9 再会と事実と迷い
背後からした声の方を向くと、あの黒い何かが手らしき黒い何かを振って佇んでいた。
「何って、創った世界を自由に探検してただけだよ……」
ついさっきまで落ち込んでいたため低い声音で答える。
『そう言う割には、なんだか落ち込んでいるように見えるね』
『それに目の前のあの生き物だって何だか騒がしいよ?』
「ほっとけ」
『まぁまぁ、多分私が今したい話と関わってる事だろうから教えてよ』
「は?関係ねぇよ」
「お前はさっさと俺が創った世界に住み込んで隠居してればいいじゃねーのかよ」
浮ついた口調が癇に障り、思わず強い語気で返す。
『んー、面倒臭いね』
そう、ぽつりと言うと、おもむろに近付いて来た黒いもやの創造神の手が空の顔を掴む。
「なっ、何して」
『いいからいいから』
掴んだ手をひっぺがそうとするが全く離れない。
そのままの状態で数秒、パッと手を離した創造神が言う。
『なるほどねぇ』
『予想通り過ぎて笑えてくるや』
そう言って、くすくすと笑うように体を震わせる。
「あ?何言ってや『はいもういいから』
『ここじゃなんだから移動するよ』
空の発した言葉を遮り、そのまま空の肩に手を置いた創造神。
一瞬。
一人と一柱の姿は森の中から跡形もなく消えていた。
「何すんだお前!」
転移した先は、宇宙全体を俯瞰出来る創造神の間。
話し相手ちゃんの木があるあの空間である。
そこで、空は転移して早々に文句を言いまくっていた。
『うーん』
『とりあえず何から話そうかな』
「何してんだって聞いてんだ!」
先程から軽々しく扱われ少し頭に血が上っている空。
『煩いなぁ』
『話が進まないから黙っててね』
おそらく口があるであろう場所に人差し指を立てる創造神。
その瞬間、空は声を失った。
喋ろうとしても音が出ない、創造神の力で強制的に黙らされたのである。
(こんの野郎……)
『はい、もっと煩くするようなら罰を下します』
(チッ)
黙りゃいいんだろ、と内心で悪態を付き、目線で話を促す。
『うんうん、従順なくらいが丁度いいや』
と言いこぼしてふふんと喜ぶ。
ように見える黒い人型のもや。
『さっき君の顔を掴んだのはね、君の記憶を読み取るためにしたんだよ』
(あの一瞬で!?)
『まぁ神だからね』
『って、それはどうでもいいんだよ』
『したい話ってのはさ、まぁ端的に言うと』
『何で君に創造神を譲ろうとしたのかって話』
(確かに、その理由は聞いてなかったな)
強制的に黙らされたことにより、少し冷静になってきた空。
『実はさ、君の前にも死んだ後、創造神の力を分け与えた人間っているんだよね』
(ん? じゃあどうして俺が今こうして創造神やってるんだ?)
(他に任せられる人間がいるなら俺は要らないんじゃ?)
『まぁ確かにそうだけどさ』
『みんな創造神としてさ、ちょっと合ってないなー、って思ったから辞めてもらったんだよね』
(辞めさせるって、その後創造神やってた奴はどうなったんだ?)
(もしかして、あの無の中に閉じ込めてるとかないよな?)
『まっさかぁ、今も普通に地球で生きてるよ』
『記憶は消えて、赤ん坊の状態に生まれ直しではあるけどね』
その話を聞き、全くの他人事であったが少し安心した空。
『ははは、君にやったあの罰は唯の脅しだからさ』
『虚空に閉じ込めるなんてよっぽどしない限りやんないよ』
「おまっ、そのよっぽどを俺はやられたんだが!?」
とキレ気味にツッコむ。
「あ」
「声出せるようになってる」
『ちゃんと冷静に会話出来るようになってきたからね』
『じゃあ、本題だ』
声音が変わり、空気が張り詰める。
『何で君の前の人間たちは創造神失格だったか』
『どうして君、高橋空が創造神としてここに召し上げられてきたか』
次の言葉を待つ間、緊張でごくりと喉がなる。
自分が何故創造神としてここにいるのか、その理由は今まで考えたことは少しあったが、明確な理由があるとは思わず、運かなぁ、とそこまで考えずにいたのだ。
その理由が今、明らかになる。
『それはね、君が、待つことついて、他の人間より異常に優れているからなんだ』
「は、はぁ、待つことですか……」
『そ、まぁそれだけが創造神に必要な要素じゃないけどね』
もっとすごい事実を言われるかと身構えていたのに、待つことに我慢できるから、というしょうもない理由に拍子抜けする空。
「それって、単に俺が我慢強いってだけでは?」
『まぁ、簡単に言うとそうなんだけどさ、その我慢がずば抜けてるんだよ』
『なんか覚えない?』
「いやー、特に…………あっ」
覚え、そう言われて地球にいた頃、その記憶を思い出す。
(そういや集中力すごいわねとかお母さんに言われたり、遊ぶ約束を一日勘違いしてずっと待ってたことあったなぁ)
上記の思い出のことについて、空は大したことのない思い出として扱っているが、集中力についての場面は、ゲームの中でモンスターの孵化(12時間待ち)をじっと画面を見て待っていた時に言われた言葉で、遊ぶ約束の場面は、駅前で朝の10時から夜の8時まで友達を待ち続け、変な人がいる、と通報を受けて駆け付けた警察官に帰るように言われて、ようやく帰ったのだ。
そう、空には何かを待つことに対する抵抗が全くなく、また結構楽観的な性格であることも影響し、常人では痺れを切らすような場面でも、ずっと待つことの出来る異常な人間なのであった。
