修羅場
文化祭準備の真っ最中、三条は相変わらず吹奏楽部の練習でクラスにはほとんど顔を出さなかった。
その帰りを、神原は“偶然”を装って待つ――もちろん偶然ではない。
「お、三条。ちょうど今帰るところか。遅いし一緒に帰るか?」
最初、三条は困惑した顔をしたが、神原の自然すぎる笑顔に押されて、「……ん」と小さく頷いた。神原には誰もがそんな感じだった。どこか父親のような気の使い方とでもいうのか。思春期にありがちなものが感じられない態度。それが相手が女子でも同じだった。安心感?なのか。距離の詰め方がうまいし、自然。頼りたくなる。そんな雰囲気がいつもしていた。そのせいか、自然と女子もあまり彼を意識することはなかった。逆にいえば神原には何のときめきも、ドキドキも感じていない。ということだったが。
自然と二人は何回か一緒に帰ることがそれから続いていた。この年代ならそんなことすれば、噂になって大変なことになるはずが、なかなかならない。神原を知らない者は勘ぐったりもする。だけど、その噂を聞いたクラスメイトは、軽く違うよ〜ないないと笑って否定してまう。
ただ二人を除いては…
中でも玲奈は一番いつもその噂を話に持ち出していたし、雨宮は控えめだけど、絶対ないという圧が強い反応だった。
精神的に見れば孫にもあたる世代。必然と話す内容は取るに足らない世間話だった。しかし、家庭の話になると三条はあまり話すことはなかった。それは神原から見れば、そこに何があると思わせるには十分だった。それと部活の話、文化祭の話になると三条は目を伏せ、返事がやけに短くなる。
(そこが“核”か……)
気づいた神原は、あえてその部分を突く。だいたいの事情はわかっていた。それでもあえて。クラスメイトとの教室での会話は自然と聞こえてくる。少し耳を傾けていれば、だいたいのことは想像ついた。それは神原の長い人生経験がそうさせている部分もあった。
「弁当毎日自分で作るのえらいなあ〜」
「そういう神原くんも同じでしょ(笑)」
「おばあさんは作らないのか?」
「………頼みたくないし…」
「まあ、年取ると大変なこともあるからなぁ…でもかわいい孫のためなら…でも、好みが合わないか〜年がな〜(笑)」
神原は実感がわいてきていた。毎日の学校生活。朝から晩までそんなことだらけ。
それを楽しんではいたが。
「おじいさんはどうなんだ〜」
「どうって?」
少し三条が警戒するのが分かった。
「うちのおやじはじいさんと仲悪くてな〜」
わざとそんなことを聞いてみる。実際は仲が悪かったのは自分の若い頃だったが。
反応がない…
その時はそこでもう話題は変えることにした。
「三条、部活……やめるのか?」
ある日の帰りに突然だったが尋ねた。
それはクラスメイトに何気なく話してたのを聞いてしまったからだ。
三条の肩がびくりと跳ねた。
わざと尋ねた。少し大げさな話しをしてみる。ハードル高いのぶつけてみる。そして反応をみる。こんな時にも冷静にずる賢くできてしまう。
神原は静かに続ける。
「それと……ポスターの件。お前がどうとかじゃないんだけど、でも、聞きたい。なんか言いたいこととか…知ってることあれば。」
三条は顔を上げた。その目の揺れだけで、神原は確信した。三条の目をじっと見る。しばらくの沈黙…ほんの一瞬の。
「……わ、私……私」
唇をぎゅっと噛んで、三条は視線を落とした。
「わかった…もう言わなくていい…」
三条がなにか言いだそうしてたのは十分わかっていたがあえて止めた。
言わせる必要もないと思った。あとで言ったことを後悔することもあるだろうから…
しかし三条からは堰を切ったように言葉があふれ出す。
「どうして瑞希さんは……あんなに認めてもらえて……。私は、何をやっても否定されて……ずっと、ずっと嫌で……!
