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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第95話-連合軍のひとたちが共同戦線してくれるって!

――惑星連合軍幹部視察記録


とある惑星系の連合軍幹部たちが、惑星監理局へ到着したのは、午前の第二時限だった。


目的は、今後予定されている共同戦線における協定締結。


対象は、外縁宙域で発生している複数の神性存在反応、および一部惑星政府の軍事魔術暴走案件。

惑星連合軍だけでは対応が難しく、監理局だけで全域を押さえるには範囲が広すぎる。

だから、連合軍と監理局は、一時的に作戦情報と戦力運用の一部を共有する必要があった。


会議は長かった。


第一会議室で基本協定。

第二会議室で情報共有範囲。

第七会議室で魔術災害時の指揮権。

封鎖会議室で非公開戦力の取り扱い。

最後に、作戦統括官と連合軍参謀部による実務調整。


幹部たちは、それぞれ軍服の襟を正し、重い勲章を胸に下げていた。


第八方面艦隊司令。

陸戦魔術師団総監。

機動防衛軍参謀長。

惑星降下部隊監察官。

連合軍法務局の高官。


いずれも戦場を知る人間だった。

政治家ではない。

机上の権威だけでもない。

それぞれが、幾つもの惑星で死者を見てきた者たちだった。


だからこそ、彼らは監理局を警戒していた。


惑星監理局。


宇宙規模の秩序維持機関。

局長ジェレミー・クリエット。

実戦記録は多く、介入実績も多い。

神性存在、魔術災害、危険文明、敵性存在、旧世代由来遺物。


扱う案件の規模は、連合軍から見ても異常だった。


だが、会議の中で、幹部たちは何度も同じ言葉を聞いた。


箱庭の娘たち。


「箱庭の娘たちの投入判断は、監理局側の承認系統に従います」


「共同戦線において、箱庭の娘たちへの直接命令権は発生しません」


「レトの単騎遊撃運用については、現地指揮官の独断要請を認めません」


「ロジーの情報支援については、記録範囲を事前合意します」


「エルへの接触は、原則として監理局同伴時のみです」


まただ。


箱庭の娘たち。


幹部たちは、表情には出さなかった。


だが、内心では多くが同じことを考えていた。


魔力生命体。


人間型の特殊存在。


監理局が保護し、所属させ、活躍記録を残しているという少女たち。


外部では、噂もあった。


ジェレミー局長は魔力生命体にご執心らしい。

監理局は箱庭の娘たちを広告塔にしている。

活躍記録は誇張されている。

人間型魔力生命体を「人格ある戦力」として見せるための政治的演出だ。


もちろん、幹部たちは公式の場でそんなことは言わない。


だが、疑いはあった。


戦力として強大だというなら、なぜ子供の姿をした存在に頼る。

軍規に組み込めない存在を、なぜ共同戦線の要素に入れる。

情緒が幼いと説明される個体を、なぜ前線に出す。


監理局は、特殊存在への情が判断を曇らせているのではないか。


そういう疑念だった。


会議が一段落したあと、幹部たちは監理局の施設を案内された。


先導するのは副長だった。


金髪の細身長身。

穏やかな笑みを浮かべた、監理班の男。


礼儀正しい。

声も荒げない。

だが、どこか油断ならない。


「この先は生活区画と訓練区画を繋ぐ中央廊下です。時間帯によっては職員の往来が多くなりますので、足元にご注意ください」


「足元?」


第八方面艦隊司令が眉を動かした。


その直後だった。


廊下の向こうから、ぱたぱたと軽い足音が聞こえた。


淡緑の髪が揺れていた。


左側で結ばれた長いワンサイドテール。

黒いリボン。

青いキューブ状の髪飾りが二つ、光を受けてきらきら揺れている。


レトだった。


その後ろから、ピンク髪のツインおさげを揺らしたロジーが追いかけてくる。

頭上には小さな浮遊デバイス。

その表示には、なぜか大きくこう出ていた。


本日の廊下遭遇記録


さらにその後ろを、白髪のボブの少女がゆっくり歩いていた。

毛先は淡いピンク。

手には、小さな硝子の鳥のようなものを持っている。


エルだった。


レトは廊下の途中で立ち止まり、両手を上げた。


「ロジー、見て! できた!」


レトの手元に、硝子質の小さな短剣が生まれた。


戦闘用ではない。


刃先は丸く、柄の部分に小さな星の模様が入っている。

青白い光が中で揺れていて、硝子細工の玩具のようだった。


ロジーが目を輝かせる。


「かわいい! 短剣なのにかわいい! 記録していい!?」


「いいよ!」


「角度! 角度ちょうだい!」


「こう?」


