8 ニンゲンと驚きと我儘
走り出して程なく、丘の上から見えた開けた場所に着く。
そうして、その場所にあったのは拳大の石が転がっている、いたって普通の上流に相当しそうな川だった。
「わぁ、普通の川だ」
そう言って、その川に近付き、手を入れて水温を確かめた。
「つめてー」
ひんやりとした感覚が、両の手に流れる。
先程から動きっぱなしの身体には心地よい温度で、ふぅ、と一息ついた空。
この川にも小さな生き物がいるらしく、よーく水面を見ているとメダカぐらいの大きさの魚がいたり、水生の昆虫がいたりと様々だ。
そうして、川の周りの環境を見ていると、川辺から少し離れた森側、そこで他の環境とは違うものがあるのを発見した。
座り込んで水をいじるの止め、その近くへと歩いていく。
「ん?これは…血と……内臓……か?」
そこにあったのは、大きめの石の上で散乱する血や、何かの内臓らしきもの。
「この内臓は、場所と大きさ的に魚かなぁ」
そんなことよりも、これにより発覚した、もっと大きな問題に考えを巡らせる空。
「というよりも、魚であれ何であれ、狩ったものを捌いたやつがいるってこと…」
「つまりニューアースにも、人間と同じような生き物がいるってことだよな!」
と大発見に心躍らせる空。
「やっぱりいるのか~人間!」
「どんな感じなんだろ、楽しみだなぁ」
そうして周囲を見回す空、だが人間らしき生き物は何もおらず、どうにかして手掛かりを、と思い足元捨てられた内臓に目をやる。
その内臓は、解体されてから日を跨いでそこにあったという見た目ではなく、捨てられてから二時間ほど、あっても数時間だろうという新鮮さだった。
「少なくとも、めちゃくちゃ遠くに行った、って訳でもなさそうなんだよな」
「どう探すか……」
地道に川の近くを探すのは面倒だと思い、だが適当に探しても見つかるものでもなく。
いっそ、創造神の力でもってこの場に呼び寄せようとも思ったが、探す楽しみが無くなるのつまらないと。そうやって思考を巡らしていく空。
それからすぐさま、名案を思い付いたのであった。
飛べばいいや、と。
それは、歩いて探す面倒くささを省き、探す楽しみを取った、ぶっ飛んだ頭の悪い案だった。
ちなみに、その時の空の脳内では、最初から飛んで探索をしていれば楽だった、という考えは無かった。
ニューアースの人間が気になって仕方がない空は、空を飛べ、とそう念じると、フワッと浮いた身体をまるで初めから宙を飛んで生きていたかのように操り、木々の上を飛びながら、川を中心にして探索を始めた。
「んー、何かそれっぽい場所があると思うんだけど」
と、空からの探索を始めて数分。
「やっぱ、がむしゃらに探しても見つからないかな」
そう思い、アプローチを変えて探索しようとし、ふと思い出すことがあった。
(昔の人類って、川沿いだったり、水に近い場所に住んでたんだったよな)
と、人間探しに役に立ちそうな知識を思い出し、探し方を川沿いメインにすることに。
「とりあえずこの川下ってみようかな」
そうして、ゆっくりと流れる水に沿って下流の方へ進んでいく空。
10分ほど経った頃だろうか、少し進んだ先、やや森に入った所に、不自然に木々の間が空いている箇所を見つけた。
「あそこ、もしかしたら集落的な場所かも」
そのまま空を飛んで行くと気付かれて、襲われたり逃げられたりしそうなので、空を飛ぶのを止め、ゆっくりとあまり音を立てずに、その場所に進んでいった。
様々な動植物がいる森をゆっくりと進んでいく。
何があるかぼんやりと判別できる近付いた時、空はふと、
「わぁ」
と間の抜けた感嘆を漏らしていた。
そこにあったのは、ほんの小さな集落のようなもの。
家と言うには粗末なつくりのものが三つ、そしてそこ居たのは、
身長が2メートルはゆうにあるだろう猫背の大男、それが数匹の魚を見せびらかし、その周りを嬉しそうに駆け回っている、空と同じくらいの背丈であろう子供らしき生き物。
この情報だけでは、大きめの原始人だなと、思うくらいであまりおかしな感想は抱かないだろう。
だが、その時の空の心情は、
(なんだあいつら……人間じゃ……ない?)
