瑞希の才能「画の中の未来」
放課後、教室の黒板には「文化祭実行委員会」の文字。
ポスター制作の打ち合わせで、数人の生徒が集まり、机の上には絵の具とスケッチブックが散乱していた。
その中心にいたのが瑞希だった。
彼女が描いた絵には、鮮やかな色彩と、明るく力強い構図が息づいていた。
「……すごいな」
思わず神原は声を漏らした。
他の生徒も褒めていたが、神原だけは、その絵の“完成度”ではなく、“想いの力”に気づいていた。
この絵には「描き慣れた手」があった。ただの器用さではない。積み重ねた時間が宿っていた。
少し離れたところにいた瑞希に神原は
「すごいね!あれはいいよ!」
というと瑞希は神原にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「誰にも言わないでね……私、漫画家になりたいんです(笑)」
神原は、驚いた顔で瑞希を見た。
しかしすぐに、表情が綻ぶ。
「……いい夢だ。素敵だよ!」
本心だった。
それは、心から湧き上がる肯定だった。
今までたくさんの夢を見た人間を見てきた。
社会の中で折られた夢も、実現した夢も、その途中で消えた夢も見てきた。
若者が夢を持つのはいいことだ。
挫折もするだろうけどそれでも若いというだけで全てが糧になる。
年取ってから夢をみるなとは言えないが、取り返しがつかないこともある…
いいなあ…若さって…
その上で、神原は思う。
「なりたい」と言えることが、どれだけ尊いかを。
「父さんも、応援してくれてるんです」
そう微笑む瑞希の顔に、神原は――ふと重ねてしまった。
自分の、あの子を。
(そうか……)
瑞希は、亡き妻ではなかった。
似ていたのは――娘の方だったのだ。
小さな頃、絵を描く娘の姿を思い出す。
夢中になって画用紙に向かう姿。
笑いながら見せてきた一枚一枚。
(俺は……あの夢に何をしてやれたんだ?)
「……応援してる。絶対、なれるよ。頑張って…」
そう言った瞬間、声が震えた。
自分でも気づかぬうちに、涙が頬を伝っていた。
笑っていたはずなのに、なぜか止まらなかった。
「え……? なに泣いてるんですか?」
瑞希が驚いた顔で言った。
「いや、……なんか、ね……嬉しくてさ。こんな真剣な夢、聞かせてもらえるなんて…年かな…涙もろくて(笑)」
「そんな年って(笑)大げさですよ……(笑)」
瑞希は困ったように笑ったが、神原の涙が本物だと分かっていた。
だからそれ以上は、何も言わなかった。
神原は、思った。
(もうこの世界に、未練なんて持たないつもりだった)
(でも、瑞希がいるこの世界を――少しでもいい未来に変えられるなら、もう少しここにいたい)
瑞希の描く未来が、少しでも輝くように。