部活も……やめろって……うるさくて……!もうムカついて そしたら……」
神原はゆっくり立ち止まり、三条の肩に手を置いた。
まるで親が子の話を聞くように、静かにうなずきながら。
「つらかったんだな…」
その一言で三条の力が抜けた。
誰も分かってくれないと思っていた。
友達にも知られたくなかった。
親のいない三条にとって、その温かさは反則だった。
「瑞希さんにも……クラスにも、謝りたい……です……」
「謝らなくていい…」
三条は驚いて顔を上げる。
「クラスは誰も事実は知らないんだ。お前の気持ちも知らない。それとも、全部話すか?それは逆に反感持つものも出かねない。誰も自分の思い通りの理解なんかしてくれない。ただ謝るだけじゃ、尾ひれがつく。憶測も偏見も増える。謝ったとたんに関係ないやつが、関係ないことで、ありしないことで、ありもしないこと作って叩きに来る。そうだろ…そういうもんだ、人間は…」
酷い言い方だとは思ったが、正直だけがいいことじゃないことは、自分の人生でわかったことだ。
ましてや、高校生はこれからだ。傷つかなくていいことで、わざわざ傷つくのはしなくてもいいことだ。…どうせこれから先の人生ではたくさんあるんだから。
「……じゃあ、どうすれば……」
「反省するならみんなに、瑞希に力を貸してやってほしい。そのほうが彼女も喜ぶ…どうしても謝るならそのあと瑞希に自分の本音をちゃんと話すんだ。一対一でな…こういうのタイマン?っていうのか?(笑)心の問題だからな…でもそんな三条の気持ちも自分の気持ちなんだから大切にしろ…それで自分を否定するな…自分を悪者にするな…悪意がない人間なんていない…だから…」
「もういいって、わかったから…」
三条は涙を拭い、小さく笑った。
「……そうか」
そうして二人は家へ向かう。三条が家に入るまで見届けるのが神原の“いつもの締め”だった。
しかし、その平穏は突然破られた。
三条が玄関を閉めた直後だった。
「何度言えばわかるんだ!!」
怒鳴り声は家の外まで響きわたった。
続いて、物が倒れる音。
神原は思わず足を止めた。
(まさか……)
次に聞こえたのは、聞いたこともない三条の声だった。
「おまえなんか!おまえなんか!!」
「やめて!」
祖母の叫びが重なる。
「――っ!」
神原は反射的に飛び込んだ。
玄関に倒れ込む祖父。その祖父に向かってゴルフクラブを振り上げている三条。祖父の口から血が滲んでいた。
「やめろ三条!!」
神原は背後から三条の腕をつかみ上げた。
暴れる。爪が食い込む。
力任せに振り払おうとする三条の肘が思い切り神原の腹に入った。
「放して!! もう嫌だ!! なんで私だけ……!なんで!なんで!」
「三条…」
神原の声は決して怒号ではなかった。
それは、過去に子供を抱きしめて泣き止ませたときのような、深い、温かい声だった。
「わかった…。もういい。
でも人を殺したら――お前はもう戻れなくなる。
俺に言え!全部聞いてやる。全部言え!」
三条の力が、すっと抜けた。
「…………う……」
そのまま神原に崩れ落ち、声にならない嗚咽を漏らす。
祖母が泣きながら祖父を支え、救急車を呼ぼうとしていた。
「やめてください!救急車は!」と神原が口から出る寸前に怪我をしている祖父が「呼ぶな!救急車は!」と祖母に強い口調で…
思わず視線一瞬祖父を見た。目が合った。
あ…この人はちゃんと三条を守っている…のか…
神原にはわかっていた。
救急車を呼べは傷害事件になりかねない…
それが家族間でも…
神原の妻の死はそうやって事件性を警察に疑われた。警察はそういうもんだ。だが、ショックだった。大事な人の死が事件として扱われようとしたことに。死がとてつもなく俗ぽく、そう、ワイドショーのネタにでもなるように、低俗に扱われたかのように感じたことに。
神原は泣きじゃくる三条の肩をしっかり握っていた。温かさが三条の肩に染み込んでいった。
三条の肩をを抱いたまま、神原は静かに思い出していた。
(あ…これもか…あったんだ…こんなことも…―)
人の一大事に自分の思いにふけっていく…薄情だな…俺は…)
親と殴り合いのケンカになって…
それをみていた子供がショック症状に…
学校で突然泣き出し先生から連絡が来た…
なんて親なんだ…
子供にまで…
と自分を恥じた…
「もう大丈夫か…」
三条は軽くうなづいていた。
祖父は顔が腫れていた。赤黒く。
それをタオルで冷やしていた。
「お邪魔して申し訳ありませんでした。今見たことは口外しません、三条さんのためにも…」
神原は深く頭を下げた。
すると神原に話しかけてきた。
「君にも迷惑かけた…変なようだが礼をいう…」
比較的祖父が冷静でよかったと思った。
三条ももう落ち着いている。
神原が帰ろうとすると
「君ちょっと待ってくれないか…」
そういうと祖父はゆっくり立ち上がった。
居間のテーブルを挟んで四人が座っている。
神原と三条、祖父母
「お見苦しいとこお見せした…」
祖父はそういうと頭を下げた。
「いえ…こちらこそこんな中に入って申し訳ありませんでした。」
神原も頭を下げた。
しばらく沈黙があったが最初にそれを破ったのは神原だった。
「このことは口外しません…三条さんのためにも…それだけはご安心ください。」
神原がそういうと
「君は随分言いなれてるんだな…」