レトは短剣を持って、なぜか決めポーズを取った。


エルが横から覗き込む。


「きらきら」


「エルも見る?」


「見る」


レトは嬉しそうに短剣を差し出した。


その一連の様子を、連合軍幹部たちは見ていた。


幼い。


あまりにも幼い。


廊下で騒ぎ、はしゃぎ、写真を撮り、硝子細工を見せびらかしている。


ここは、宇宙規模の秩序維持機関ではなかったのか。


幹部の一人が、声には出さずに目を細めた。


ガキだ。


別の幹部は、冷めた視線で見た。


これが箱庭の娘たちか。


魔力生命体。

人間の子供のような姿。

監理局に可愛がられている存在。


たしかに、広告塔には向いているかもしれない。


レトがこちらに気づいた。


「あっ」


レトは硝子の短剣をぱっと消し、姿勢を正した。


「こんにちは!」


元気な声だった。


ロジーも手を振る。


「来客記録! あ、公開範囲未確認だから顔は撮らない!」


エルは少し遅れて、ぺこりと頭を下げた。


「こんにちは」


副長が穏やかに言う。


「三人とも、廊下での魔力造形は許可範囲内ですか?」


レトはびくっとした。


「えっと……小型、低温、非戦闘用、通行妨害なし!」


「出力は?」


「二パーセント以下!」


「よろしい」


ロジーが小声で言う。


「副長、来客前だからちょっと厳格モードだ」


「いつも通りです」


「嘘だぁ」


副長は笑顔のまま、ロジーを見た。


ロジーは即座に姿勢を正した。


「いつも通りです!」


幹部たちの表情は変わらない。


しかし、その沈黙の内側には、はっきりとした評価が生まれていた。


規律がない。


監理局は本当に、これを戦力と呼ぶのか。


レトは副長の後ろにいる幹部たちを見上げた。


そして、にこっと笑った。


「共同戦線の人たち?」


副長が答える。


「はい。惑星連合軍の幹部の方々です」


「そっか!」


レトは胸の前で両手を握った。


「よろしくお願いします! わたし、レトです! 戦闘班です!」


幹部の一人が、ほんのわずかに眉を動かした。


戦闘班。


この姿で。


この声で。


第八方面艦隊司令は、形式的に頷いた。


「よろしく、レト」


呼び捨てだった。


レトは気にしなかった。


「はい!」


その時、廊下の奥からジェレミー・クリエットが現れた。


レトの表情が一瞬で輝く。


「お兄さん!」


連合軍幹部たちの視線が、わずかに動いた。


お兄さん。


局長を。


公式の来客がいる廊下で。


レトは走り出そうとして、直前で踏みとどまった。


「廊下は走らない……!」


自分で自分に言い聞かせるように呟き、早歩きでジェレミーの方へ向かう。


ジェレミーは立ち止まった。


「レト」


「お兄さん、あとで訓練見る?」


「見る」


「ほんと?」


「予定に入っている」


レトの目がぱあっと明るくなった。


「じゃあ、わたし、がんばる!」


「無理はするな」


「無理じゃないがんばる!」


「よし」


ジェレミーの声は短い。

表情もほとんど変わらない。


だが、レトはそれだけで嬉しそうだった。


幹部たちは、それを見ていた。


局長が、魔力生命体の少女に甘い。


噂は、少なくとも半分は本当らしい。


副長は、幹部たちの視線を確認していた。


何も言わない。


弁明もしない。


ただ、穏やかに言った。


「それでは、次に訓練区画へご案内します」


第五複合訓練室。


そこは、連合軍幹部たちが想像していた訓練場とは少し違っていた。


巨大な格納庫のような空間。


天井は高く、壁面には多層防護術式。

床には可変地形パネル。

左右には模擬市街、遮蔽物、障害物、輸送艇残骸、重装甲標的、魔術砲台、機動ドローンの射出口。


観覧席は分厚い透明障壁の向こう側にあり、幹部たちはそこへ通された。


すでに戦闘班長、魔術制御部長、医療班主任、作戦統括官が待機している。


訓練室中央には、レトが立っていた。


先ほどの廊下と同じ少女。


淡緑の長い髪。

左側のワンサイドテール。

青い髪飾り。

小柄な身体。


だが、表情が違った。


幼さは消えていない。


それでも、廊下で短剣を見せびらかしていた時の顔ではなかった。


ジェレミーが観覧席の中央に立つ。


通信が開く。


「レト」


「はい!」


「開始前確認」


レトは背筋を伸ばした。


「第五複合訓練室、標準遊撃訓練。想定、敵性魔術群による市街地侵攻。任務目的、民間人模型の全数保護、敵性標的の無力化、重要設備の損傷率五パーセント以内。訓練出力、初期二十パーセント。追加出力は局長承認。医療班待機確認済み。作戦終了後、損耗報告をします」


