瑞希と出会う
その声を聞いた瞬間、神原の世界は一度、止まった。
日差しが差し込む教室で、転校生の少女が自己紹介をしていた。
何の変哲もない挨拶。だが、言葉の抑揚、語尾の丸み、どこか微笑むような声の震え――。
それは、
まるで、かつての妻によく似た声だった。
(……嘘だろ)
何かが胸の奥で軋んだ。
もうか何十年も前に途絶えた声。何十年も聞いたことのない声。それでもどこかに残っていた。聞いたはずの声が、今ここにあった。
神原は息をひそめる。
そのまま顔を上げられずに、じっと机の木目を見つめていた。
少女の名は「瑞希」という。
どこにでもいそうな名だった。
だが、神原の記憶にある「瑞穂」という名と、あまりに響きが似ていた。
放課後、神原は無意識に廊下で彼女を目で追っていた。
「見てはいけない」と思いながら、足は止まらない。
やがて彼女が誰かと笑いながら話す横顔を見た瞬間、
胸の奥から、ひどく懐かしい痛みが込み上げてきた。
(……俺は)
(俺は、もうこの世界に未練なんて持たないはずだったのに)
自分の決意が揺らいでいた。
自分は彼女を、誰かと重ねて見ている。
それが間違っていることも、ずるいこともわかっている。
だが――
(もし、もう一度会えるなら)
そんな考えが頭をよぎるだけで、神原は目を閉じて、静かに心を叱った。
それでも、その夜、彼は何度も、彼女の声が耳の奥で響くのを止められなかった。




