亡くなった妻に似ている瑞希
放課後、委員会活動の準備を終えた頃。
片づけを手伝っていた神原の横に、静かに瑞希が立った。
机に置かれたプリントを整えながら、彼女はふと声をかけた。
「神原くんって、すんごく優しいよね」
「……え?」
予想外の言葉に、神原の手が止まる。
今まで事務的な会話しか交わしたことがなかった瑞希の、その柔らかい声音に、心臓が跳ねた。
なんとか言葉をつなぎながら、神原は心の動揺を必死で抑えていた。
目の前の瑞希は、亡き妻によく似ていた。
立ち方、話し方、声のトーンまで――。
「私ね、小さい頃から、父と二人だったの。母は死んでて…」
神原はふと顔を上げた。
瑞希は、自分の前を向いて淡々と語っていた。
「うちの父も、不器用だけど、怒るときはちゃんと怒って、見守ってくれてた。だから、神原くんがなんだかすごく“父親”みたいに見えるの。……安心する感じ」
「父親……」
神原の口から思わずこぼれた声。
瑞希はくすっと笑った。
「うん、なんかね。そんな感じがした」
ドクンと鼓動が鳴った。
まるで、神原の中の何かが急に冷や水を浴びせられたようだった。
(……気づいてる?)
心の中で警戒の灯がともる。
しかし、瑞希の表情に探るような色はない。ただ静かで、まっすぐだった。
「……瑞希さんのお父さん、今も一緒に?」
「うん。仕事忙しいけど、ちゃんと家にいてくれるよ」
(そうか……ちゃんと、そばにいたんだな)
その瞬間、胸の奥に黒い影が落ちた。
自分は、娘を残して家を出た。
あのとき、まだ小学生だった娘は何を感じていたのだろう。
「……ごめん、なんか……」
「え?」
「いや……少し、昔のことを思い出してさ」
笑ってごまかそうとしたが、声が微かに震えた。
瑞希は、そんな神原をじっと見ていた。
「神原くん、なんだか誰かのこと、ずっと思ってるような目をしてる…」
その言葉が突き刺さる。
まるで、自分の心の奥をのぞかれたような気がした。
神原は何も言えず、視線を机に落とした。
瑞希はそれ以上は何も言わず、にこりと微笑むとプリントを持って職員室に向かっていった。
その背中を見送りながら――
神原は、自分の中の“父親としての過去”が再び疼くのを感じていた。
(……俺は、あの子を見捨てたかもしれない)
そう思った瞬間、神原の目に映る瑞希の姿が、まるで責めているように見えて――
彼は静かに、肩を落とした。




