10 忘れていたこと
空の一人称です。
俺、高橋空は人を殺したことがある。
忘れもしないはずだった。
母、父、俺という三人家族の高橋家の長男であった俺は、一人っ子で、それがとても寂しかったことをよく覚えている。
そして、ことあるごとに、母に対して、弟か妹が欲しい、どうして俺には兄弟がいないの、と今思えば母が可哀そうになるような質問をしていた。
母は、俺がそう聞くと、決まっていつも、お母さん頑張るからね、大丈夫だからと、幼心にもよく分からない答えをしていた。
今は、なぜ母がそう答えたかは、よく分かる。
だが、そんな高橋家にも春が来た。
俺が9歳のときであった。
学校から帰って来た俺は、いつもは空いてるはずの玄関が閉まっていたので、予備の合鍵を使って家に入った。
それから、ゲームをして時間を潰していると、両親が帰ってきて、
空、あなたに弟が出来るわよ。
そう言われとても嬉しかったことを、今もしっかり覚えている。
けれど、その幸せはそれ以上大きくなることはなく、それどころか、深い深い絶望へと空を誘っていった。
とても暑い夏だった。
その時は、ニュース番組で今までにない暑さの夏だと言われていた。
まぁ、それがあの出来事に関係しているのかと訊かれたら、
知らない、と返すしかないのではあるが。
川へ、バーベキューをしに行った。
その川には、大きな岩があって、その上で遊んでいた。
母は、危ないから早く降りてきなさいと語気を強めて下の方から言ってきたが、まだ遊び足りなかった幼年の俺は、その言葉なんてどこ吹く風。
そろそろ降りようか、そう思っていた俺の足はその一歩を滑らせ、頭から一直線に地面に落ちていく俺。
落ちる先は水面ではなく、硬い石の地面。
死を覚悟した。
だが、落ちた時の衝撃はなく、多少頭を痛めたが、何かに守られた感覚があり、どうにか助かった。
が、その守ってくれた何かは下で見守っていた母だった。
母は、俺を抱いてぐったりとしていた。
その青い顔色、がなんだか怖くて少し離れた。
父は、その母に必死に何かを呼び掛けていた。
その周りには、今日のバーベキューの食材が散らばっており、急いで火元から駆けてきたことが分かった。
程なくして、救急車が川沿いに来て、母を連れていく。
父がそれに付いていった。
俺は、いつの間にか来た、父方の祖父母と一緒に家に帰った。
一晩明けた。
その夜は、あまり寝れなかったし、どうやって寝間着に着替えたか思い出せなかったが、確かお祖母ちゃんが何か言っていたのを覚えている。
多分、優しい言葉だったのだろう。
朝、母が入院しているという病院に行き、
自分の弟が死んだことを知った。
どうやって教えてもらったのかは、全く覚えていない。
けれど、母の温かい笑顔が嬉しかったことと、父の、じっとこちらを見つめる、嫌に明るい茶色の虹彩だけをよく覚えている。
その後、母は無事に退院し、また変わらない日常が戻って来た。
はずだった、確か、変わらなかった気がする。
でも少しだけ変わったことはあった。
母が、少し俺にやさしくなったのと、
父に対して、少し怖い、そう思うようになったことだった。
自分が殺人をしたんだと、そう気付いたのは、中学に上がって少しした頃。
母の不妊体質を教えてもらった時で、その時に思いっきり吐いた。
両親の努力をすべて失くしたこと、母の歳ではもう子供は望めないこと、そして、自分がした軽率な行動で、生まれてくるはずだった一つの命を奪ったこと。
それら全てを、一気に理解した。
その時から、生命に対する見方が変わったんだと、そう思う。
それから、高校生に上がって、弟を殺した時のような暑い夏の頃。
両親が交通事故で死んだ。
遺産は、父が高給取りだったようで沢山あった。
幸いなことに、精神は壊れることはなかった。
友人たちに、辛いと、寂しいと泣くことが出来たからだった。
そのおかげで、きちんと心の整理をすることが出来た。
高校生であったから、というのもあったのかもしれない。
一年かけて、両親を亡くした孤独にも慣れ、一人暮らしにも慣れた頃だった。
弟のことは心の奥にしまい込み、だんだんと思い出す時も少なくなっていた頃、トラックに轢かれて俺は死んだ。
何故か、忘れかけていた。
どんなに償っても、どれだけ許しを請おうとも、
雪ぐことの出来ない罪なのに。
そして、現在に、再び生命の行方を握る決断をし、その後の場面に移動する。
第一章 世界創造編 終了
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