第百八話 ローシェン〔ニ〕
「ミカエル殿下、及びアウストリウス外交団の皆々様、よくぞご無事で……」
エルフリーデ達は、法皇の座すサン・レオン大聖堂から少し離れたところにある、巨大な館に居た。
一行がたどり着いて早々、入り口まで出てきたエルフリーデは、そう言ってたどり着いた彼らを労い、とりわけミカエルに対しては、片膝をたてて最敬礼した。
「早速で申し訳無いのですが、ミカエル殿下とオスカー殿は到着次第、法皇猊下に謁見せよと命が下っております。ご容赦下さい……」
「わかりました。……いしょう室をお貸し願えませんか? この服ではげいかに礼を欠いてしまいます」
そう言ったミカエルの服装は、確かに土埃で汚れていた。玉座の間に入るには、いささか不釣り合いかも知れない。
「勿論です! 早速ご案内させましょう」
「ありがとうございます」
ミカエルとルキウスは、エルフリーデの呼んだ部下の案内で、衣装室に向かった。
「アウストリウス外交団の方々は、上に部屋をご用意しています。どうぞお使いください」
「お心遣い、痛み入ります。それではオスカー殿、ヘレナちゃん、我々はこれで……」
フランツも、そう言って外交団と共に上の階へと向かっていった。そしてそこには、エルフリーデと、オスカー、ヘレナだけが残った。
「ギル兄、ヘレナちゃん。本当にありがとう」
エルフリーデはそう深々と礼をする。
「殿下が生きて私たちの元にやって来てくれて、本当に助かった」
「ミカエル殿下がお前の国で庇護を受けることになったら、難民となった多くの東ローシェン人の知識人や貴族階級の人間が一斉に流れ込んでくるからな。まだまだ領土の多くが荒廃しているノイケーニヒクライヒに取っては、大助かりだろうな」
「それもそうなんだけどね……理由は他にもあるの」
エルフリーデは、ヘレナの頭を撫でながらそう言う。憧れの人物に頭を撫でられたヘレナは、緊張で顔を真っ赤にして止まってしまった。
「ミカエル殿下を、我が国が保護した。東ローシェンを元々見捨てるつもりだった法皇庁とは違い、積極的に助ける動きを示した。その姿を今回の謁見で諸外国の駐在大使達に大々的に見せつけることが出来れば、法皇権力を抑えられるだけじゃなく、新興国かつ発展途上の我が国が、一躍世界の盟主になれる。そうなったら、私たちの目指す世界に近づけるかも――」
「エル……お前も悪くなったなぁ。師匠がそれ聞いたら泣くぞ?」
オスカーは、エルフリーデの言葉を遮った。
「そもそも、こんな話もし聞かれてたらどうする」
「それは大丈夫。うちには一流の魔術師が居るもんでね」
「なら良いんだがな……」
オスカーはため息をついた。
○
「これでどうだろうか……?」
しばらくして、ミカエルが衣装室から出てきた。幼いながらも非常に威厳のある出で立ちで、身の丈も心なしか大きく見える。
「殿下、良く似合ってますよ」
「うん! 殿下似合ってる!」
「そ、そうか? なら良いのだが……」
ヘレナに服装を褒められ、ミカエルは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、下を向いた。
「ルキア……じゃない! ルキウスさんは着替えないの?」
ヘレナは、そんなミカエルを差し置いて後ろに居る姿の変わらぬルキウスにそう聞いた。ルキウスは少しバツが悪そうに頬をかくと、説明を始めた。
「私は教会のしきたりで中には入れないんだ。だからこのままここで待機することになる」
「えぇー! そうなんだ……ざんねん」
「しょうがないさ。決まりだもの」
ルキウスは、そう言って笑った。
ハーフエルフと教会の確執は、神話の時代からあった。
古来、天主が人間の赤子に乗り移り、地上に降りてきた。赤子は成長し、各地に文明を与え、そしてマリアと言う名のエルフとの間にハーフエルフの子をなした。だが、その子は『魔が差した』子であった。成長した子は、神たる父を、同じく『魔が差した』者達と共に殺害した。
それ以来、天に戻った天主は『魔が差した者』達であるハーフエルフを恐れ、憎しみ、嫌悪し、神聖な空間である教会への立ち入りと、天主教の者なら必ず受ける洗礼を受けさせることを禁じたのだ。
「ルキウスがいないのは、少し不安だな……」
ミカエルは出発の直前、そう言って寂しげに呟く。
「殿下……ご安心下さい。あのエルフリーデ様と、オスカー殿が着いておられるのですから」
ルキウスは、そんな彼をそう強く励まし、送り出した。
「いつか余が、そんな世界を変えてやる……」
迎えの馬車に乗る直前、ミカエルが溢したその小さな言葉は、その場にいた誰にも聞こえることはなかった。
オスカー達も共に馬車に乗り込み、出発した。因縁の法皇は、彼らの目と鼻の先に居た。
(そういえば、なんでアンナはハーフエルフなのに法皇庁と繋がってるんだ……?)