連合軍幹部の数名が、そこで初めて表情を変えた。


声は明るい。


しかし、内容は軍人のそれだった。


ジェレミーが言う。


「守る対象に自分を含めろ」


「はい。わたしも作戦資源です」


「開始」


訓練室の照明が落ちた。


次の瞬間、警報が鳴る。


床面が変形し、模擬市街が立ち上がる。

建物。

路地。

崩れかけた橋。

逃げ遅れた民間人模型。

上空から降下する機動ドローン。

地上を走る四脚型標的。

遠距離から術式砲を構える重装標的。


訓練開始から一秒。


レトの姿が消えた。


幹部の一人が息を呑む。


「どこへ」


答えは、次の瞬間に出た。


レトは上空にいた。


硝子の板を足場にして、空間を蹴るように方向転換する。

青白い光が軌跡になり、彗星の尾のように伸びた。


彼女の周囲に、硝子の短剣が生まれる。


一本。


十本。


五十本。


百本。


ただの弾幕ではない。


短剣はそれぞれ違う角度を向き、違う速度で動き、違う目標を追っていた。


飛行型ドローンが散開する。


レトは手を振った。


硝子短剣の群れが、空中で一斉に曲がった。


直進ではない。


敵機の進路を塞ぐもの。

砲口を叩くもの。

脚部だけを切るもの。

センサーを割るもの。

民間人模型へ向かう破片を弾くもの。


撃墜ではなく、制圧。


破壊ではなく、無力化。


無数の短剣が、まるで一つの部隊のように動いていた。


陸戦魔術師団総監が、無意識に前へ出た。


「制御数は?」


魔術制御部長が答える。


「現在百二十八」


「同時に?」


「はい」


「補助端末は?」


「ありません」


総監の口が閉じた。


地上で四脚型標的が走る。


民間人模型の一体が、崩れた壁の下に取り残された。


レトは空中からそれを見た。


「救助優先!」


硝子短剣の一部が即座に敵を牽制する。

別の短剣が壁の荷重点に入り込む。

青白い光が一瞬だけ強くなる。


壁は爆ぜなかった。


焼け落ちもしなかった。


支えを失った部分だけが、静かに切り離され、硝子の薄板に乗せられて横へ滑った。


レト自身は、すでに地上にいた。


民間人模型を抱え、路地の外へ跳ぶ。

着地と同時に、背後へ短剣を放つ。


彼女が見てもいない方向から飛んできた魔術弾が、硝子刃に弾かれ、空中で青白い火花になった。


第八方面艦隊司令が、低く呟く。


「反応が早すぎる」


作戦統括官が淡々と言った。


「レトは危険認識から術式展開までが速い。戦闘後に判断過程を言語化させますが、戦闘中はあれが長所です」


幹部たちは返事をしなかった。


訓練は、まだ第一段階だった。


壁面の大型射出口が開く。


重装甲標的が三機、前進する。


連合軍でも使われる対魔術師制圧機に近い形状だった。


分厚い装甲。

多層結界。

重力アンカー。

魔力拡散フィールド。


人間の魔術師なら、正面から止めるのは難しい。


一機が重力アンカーを射出した。


空間が歪む。


レトの動きが、わずかに鈍る。


幹部の一人が、小さく息を吐いた。


「捕まえたか」


次の瞬間、重力アンカー同士がぶつかった。


「……は?」


レトは捕まっていなかった。


彼女は自分の周囲の空間を、ほんの少しだけずらしていた。


アンカーが固定したのは、レトのいた場所ではなく、レトが一瞬前までいた座標の皮だけだった。


重力場がずれ、アンカー同士が干渉し、標的の足元が崩れる。


レトはその隙間を抜けた。


硝子短剣が三本、標的の関節外側へ刺さる。


内部ではない。


装甲の継ぎ目。

駆動部の外縁。

結界の重なり目。


そこだけを割る。


青白い熱が短く解放され、標的の脚部が停止した。


二機目が砲口を向ける。


レトは真正面へ飛んだ。


観覧席の幹部たちが、一瞬だけ身体を強張らせる。


砲撃。


青白い閃光。


レトの姿が消える。


いや、消えたように見えただけだった。


砲撃の光の中に、薄い硝子面が何枚も浮いている。


砲撃は直進せず、硝子面に触れるたびに角度を変えた。

熱と魔力が分散され、天井の回収層へ流される。


レトは、その光の影を抜けていた。


三機目の背後に出る。


手のひらを開く。


硝子の短剣が、花のように展開した。


「停止して!」


誰に言ったのか分からない。


標的に言ったのか。


自分に言ったのか。


それとも、訓練そのものに言ったのか。


次の瞬間、三機目の武装だけが砕けた。


本体は残る。


操縦席に相当する安全区画も無傷。


作戦統括官が記録する。


「第二段階、標的三機無力化。民間人模型損耗ゼロ。設備損傷率一・二パーセント」


連合軍法務局の高官が、硬い声で言った。


「これが標準訓練ですか」


副長が微笑んだ。


「はい。開示可能な標準訓練です」


開示可能。


その言葉が、幹部たちの背筋を冷たくした。


訓練室の奥で、最後の隔壁が開く。


第三段階。


模擬神性存在核。


巨大な球体が浮かび上がった。


表面には無数の目のような発光点。

周囲には黒い霧。

低い振動音が空間に満ちる。


当然、本物ではない。


だが、人間の精神を圧迫する疑似波形が組み込まれていた。

恐怖。

焦燥。

逃走衝動。

判断遅延。


連合軍幹部たちの観覧席にも、軽い負荷が届いた。


何人かが眉を顰める。


訓練室内のレトは、それを正面から浴びていた。


レトの顔から、完全に笑みが消える。


「お兄さん」


「言え」


「出力、三十五まで上げたい」


「許可する。四十は超えるな」


「はい」


レトの周囲の青白い光が、少しだけ強くなった。


空間が鳴る。


硝子短剣が再配置される。


今度は攻撃陣形ではない。


民間人模型の周囲へ、薄い硝子の壁が生まれる。

建物の崩落予測地点に、支柱が立つ。

路地の逃走経路が、硝子の床で繋がる。

敵の進路だけが、わずかに歪められる。


レト自身は、模擬核へ向かって飛んだ。


速い。


先ほどより速い。


