第94話-うちの子が小さかった頃
惑星監理局には、箱庭の娘たちに弱い職員がいる。
正確に言えば、箱庭の娘たちそのものに弱いというより、彼女たちの情緒の幼さに弱い。
レトが食堂でプリンを前にして、真剣な顔で、
「今日は一個? でも、がんばった日は二個でもいいと思う」
と交渉している時。
ロジーが頭上デバイスにシールみたいな表示を出しながら、
「見て見て! 今日の記録テンプレかわいくした! ほめて!」
と職員の袖を引く時。
エルが中庭で小さな硝子の猫を抱え、
「この子、なでると、うれしいかな」
と本気で聞いてくる時。
そういう瞬間に、妙に深く刺さる職員がいる。
子供がいる職員たちだった。
しかも、その子供がもう大きい職員ほど刺さる。
食堂班の女性職員は、レトがコップを両手で持って牛乳を飲んでいる姿を見るたびに、成人した息子がまだ小さかった頃を思い出す。
医療班の男性職員は、ロジーが叱られたあと、少しだけ目を赤くして、
「……怒ってない?」
と聞いてくると、家を出た娘が幼い頃、同じように顔色をうかがっていたのを思い出す。
技術班の職員は、エルが壊れた小鳥の前でじっと座っている姿を見ると、昔、自分の子供が壊れた玩具を抱えて黙り込んでいた日のことを思い出す。
箱庭の娘たちは、子供ではない。
人間の子供ではない。
レトは戦闘班の単騎遊撃手であり、任務に出れば戦場を切り裂く。
ロジーは情報班の記録者であり、必要な情報を一瞬で分類する。
エルは、外部向けには特殊存在として扱われているが、監理局内部の限られた大人たちは、その本質がどれほど危ういかを知っている。
それでも。
泣き方。
笑い方。
叱られたあとの顔。
褒められた時の目の輝き。
好きなものを見つけた時の、体ごと前へ出る感じ。
それが、大人たちの記憶を刺す。
ある日、共同戦線協定の最終確認のため、外部組織の幹部たちが監理局を訪れた。
相手は、辺境宙域の軍事同盟。
前線慣れした者が多く、会議室に入ってきた時点で空気が硬くなった。
その中でも一人、ひときわ怖い男がいた。
黒い軍服。
傷だらけの顔。
鋼のような灰色の目。
身長は高く、肩幅も広い。
片腕は義手で、歩くだけで床が少し軋む。
名前は、ヴォルガン・レイス司令。
外部では「灰狼」と呼ばれている男だった。
笑わない。
無駄口を叩かない。
部下が書類を出すタイミングを半秒間違えただけで、視線だけで黙らせる。
監理局側の外務班職員でさえ、初対面の時に内心で少しだけ身構えた。
副長はいつもの薄い笑みで対応した。
「遠路、ご足労いただきありがとうございます」
ヴォルガン司令は低い声で答えた。
「協定のためだ。形式的な挨拶に時間を使う気はない」
「では、早速始めましょう」
会議は順調に進んだ。
共同戦線時の情報共有範囲。
箱庭の娘たちの運用制限。
外部組織からの命令権が発生しないこと。
エルへの接触禁止事項。
ロジーへの記録要求制限。
レトの単騎投入時の退避距離。
ヴォルガン司令は、すべてを淡々と確認した。
「箱庭の娘たちは、貴局の管理下にある戦力と理解している」
副長は微笑んだ。
「管理対象ではなく、監理局の構成員です」
「戦力であることは変わらん」
「ええ。ただし、戦力として扱うだけでは運用を誤ります」
ヴォルガン司令は目を細めた。
「感情に配慮しろ、という話か」
「感情を軽視すると、作戦が壊れるという話です」
会議室の空気が少しだけ張った。
だが、ヴォルガン司令は反論しなかった。
「分かった。続けろ」
午前の会議が終わり、昼休憩に入った。
外部幹部たちは、監理局の食堂へ案内された。
普段より少しだけ緊張した食堂だった。
監理局職員たちは平静を装っているが、外部の軍人たちは明らかに物々しい。
その中心にヴォルガン司令がいる。
食堂の空気が、彼の周囲だけ戦場のようだった。
その時だった。
廊下の向こうから、ぱたぱたぱた、と軽い足音が聞こえた。
レトだった。
淡緑の長い髪を左側のワンサイドテールにまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしている。