けれど、空自身には待っているのが苦痛だった経験は地球で生きていた時にはなく、またその異常性が発揮されるような出来事もあまり起きなかった為、自覚というものがないのだ。
だが、そんな空にも待つことが耐えられなくなった時が一度だけあった。
それは、トラックに轢かれ死んで間もない頃、罰と称して虚空に閉じ込められたあの時である。
空があの時待っていた時間は、およそ100年。
何もない本当の無の空間で、人のほぼ一生の時間を待ち続けていたのであった。
「で?その待てる能力が創造神としてどう役に立つんだ?」
『えぇ……まだ自覚ないんだ……』
『うーん、そうだな……』
少し悩んで、ポン、と何かを思い付く。
『そうだそうだ』
『君の記憶を読み取ったときにさ、君が創ったニューアースとやらの時間をものすごく進めていた時の記憶があったんだけどさ』
『創造神の力でもさ、時間の加速って一億倍が限界なんだよ』
「ああ、そうだったな」
「でも、一億倍なんてしたらすぐじゃないか」
「何かおかしいところでもあったか?」
『何かって、その時も待ち続けていたよね』
『大体だとしても30年だよ?』
『君はそれだけの時間、じっと地球の方を見ていたじゃないか』
『そんなことが出来るのは君か、私くらいだよ』
「そうなのか?待つくらいなら誰でも出来そうなもんだけどなぁ」
『それが普通の人間には出来ないから、君を呼んだんだよ』
はぁ、と分かったような分からないような返事を返す。
「ってことは、俺の前に創造神になった連中は、その我慢が出来なくて失格になったのか?」
『まぁそうだったこともあったけど、他にも、ちょっと世界を創ってすぐに飽きて遊ぶ人間とか、自分の創造した人間とずっと性交をしてるような人間もいたね』
『後はねー、自分が創った生物に嫌気が差して、世界創りを諦めちゃった人間とか?』
こちらを見透かしたような口調でそう言う元創造神。
その言葉の裏には、先程の出来事のことを言っているのだと、ありありと伝わって来た。
空の脳内では、先程の光景がフラッシュバックしていた。
今にも泣きそうな様子でつがいを探す人間に少し似た醜い生き物、ふと目が合った時、その眼には憎悪とも、絶望ともとれるような、深い感情が滲んでいた。
「あっ、あれは驚いただけだ!」
「ちゃんとオスのやつを呼び戻して、言葉を通じ合わせればその後も……」
その後に何をしようとしていたのかを思い出し、口ごもる。
あの時、空は世界を作り直そうと思っていた、それが意味するのは、拒絶。
自身が創ったものに対する、どうしようもない嫌悪の感情であった。
『そうだよねぇ、自分が勝手に創ったのに、気持ち悪いからはい要らないなんて、愛しい命に対してさ、酷い傲慢だよね』
『しかもあそこで消えろって言ったのに、家族愛を見て後悔するなん「黙れよ!!!!!」
その先の言葉を聞きたくなくて、叫んでいた。
「俺だって、分かんねぇよ、どうすればいいかなんてさぁ!」
「だって、普通の人間を期待してたけど、あんな奴らでも人間らしく生きてるんだって知ったら、もう創り直すなんて考えられるわけないだろ!」
「俺が創ったもの、すべてにちゃんと命が宿ってるって、気付いちまったじゃねぇか!」
「これからどうやってやっていけばいいか、分かんなくなるだろ…」
思っていたことすべてを吐き出して、少し落ち着く空。
『そう、その葛藤が、私が言わなかった創造神に必要な要素の一つだよ』
「は……?」
『みんなさ、君と同じようにさ、自分が感情や知性を持った生命を扱っている、って認識がないからさ』
『いざそれに気付いた時、自由自在に命を操る、その重みに耐えれずに逃げ出すんだよね』
『ま、その重みが気持ちいいっていうサイコパスも、いたにはいたんだけど』
『そんな人間の創った世界なんて、あくが強そうでちょっと嫌なんだよね』
はは、と笑って話す元創造神。
『でも君にはあれがあったでしょ?』
いまいち要領を得ない元創造神の言葉に、何か引っかかりを覚える。
ふと、遠い昔のとある出来事を思い出した空。
(あぁ、何してんだろ、俺)
「おい」
『なんだい?』
「もし俺が、そういう人間みたいに、創造神の立場から逃げ出したならどうするんだ?」
『君なら、大丈夫だと思っているよ』
「答えになってない」
はぁ、と軽いため息を吐いて話し始める。
『普通に地球に返すよ、記憶は消して、赤子からだけどね』
「その後、この世界はどうなる?」
『消すよ』
『別に残しておく必要もないからね』
「つまり、俺がこのまま創造神をしなければ、あいつらは消えるってことなんだな?」
『そうなるね』
「なら俺は創造神を続けるよ」
『お、いいね』
『でも、半端な覚悟じゃ精神が持たないよ?』
『私みたいに、生命のあらゆるを作業として無視出来るなら大丈夫だろうけど』
「平気だよ」
「ずっと前から、覚悟は出来てた」
『うん、君ならそう言ってくれると思っていたよ』
その重すぎる責任を知ってもなお創造神を続けようと決心した空。
だが、その脳裏には、暗く苦すぎる記憶があり、
(俺は、また、命をぞんざいに扱おうとしたんだな…)
空は、随分昔、幼い頃に犯した過ちを思い出していた。
一話だけ過去編行きます。
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