オタク
神原が高校生に転生して、これは素直に「当たり」だと思えたことがいくつかある。
その中でも、かなり上位に来るのが――アニメを年相応に楽しめる、という一点だった。
前の世界では、定年後にようやく時間ができて前から好きだったアニメにハマった。
高校生の時から好きだったが、人の人生、なかなか好きなものに集中するのは現実難しい。
現実の世界で足掻いて、藻掻いて、壁にぶつかって、乗り越えて、泣いて、笑って、とにかく現実が忙しいとなかなかアニメには浸れなかった。
それが定年後時間ができて、いろんな荷物を下ろすとやっと好きなものに浸れるように…
サブスクで朝から一気見(笑)
そのうちに作品にはまったり…これを沼るという…らしい…
聖地巡礼にも…それこそ西へ東へ北へ南へと…時間とお金に余裕があればこそで…
アニメショップにもよく行っていた。
好きなキャラクターのグッズも集めたり…
それを普段使うバッグにも下げたり…
――楽しかった。
でも、同時に、とても寂しかった。
同年代に同じ趣味の人はいない。
それどころか、バカにされたり、呆れられたり…
かといって他の世代はといえば…
年齢が壁に…
同じもの、若い世代には好きな人が山ほどいるのに…
年齢というだけで距離ができる。
イベントに行けば浮く。
話しかけるにも気を遣う。
結局、全部ひとりで完結する楽しみになった。
仲間は全くできなかった。
それが、とても寂しかった。
けれど今は違う。
高校生の神原は、堂々とハマれた。
放課後にアニメショップに寄り、限定グッズを眺めてはニヤつき、財布と相談しながら一つだけ買う。
通学バッグには、推しキャラのキーホルダーを下げた。
イベント情報もチェックして、心の中で予定を組む。
――これだ。これが青春だ。これがオタク?だー
そんなある日。
「……それ、もしかして」
後ろから声をかけられて、神原は振り返った。
瑞希だった。
彼女の視線は、神原のバッグに下がっているキャラクターに釘付けになっている。
「○○(アニメ名)の、△△じゃん」 「お、わかる?」 「わかるに決まってるでしょ。私、あの作品めっちゃ好きだもん」
その瞬間、神原の中で何かが弾けた。
――通じる。
――同じ温度で、同じ話ができる。
前の人生では、どれだけ待ってもなかった感覚だった。
「どの話数が一番好き?」 「え、私は断然あそこ。演出がさ……」 「わかる! あそこは反則だろ!」
気がつけば、二人は立ち話のまま盛り上がっていた。
神原は、自分でも驚くほど饒舌だった。
瑞希が話すたびに頷き、笑い、時々真剣な顔で語る。
――似てるな。
ふと、そんなことを思う。
亡くなった妻が、生前、好きなことを語る時に見せていた表情に、瑞希のそれが重なった。
胸の奥が、ほんのり温かくなる。
「ねえ神原」 「ん?」 「来月、イベントあるの知ってる?」 「……公式の?」 「そう。それ。展示もトークショーもあるやつ」
瑞希は、少しだけ期待するような目で続けた。
「一緒に行かない?」
神原は、一瞬だけ言葉に詰まった。
前の人生なら、きっと遠慮していた。
年齢を理由に、立場を理由に。
でも今は――。
「行く」 即答だった。 「それ、行かない理由ないだろ」
瑞希はぱっと笑う。
「だよね! 絶対いいよ!」
その笑顔を見て、神原は思う。
――ああ、転生してよかったな。
アニメを語れること。
同じものを好きだと言えること。
それを誰かと一緒に楽しめること。
それだけで、人生はずいぶん明るくなる。
バッグで、キャラクターのキーホルダーが小さく揺れていた。
まるで、それを祝福するみたいに。