手には小さなトレー。
その上には、プリンが一個。
レトは食堂の入口でぴたりと止まった。
外部幹部たちと目が合う。
一瞬、食堂が静かになった。
レトは背筋を伸ばした。
「こんにちは!」
元気だった。
声が明るすぎて、軍人たちの硬い空気にぽこんと穴が空いた。
外務班職員が素早く近づく。
「レト、今日は外部のお客様がいます」
「うん! 知ってる!」
レトはこくこく頷いた。
「だから、ちゃんと挨拶したよ!」
「えらいですね」
「えへへ」
その一言で、食堂班の女性職員が少しだけ目を細めた。
その顔を見た医療班の男性職員が、小声で言う。
「刺さってますね」
「刺さってます」
「分かります。今の“えへへ”は危険です」
レトはトレーを持ったまま、食堂の端の席へ向かおうとした。
だが、途中で壁際の調味料棚を見上げた。
そこには、限定の星蜜ソースが置かれていた。
レトの目が輝いた。
「星蜜……!」
プリンにかけるとおいしいやつである。
だが、棚が少し高い。
レトはトレーを片手に持ち替え、背伸びした。
届かない。
もう一度、背伸びした。
届かない。
ぷるぷるした。
届かない。
戦闘班の単騎遊撃手が、星蜜ソースに敗北していた。
食堂班の女性職員がすぐに取ろうとした。
だが、それより先に、ヴォルガン司令が動いた。
彼は無言で立ち上がり、棚の前へ行き、星蜜ソースを取った。
そして、レトの前に差し出した。
レトは目を丸くした。
「ありがとう、こわい職員さん!」
食堂の時間が止まった。
外務班職員の顔から血の気が引いた。
副長が一瞬だけ肩を震わせた。
ヴォルガン司令の部下たちは、全員、死を覚悟した顔になった。
レトは何も悪気がない。
ただ、見たままを言った。
こわい。
職員さん。
だから、こわい職員さん。
ヴォルガン司令は、星蜜ソースを持ったまま沈黙していた。
食堂中が彼の次の言葉を待った。
低い声が落ちる。
「……職員ではない」
「そうなの?」
「外部組織の司令だ」
レトははっとした。
「じゃあ、こわい司令さん!」
副長がとうとう口元を押さえた。
外務班職員が目で謝罪した。
レトは慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい! こわいって言っちゃだめだった?」
ヴォルガン司令は黙ってレトを見ていた。
それから、ほんのわずかに目を逸らした。
「……いや」
「怒った?」
「怒っていない」
「ほんと?」
「本当だ」
「じゃあ、ありがとう!」
レトは星蜜ソースを受け取り、ぱあっと笑った。
「わたし、これプリンにかける!」
ヴォルガン司令はその顔を見た。
鋼のような目が、ほんの少しだけ揺れた。
食堂班の女性職員は見逃さなかった。
医療班の男性職員も見逃さなかった。
子供がいる大人は、そういう揺れを見逃さない。
数分後。
レトは席に座り、プリンに星蜜ソースをかけていた。
ただし、かけすぎていた。
「……ロジーに見つかったら、かけすぎって言われるかな」
自分で言って、少し不安そうになる。
その時、ヴォルガン司令が隣の席に座った。
外部幹部たちが驚く。
監理局職員も驚く。
レトも驚いた。
「こわい司令さん」
「ヴォルガンだ」
「ヴォルガンさん」
「それでいい」
レトはプリンを見た。
「ヴォルガンさんも、プリン食べる?」
「食べない」
「おいしいよ?」
「知っている」
「知ってるのに食べないの?」
「今は必要ない」
レトは深刻な顔になった。
「プリンは、必要じゃない時もおいしいよ」
近くの監理局職員が噴きかけた。
ヴォルガン司令は黙った。
そして、かなり低い声で言った。
「……私の娘も、そう言っていた」
レトはぱちぱち瞬きした。
「娘さん?」
「もう二十七だ」
「大人だ!」
「そうだ」
「プリン好き?」
「昔はな」
「いまは?」
「知らん。最近は会っていない」
レトはプリンのスプーンを止めた。
そして、真剣な顔で言った。
「聞いたほうがいいよ」
ヴォルガン司令は眉を動かした。
