ…私も…」
神原は小さく呟く。
「おまえもか…」
彼女の顔から、血の気が引いた。
「そんなことって…あんたもお年寄りの姿がダブってみえた…」
二人は墓地から出て歩きながら駅に向かっていた。
「私子供がいるんだ…二人…風呂上がりに気分が悪くなって、吐いて……そこまでは覚えてるけど…」
沈黙。
風が、二人の間に入ってくる。
彼女の唇が震え、やがて崩れるように言葉が溢れた。
「あの子たち…私が居なくて…」
「……」
「二人、いるの……まだ小さいのに……っ」
神原の胸に、鈍い痛みが走る。
(……やめろ)
思い出したくない記憶が、無理やり引きずり出される。
「戻らなきゃ……戻らないと……」
彼女は必死に首を振る。
「こんなとこにいる場合じゃないのに……!」
神原は、何も言えなかった。
なんでこんなめぐり合わせが…
これも自分に対する罰なのか…
彼女の話した体験は、前の世界の妻の最期の時と同じだった。
どうなってるのか…
妻の転生ではない。
それはわかる。
全く別の他人の体験が妻と同じとは。
ただ思った。
この人を戻さなければならない。
残された子供が自分の時と重なった。
母親は必要不可欠な存在。
それは妻を亡くして、子供達の母親を亡くして、強く思ったことだった。
同じ事故。
真逆の立場。
「……だから、探してるの」
彼女は涙をこらえながら言う。
「自分が死んでるのかどうか……」
神原は、ゆっくりと目を閉じた。
(……なんでだ)
なんで、同じ形で。
なんで、また。
目を開けると、彼女がこちらを見ていた。
疑いと、恐怖と、わずかな期待を混ぜた目で。
「……あんたもなの?…あんたは誰?」
神原は少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「あ…俺はもう人生の最期だったがな…」
「君は還らないとだめだ…二人の子供が待っている。俺は誰も待っていない…待ってもらう必要もないがな…」
彼女は、その言葉の意味を理解できず、ただ黙って神原を見つめていた。
でも、もし、自分とこの人が同じなら…
子供二人を残して逝くことに…
そう考えただけでもう何十年も昔の感情が蓋を外されて溢れ出てくる。
なんということだ…
またこんなことを、同じことを繰り返されるのか…
あの時妻は何を思っていたのか…
意識がなかったとはいえ、なにかの感情はあったんだろ。
いや、きっとあったはずだ。
それをここではっきりと見せられるのか…
この人がそれを俺に伝えるのか…
俺はいったいいつまで責続けられなければならないのか…
責められるのではない。
人のせいにできない。
俺はこの人を見届けなければならないのか…
もし、俺と同じならこの人もこれからこの世界でずっと自分を責め続けるのだ。
幼い子供残していったことを。




