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第百九話 ローシェン〔三〕

 絢爛豪華にして、長い廊下が続く。

 今や海すら越えた向こう側にまで広がる天主教、その主流派教会の牙城、サン・レオン大聖堂。その玉座の間に至るまでの道である。

 その至るところに財宝が埋め込まれ、美しい彫刻が彫られ、最高級のビロードで編まれた絨毯が敷かれたその長い廊下を、オスカーとエルフリーデが、ルキウスを間に挟んで歩いていく。その前には、案内役の若い神官もおり、一行を先導する。


「……こちらになります」


 そう言って立ち止まった神官の前には、見上げんばかりの巨大な黄金の両開き扉がそびえ立っていた。


「それでは、どうぞ……」


 神官がそう言ったとき、扉が内に開いた。三人は、前へと進んだ。




 玉座の間は、あの長い廊下の何倍も美しく、豪華で、そして荘厳だ。天井には神話を再現した巨大な絵が描かれ、真っ白な柱には緻密な彫刻がびっしりと彫られている。両脇には周辺各国の駐在大使や外交官が立ち並び、それを法皇庁の有する『聖ユリウスの修道騎士団』と、異端審問官が警護する。そしてその正面に、老人は部下の枢機卿達を従え、どっしりと玉座に腰を据えていた。


「お初にお目にかかります。東ローシェン帝国皇太子、ミカエル・パレオソポスでございます。エルフリーデ様のおみちびきによって、本日はごあいさつにうかがいました」


 ミカエルはそう言って膝をつき頭を垂れる。エルフリーデとオスカーもそれと同時に膝をついた。


「ミカエル殿。よくぞ無事にここまで来られました。ささ、面をお上げください。後ろの二人も」


 そう言ってオスカー達は顔を上げ、法皇の姿をまじまじと見る。

 目の前の玉座にふんぞり返る、恰幅のよいこの老人こそ、魔王征伐にてエルフリーデを総大将とした義勇軍を援助し、たった一代で法皇権力の急激な増加を為し遂げた傑物。そしてオスカーが目下最大の敵として見る男。第二百六十代法皇・イノケンティウス八世だ。


「エルフリーデ、我が娘よ。良く、ミカエル殿を助け出してくれた」


 イノケンティウスは、柔和な笑みを浮かべてエルフリーデにそう話しかける。


「ありがたきお言葉……我が法皇猊下(父上)


 オスカーは、ただ黙って法皇を見据える。討つべき仇敵の顔を、声を、魂に焼き付けるかのように、昔を想いだすかのように。

 心強い後ろ楯だった十年前とは違い、今ではこの世でもっとも厄介な敵だ。これを倒すには、相当に骨が折れそうだ。


「長旅で疲れておいででしょうミカエル殿。今日のところはゆっくりお休みください。明日、歓迎のためのささやかな食事会も開きますので、どうぞお越し下さいな」

「お心づかい、いたみ入ります。本当に、ありがとうございます」

「いえいえ良いのです。なにか困ったことがあれば、いつでもご相談に乗ります。私を、父のように思っていただいても構いませんので……」


 その言葉に、ミカエルはピクリと眉を動かした。

 結局オスカーは、なにも発言すること無く、謁見は終了した。









「……なにも変わっていなかった」


 帰りの馬車で、オスカーはふとそう呟いた。


「なにが?」


 エルフリーデがそう聞き返す。ミカエルは、なにかを考え込むように、黙ったままだ。


「見た目も、声も、何一つ変わってない。俺が最後に会ったのがお前の戴冠式だった。そこから十年以上もの間、奴は老いること無く、あのままだ」

「確かに歳の割には見た目は若々しいかもだけど、恰幅が良いからそう見えるんじゃないの?」

「……そうであってくれと願う。そうじゃないなら、もしかしたら俺は、あいつを…………」


 オスカーは言葉を飲み込んだ。そのとき、馬車が丁度館の前に着いた。

 オスカー達は、馬車を降り、館に戻った。




「おとーさん! でんか! エルフリーデ様! お帰りなさい!」


 館に戻ると、ヘレナがそう言って元気に三人を出迎えた。

 そして、出迎えられた三人は一様に、ヘレナの変化に驚いた。


「ただいま……ってヘレナ、その服どうしたんだ? すっごく似合ってるじゃないか!!」

「うんうん! ヘレナちゃんすっごく可愛い!! お姫様みたい! もっと近くで見せてー!」

「ヘレナ、良く似合っておる。ヘレナにぴったりだ」


 三人は、ヘレナの事を大絶賛する。オスカーとエルフリーデは、そう言ってヘレナに近づいて、周りをぐるぐる見て回り、ミカエルに至っては、先ほどまで考え込んでいたのが嘘のように、パッと明るい表情を浮かべ、拍手している。


「ほ、本当に? えへへー……」


 ヘレナはそう言って嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で、頭を掻いた。


 ヘレナは、フリフリのついた、淡い桃色のドレスを着ていた。首にかけられた(みどり)の精霊石が胸元から見え、光り輝いている。


「本当に似合ってるぞ! でも、誰に着付けて貰ったんだ?」


 オスカーが、そうヘレナに頭を撫でながら聞いたとき、衣装室の扉が開き、中から髪の黒い少女が出てきた。レジーナだ。


「あ! レジーナちゃん!」

「皆様、お帰りなさいませ……」


 そう言って少し恥ずかしそうに出てきたレジーナは、落ち着いた水色のドレスを着ていた。少しヘレナより歳上なだけあって、大人びた印象を与える。


「レジーナ……良い……! 凄く良い……!」


 エルフリーデは、今にも天に昇りそうな顔でそう言った。そして、そんなエルフリーデの他にもう一人、レジーナの姿をみて天にも昇りそうな男が居た。



「……尊い……好き……」


 バタッ!!


 突然、別の扉が開き、中から一人の少年が現れた。

 少年は、そう言葉を残して、倒れた。


 彼の名はルートヴィヒ。勇者王エルフリーデの嫡子であり、王位継承者であり、レジーナの婚約者になる少年だ。

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