「何を」
「いまもプリン好きかどうか」
食堂の職員たちが静かになった。
レトは本気だった。
「好きなもの、変わることあるよ。でも、好きなままのこともあるよ。聞かないと、分からないよ」
ヴォルガン司令はレトを見下ろした。
戦場で命令を下す声でも、敵を威圧する目でもなかった。
ただ、思い出している大人の顔だった。
「……そうだな」
レトは満足そうに頷いた。
「うん!」
そこへ、ロジーが飛び込んできた。
「レトー! プリン記録するから待ってって言ったじゃん!」
ピンク髪のツインおさげを揺らし、頭上デバイスには大きく、
プリン観測遅延発生
と表示されている。
ロジーはレトのプリンを見て叫んだ。
「星蜜かけすぎ!!」
「やっぱり言われた!」
「これはもうプリンじゃなくて星蜜にプリンが沈んでる!」
「そんなことないもん!」
ロジーはヴォルガン司令に気づいた。
「わっ、すごいこわい人いる!」
外務班職員が頭を抱えた。
ヴォルガン司令の部下たちが再び死を覚悟した。
ロジーは目を輝かせた。
「その義手かっこいい! 写真撮っていい!?」
「ロジー」
副長の声が飛んだ。
ロジーはびくっとした。
「はい」
「外部の方の身体装備を無許可で記録しない」
「はい……」
「それと、初対面の相手に“こわい人”と言わない」
「はい……」
ロジーはしゅんとした。
頭上デバイスの表示が小さくなる。
反省中
それを見た外部幹部の一人が、明らかに顔を緩めた。
彼には十五歳の息子がいた。
最近は口数が少なくなり、昔のように叱られてしゅんとすることもなくなった。
だから、ロジーのあまりにも分かりやすい反省表示が、妙に刺さった。
「……昔、うちの子も、叱るとああいう顔をした」
隣の監理局職員が小声で答える。
「分かります」
「今は?」
「大きくなると、あの顔はあまり見せません」
「そうだな」
二人は静かに頷いた。
ロジーは、ちらちらとヴォルガン司令の義手を見ていた。
見たい。
記録したい。
でも、だめと言われた。
我慢している。
その我慢が顔に全部出ている。
ヴォルガン司令は言った。
「記録は不可だ」
ロジーはさらにしゅんとした。
「はい……」
「だが、見るだけなら構わん」
ロジーの顔が跳ね上がった。
「いいの!?」
「触るな。撮るな。構造解析するな」
「見るだけ!」
「質問も三つまでだ」
「三つ!? 厳しい!」
「二つにするか」
「三つでいいです!」
敬語になった。
監理局職員たちが小さく笑った。
ロジーはヴォルガン司令の義手を、ものすごく真剣に見た。
「質問一! これ、戦闘用?」
「兼用だ」
「質問二! 重い?」
「慣れた」
「質問三!」
ロジーは少し考えた。
「痛かった?」
食堂の空気が、少し変わった。
ヴォルガン司令はロジーを見た。
ロジーは好奇心だけで聞いたわけではなかった。
記録魔の目だった。
でも、ただの記録ではない。
相手の身体に起きたことを、物としてではなく、出来事として見ている目だった。
ヴォルガン司令は低く答えた。
「痛かった」
ロジーは頷いた。
「そっか」
「それだけか」
「うん。痛かったことは、痛かったって記録したほうがいいから」
ヴォルガン司令は黙った。
その時、エルがやってきた。
白髪のボブの毛先を淡くピンクに揺らしながら、食堂の入口で立ち止まる。
手には、小さな硝子の犬。
犬は透明で、耳が少し丸い。
エルは食堂を見渡した。
「人、いっぱい」
副長が言う。
「今日は外部の方がいます」
「うん」
エルはヴォルガン司令を見た。
「大きい」
ヴォルガン司令は黙った。
エルは続けた。
「こわい」
外務班職員が三度目の絶望を迎えた。
副長はもう笑いを隠しきれず、顔だけ横へ向けていた。
ヴォルガン司令は低い声で言った。
「それは先ほども聞いた」
エルは首を傾げた。
「レトが言った?」
「そうだ」
「ロジーも言った?」
「言った」
エルは少し考えた。
「じゃあ、みんな同じ」
「そうらしい」
「でも」
エルは硝子の犬を抱え直した。
「悪いこわいじゃないね」
ヴォルガン司令の目が、少しだけ動いた。
