第79話-きらきらトッピング
惑星監理局の食堂には、スイーツ用の小さなショーケースがある。
毎日あるわけではない。
ある日と、ない日がある。
だからこそ、レトは食堂に入るたび、まずショーケースを見る。
「今日は……あるかな……」
淡緑の長い髪を左側のワンサイドテールに揺らし、レトはそろりそろりと食堂の入り口から顔を出した。
ロジーはその後ろで、すでに頭上デバイスを記録モードにしている。
「本日のレト、入室前からスイーツ警戒態勢!」
「警戒じゃないよ。確認だよ」
「確認の顔じゃないよ。作戦前の戦闘班だよ」
「違うもん!」
レトはそう言いながら、食堂の奥へ進んだ。
いつもの場所。
食堂スイーツのショーケース。
プリン。
小さなケーキ。
ゼリー。
ふわふわのクリームが乗ったカップデザート。
それだけでも、レトの目はきらきらした。
「かわいい……」
だが。
その日、ショーケースの隣に、見慣れない小さな台が置かれていた。
透明な容器が、ずらりと並んでいる。
一つ。
二つ。
三つ。
ロジーが先に数えた。
「え、待って」
四つ。
五つ。
六つ。
食堂班の職員が、少し誇らしげに説明した。
「本日から試験運用です。スイーツ用の追加トッピングを――」
七つ。
八つ。
九つ。
レトの足が止まった。
十。
十一。
十二。
エルも隣で容器を見上げた。
「多い」
十三。
十四。
十五。
食堂班の職員が言った。
「十五種類、用意しました」
その瞬間。
レトの世界が止まった。
透明な容器の中には、きらきらしたものが入っていた。
星形の砂糖菓子。
青い粒。
ピンクの粒。
銀色の小さなアラザン。
金色の小さなアラザン。
虹色のふりかけ。
硝子片みたいに透明なゼリークラッシュ。
小さなハート。
小さな花。
ミルク色の丸い粒。
宝石みたいなキャンディチップ。
淡い緑のシュガー。
ふわふわの粉砂糖。
青白く光るように見える星屑パウダー。
そして、食べられる小さなリボン。
レトは、口元に手を当てた。
「……かわいい」
ロジーが息を呑む。
「レト?」
レトの目に、みるみる涙が溜まっていく。
「かわいい……かわいいっ!!!!!!!!!!!!!!!」
食堂中の職員が振り向いた。
レトは両手をぎゅっと握りしめ、震えた。
「わたし、今日の為に生まれてきたんだ……」
「えっ」
食堂班の職員が硬直した。
レトは一歩、トッピング台へ近づいた。
「このきらきらトッピングを使うために、女の子の姿でこの世に生まれたんだ!!!!!!!!!!!!」
ロジーのデバイスが高速で点滅した。
「記録! 記録記録記録! レト、存在意義をスイーツトッピングに接続! これは大記録!」
「ロジー、止めてください」
近くの職員が言った。
「無理! これは止めるより残す場面!」
レトはもう泣いていた。
ぽろぽろではない。
ぼろぼろだった。
「あうあああああああ~~~~かわいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
食堂の空気が、完全に事故になった。
泣いている。
悲しいからではない。
嬉しすぎて泣いている。
しかも、泣きながら両手をぱたぱたさせている。
「星がある……! ハートもある……! お花もある……! リボンも、食べられる……! 食べられるリボンってなに……!? かわいいが食べられるの……!?」
エルは真剣に容器を見た。
「かわいい、食べられる?」
ロジーが即答した。
「今日に限っては食べられる!」
「すごい」
エルは小さく頷いた。
「人間、かわいいを食べる」
「その記録の仕方はちょっと危ない!」
ロジーはそう言いながらも、目は輝いていた。
レトはショーケースの前で膝をつきそうになった。
食堂班の職員が慌てて支える。
「レト、床に座らないでください」
「職員さん……」
「はい」
「これ……使っていいの……?」
「はい。デザート一つにつき、好きなトッピングを三種類まで――」
「三種類!?」
レトの顔が絶望に染まった。
「十五種類あるのに!?」
食堂班の職員は一瞬、判断を誤った顔をした。
「ええと、栄養管理と、糖分量と、あと見た目のバランスが」
「選べない……」
レトは震えた。
「こんなにかわいいのに……三つしか選べない……」
ロジーが真顔になった。
「これは難問だね」
エルも頷いた。
「難しい」
レトは涙目でロジーを見た。
「ロジー……作戦会議」
「了解!」
ロジーは食堂のテーブルに端末表示を広げた。
