第77話-エルのお店屋さんごっこ
エルの魔法アイテム屋さん
惑星監理局の廊下の一角に、店ができていた。
朝にはなかった。
昼前にもなかった。
しかし午後、監理班から食堂へ向かう廊下の曲がり角に、突然、淡い星柄の布が敷かれ、小さな棚が三段置かれ、手書きの看板が立っていた。
まほうアイテム屋さん
れんたるです
おかしは、つうかあつかい
看板の下には、エルが座っていた。
白髪のボブの毛先を淡くピンクに揺らし、いつもより少しだけ背筋を伸ばしている。
机の上には、手書きのメニュー表。
丸い文字と、ところどころ歪んだ絵。
そこには、魔法アイテムの名前と、隣にお菓子の絵が描かれていた。
まよわないコンパス クッキーいちまい
ころころ星車輪 ビスケットにまい
小休止のしおり キャンディいっこ
忘れもの呼び笛 チョコひとかけ
雲のひざかけ マシュマロにこ
低空ぴょん靴 星砂糖いっこ
その下には、小さな注意書きがあった。
おかしは、お金じゃないです。
お店を通るためのものです。
あとで、みんなで食べます。
最初に足を止めたのは、設備技師だった。
彼は工具箱を片手に、しばらく看板を見ていた。
それから、店主の顔を見る。
「エルさん」
「いらっしゃいませ」
エルは言った。
少し間が空いた。
「……いらっしゃいませ」
もう一回言った。
設備技師は、真面目な顔を保った。
「お店ですか」
「うん」
「廊下で」
「うん」
「突然」
「うん。街で、雑貨屋さんを見た」
エルはメニュー表を両手で持ち上げた。
「かわいかった。だから、あたしもしたい」
「なるほど」
設備技師は納得した。
監理局職員は、だいたい納得が早い。
ただし、そこで終わらない。
「承認は?」
エルは、待ってましたというように机の横から紙束を取り出した。
魔法アイテム一時貸出運用許可証
廊下占有許可:通行妨害なし
技術班安全検査済
魔術制御部確認済
生活班監督条件付き承認
返却箱設置済
紙の端には、副長の承認印まで押されていた。
設備技師は深く頷いた。
「完璧ですね」
エルは少しだけ胸を張った。
「あたし、お店屋さんだから」
「では、見せてください」
「うん」
エルは棚の上から、小さな星形の車輪を二つ取り出した。
透明な車輪の中に、青白い光がゆっくり回っている。
「ころころ星車輪」
「用途は?」
「荷物の下につける。ころころついてくる」
「自律搬送具ですか」
「違う。ころころ星車輪」
「分類名ではなく商品名ですね」
「うん」
エルは床に小さな板を置き、その下に星車輪を二つつけた。
すると板は、ふわりと浮くでもなく、勝手に走るでもなく、エルの足元から三歩ぶん後ろへ下がった。
ぴたり。
エルが一歩進む。
板も一歩遅れて、ころ、とついてくる。
エルが止まる。
板も止まる。
「三歩後ろ」
「なぜ三歩?」
「お店で見た店員さんが、三歩くらい後ろにいた」
「それは接客距離では?」
「便利だった」
設備技師は少しだけ肩を震わせた。
「重量制限は」
「工具箱ひとつまで」
「階段は」
「行かない。段差の前で、しょんぼりする」
「しょんぼり」
「こう」
エルが棚の横の小さな段差へ板を進ませると、星車輪は段差の前で止まり、内部の星明かりがしゅんと下を向いた。
設備技師は負けた。
「借ります」
「ビスケットにまい、通過」
「通過」
設備技師はポケットから個包装のビスケットを二枚取り出し、机の端に置かれた小箱へ入れた。
小箱には、つうか箱と書かれていた。
エルは満足そうに頷く。
「通過しました」
「ありがとうございます」
設備技師は工具箱を星車輪の板に乗せた。
板は三歩後ろを、ころころとついていく。
廊下の向こうで、設備技師が少しだけ振り向いた。
星車輪も止まる。
設備技師がまた歩く。
星車輪も、ころころ。
「……かわいいな」
その一言を聞いて、エルは目を少しだけ丸くした。
それから、メニュー表の端に小さく書き足した。