観測機器が追尾線を増やす。

それでも、表示が遅れる。


模擬核が黒い槍のような魔術弾を放つ。


レトは避けない。


硝子短剣で迎撃する。


一本目が割れる。

二本目が割れる。

三本目が割れる。


割れた硝子片が、ただ散るのではなく、次の短剣の足場になる。

砕けた熱が、次の進路を照らす。


レトは被弾しない。


しかし、民間人模型の一体が、訓練システムによって予告なく追加された。


崩れた橋の下。


模擬核の射線上。


観覧席の連合軍幹部たちが、それに気づくより早く、レトは動いていた。


攻撃を止めた。


勝てる軌道を捨てた。


自分の身体を、射線に入れた。


模擬弾がレトの左肩をかすめる。


訓練用の非殺傷弾。


だが、衝撃はある。


レトの身体が大きく弾かれた。


「レト」


ジェレミーの声が低くなる。


「損耗報告」


レトは空中で体勢を立て直した。


「左肩、痛い! でも動く! 継続可能!」


「理由」


「民間人模型が追加された! 攻撃継続だと巻き込む!」


「判断を続けろ」


「はい!」


連合軍幹部の一人が、喉を鳴らした。


攻撃を止めた。


あの速度で。


あの圧力下で。


敵を倒す寸前に、保護対象を見つけて、勝ち筋を捨てた。


それは、強いだけの兵器にはできない判断だった。


レトは地面へ降りる。


左肩を一度だけ回す。

痛そうに眉を寄せる。


それでも泣かなかった。


次の瞬間、彼女は両手を広げた。


硝子短剣の群れが、一斉に上空へ上がる。


攻撃ではない。


網。


青白い硝子の軌道が、模擬核の周囲を立体的に囲む。


模擬核が黒い霧を広げようとする。


レトは足元を踏む。


空間が、薄い硝子のように鳴った。


模擬核の周囲だけが、半拍遅れる。


霧の展開がずれる。

弾の発射角がずれる。

核の回転がずれる。


そのずれに、短剣が入った。


百を超える刃が、同時に一点へ向かうのではない。


外殻。

接続部。

発光点。

魔力導線。

自己修復を模した疑似機構。


すべて違う場所へ、違う順番で刺さる。


最後に、レト自身が飛び込んだ。


手には、一振りの短剣。


ほかのものより小さい。


硝子細工のように繊細で、青白い光を内側に閉じ込めている。


レトは模擬核の正面で止まった。


ほんの一瞬。


その一瞬だけ、廊下で笑っていた少女と同じ顔に戻った。


「終わりだよ」


短剣が入る。


模擬核が、音もなく停止した。


爆発しない。


砕け散らない。


周囲の民間人模型も、建物も、床も、ほとんど無傷。


ただ、核だけが沈黙した。


訓練終了の音が鳴った。


照明が戻る。


レトは地面へ降り立った。


青白い硝子短剣が、一つずつ消えていく。


作戦統括官が結果を読み上げる。


「第三段階終了。敵性標的全数無力化。民間人模型損耗ゼロ。重要設備損傷率二・八パーセント。レト本人、左肩模擬被弾一。継続判断、妥当。総合評価、A」


レトは、ぱっと顔を上げた。


「お兄さん!」


ジェレミーは短く言った。


「よくやった」


レトの表情が、一瞬で明るくなった。


さっきまで戦場にいた顔が、あっという間に廊下の少女へ戻る。


「ほんと!?」


「本当だ」


「えへへ!」


連合軍幹部たちは、誰もすぐに言葉を発しなかった。


観覧席には、重い沈黙があった。


それは、侮蔑の沈黙ではない。


認識の組み替えに時間がかかっている沈黙だった。


第八方面艦隊司令が、ようやく口を開いた。


「……あれを、広告塔と見る者がいるなら」


彼は言葉を切った。


自分が、少し前までそれに近い考えを持っていたことを思い出したからだ。


陸戦魔術師団総監が、低く言った。


「単騎戦力ではない」


副長が彼を見る。


総監は続けた。


「いや、単騎ではある。だが、あれは一人で小隊運用をしている。攻撃、迎撃、遮蔽、救助、経路形成、敵制圧、損耗判断を同時に回している」


機動防衛軍参謀長が、訓練室内のレトを見つめたまま言った。


「恐ろしいのは出力ではない。判断だ」


副長は微笑みを深くした。


「その理解で結構です」


法務局の高官が、硬い表情で言う。


「なぜ、直接命令権を認めないのか。理解しました」


「はい」


副長の声は穏やかだった。


「彼女は兵器ではありません。監理局の戦闘班員です。共同戦線では戦力として扱いますが、消耗品としては扱わせません」


誰も反論しなかった。


ジェレミーが通信を切り、観覧席から訓練室へ降りていく。


レトはもう完全に嬉しそうだった。


「お兄さん、わたし、民間人模型さん全部守ったよ!」


「見ていた」


「最後の、追加されたやつ、びっくりした!」


「反応は良かった」


「肩、ちょっと痛い!」


「医療班に見せろ」


「はい!」


返事だけは元気だった。


その横に、ロジーとエルが入ってきた。


訓練終了後の許可が出たらしい。


ロジーは頭上デバイスを輝かせていた。


「レト! すごかった! 今の記録、公開範囲めちゃくちゃ絞られるけど、すごかった!」


「ロジー、見てた?」


「見てた! 民間人模型さんを守った瞬間、私ちょっと叫んだ!」


「ほんと?」


「うん! 情報班主任に静かにしてって言われた!」


エルはレトの左肩をじっと見た。


「痛い?」


「ちょっと!」


「痛いの、いや?」


「いやだけど、守れたから大丈夫!」


エルは少し考えた。


「大丈夫でも、痛いは報告」


レトは目を丸くした。


それから、少し照れたように頷いた。


「うん。報告する」


そのやり取りを、連合軍幹部たちは見ていた。


さっきの戦闘班員が、また子供のように褒められて喜んでいる。


さっきの単騎遊撃手が、友人に囲まれて肩の痛みを報告している。


同じ存在だった。


幼い姿。

幼い情緒。

強大な能力。

戦闘班としての判断。

褒められたい気持ち。

守るための力。


どれか一つだけを見れば、誤る。