緊急作戦会議:きらきらトッピング十五種から三種を選ぶ件
レトは真剣だった。
「まず、星は絶対」
ロジーが入力する。
「星、確定候補」
「リボンも絶対」
「リボン、確定候補」
「ハートもかわいい」
「ハート、候補」
「お花もかわいい」
「お花、候補」
「青い粒はお兄さんの目みたいで綺麗」
食堂の端にいた職員が、そっと顔を伏せた。
「青い粒、感情補正入り候補」
「ピンクの粒はロジーみたい」
「採用!」
「淡い緑はわたしみたい」
「採用!」
「エルは……白い粉砂糖と、ピンクの小さいやつ」
エルは少し考えて言った。
「あたし、粉?」
「ふわふわだから!」
「じゃあ、粉」
「納得した!」
候補が増えすぎた。
ロジーのデバイスに赤い警告が出る。
候補数過多。三種制限に抵触。
レトはまた泣いた。
「あうううう……みんなかわいい……みんな乗せたい……!」
そこへ、ジェレミーが食堂に入ってきた。
騒ぎを聞いて来たらしい。
レトは振り向いた瞬間、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま叫んだ。
「お兄さん!!!!」
「どうした」
「かわいいが多い!!!!」
ジェレミーは一秒だけ沈黙した。
副長なら笑っていた。
だがジェレミーは、いつものように静かだった。
「状況を説明しろ」
ロジーが手を挙げる。
「スイーツトッピング十五種導入により、レトの情緒が許容量を超過しました!」
エルも補足する。
「かわいいを、三つしか乗せられない」
ジェレミーはトッピング台を見た。
十五種類。
泣いているレト。
真剣なロジー。
粉を自認したエル。
困っている食堂班。
ジェレミーは短く言った。
「一つのデザートに三種類までなら、三人で違うものを複数選べばいい」
レトが静まり返った。
レトが、涙で濡れた目を大きく開いた。
「……え?」
「プリンに三種。ケーキに三種。ゼリーに三種。全てを一度に食べる必要はない。何日かに分ければ十五種類すべて試せる」
ロジーのデバイスが震えた。
局長解法:分割運用。
レトは立ち上がった。
「お兄さん……」
「何だ」
「天才……?」
「普通の判断だ」
「天才だよぉ……!」
レトはまた泣いた。
今度は、さっきよりもさらに泣いた。
「あううううう、お兄さん、わたし、全部使える……! 今日だけじゃなくて、明日も、明後日も、かわいいできる……!」
ジェレミーは小さく息を吐いた。
「食べすぎるな」
「うん!!」
「ロジー、記録は公開範囲を絞れ」
「了解! 分類名は?」
ジェレミーは少し考えた。
「食堂運用記録。情緒反応強め」
ロジーはにやりと笑った。
「正式名、きらきらトッピング十五種事案」
食堂班の職員が小さく吹き出した。
エルは、プリンの上に粉砂糖を少しだけ乗せた。
それを見て、レトはまた胸を押さえる。
「エル……かわいい……」
エルはプリンを見た。
「粉、あたし」
「うん!」
「じゃあ、レトは?」
レトは淡い緑のシュガーを、そっとプリンに乗せた。
「これ、わたし」
ロジーはピンクの粒を乗せた。
「これ、私!」
最後に、レトは青い粒を一つだけ、真ん中に置いた。
「これは、お兄さん」
ジェレミーは何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を逸らした。
ロジーはそれを見逃さなかった。
「記録」
「ロジー」
「はい、非公開にします」
レトはスプーンを握りしめ、完成したプリンを見つめた。
淡い緑。
ピンク。
白い粉砂糖。
青い星。
四種類になっていたが、今は誰も指摘しなかった。
三人と、お兄さん。
レトはまた涙を浮かべた。
でも今度は、静かに笑っていた。
「かわいいね」
エルが頷く。
「かわいい」
ロジーも頷く。
「すごくかわいい」
レトはプリンに向かって、小さく言った。
「今日、わたし、生まれてきてよかった」
ジェレミーが短く言う。
「それは、トッピングがなくても同じだ」
レトは目を丸くした。
そして、顔を真っ赤にして、また泣いた。
「あうあああああああ~~~~お兄さんまでかわいいこと言うううううううう!!!!」
「私はかわいいことを言っていない」
「言ったあああああああ!!!!」
ロジーのデバイスが、ついに紙吹雪のホログラムを出した。
祝・レト情緒完全崩壊。
食堂班の職員は、その日からトッピング台の横に小さな札を置くことにした。
一度に選べるのは三種類まで。
ただし、かわいいは明日もあります。