「分かるのか」
「ううん」
エルは淡々と言った。
「見ただけ。でも、レトに星蜜とってくれた。ロジーに見るだけ許した。だから、悪いこわいじゃない」
食堂班の女性職員が、こっそり口元を押さえた。
エルはヴォルガン司令の軍服を見た。
肩のあたりのボタンが、少し緩んでいる。
「取れそう」
「何が」
「ここ」
エルは指差した。
「落ちたら、さびしい?」
ヴォルガン司令は一瞬、意味が分からない顔をした。
「ボタンがか」
「うん」
「さびしくはない」
「でも、なくなる」
「替えはある」
エルは少しだけ黙った。
「替えがあっても、これはこれ」
その言葉に、監理局の職員たちの何人かが静かになった。
エルは、失われたものを単純に戻せばいいと考えがちな存在だった。
でも今は、落ちそうなボタンを見て、替えがあるから平気とは言わなかった。
これはこれ。
なくなる前に直せるなら、直したほうがいい。
エルは生活班の職員を見た。
「職員さん、直していいもの?」
生活班の職員は微笑んだ。
「ご本人が許可すれば、直せますよ」
エルはヴォルガン司令を見る。
「直す?」
ヴォルガン司令はしばらく黙っていた。
部下たちは、司令が食堂で少女にボタンの心配をされている光景を、どう処理していいか分からない顔で見ていた。
やがて彼は、低く言った。
「頼む」
生活班の職員が裁縫道具を持ってきた。
エルは横で見ている。
レトも見ている。
ロジーも見ている。
ヴォルガン司令は椅子に座り、軍服の上着を少しずらす。
生活班の職員が手早くボタンを縫い直す。
その光景は、あまりにも家庭的だった。
灰狼と呼ばれる司令。
辺境宙域で恐れられる軍人。
その軍服のボタンを、監理局の食堂で直してもらっている。
しかも横では、三人の箱庭の娘たちが真剣に見守っている。
レトが小声で言う。
「職員さん、すごいね」
ロジーも頷く。
「ボタン復旧任務、手際がいい」
エルはぽつりと言う。
「落ちなくなった」
生活班の職員は笑った。
「はい。もう大丈夫です」
ヴォルガン司令は、縫い直されたボタンを見た。
そして、ひどく遠い目をした。
「……昔、娘の服のボタンを縫ったことがある」
誰も茶化さなかった。
「不器用でな。何度も指を刺した」
レトが心配そうに聞く。
「痛かった?」
「痛かった」
ロジーがすぐに言う。
「今日二回目の痛かった記録!」
「記録するな」
「してない! 心の中だけ!」
「それも記録ではないのか」
「分類が難しい!」
エルはヴォルガン司令を見上げた。
「娘さん、大きい?」
「ああ」
「小さい時、かわいかった?」
その質問は、まっすぐだった。
ヴォルガン司令はしばらく答えなかった。
怖い顔のまま、黙っていた。
だが、その沈黙は怒りではなかった。
思い出が、喉の奥でつかえている沈黙だった。
「……ああ」
低い声だった。
「かわいかった」
その瞬間、食堂のあちこちで、大きな子供を持つ職員たちが静かにやられた。
分かる。
とても分かる。
うちの子もかわいかった。
今もかわいい。
でも、あの頃とは違う。
抱っこできる重さではなくなった。
泣いたら膝に乗ってくる年齢ではなくなった。
好きなものを両手で見せに来ることも減った。
だから、箱庭の娘たちを見ると、思い出してしまう。
レトが素直に笑う。
ロジーが全力でしゅんとする。
エルがぽつりと大事なことを聞く。
それは、もう戻らない時間に似ている。
でも、目の前にいる三人は、誰かの子供の代わりではない。
彼女たちは彼女たちで、ここにいる。
だから大人たちは、懐かしさで抱きしめすぎないように気をつける。
勝手に重ねすぎないように気をつける。
それでも、刺さるものは刺さる。
昼休憩の終わりが近づいた。
外務班職員が声をかける。
「レト、ロジー、エル。そろそろ移動してください。午後の会議があります」
「はーい!」
「記録終了! いや、継続! でも公開範囲は絞る!」
「ボタン、落ちない」
三人は席を立つ。
レトはヴォルガン司令に向かって手を振った。
「ヴォルガンさん! 娘さんにプリン好きか聞いてね!」