子供に見えるからと侮れば、戦場で死ぬ。

強いからと兵器扱いすれば、共同戦線そのものが破綻する。


第八方面艦隊司令は、ゆっくりと歩み出た。


透明障壁が解除され、訓練室側へ入る。


副長が視線だけで許可を確認し、ジェレミーが黙って頷いた。


司令はレトの前に立った。


レトは彼を見上げる。


「はい?」


司令は一瞬、言葉を選んだ。


先ほど廊下で、彼はレトを呼び捨てにした。


形式上は問題ない。

だが今は、その雑さが自分でも少し恥ずかしかった。


「レト戦闘員」


レトはぱちぱちと瞬きした。


「はい!」


「見事な訓練だった。共同戦線において、貴官の能力と判断を軽んじることはしない」


レトは少し難しそうな顔をした。


「えっと……ありがとうございます!」


ロジーが横から小声で言う。


「レト、めっちゃ正式に褒められてるよ」


「そうなの?」


「そう!」


レトの顔がまた明るくなる。


「じゃあ、ありがとうございます!」


司令は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「それと」


彼は一度、ジェレミーの方を見た。


そしてレトへ視線を戻す。


「先ほど廊下で、貴官を見誤った」


レトは首を傾げた。


「見誤った?」


「ただの子供のように見た」


その言葉に、ロジーの目が鋭くなった。


エルも、少しだけ司令を見た。


ジェレミーは何も言わない。


副長も黙っている。


レトは、少し考えた。


それから、自分の胸に手を当てた。


「わたし、子供みたいに見えるよ」


司令は黙った。


レトは続けた。


「でも、戦闘班だよ」


「……ああ」


「あと、子供みたいでも、だめじゃないよ」


司令は、その言葉をすぐには返せなかった。


レトは真剣な顔だった。


怒っているわけではない。


ただ、自分の知っていることを言っているだけだった。


「わたし、まだ分からないこといっぱいあるし、ロジーとエルと遊ぶし、お兄さんに褒められると嬉しいし、プリンも好き。でも、任務はするよ。守るよ」


司令は、深く息を吸った。


そして、軍人としてではなく、一人の大人として頷いた。


「覚えておく」


「うん!」


レトは笑った。


その笑顔は、廊下で見たものと同じだった。


けれどもう、幹部たちの誰も、それを広告塔の笑顔とは思わなかった。


訓練室を出る頃、惑星連合軍幹部たちの態度は明確に変わっていた。


協定文書の修正が入った。


箱庭の娘たちへの直接命令禁止条項は、監理局案のまま維持。

レトの単騎遊撃投入は、監理局承認および現場状況評価を必須とする。

外部指揮官による無断投入要請は不可。

ロジーの情報支援は、記録範囲と公開範囲を事前確認。

エルへの接触は、監理局同伴時のみ。


さらに、連合軍側から一項目が追加された。


箱庭の娘たちを、宣伝対象、実験対象、消耗戦力として扱わないこと。


副長はその文面を見て、満足そうに微笑んだ。


「良い追記ですね」


第八方面艦隊司令は、少し苦い顔で答えた。


「必要な条項だと理解しました」


「理解が早くて助かります」


「遅かったくらいだ」


副長は否定しなかった。


局長室へ戻る途中、レトはジェレミーの隣を歩いていた。


医療班で肩を見てもらったあとだった。

模擬弾の衝撃で少し赤くなっていただけで、大きな損傷はない。


それでも、ジェレミーは確認した。


「痛みは」


「ちょっとだけ」


「今日の訓練記録に残す」


「うん」


「我慢したことも残す」


レトは少し口を尖らせた。


「我慢じゃないもん」


「我慢だ」


「……ちょっとだけ我慢」


「それを残す」


レトはしょんぼりしかけたが、すぐにジェレミーの袖を見た。


「でも、お兄さん、わたし、ちゃんとできた?」


「できた」


「共同戦線、大丈夫かな」


「相手は理解した」


「ほんと?」


「少なくとも、今日見た者はな」


レトはほっとしたように笑った。


「よかった」


少し後ろで、ロジーがデバイスに記録している。


「本日の記録。外部幹部、レトを見て認識を改める。レト、正式に褒められる。レト、肩ちょっと痛い。レト、やっぱりかわいい」


「ロジー! 最後いらない!」


「いる!」


エルはその横で、ぽつりと言った。


「レト、強くてかわいい」


ロジーが即座に入力する。


「エル証言、採用」


「エルまで!」


レトが顔を赤くする。


ジェレミーは何も言わなかった。


ただ、少しだけ歩調を緩めた。


レトが隣を歩きやすいように。


その日、惑星連合軍幹部たちは、箱庭の娘たちを見た。


廊下で笑う少女たちを見た。

訓練室で戦うレトを見た。

友人に囲まれ、痛みを報告する姿を見た。


そして理解した。


箱庭の娘たちは、監理局の広告塔ではない。


兵器でもない。


ただ守られるだけの子供でもない。


強大で、幼く、危うく、愛され、教育され、責任を持ち、痛みを覚えながら任務に立つ。


硝子玉の宇宙で生まれた、監理局の構成員たちだった。





惑星連合軍幹部たちは、第五複合訓練室を出たあとも、しばらく口数が少なかった。


無言だったわけではない。


必要な確認はする。

協定文書の修正もする。

監理局側の説明にも応じる。

作戦範囲、指揮権、記録共有、撤退判断、民間保護優先順位。


軍人としての思考は動いている。


だが、それとは別に、彼らの内側では、先ほど見たものの整理が続いていた。


レト。


廊下で笑っていた少女。

局長を「お兄さん」と呼ぶ箱庭の娘。

硝子細工の短剣を見せびらかして、友人に褒められていた少女。


その同じ少女が、訓練室では単騎で複合戦場を制圧した。


攻撃。

迎撃。

救助。

遮蔽。

経路形成。

空間制御。

敵性核の無力化。

自分の損耗報告。


それらを同時にこなした。


そして、終わったあとには、褒められて笑っていた。


その矛盾が、ようやく矛盾ではないと分かってきた。


