第百六話 夜襲〔ニ〕
オスカーは、後ろの馬車と少し近めの距離を取り、闇の中を進んでいく。
方角は、進みながら空を見て確認した。前と左右の空に北極星はいない。敵が現れたとされる南を突っ切ることにはなるが、致し方無いだろう。
幸いだったのは、敵がかなりバラけていたことだ。かなり少数での襲撃だったのか、個々が密集すること無く点在している。
オスカーはそれを見つける度に、逐一「レト・イルクレア」と、背後のフランツ達に聞こえないように唱え、始末した。敵は、闇の中に突如現れた棘により音もなく命を奪われた。お陰で馬車は、敵に見つかること無く潜り抜けられた。
道中、その場にいた兵達と合流しながら、オスカー達は夜明けまで、ただただ南進を続けた。次第に剣戟の音は聞こえなくなり、そして夜が空けた頃には完全に音が途絶えた。
「もう切り抜けたのでしょうか?」
朝日に焼ける空と、周囲を見てフランツがそう声を潜めて聞く。
「わかりません。が、少なくとも周囲に敵は居ないようです」
そう言ってオスカーも辺りを見渡す。既に周囲に敵影は見えず、ただ、ぼろぼろになったアウストリウスの兵達の姿があるだけだった。数はざっと五十名ほどだろうか。よく見ると、フランツの隊員でも、姿の見えないものがいる。あの戦場で未だに戦っているのか、それとも既にこの世に居ないのか……。
「後ろに残った兵達を待ちますか?」
「……いえ、もう少し進みましょう。じきに町に着きます。取り敢えずミカエル殿下とレオポルド殿下を安全なところに避難させなければいけませんから」
オスカーはそう言って、正面に向き直り、なおもシュバルツの足を進めた。
○
「よく、生き残った。大義である……」
しばらくたち、一行はようやく目的地、ズューテンハーウェンに着いた。
馬車から降りたレオポルドは、あの場を脱出できた兵の姿や、数を見て愕然としつつも、彼らにそう声をかけ、労った。生き残った兵達は皆、涙を流した。
「ヘレナ、殿下、ルキウス殿。ご苦労様です」
オスカーは、レオポルドに続いて馬車を降りてきた二人に声をかける。ヘレナは、馬車から降りて早々オスカーに駆け寄り、力強く彼を抱き締めた。闇の中で、心細かったのだろう。その上、持って産まれた『加護』の力のせいで、戦場に溢れる殺意まで感じ取ってしまう。まだ幼い彼女にとって、かなりの負担になったことは、言うまでもないだろう。
「おとーさん! 良かった……」
「ヘレナ……しんどい思いさせちゃったな。もう大丈夫だ。心配ない。殿下達をありがとうな」
オスカーは、そう言ってヘレナを抱き上げる。
一方のミカエル達は、静かに辺りを見渡していた。
「余を守るために……これほど多くのものが傷つき、これ以上のものがたおれたのか……」
「殿下……」
ルキウスはしゃがみこんで、その幼い皇太子の肩を抱く。ミカエルは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「それが、一国の主となると言うことです」
そんなミカエルに、オスカーは歩み寄ってそう言った。ミカエルは振り返り、オスカーを見つめる。
「兵や民は、主のために汗を流し、涙を流し、血を流し、時には命すら投げ出す。主は、その重みに耐えねばならないのです」
「だとすれば、一国の主とは辛い立場だな……」
「ええ。……ですが、それが皇族に産まれた貴方の役目なのです。自身を守る民草や臣下が投げ出した命の重みに耐え、生き抜き、そして彼らを庇護する立場を全うしなくてはならないのです……貴方の父上がそうであろうとし、全う出来なかったことを今、貴方が成すのです」
「……余に出来るだろうか?」
「きっと、出来ますとも。貴方には、それが出来るだけの器量と、良い臣下の方がいるではありませんか」
ミカエルはすぐにルキウスを見る。そしてコクりと頷くと、
「……余は、すでに安息の地を見つけていたのかも知れぬな」
と言って、優しく微笑んだ。
○
その日一日は、状況の整理に追われた。
あの戦場からは、続々と生き残った者達が、数名の捕虜を連れて町の部隊と合流してきた。
やはり襲撃者の正体は復活派と、彼らに雇われた海外の傭兵達で間違いないようだ。小規模な戦闘で自分達の存在を意識させ、途端に襲撃を止めて油断を誘い、夜襲で一気に仕留めようとしたらしい。
「まんまとしてやられたと言うことだな……!」
レオポルドはそう言って力強く机を叩き、拳を握りしめ、正面を睨み付ける。目の前には、捕らえられた捕虜達が並べられていた。
「朕の国で狼藉を働き、挙げ句朕の臣下達を無惨にも骸に変え、傷を追わせた……その罪は大きいぞ?」
レオポルドはそう言って立ち上がり、サーベルを引き抜くと、その内の一人の胸を切りつけた。大きく裂けた傷口からは血が吹き出し、返り血となってレオポルドに降りかかる。捕虜は叫び声を挙げ、悶え、死んだ。
「他の者は火刑に処せ。弱火でじっくりと、な」
レオポルドはそう言い放つと、切り殺した捕虜のこめかみにサーベルを突き刺し、その場を後にした。
火刑はその日の内に町の、北の外れで行われた。敵の残党達への見せしめと言うことらしい。彼らの怨嗟の声と、神への祈りの叫びは、一昼夜に渡ってもなお、辺りに響き渡った。
○
「遂に行くか、カラスよ」
翌日、馬車ごと船に乗り込むオスカーに、レオポルドがそう声をかけてきた。
「また長い別れになるかもしれませんが、再会できる日を楽しみにしています」
「で、あるか。向こうに着いたならば、エルフリーデによろしく伝えてくれ」
「ええ、わかりました。それでは……」
「また、いずれ……」
オスカーは船に乗る。既にヘレナ達は甲板で彼を待っている。
「なぁオスカー。ローシェンとは、どのような所なのだ?」
「わたしも知りたい!」
二人の子供が、そうオスカーに聞く。オスカーは少し空を見上げると、
「……素晴らしい所です。きっと、殿下のお気に召すと思いますよ。もちろん、ヘレナも」
そう言って二人に視線を戻し、微笑んだ。
船は出港する。ローシェンまで、あともう少しだ。




