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誕生日

教室は、もう冬休みとクリスマスの匂いで満ちていた。

「クリスマスどうする?」 「うちは彼氏とイルミネーション」 「冬休み入ったら即スキー行くんだよね」

そんな声が、暖房の効いた教室にふわふわ浮かんでいる。付き合っている連中は浮かれ、そうでない連中も旅行だ帰省だと計画を立てていて、とにかく全体が少し騒がしい。

神原は、その様子を自分の席から眺めていた。

――若いなあ。

口に出さず、心の中で呟く。 笑顔も、声の高さも、無駄に明るい未来の話も、どれもこれも眩しい。

その裏で、神原の胸の奥には、別の「日付」が静かに近づいていた。

前の人生の誕生日。

この世界での誕生日とは違う、もう誰にも祝われないはずの、過去の自分だけの記念日。 子どもたちは祖父母の家にいて、自分はいないものとして扱われていた。

 父の日も、父親の誕生日も、なかった。

 祖父は言っていた。

「余計なことを覚えさせるな」

 神原の存在は、家族の中から消されていた。

 近所には「遠くで働いている」と嘘をつき、

 本当はすぐ近くで一人暮らしをしているのに、誰にも会わなかった。

 誕生日の日。

 コンビニで小さなケーキを買って、風力発電の風車がある山の林道を自転車でのぼってた。自転車はあの頃はまってた。一人であちこち出かけた。リアにバッグをつけて、そのなかにシングルバーナーやコッフェル入れて。途中でお湯を沸かしてカップラーメン食べたりしてた。

誕生日のその日はその風車の足元で一人でお祝い。

小さなカップに入った生クリームのケーキ。

蝋燭もつけた。一本だったけど。風があって蝋燭はつかなかった。眼下に広がるのは冬には珍しい晴れた山々。

その山々を境にして両側には海が広がる。

半島の中央に位置する山の位置がそんな風景を見させてくれていた。


「……おめでとう」


 声に出した瞬間、情けなくて、笑ってしまった。

 ――祝われなくても、死ぬわけじゃない。

 ――誰かに必要とされなくても、生きてはいける。

 そう言い聞かせてきた。

 でも。

――今年も、一人か。

そんな言葉を、毎年同じように心の中で繰り返していた。 祝われないことに慣れたふりをして、期待しないようにして、それでもどこかで「もしかしたら」と思ってしまう自分を、情けなく思いながら。

神原は、ふっと口元を緩めた。

――せっかくやり直しの人生なんだ。

そこで、ひとつ、くだらなくて、でも少し楽しい案が浮かぶ。

「クラスにさ、自分と同じ誕生日のやつがいたらさ」

突然話しかけられて、瑞希が振り向く。

「なに、藪から棒に」

「そいつの誕生日を盛大に祝ってやるんだよ。ケーキ用意して、みんなで騒いでさ」 神原は、妙に楽しそうに続ける。 「で、ついでに俺も祝ってもらう」

瑞希は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。

「なにそれ。便乗にもほどがあるでしょ」 「合理的だろ?」 神原は真顔で言う。 「祝われる理由が必要なら、作ればいい」

瑞希は肩をすくめながら笑う。

「誕生日って、そんな戦略的なイベントじゃないから」 「そうか?」 「そう」

少し間を置いて、瑞希は付け足した。

「まあ……祝ってほしくない人はいるかもしれないけど」 「ほう」 「でも、祝われない人はいないと思うよ。少なくとも、このクラスには」

その言葉に、神原は一瞬だけ、視線を落とした。

――いいクラスだな。

心からそう思った。 そして同時に、胸の奥が、ほんの少しだけ、ちくりと痛んだ。

前の人生で、そんな場所にいなかった自分。 祝われないことが当たり前になっていた自分。

神原は、いつもの軽い調子に戻る。

「じゃあさ、調査するか」 「なにを」 「誕生日。近い順に」 「怖いからやめて」

瑞希に呆れられながらも、神原は内心で少しだけ期待していた。

もし同じ誕生日のやつがいたら。 その日だけは、過去の自分の分まで、ちゃんと祝ってやろう。

それは誰のためでもなく、 ――あの、いつも一人でケーキを食べていた自分のために。

教室のざわめきの中で、神原は小さく息を吐き、静かに微笑んだ。

 その日は、いつもと同じ朝だった。

 

 神原は机に頬杖をつきながら、それをぼんやり聞いていた。

 ――ああ、今日か。

 胸の奥で、小さく何かが引っかかった。

 スマホのカレンダーを開かなくてもわかる。

 今日は、自分の誕生日だった。

 前の人生でも、誰にも言わなかった日。

 誰にも祝われなかった日。

 今世でも、特別な意味はない。

 

 誰も、何も気づいていない。

 当たり前だ。誕生日なんて、わざわざ言わなければ分からない。

 ――前も、そうだったな。

 ふと、記憶が重なった。

 前の


 

 誰も悪くない。

 誰も、何も奪っていない。

 それなのに。

 放課後。

 教室に一人残った神原は、ふと机に突っ伏した。

 静かな教室。

 窓の外から聞こえる部活の声。

 遠くで笑う誰かの声。

 ――おめでとう。

 前の人生の自分が、また囁いた気がした。

 誰にも必要とされなくても。

 誰にも祝われなくても。

 生きていていいのだと、自分に言い聞かせる声。

 でも。

「……嘘つけ」

 神原は小さく呟いた。

 祝われたかった。

 父として存在していたかった。

 名前を呼ばれたかった。

 それを、今になって思い出してしまった。

 神原は、ゆっくりと顔を上げた。

 ――この世界では、同じにはならない。

 まだ、取り返せるものがある。

 誰かの誕生日を、誰かの存在を、ちゃんと祝える側に立てる。

 それだけでいい。

 そう思えたことが、

 前の人生にはなかった、小さな救いだった。

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