第八方面艦隊司令は、廊下を歩きながら低く言った。


「レト戦闘員があの規模ならば」


隣の陸戦魔術師団総監が頷く。


「ロジー氏とエル氏も、同等か、それ以上の領域にいる可能性が高い」


「ロジー氏は情報担当と言っていたな」


「記録、分類、提示。だが、監理局が直接命令権どころか記録範囲まで厳格に管理している時点で、通常の情報要員ではあるまい」


機動防衛軍参謀長が、少し声を落とした。


「エル氏については、接触制限が最も厳しい」


誰も続きを言わなかった。


言ってはいけない領域がある。


それは幹部たちにも分かっていた。


訓練で見せられたのはレトだけ。

ロジーとエルについては、監理局は詳細な能力を開示していない。


つまり、秘匿案件だ。


ならば触れるべきではない。


軍人として、協定相手として、そこは越えてはならない。


だが。


気にはなる。


とても気になる。


人間の届かない領域にいるかもしれない、あの娘たちのことが。


廊下で騒いでいた、ピンク髪の小柄な記録者。

白髪で毛先が淡いピンクの、静かな少女。


見た目は幼い。


声も幼い。


振る舞いも、少なくとも先ほどの廊下では、軍規とは程遠かった。


だが、レトがそうだった。


ならば、あの二人もそうなのだろう。


見えているものだけで判断してはならない。


司令は小さく息を吐いた。


「我々は礼を尽くすべきだ」


法務局の高官が即座に頷いた。


「同意します。彼女たちへの不用意な問いかけは避けるべきです。特に能力、出自、運用制限については、監理局から提示された範囲に留める」


「尊重だな」


「尊重です」


総監が真面目な顔で言った。


「しかし、レト戦闘員があの若さに見える姿で、あれほどの制圧判断を行った。ロジー氏もエル氏も、見た目通りに扱うべきではない」


参謀長は頷く。


「幼い外見に惑わされるな。礼節を保ち、人格ある構成員として接する」


「氏をつけるべきか」


「つけるべきだ」


「レト氏?」


「いや、本人はレト戦闘員と呼ばれて嬉しそうだった」


「では状況に応じて」


「ロジー氏、エル氏は?」


「氏でよい」


「敬礼は?」


「過剰ではないか」


「だが失礼よりはいい」


「過剰な敬意も相手を困らせる場合がある」


幹部たちは真剣だった。


戦場で何度も部隊を動かし、惑星防衛線を維持し、敵性魔術師団と交戦し、外交的駆け引きにも耐えてきた大人たちが、廊下を歩きながら真剣に悩んでいた。


箱庭の娘たちに、どの程度の敬意表現が適切なのか。


その少し前を歩く副長は、何も言わなかった。


ただ、肩がわずかに震えていた。


まだ笑ってはいけない。


ここは案内中である。


相手は正式な協定相手である。


しかも今、彼らはかなり真面目に、監理局の大切な構成員たちを尊重しようとしている。


笑ってはいけない。


副長はそう自分に言い聞かせた。


言い聞かせた直後、廊下の曲がり角の向こうから、ロジーの声が聞こえた。


「違う違う違う! エル、それは王冠じゃなくてプリンのふた!」


副長の肩が、もう一段震えた。


幹部たちは足を止めた。


副長は、ほんの少しだけ目を閉じた。


来た。


よりによって今。


曲がり角を抜けた先は、休憩区画に繋がる小さなラウンジだった。


そこに、三人がいた。


レト、ロジー、エル。


先ほどの訓練後、医療班の確認を終えたレトは、もう完全に日常へ戻っていた。


淡緑の髪を左側で揺らしながら、床に座っている。

ロジーはその向かいで、頭上デバイスに謎の記録画面を出している。

エルはテーブルの上に、いくつもの小物を並べていた。


プリンの空き容器。

スプーン。

紙ナプキン。

リボン。

小さな硝子細工。

ロジーのデバイスから投影された星形スタンプ。

エルが作ったらしい、ぷるぷる揺れる透明な何か。


そして中央には、プリンのふたをかぶった硝子の小鳥がいた。


レトが真剣な顔で言う。


「では、これより第一回ぷるぷる王国会議を始めます!」


ロジーが勢いよく拍手した。


「議長、レト! 記録係、私! 謎の創造担当、エル!」


エルは小さく頷いた。


「謎、担当」


「まず議題一!」


レトはスプーンを掲げた。


「ぷるぷる王国の王様は誰にするかです!」


ロジーが即答する。


「プリン!」


「でもプリンはもう食べちゃったよ」


「王位空位!」


「たいへん!」


エルは、プリンのふたをかぶった硝子の小鳥を見た。


「この子、王様?」


ロジーが唸る。


「でもそれは小鳥だよ。鳥類王政になる」


レトが目を輝かせた。


「鳥類王政!」


ロジーのデバイスが即座に文字を出す。


ぷるぷる王国、鳥類王政の可能性。


エルは隣の透明なぷるぷるを指で押した。


ぷるん。


「これ、反抗した」


レトがはっとする。


「反乱軍!?」


ロジーが立ち上がった。


「ぷるぷる反乱軍発生! 議長、どうしますか!」


レトは真剣にスプーンを構えた。


「対話します!」


ロジーは勢い余って拍手した。


「えらい! いきなり武力鎮圧しない!」


レトは透明なぷるぷるに向かって、身を乗り出した。


「ぷるぷるさん、どうして反抗したの?」


副長はそこで口元を押さえた。


ぷるぷるさん。


言ってしまった。


相手は物である。


レトはもう、物に敬称をつけないよう学んでいるはずだった。


だが今のは王国会議中の外交呼称らしい。


副長は笑ってはいけない。


幹部たちは、その光景を見ていた。


第八方面艦隊司令は、非常に真面目な顔で固まっている。


陸戦魔術師団総監も、同じく固まっている。


参謀長は、何かを理解しようとしている顔だった。


法務局の高官は、たぶん協定文書にこの事案を入れるべきかどうか一瞬考えた。


ロジーが言う。


「ぷるぷる反乱軍、黙秘!」


エルが透明なぷるぷるをもう一度押す。


ぷるん。


「また反抗」


レトは深く頷いた。