ころころ星車輪、かわいい。
次に来たのは、監理局書記官だった。
栗色の髪を低くまとめ、いつものように整った姿勢で歩いていた彼女は、店の前で静かに止まった。
「エルさん」
「いらっしゃいませ」
「営業中ですか」
「うん。レンタル」
「対価は」
「お菓子は対価じゃない。通過扱い」
エルは真剣だった。
「お金を取るのは、ほんとのお店。これは、ごっこ。だから、お菓子は通るだけ」
「なるほど」
書記官は、メニュー表を見た。
「小休止のしおり、とは?」
エルは小さな栞を取り出した。
淡い青の透明な栞。
先端に、丸い雫のような飾りがついている。
「書類にはさむ」
「はい」
「いっぱい読んでると、休むところで閉じる」
「……内容を判定するのですか」
「しない」
エルは首を横に振った。
「読む人の目と、指と、肩を見る。疲れてると、ぱたんってする」
書記官の表情が、わずかに動いた。
「強制的に閉じるのですか」
「ぱたん」
「それは強制では」
「でも、すぐ開けられる」
「開けられるなら問題ありませんね」
書記官は栞を手に取った。
「レンタルします」
「キャンディいっこ、通過」
書記官は、飴を一つ置いた。
エルは、つうか箱に入る飴をじっと見た。
ころん。
「通過しました」
「ありがとうございます」
数十分後。
監理班の書類室で、書記官が第五十六項目の議事録整理に入った瞬間、書類がぱたんと閉じた。
しばらく沈黙。
書記官は栞を見た。
栞は、雫の飾りを小さく揺らしていた。
「……あと三分だけ」
書類を開く。
ぱたん。
「二分」
ぱたん。
「分かりました。休憩します」
その報告は、なぜか廊下のエルのところまで届いた。
通りかかった生活班職員が笑いながら教えてくれた。
「書記官さん、ちゃんとお茶を飲みに行きましたよ」
エルは頷いた。
「しおり、えらい」
それから、メニュー表にまた書き足した。
しおり、書記官さんを閉じた。
次に、医療班主任が来た。
白衣の袖を少しだけまくり、夜勤明けの顔をしていた。
「エルさん、雲のひざかけを見せてもらえますか」
「うん」
エルは棚の一番下から、ふわふわした白い布を取り出した。
布というより、薄い雲を畳んだようなものだった。
表面に、淡い金色の星がひとつだけ浮いている。
「これ」
医療班主任は手で触れた。
「温度変化型ですか」
「人間が、寒くないくらい」
「精神作用は?」
「ない」
「眠気誘導は?」
「ない」
「疲労回復効果は?」
「ない」
医療班主任は少し意外そうに瞬きした。
「ないんですか」
「うん。あったかいだけ」
エルは、ふわふわしたひざかけを両手で広げた。
「人間、あったかいと、ちょっと持つ」
医療班主任は、数秒だけ黙った。
それから小さく笑った。
「借ります。夜勤室で使います」
「マシュマロにこ、通過」
「はい」
医療班主任はマシュマロを二つ、つうか箱へ入れた。
エルはそれを見て、また頷く。
「通過しました」
医療班主任はひざかけを抱え、去り際に言った。
「エルさん」
「うん」
「こういうものは、かなり助かります」
エルは、ぱちぱちと瞬きした。
「大きい魔法じゃないよ」
「だから助かるんです」
医療班主任はそう言って、医務室の方へ戻っていった。
エルはしばらく考えた。
そして、メニュー表の下の余白に小さく書いた。
大きくないから、たすかる。
それから来たのは、外務班職員だった。
彼は行程表を持っていた。
そして、店を見るなり、少し警戒した顔になった。
「エルさん」
「いらっしゃいませ」
「本当に承認済みですか」
エルはまた紙束を出した。
外務班職員はすべて読んだ。
読んだうえで、さらにメニュー表を読んだ。
「まよわないコンパス」
「うん」
「これは、目的地を示すものですか」
「違う」
「違うんですか」
「寄り道しない」
エルは小さな丸いコンパスを出した。
針は北を指していない。