祖父はまだ顔を押さえたままだったが少し表情が緩んでるのがわかりやすかった。
これは関心がこっちに移ってるんだな…
待ってくれと言ったのも口外しないように脅すつもりだったんだろう。
神原は冷静に判断できていた。
「こんな時に関係ない僕が言うのはお節介ですが、なんとか三条さんのこともう少し理解して応援してあげるわけにはいかないでしょうか…子供の夢とかそういうの見守るのが大人の役割じゃないかと…」
これは怒鳴られるだろうな…と覚悟はしていたが…
まあそれはそれでいい…こういうことに鈍感なのが老害のある面いいところ…
神原は見た目は高校生だが中身は三条の祖父よりも年上だ。
だから話もついつい対等になってくる。
それに自分の人生では理不尽なことで罵倒されることなんてよくあった…思い出せないけれど…
多少の耐性はついていた。
祖父はしばらく黙っていた。
隣の祖母はちらちら祖父の方をみてる。
「君には関係ないことだ…高校生のくせに大人の役割なんてわかるわけないだろ」
あ…やっぱり…そうなるよな…
神原はソファから立つと、祖父に向かって土下座した。
あ…と場が凍りつくのがわかった。
それでもそんなことはどうでもいい。
人のためになるならこんなこと容易いものだ。
理不尽な土下座よりはましだ。
そんな土下座はもうしたくない。
何度もしたが。
でも今は違う。
「それでも差し出がましくあえて言わせていただきますが、どうか三条さんを応援していただけないでしょうか。子供は大人に否定されることが一番つらいです。…それにおじいさんが三条さんのことが心配なのもよくわかります。孫はかわいいですからねちゃんと彼女に気遣い守っていらっしゃいます…さっきわかりましたから…それならもう少し大きく見守ってあげるわけにはいかないでしょうか…どうかお願いいたします…こんな私がこんなことしても無意味だとは思いますが、どうか、どうか、ここは三条さんの願いを聞いていただけないでしょうか!」
神原は頭を下げ続けた、
祖父は神原をじっとみていた。
ただ見ていたわけではなかった。
そこにはある人物の姿が…
娘を一人置いて出ていった息子…
その息子が最後に言ったことばが神原のことばに重なって見えた。
神原の方は子供のことを思い出しながら言葉を選んでいた。
自分が子供を置いて家を出ていった時に言いたかったこと…
せめてそれぐらい言えていれば… と思うことを…
それを今…
言わないと自分は2度も子供を見捨てることになるのではと…
これがこの転生の意味なのではないかと思いながら…
「三条はなにか言いたいことないのか…」
神原が頭を下げたまま三条に促すとしばらく考えていた三条は突然土下座した。
三条は話し始めた。
「私は…私は部活したいだけ…じいちゃんの言うこともわかるけど…お父さんもお母さんもいなくて代わりに育ててくれたのは感謝してる…だから心配だからいろいろ言いたくなるのもわかる…でも私には私の考えもあるからもっと聞いて欲しい…受験のこともわかってる。じいちゃんの気持ちもわかってる…でも、どうか、部活は続けさせてください!お願いします!それだけ…」
「受験のことはわかってるんだな…」
祖父のこの言葉には厳しさが載っていた。
一瞬三条が固くなるのがわかった。
「わかってます…」
三条の言葉も固くなっていた。
「もういいだろ今日は…二人とも頭を上げなさい…若い奴がそんなことするもんじゃない…」
祖父はそう言い放った。
彼女は頭を上げたが、神原は上げなかった。
「三条さんが部活を続けることを許していただけますか?」
「だから、頭を上げなさい…わかったから」
祖父はだんだん口調が穏やかになってきた。
そこでようやく神原は頭を上げた。
いいタイミングだった。
神原は帰ることにした。
立ち上がり礼を言い出ていこうとしたそのとき
祖父が神原に声をかけた。
「神原君だったかな…君に注意しとくよ…若い頃からそんな簡単に土下座なんてするもんじゃない…人によっては白々しく思うからな…まあ、でも大人でもそこまでできる奴はそういないがな…」
「ご指導ありがとうございます。今後気をつけます」
神原は頭を下げ礼をいった。
祖父は軽く返事をして頷いていた。
三条は玄関先まで神原を見送った。
「あんまり派手なことはやるなよ(笑)」
神原はわざとフランクに言ってみた。
「神原君ありがとう…ほんとにありがとう」
「あ〜あでも変なとこ見られたなあ〜」
三条の明るさが無理をしていることは神原にはわかった…
「誰にも言わないからな(笑)」
「またなにか困ったらいってくれ…まあ嫌ならいいけど…」
子供が困ってる時には手を差し伸べてあげたい…
自分にはできなかったこと…
見てみないふりしてきたこと…
結局今の人生はこういうことをさせるためにあるんだろうか…
おまえはやってこなかった…
逃げてばっかりだった…
だからもう一回チャンスをやる。
今度は逃げるな…向き合え…
そういうことなのか…
人生最期の時に後悔したくない…
やり直せるなら…
そう思ったことがこの人生を経験することなのか…
自分だけじゃない、この神原という人生があるのならその人生にも大きな後悔を残すのは大人としての責任としてどうなのか…
考えながら歩いていると月が大きく見えた。
スーパームーンか…
天体望遠鏡ほしいなあ…