と、普通の反応とは全く異なるものであった。
それもそのはず、その人間もどきの外見は長身の猫背の男というだけではなく、深い焦げ茶の体毛、長くだらんと伸びた腕、縦に裂けた大きな口、顔の横についた山羊のような瞳、猫や犬に付いているような後ろ足で二足歩行をしていた。
その容貌は、人間というにはひどく醜く、空の予想していた人類とはあまりにかけ離れていた。
けれど、そんな人間もどきの生き物でも、いたって普通の優しい親子の団欒を送っているという、その光景に、空は得も言われぬ違和感を感じていたのだった。
(あれが……この世界の……人間…………)
嫌だ。
それは、空がニューアースの新しい人間に抱いた最初の感情であった。
(醜い、気持ち悪い、あんなやつが闊歩する世界で冒険なんかしたくない!)
(あー、くそミスったな、きちんと理想の人間像まで考え込めばよかったのか)
(これは、創り直しかなぁ)
そう空が否定するのは、人間としては正しいのかもしれない。
だが、彼らを自らの意思で勝手に生命を生み出し、あまつさえ出来が悪ければ存在さえ否定するというのは、創造神、生命をも創る者としては、あまりにわがままが過ぎる思いであった。
そうして悩んでいたためか、背後から近付いてくる影の接近を許していた。
「ガヴゥア!ガヴゥア!」
「!?」
突然聞こえてきた音に驚き、急いで振り返る。
数メートル離れた場所に、乳房らしきものが付いた人間もどきが、威嚇らしきものをしてこちらを見つめていた。
(あれはあの人間もどきのメスのつがいか?)
(てか音出したら、あいつが……!)
そう思ったが、時すでに遅し。
また元の方に振り返ったが、オスの人間もどきとその子供は空に気付き、雄の方は子を守ろうとしてか、鬼気迫る様子で空に相対していた。
(んー、やっちまったなこりゃ……)
様子を見るだけだった計画が崩れ、ポリポリと頬を掻いて思想する。
(とりあえず、力つか「ギャアァオオオオオオオ!」
突如響いた咆哮に、思考ごと身体が固まる。
その咆哮は、子を守らんとするオス人間もどきが取った、目の前の敵を排除せんとする意思の表れだった。
「は……?なんだいきな、がっ」
空が力を使うその寸前、背後の死角より、食らったことの無いような強い衝撃が走る。
(うし「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
空が判断するよりも速く、目の前の人間もどきが、その縦に裂けた口を開いて突進してくる。
(ああもうキモ過ぎんだよ!)
「消え失せろ!」
咄嗟に放ったその言葉は、直前に迫っていたオスの人間もどきを、跡形もなく何処かへ消し去っていた。
そうして、その場所には一瞬の静寂が訪れ、すぐさま別の咆哮が響く。
再び身構えた空であった空であったが、そのすぐ後に見えた光景に思考を奪われた。
消えたオスの人間もどきのいた場所の近くを、必死になってメスの人間もどきが探し回っていたのだ。
その眼には今にも溢れんばかりの涙を抱えて、その姿はまるで愛すべき片割れを失ったかのように。
子は、先程守られていた場所から動かず、呆然と立ち尽くしている。
傍から見ると、酷く滑稽ともとれるこの光景。
だが、それをジッと見つめていた空の心の中は、自分のしでかした事に対する後悔で一杯だった。
そうして後悔に苛まれている空。
その背後から、少し懐かしく、けれど憎き、
『やぁ、今は何やってるのかな?』
という声が聞こえてきた。