代わりに、針の先に小さな足跡の絵が浮かんでいる。
「決めた道から、ずれると、ぷるぷるする」
「外務班向けですね」
「たぶん」
「誰を想定して作りましたか」
エルは少し考えた。
「レトとロジー」
外務班職員は目を閉じた。
「非常に必要です」
「でも、今日は職員さんに貸す」
「借ります」
「クッキーいちまい、通過」
外務班職員はクッキーを一枚、つうか箱に入れた。
「通過しました」
「ちなみに、寄り道しようとするとどうなりますか」
エルはコンパスを外務班職員に渡し、廊下の先を指した。
「行き先、会議室」
外務班職員は会議室へ向かって歩いた。
コンパスは静か。
途中で、彼が試しに食堂方向へ一歩だけ足を向ける。
コンパスが、ぷるぷるぷる、と震えた。
針の足跡が、小さく両手を広げて通せんぼする絵になった。
外務班職員は沈黙した。
「……かわいい」
エルは少しだけ嬉しそうだった。
「うん」
「これ、正式備品化できませんか」
通りかかった副長が、そこで足を止めた。
「検討はしましょう」
外務班職員が振り向く。
「副長」
副長は店の前に立ち、看板を見た。
「盛況ですね」
エルは背筋を伸ばした。
「いらっしゃいませ」
「はい。店主、メニューを」
エルはメニュー表を差し出した。
副長は真面目に読んだ。
非常に真面目に読んだ。
そのせいで、周囲の職員が何人か足を止めた。
副長がエルの魔法アイテム屋さんで、真剣に買い物をしている。
いや、レンタルしている。
監理局では、それだけでちょっとした事件だった。
副長は言った。
「忘れもの呼び笛を」
「うん」
エルは小さな硝子の笛を取り出した。
中に、小さな光の粒が入っている。
「探すものを、先に登録する」
「人間は?」
「だめ」
「機密資料は?」
「だめ。資料は資料室で探す」
「武器は?」
「訓練用なら、許可があるときだけ」
「よろしい」
副長は満足そうに頷いた。
「では、私の万年筆を登録してください」
「うん」
エルが笛に万年筆を軽く触れさせる。
笛の中の光が、インク色に変わった。
副長はチョコをひとかけ、つうか箱に入れた。
「通過しました」
エルが言う。
副長は笛を受け取り、少し離れた。
そして、わざと万年筆を机の上に置いたまま、廊下を曲がる。
笛を吹いた。
ぴゅい。
次の瞬間、笛の光が廊下の角へ向かってふよふよ伸びた。
副長はその光を追う。
机の上の万年筆に辿り着く。
副長は万年筆を手に取った。
「便利ですね」
「うん」
「ただし、悪戯に使う職員が出る可能性があります」
エルは首を傾げた。
「悪戯」
「たとえば、誰かの昼食のプリンを登録して探すなど」
エルは少し考えた。
そして、笛を見た。
「プリンは、だめにする」
「賢明です」
副長は笛を返さず、そのままポケットに入れた。
「半日お借りします」
「うん。返却箱」
「承知しました」
副長は立ち去りかけた。
そこで、少しだけ振り返る。
「エル」
「うん」
「良いお店ですね」
エルは一拍遅れて、こくんと頷いた。
「うん。お店、できてる」
「できています」
副長が去った後、見ていた職員たちが一斉に店へ近づいた。
「じゃあ私も見たいです」
「低空ぴょん靴って何ですか」
「雲のひざかけ、もう一枚あります?」
「まよわないコンパス、出張時に使えますか」
「小休止のしおり、班長に渡していいですか」
エルは、少しだけ目を丸くした。
それから、メニュー表を両手で抱えた。
「並んで」
職員たちは、素直に並んだ。
監理局の廊下に、小さな行列ができた。
エルは一人ずつ対応した。
説明する。
貸す。
お菓子を通過させる。
レンタル台帳に、ゆっくり名前を書く。
ときどき字を間違える。
そのたびに書記官が横から、そっと訂正用の小紙片を差し出した。
エルはそれを貼る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