「分かった。ぷるぷる反乱軍は、たぶん……ぷるぷるしたかったんだよ」


ロジーが目を見開く。


「深い!」


「そうかな?」


「深いよ! 存在の自由を認めてる!」


エルがぽつりと言う。


「ぷるぷるは、ぷるぷるしたい」


レトが胸に手を当てた。


「じゃあ、ぷるぷる王国では、ぷるぷるする自由を認めます!」


ロジーのデバイスに大きく表示された。


ぷるぷる基本法 第一条:ぷるぷるする自由


レトは満足そうに頷いた。


「これで平和だね!」


その瞬間、硝子の小鳥がプリンのふたを落とした。


からん。


レトが叫ぶ。


「王様が退位した!」


ロジーも叫ぶ。


「王政崩壊!」


エルは静かに小鳥を見た。


「自由になった」


「革命だ!」


ロジーのデバイスが忙しく光る。


ぷるぷる王国、王政から自由ぷるぷる制へ移行。


レトは両手を上げた。


「みんな、ぷるぷるしていいよ!」


三人はなぜか、その場で両手を小さく揺らし始めた。


ぷるぷる。


レトは真剣。

ロジーは全力。

エルは淡々と、でもちゃんとぷるぷるしている。


幹部たちは、それを見ていた。


先ほどまで、ロジー氏とエル氏は人間の届かない領域にいる存在なのだろうと、敬意を新たにしていた。


秘匿案件には触れるまい。

不用意に能力を問うまい。

礼を尽くすべきだ。


そう考えていた。


その直後に、目の前で行われているのは、ぷるぷる王国の革命だった。


第八方面艦隊司令は、長い沈黙のあと、低く言った。


「……副長」


副長は、口元を押さえたまま答えた。


「はい」


「これは」


「はい」


「訓練ではないのだな」


「訓練ではありません」


「儀式でもない」


「儀式でもありません」


「秘匿案件か」


「ある意味では」


副長の声が少しだけ震えた。


「ですが、機密区分は不要です」


ロジーがこちらに気づいた。


「あっ! さっきの幹部さんたち!」


三人のぷるぷるが止まる。


レトはぱっと姿勢を正した。


「こんにちは!」


エルも小さく手を振る。


「こんにちは」


ロジーは堂々と胸を張った。


「今、ぷるぷる王国が王政から自由ぷるぷる制に移行しました!」


幹部たちは沈黙した。


その沈黙を、ロジーは説明不足と判断した。


「えっとね、最初はプリンが王様だったんだけど、もう食べちゃったから王位空位になって、それで小鳥が王様になりかけたけど、ふたを落としたから退位して、ぷるぷるにはぷるぷるする自由があるってレトが決めて、今は自由ぷるぷる制!」


法務局の高官が、反射的に言った。


「憲法制定過程としては、かなり急進的ですね」


ロジーの目が輝いた。


「分かる人だ!」


レトも嬉しそうに頷く。


「すごい! ぷるぷる政治に詳しい人!」


エルは高官を見た。


「あなた、ぷるぷる法務?」


高官は、人生で初めて向けられた役職名に一瞬だけ固まった。


「……法務局所属ではあります」


ロジーがすぐにデバイスへ入力する。


外部有識者:ぷるぷる法務局


高官は咳払いした。


「記録は、可能なら正式な肩書きでお願いします」


「じゃあ、外部法務局高官、ぷるぷる法務に暫定就任」


「暫定就任はしていません」


「未承認!」


「未承認です」


レトが真剣に言う。


「じゃあ、ぷるぷる法務さんじゃない?」


高官は、とても真面目に答えた。


「現時点では違います」


「そっかあ」


レトは少し残念そうだった。


副長はもう、肩を震わせていた。


明確に震えていた。


第八方面艦隊司令が、それを横目で見た。


「惑星監理局副長」


「はい」


「貴殿は笑っているな」


「いいえ」


副長は穏やかな笑顔のままだった。


ただし、肩は震えている。


「私は、協定相手の皆様と箱庭の娘たちの交流を、非常に好ましく拝見しているだけです」


「笑っているではないか」


「好ましく拝見しています」


「肩が震えている」


「感銘を受けています」


「何にだ」


副長は、少しだけ視線を逸らした。


「ぷるぷる基本法に」


司令は、しばらく副長を見た。


そして、深く息を吐いた。


「貴殿は大人だろう」


その一言で、副長はついに負けた。


声は出さなかった。


だが、口元を押さえ、完全に肩を震わせ始めた。


ロジーが叫ぶ。


「あっ、副長が笑ってる!」


レトが慌てる。


「だめだよ副長! ぷるぷる王国は真面目な会議だよ!」


エルが首を傾げる。


「副長も、ぷるぷるする?」


副長は片手を上げた。


「少し、時間をください」


「時間?」


「大人としての体裁を保つ時間です」


司令が冷静に言った。


「もう遅い」


ロジーがデバイスに記録した。


副長、大人としての体裁維持に失敗。原因:ぷるぷる基本法。


副長は目元を押さえた。


「ロジー、その記録は公開範囲を絞ってください」


「副長、秘匿案件?」


「私の尊厳に関わる案件です」


「重要機密だ!」


レトは深刻な顔で頷いた。


「副長の尊厳、守らないと」


エルはぷるぷるを押した。


ぷるん。


「副長の尊厳、ぷるぷる」


副長は壁に片手をついた。


「エル、それ以上はいけません」


幹部たちは、その光景を見ていた。


ロジーが笑う。

レトが真面目に変な会議を進める。

エルが淡々と謎を増やす。

副長が笑いを堪えきれない。


あまりにもくだらない。


あまりにも子供らしい。


そして、不思議なほど、先ほど見た訓練と矛盾しなかった。


第八方面艦隊司令は、静かに言った。


「戦力も、あの子供らしさも、両方彼女たちなのでしょう」


副長は、まだ少し震えながらも、表情を整えた。


「はい」


その返事だけは、真面目だった。


「どちらか片方だけを見れば、必ず誤ります。強大だから大人として扱えば、彼女たちの情緒を損なう。幼いから戦力ではないと見れば、現場判断を誤る。彼女たちは、その両方を持っています」


