文化祭ポスター事件
廊下の掲示板に貼られていたはずの文化祭ポスターは、消えていた。
「……うそ、でしょ」
瑞希が青ざめた声で呟く。
生徒会から正式に依頼され、学校代表として描いた渾身の一枚。
細密なタッチ、温かな色合い。瑞希らしい優しい絵だ。
にもかかわらず、掲示板にはただ乱れた画鋲の跡だけが残っていた。
「瑞希、こっち……!」
クラスメイトが小さく呼ぶ。
示されたゴミ箱の中には、丸められた紙束。
瑞希の膝が、かくんと落ちた。
「……ああ、ひど……」
その声には怒りよりも、受け止めきれないほどのショックだけがあった。
神原は思わず瑞希の肩に手を置く。
「瑞希、いったん深呼吸しよう。大丈夫、描き直せばいい。俺だって手伝うし、クラスも協力するよ」
瑞希は顔を伏せ、ゆっくり頷いた。
涙はこぼさない。けれど声は震えていた。
「……ありがとう。でも……なんで……?」
誰も答えられず、教室は重い空気に沈んだ。
その頃、三条はひとり音楽室にいた
吹奏楽部に所属していた三条は、壁にもたれ、膝を抱えていた。
祖父の言葉が、何度も頭の奥で反芻されていた。
『部活なんてやめろ。おまえは受験に集中しろ。父親も母親もいないんだから、なおさらだ!』
毎日繰り返される小言。
期待と圧、そして逃げ場のない家。
そのうえ瑞希の存在。
父親に支えられ、堂々と好きなことを貫けている瑞希。
それが、苦しかった。うらやましかった。
(……どうして私には、あんなふうに応援してくれる人がいないの)
気がついたらポスターの前に立っていた。
瑞希の絵を見ると、自分と彼女の差が突きつけられるようでイライラした。ムカついた。なにかにぶつけたかった。
手が伸びたのは……一瞬だった。
彼女自身、理由を説明できなかった。
ただ、押し寄せる嫉妬と孤独と息苦しさの勢いで。
そして今、三条の膝は震えていた。
(最低だ……私、何やってるの)
翌日、教室の飾りつけも破られていた。
「これ……最悪じゃないか」
「せっかく瑞希が夜中まで作ったのに……」
瑞希は黙って破れた紙を拾い始めた。
指先は震えていたが、顔は無表情だった。
神原が見かねて横にしゃがむ。
「やり直せばいい。間に合うよ。俺も残るし」
「……ありがとう。ほんとに助かる」
瑞希はぎこちなく微笑んだ。
その横で、神原はふと教室の隅を見る。
そっとこちらを見て、すぐに視線を逸らす三条の姿。
——あの反応。
神原は、過去に何度も見てきた「後ろめたさと孤独」の混ざった目を思い出した。
(……ああ、たぶん彼女だ)
確証はない。
でも、心が言っていた。
文化祭準備のため残っていた夜。
装飾の貼り直しをする瑞希とクラスメイトたち。
三条はいなかった