戦闘班の近接戦闘員は、低空ぴょん靴を見て腕を組んだ。
「これ、戦闘訓練に使えるか?」
「だめ」
エルは即答した。
「遊び用」
「跳躍補助だろ」
「廊下で、ぴょんってするだけ。高く飛ばない。速くならない。壁も蹴れない」
「完全に遊び用か」
「うん」
近接戦闘員は少し悩んだ。
「借りる」
「星砂糖いっこ、通過」
「子供か俺は」
と言いながら、彼は星砂糖を置いた。
低空ぴょん靴を履いて、一歩進む。
ぴょん。
ほんの少しだけ身体が浮いた。
本当に少しだけ。
訓練にも逃走にも使えない。
ただ、歩くたびに、ちょっと楽しい。
近接戦闘員は真顔で廊下を二歩進んだ。
ぴょん。
ぴょん。
通りかかった重装隊員が、それを見た。
「……貸せ」
「レンタル中だ」
「交代制にしろ」
エルは台帳に書き込んだ。
低空ぴょん靴、戦闘班に人気。
その少し後。
廊下の向こうから、レトとロジーが来た。
レトは淡緑の髪を左側のワンサイドテールに揺らし、ロジーは頭上デバイスをぴかぴか光らせている。
二人は店を見るなり、同時に叫んだ。
「エルのお店だ!」
「記録対象、最高!」
エルは店主の顔で言った。
「いらっしゃいませ」
レトは一瞬で胸を押さえた。
「エルが……お店屋さんしてる……!」
ロジーはデバイスを構えた。
「かわいい! これはかわいい! でも記録許可を取ります! 店主、撮影していいですか!」
エルは少し考えた。
「お店の顔ならいい」
「お店の顔!」
ロジーは大喜びで撮影した。
レトはメニュー表を見た。
「低空ぴょん靴、借りたい!」
「いま、戦闘班職員さん」
近接戦闘員が、ぴょん、ぴょん、と返却に来た。
「返す」
「楽しかった?」
「……悪くなかった」
ロジーがすぐに記録した。
「戦闘班職員さん、低空ぴょん靴を高評価!」
「記録するな」
「公開範囲、私と私の心!」
「心に残すな」
「それは無理!」
レトは星砂糖をつうか箱へ入れた。
「通過します!」
「通過しました」
エルは低空ぴょん靴を貸した。
レトが履く。
一歩。
ぴょん。
レトの目が輝いた。
「ぴょんってした!」
ロジーも別の片方を借りようとしたが、エルに首を横に振られた。
「片方だけだと、ななめ」
「ななめも記録価値あるよ!」
「だめ」
「はい!」
ロジーは代わりに、小休止のしおりを借りた。
「私、記録しすぎたら閉じられるやつ?」
「うん」
「それは困る!」
「でも借りる?」
「借りる! 困るものほど記録価値がある!」
レトはその場で、ぴょん、ぴょん、と小さく跳ねた。
ロジーはそれを横から撮る。
エルは、つうか箱を見てから言った。
「あとで、三人でお菓子たべよ」
レトとロジーが、同時に止まった。
「三人で?」
「うん」
「この通過したお菓子?」
「うん。お店、閉めたあと」
レトの顔が、ぱあっと明るくなった。
「たべる!」
ロジーも両手を上げた。
「女子会お菓子会議だ! 議題、通過したお菓子の最適配分!」
「配分?」
エルが首を傾げる。
ロジーは胸を張った。
「全部ちょっとずつ!」
「いいね」
レトは嬉しすぎて、その場で小さく跳ねた。
ぴょん。
ぴょん。
ロジーも、しおりを持ったまま跳ねた。
「じゃあ私たち、先に返却箱の場所を確認してくる!」
「わたし、ぴょん靴の安全報告もする!」
「それは職員さんの仕事だよ!」
「でもわたしもする!」
二人はわいわい言いながら、廊下の向こうへ去っていった。
レトは低空ぴょん靴の効果で、数歩ごとに小さく跳ねている。
ロジーもなぜか隣で、靴なしで跳ねていた。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
エルはそれを、店主の席から見送った。
口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。
その後も、店は続いた。