ロジーも手を振る。
「義手、見るだけ許可ありがとう! 質問三つ制限は厳しかったけど、楽しかった!」
エルも小さく手を上げた。
「ボタン、大事にして」
ヴォルガン司令は三人を見た。
そして、ほんの少しだけ手を上げた。
部下たちは目を疑った。
司令が手を振った。
本当に、ほんの少しだけ。
三人が去ったあと、食堂には妙な沈黙が残った。
副長が穏やかに言う。
「午後の会議を再開しましょうか」
ヴォルガン司令は立ち上がった。
「その前に」
「はい」
「通信を一本入れる」
「承知しました」
ヴォルガン司令は少し離れた場所へ歩いた。
通信端末を取り出す。
数秒、画面を見つめる。
そして、発信した。
相手が出るまでの間、彼の顔は相変わらず怖かった。
だが、声は少しだけ違っていた。
「私だ」
間が空く。
「いや、緊急ではない」
さらに間。
「……プリンは、今も好きか」
食堂の監理局職員たちは、全員、聞こえないふりをした。
副長だけが、薄く笑っていた。
午後の会議で、ヴォルガン司令は午前より少しだけ柔らかくなった。
もちろん、怖いことに変わりはない。
発言は短い。
視線は鋭い。
部下への指示も厳しい。
だが、箱庭の娘たちの運用項目に入った時、彼は一度だけこう言った。
「貴局の言う意味が、少し分かった」
副長は微笑んだ。
「戦力として扱うだけでは足りない、という点ですか」
「そうだ」
ヴォルガン司令は資料を見た。
「彼女たちは、強い。危険でもある。だが、それだけではない」
「ええ」
「大人が線を引く必要がある」
「その通りです」
「甘やかすためではない」
「はい」
「壊さないためだ」
副長の笑みが、少しだけ深くなった。
「まったく、その通りです」
その日の協定には、ひとつ小さな追記が入った。
共同戦線時、箱庭の娘たちに対する接触は、戦力評価だけでなく、情緒負荷・安心環境・本人同意を考慮すること。
外部組織側から出された修正案だった。
書類上は硬い文言だった。
だが、その裏には、食堂で星蜜ソースを取ってもらったレトと、義手を見せてもらったロジーと、ボタンを心配したエルがいた。
そして、こわい司令が娘にプリンの好みを確認した昼休憩があった。
数日後。
監理局に小さな荷物が届いた。
送り主は、ヴォルガン・レイス司令。
宛先は、惑星監理局食堂班。
中身は、辺境宙域の有名菓子店のプリン詰め合わせだった。
添えられた短い文面には、こう書かれていた。
娘は、今もプリンが好きだった。
食堂班の女性職員は、それを読んで静かに笑った。
医療班の男性職員も笑った。
副長は肩を震わせた。
レトは大喜びした。
「ヴォルガンさん、プリン分かったんだ!」
ロジーは記録した。
「外部こわい司令さん、プリン通信に成功!」
エルはプリンを見て、ぽつりと言った。
「聞くと、分かるね」
ジェレミーは報告書に目を通しながら、短く言った。
「そうだ」
レトはプリンを両手で持った。
「じゃあ、わたしもお兄さんに聞く!」
「何を」
「お兄さん、今もプリン好き?」
ジェレミーは一秒黙った。
「私は元からプリンを特別好んではいない」
レトは衝撃を受けた顔をした。
「えっ」
ロジーが叫んだ。
「重大記録!」
エルが首を傾げた。
「ジェレミー、プリンじゃない?」
ジェレミーは静かに息を吐いた。
「食べられないとは言っていない」
レトの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ一緒に食べる?」
ジェレミーは資料を閉じた。
「一つだけだ」
「やった!」
食堂班の職員たちは、その光景を見てまた刺さった。
大きくなった自分の子供たちは、もうこんなふうには誘ってこない。
けれど、たまにはこちらから聞いてみてもいいのかもしれない。
今も好きなものは何か。
最近、食べたいものは何か。
元気にしているか。
プリンは好きか。
箱庭の娘たちは、今日も監理局の大人たちを刺している。
そしてたぶん、外部のめっちゃこわい人たちにも、わりと刺さっている。




