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第百十話 ローシェン〔四〕

 即倒したルートヴィヒが目を覚ましたのは、夕方の事だった。


「……はっ!? レジーナ!」


 目覚めるなりルートヴィヒはそう言って起き上がる。母親譲りの赤い髪には、寝癖が出来ている。


「王子、レジーナはここに居ますよ」


 ベッドの横の椅子に腰掛けていたレジーナは、そう言ってルートヴィヒの手を取って微笑む。目覚めるまでずっと、着替えること無くこの部屋に居たのだ。


「………………」

「あ、あの……王子?」


 ルートヴィヒは、黙ってレジーナを見つめたまま動かない。かと思ったそのとき、


「レジーナ、結婚式の時は、その服で出てくれ無いか?」

「……え? ……はっ!? え、ちちちちょっと王子、まままままだ早くないですか!?!?!?」

「そんなことはない。俺たちの結婚は、俺が産まれる前から決まってたんだからな! 政略結婚万歳!!」

「王子……もう、心配して損しましたよぉ」


 そう言ってレジーナはプイッと頬を膨らませて顔をそらした。ルートヴィヒは大焦りだ。


「レ、レジーナ……ごめんって、可愛かったからつい……期限直してくれって……」


 そう言って大慌てで取り繕うルートヴィヒを横目でみたレジーナは、「ふふっ……」と笑ってこう言った。


「……冗談です! いつも通りのルートヴィヒ様で安心しました!」

「レジーナ……!」


 夕日が差し込む部屋の中で、そうして二人は見つめ合い、微笑んだのだった。




 そんな二人のやり取りを、扉の隙間から覗き見る人の姿があった。


「……エル。お前さぁ、そんなみっともないことはいい加減辞めろよ。ルイ泣くぞ?」


 そう言って呆れるオスカーの目の前には、ハァハァ言いながら扉の向こうを見つめて気持ち悪い笑みを浮かべるエルフリーデ(変態)の姿があった。


「旦那がなんと言おうが! ギル兄がなんと言おうが! 私は辞めるつもりは一切無い! 二度と見るなと言うのなら、私は今すぐ聖剣で自分の首を()ねる!」


 オスカーに振り返り、そう堂々と宣言したエルフリーデだったが、その声はどうやら中に聞こえてしまっていたらしい。


 バンッ!!


 扉が勢い良く開き、中からルートヴィヒが出てきた。中に残ったレジーナは、見られていた恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いている。


「あ、あらルートヴィヒさん。もうお目覚めだったのね?」

「母上……それはないわぁ……」

「ま、待て息子よ! お前もさっきレジーナのドレス姿をみて『尊い……』とか言って気絶してたじゃないか! そんな私とお前に、どんな違いがある!?」

「違いも糞もあるかぁ!! 子供がイチャイチャしてるの見てハァハァ言いながら覗き見る趣味は、俺にはねぇ!!」

「ハッ!?」


 そう言って指差し糾弾するルートヴィヒと、衝撃を浮けて後ずさるエルフリーデを間に挟み、オスカーは呆れるあまり大きなため息をつき、レジーナは恥ずかしさのあまり頭を抱えてしまった。


「……ヘレナ。エルフリーデ様はいつもあのような感じなのか?」

「……ふだんはかっこいいんだけどねぇー。でんか、気をつけてね」

「わ、わかった……」


 そんな大人達を、ヘレナとミカエルは廊下の角からこっそりと覗いていた。


 こうして、波乱の一日は幕を閉じたのである。









「……しかし、今日もルキウスは来れんのか……」


 翌日、夜。一行は教会が主催するルキウス歓迎のための食事会に出席した。会場は、大聖堂の中の一室だ。


「教会主催の食事会ですからね……」

「そうか……。オスカー、幾つか食事を持ち帰っても良いだろうか? ルキウスにも食べさせてやりたい」


 ミカエルは、ルキウスの代わりに護衛としてついているオスカーにそう言った。


「勿論です。ヘレナに幾つか包んできて貰いましょう」

「……ありがとう」


 ミカエルはそう言って、会場の主賓席から、全体を見渡した。

 きらびやかに着飾った多くの貴族や商人達が、グラスに酒を注いで雑談に花を咲かせ、踊り、食事に舌鼓を打つ。だが、そのどこにも獣人は愚か、ハーフエルフも、通常のエルフも、ドワーフも、東洋人も、肌の黒い民族も居なかった。勿論、魔族のレジーナも参加出来ていない。ヘレナとルートヴィヒは、その事に大層ご立腹の様子だった。


「……ルキウースェノポリスでは、こんなにさびしい食事会をしたきおくはないな……」

「多くの人種や民族が入り交じる国でしたからね。かつてのローシェン帝国の頃の風紀の継承もあったのでしょうし――」

「国が危機にひんしていたのもあるだろうな。見た目でふるい分けるほどのよゆうがなかった……悲しい事だな」


 そう言ってミカエルは、自嘲気味に笑った。


「ミカエル殿、楽しんでおられますかな?」


 オスカー達が会話をしていると、突然イノケンティウスがやって来た。


「お陰さまで楽しくすごしております。今は少しつかれてしまったので、ここで休まさせて頂いていた所です」

「そうでしたか、それは良かった。……そうだ、オスカー殿。少しお時間よろしいですかな?」


 イノケンティウスは、そう言ってオスカーの肩に手を置いた。


猊下(げいか)のご用とあらば……殿下、少し待っていて下さい」


 オスカーはそう言って、イノケンティウスと共に会場の外に出た。









「……猊下が私に何のご用でしょうか?」


 二人は、月明かりだけが照らす、誰も居ない廊下に出た。


「いや、用と言う程の事では無いのだがね……」


 オスカーの問いに、イノケンティウスはそう笑って答えると、


「……何故今ワシの目の前に姿を現した?」


 先ほどまでの笑みを消し、感情を失ったような顔でそう続けた。


「何故、とは?」

「とぼけるな。何故、ワシの目の前に生きた姿を見せた。ギルベアド・クルーガーは未だ死なずと、ワシとワシの部下どもに見せつけた!」

「……理由は、既にお分かりでは?」


 オスカーはそう言って笑って見せる。ここではまだ戦わない。全てをふいにしたくはない。


「……ワシに対しての宣戦布告か?」

「宣戦布告だなんてとんでもない…………勝利宣言ですよ」


 イノケンティウスは、強烈な笑みを浮かべた。


「既に死人の貴様が、ワシに勝利宣言だと? 笑わせる! 既に勝負はワシの勝ちだ! 今に見ていろ……貴様に絶望を与えてやる。それとも、死が欲しいか?」

「死、ですか……私は既に死人ですので、これ以上はどう足掻いても――」

「フッフッフッ…………人は貴様を殺せなんだが、化け物ならどうだ?」


 イノケンティウスは、不気味に笑ったまま、尚も続けた。


「貴様が死なぬと言うのなら、ワシも死なぬ者を用意するだけだ! ……楽しみにしていろ? いずれ貴様を本当の地獄に叩き落としてやる…………」


 彼の笑い声は、長く続く廊下に響き渡った。









 ――ローシェン近郊の街道



「……クソッ!! 何としてでも止めろ!」


 冒険者達が街道を塞き止め、隊列を組んで構える。


「絶対にローシェンに行かせるな! ここで食い止めるんだ!」


 そう叫んだとき、『それ』の咆哮が、高らかに響き渡った。


 『それ』は、灰色の毛皮を月明かりに照らされ、ただ、まっすぐにローシェンを目指していた。

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