司令は、レトたちを見た。


レトは今、硝子の小さな冠を作っていた。

ロジーがそれを小鳥にかぶせようとしている。

エルは、透明なぷるぷるに小さなリボンをつけている。


総監が、ぽつりと言った。


「……理解はした」


参謀長が続ける。


「だが、処理は追いつかない」


法務局の高官は、真面目に頷いた。


「ぷるぷる基本法の時点で、法務的処理も追いついていません」


ロジーが聞き逃さなかった。


「やっぱり法務の人だ!」


「その話は終わりです」


レトが小さな冠を掲げる。


「じゃあ、外部の人たちにも、ぷるぷる王国の友好国になってもらう?」


幹部たちは一斉に固まった。


副長は咳払いした。


「レト。外交協定は正式な手続きが必要です」


「そうなの?」


「そうです」


ロジーが目を輝かせる。


「じゃあ、ぷるぷる王国と惑星連合軍の友好協定、草案だけ作る?」


法務局の高官が即座に言った。


「作りません」


エルがぷるぷるを見た。


「国交、ない」


レトは少し残念そうに冠を下ろした。


「そっか……」


そのしょんぼりした顔を見て、司令はほんの少しだけ眉を動かした。


さっきまでなら、ただの子供の落胆に見えただろう。


今は違う。


強大な戦闘班員が、くだらない遊びの協定を結べなくて残念がっている。


その事実が、妙に胸に残った。


司令は少し考えたあと、言った。


「正式な国交ではないが」


レトが顔を上げる。


「ないけど?」


「友好の意志を示すことはできる」


ロジーがデバイスを構えた。


「発言記録入ります!」


「公式発言ではない」


「非公式友好発言!」


「……それならよい」


司令は、床に置かれている透明なぷるぷるを見た。


そして、軍人としての威厳をどうにか保ったまま、言った。


「惑星連合軍は、ぷるぷるする自由を尊重する」


沈黙。


次の瞬間、レトが両手を上げた。


「やったー!」


ロジーが叫ぶ。


「非公式友好発言、成立!」


エルがぷるぷるを押す。


ぷるん。


「喜んでる」


「ぷるぷる反乱軍も喜んでる!」


「もう反乱軍じゃないよ、自由ぷるぷる市民だよ!」


「そうだった!」


三人はまた、なぜか両手を揺らし始めた。


ぷるぷる。


第八方面艦隊司令は、それを見ていた。


そして隣の副長を見る。


「副長」


「はい」


「我々は今、何を見ている」


副長は、まだわずかに肩を震わせながら答えた。


「監理局の日常です」


「日常」


「はい」


「これが」


「はい」


司令はしばらく黙った。


それから、どこか諦めたように言った。


「貴局との共同戦線には、通常の軍事協定以上の精神的柔軟性が必要らしい」


副長はにこやかに頷いた。


「その理解で結構です」


ロジーが振り向く。


「副長! ぷるぷる王国、共同戦線に入る?」


「入りません」


「即答!」


レトが真剣に言う。


「ぷるぷる王国は平和だからね」


エルが頷く。


「ぷるぷるしてるだけ」


副長は息を整えながら言った。


「そうですね。ぜひ、そのままでいてください」


その声は、笑いを含んでいた。


けれど、優しかった。


幹部たちは、その声も聞いていた。


監理局が彼女たちをどう扱っているのか。


会議資料よりも、訓練記録よりも、今の光景の方がよく分かる気がした。


強大な力を持つ存在を、兵器としてだけ扱わない。


幼い振る舞いを、無価値なものとして切り捨てない。


笑う。


止める。


記録範囲を絞る。


医療班へ行かせる。


危険なら制限する。


でも、ぷるぷる王国の会議も、完全には奪わない。


それが監理局の距離なのだろう。


第八方面艦隊司令は、もう一度レトたちを見た。


レトは冠を小鳥にかぶせ直している。

ロジーは議事録を作っている。

エルは自由ぷるぷる市民を増やしている。

副長は、笑いすぎた目元をどうにか戻そうとしている。


司令は静かに言った。


「敬意は変わらない」


総監が頷く。


「むしろ増した」


参謀長も言う。


「あの規模の存在が、あのように遊べる環境を維持していること自体が、監理局の統制能力の証明だ」


法務局の高官は真面目に続けた。


「ただし、ぷるぷる基本法は協定文書に入れません」


ロジーが遠くから叫んだ。


「えー!」


「入れません」


レトがしょんぼりする。


「だめ?」


高官は、少しだけ表情を和らげた。


「非公式記録までなら」


ロジーの目が光った。


「採用!」


副長が即座に言う。


「公開範囲は局内限定」


「えー!」


「局内限定」


「はーい」


レトは満足そうに頷いた。


「じゃあ、ぷるぷる王国は局内限定だね」


エルが透明なぷるぷるを両手で持った。


「秘密の国」


ロジーがデバイスに記録する。


ぷるぷる王国、局内限定の秘密国家として暫定保存。


副長は、その表示を見てまた肩を震わせた。


司令が冷静に言う。


「副長」


「はい」


「貴殿は本当に大人なのか」


副長は、今度こそ笑顔で答えた。


「大人だからこそ、耐えているのです」


「耐えられていない」


「努力は評価してください」


「検討する」


その日、惑星連合軍幹部たちは、もう一つ理解した。


箱庭の娘たちへの敬意とは、ただ畏れることではない。


秘匿に踏み込まず、力を軽んじず、幼さを笑い潰さず、人格をまるごと見ること。


戦場での彼女たちも。

廊下での彼女たちも。

ぷるぷる王国で革命を起こしている彼女たちも。


全部、同じ彼女たちなのだ。


そして惑星監理局副長は。


その全部を分かったうえで、毎回きちんと笑いに負けている。


それもまた、監理局の日常だった。



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