情報班主任が小休止のしおりを借りた。
魔術制御部長が、まよわないコンパスを検証用に借りた。
生活班の職員が雲のひざかけを借りて、休憩室のソファに置いた。
重装隊員は低空ぴょん靴を借りたものの、体格のせいでほとんど浮かなかった。
それでも本人は、真剣に三歩だけ試して返した。
「楽しかった?」
エルが聞く。
重装隊員は頷いた。
「少し」
「少し」
「だが、いい」
エルは台帳に書いた。
重装隊員さん、少し楽しい。
夕方。
廊下の人通りが減り、食堂の準備の匂いが漂い始めたころ。
エルは、店の看板を裏返した。
裏には、これも手書きで書かれていた。
へいてんしました
また、したくなったらします
つうか箱には、お菓子がいっぱい入っていた。
クッキー。
ビスケット。
キャンディ。
チョコ。
マシュマロ。
星砂糖。
どれも、職員たちが少しずつ置いていったものだった。
エルはそれを見て、しばらく黙っていた。
通りかかった生活班職員が声をかける。
「エルさん、片付け手伝いますね」
「うん」
「お菓子、たくさん集まりましたね」
「通過した」
「はい。たくさん通過しました」
エルはつうか箱を両手で抱えた。
「これ、あとでレトとロジーと食べる」
「楽しみですね」
「うん」
エルは頷いた。
それから、少しだけ考えて、つうか箱の中からキャンディを一つ取り出した。
生活班職員に差し出す。
「職員さんも、通ったから」
「え?」
「お店、手伝ってくれた。だから、通った」
生活班職員は、少し驚いたあと、笑った。
「では、一ついただきます」
キャンディを受け取る。
エルはまた箱を見た。
「お店屋さん、むずかしい」
「そうですか?」
「うん。説明する。貸す。返してもらう。お菓子はお金じゃないって言う。台帳を書く。職員さん、いっぱい来る」
「大変でしたか」
エルは少し考えた。
「大変」
それから、ほんの少しだけ嬉しそうに言った。
「でも、かわいい」
生活班職員は頷いた。
「とてもかわいいお店でした」
エルは店の布を畳んだ。
棚のアイテムは返却箱へ。
メニュー表は折らずに、胸の前に抱える。
つうか箱は大事そうに持つ。
廊下の一角は、少しずつ元の監理局の廊下に戻っていった。
けれど、その日通った職員たちは、みんな少しだけ覚えていた。
工具箱の後ろをころころついてきた星車輪。
勝手に休憩を主張する栞。
食堂への寄り道を止めるコンパス。
夜勤室を少しだけ温めた雲のひざかけ。
真面目な戦闘班職員が、低空でぴょんと跳ねたこと。
そして、廊下の一角で小さく背筋を伸ばし、
「いらっしゃいませ」
と二回言っていた、店主のエル。
その夜。
女子会空間の小さな机の上に、つうか箱のお菓子が広げられた。
レトは目を輝かせた。
「お店屋さんのお菓子!」
ロジーはデバイスに記録タイトルを出した。
エルの魔法アイテム屋さん・閉店後お菓子会
エルは、二人の真ん中に座った。
「今日、職員さん、いっぱい通った」
「すごい!」
「大繁盛だね!」
「だいはんじょう」
エルはその言葉を覚えるように、ゆっくり繰り返した。
レトがクッキーを割って、三つに分ける。
ロジーがキャンディの数を数える。
エルは、職員からもらった感想をぽつりぽつり話した。
ころころ星車輪はかわいい。
小休止のしおりは書記官さんを閉じた。
雲のひざかけは、大きくないから助かる。
低空ぴょん靴は、戦闘班に人気。
レトは聞くたびに笑った。
ロジーは聞くたびに記録した。
エルは、お菓子を一つ口に入れた。
甘い。
通過した味がした。
お店屋さんごっこは、もう閉店した。
けれどエルは、メニュー表を机の端にそっと置いた。
またしたくなったら、また開く。
その時もきっと、お金は取らない。
お菓子は、通過扱い。
だってそれは、ほんとのお店ではなくて。
エルが街で見た、素敵でかわいい雑貨屋さんを真似した、監理局の廊下の小さなお店屋さんごっこなのだから。




