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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第74話-でかすぎプリン事案

惑星監理局、第三食堂。


昼食後の時間だった。


食堂班の職員たちが片付けを進め、職員たちはコーヒーを飲みながら午後の勤務へ戻る準備をしている。


レトは、デザート用の小皿を両手で持っていた。


皿の上には、プリンが一つ。


つやつやしている。


ぷるぷるしている。


小さなカラメルが、てっぺんからゆっくり流れている。


レトはそれを、たいへん真剣な目で見ていた。


「プリン……」


ロジーが隣から身を乗り出す。


「今日のプリン、形いいね! ぷるぷる指数高い!」


「うん」


レトは深く頷いた。


「えらいプリン」


エルは向かいの席で、スプーンを持ったままプリンを見ていた。


「プリンは、ちいさい」


「ちいさいからかわいいんだよ!」


レトは即答した。


「でも、おっきいプリンも、たぶんかわいい」


エルは首を傾げた。


「おっきいプリン」


ロジーのデバイスが、ぴこんと鳴った。


「今、すごく大事な会話してる気がする」


レトは自分のプリンを見つめたまま、ぽつりと言った。


「おっきいプリン……食べてみたいな」


エルは、頷いた。


「作る?」


レトの動きが止まった。


ロジーも止まった。


食堂班の職員が、遠くでトレーを持ったまま止まった。


レトは、ゆっくり顔を上げた。


「……作る?」


「うん」


エルはいつもの調子だった。


「プリン。おっきいやつ」


レトの瞳が、一瞬で光った。


青白い硝子の魔力が、感情に反応して髪飾りの周囲でちかちかする。


「エル」


「うん」


「おっきいプリンって」


「うん」


「どのくらい?」


エルは少し考えた。


そして、食堂の天井を見た。


「このくらい」


エルが指を上げた。


次の瞬間。


第三食堂の中央に、プリンが出現した。


直径、約四メートル。


高さ、一・八メートル。


半透明の黄金色。


天井照明を受けて、表面がつやりと光る。


その上に、巨大なカラメルがゆっくり流れていた。


ぷるん。


食堂全体が、揺れた。


レトは、椅子から立ち上がった。


「…………」


ロジーのデバイスが、自動で録画を開始した。


「…………」


食堂班の職員が、無言で緊急連絡を入れた。


数秒の沈黙。


そして。


「ぷりん」


レトが、小さく言った。


次の瞬間、レトのテンションが壊れた。


「ぷりん!!!!!!!!」


レトは両手を上げた。


「おっきい!! おっきいプリン!!! エル!!! おっきい!!! プリンが!!!! 食堂にいる!!!!」


「いるって言った!」


ロジーも跳ね上がった。


「大記録だ!! 大記録だよこれ!! 監理局食堂史上最大級プリン出現事案!! 分類、食堂事故! 分類、魔法生成食品! 分類、レト情緒限界突破!!」


「ロジー! 記録して! ぜんぶ記録して!」


「してる!! もうしてる!! カメラ三方向! ぷるぷる波形! レトの表情! エルの無自覚! 全部保存!!」


エルは巨大プリンを見上げていた。


「おっきい」


「おっきいよ!!!」


レトはその場で足踏みした。


「どうしよう! どうしようロジー! おっきい! プリン、おっきい!」


「落ち着いて!」


「無理!」


「だよね!」


「わたし、いま、プリンのことしか考えられない!!」


「正直でよろしい!」


巨大プリンは、ぷるん、と揺れた。


その揺れだけで、近くのスプーンがかたかた鳴った。


レトは息を呑む。


「動いた……」


ロジーが叫ぶ。


「プリン弾性運動確認! 第三食堂床面、微振動! 職員さん、これ耐荷重大丈夫!?」


食堂班の職員が、すでに顔を青くしていた。


「技術班を呼びます!」


「医療班も!」


「なんで医療班!?」


「レトが興奮しすぎて倒れる可能性があります!」


「ありえる!」


レトは巨大プリンの前で、両手を胸に当てて震えていた。


「ロジー」


「なに」


「わたし、いま、すごく生きてる」


「プリンで生命実感を得ないで!」


エルはレトを見た。


「幸せ?」


レトは振り向いた。


目がきらきらだった。


「幸せ!!」


エルは満足そうに頷いた。


「よかった」


その瞬間、食堂の入り口が開いた。


副長が入ってきた。


後ろには技術班職員、生活班職員、食堂班責任者、そしてなぜか戦闘班長もいる。


副長は巨大プリンを見た。


沈黙。


レトを見る。


ロジーを見る。


エルを見る。


もう一度、巨大プリンを見る。


「なるほど」


副長は静かに言った。


「でかすぎますね」


ロジーが勢いよく手を挙げた。


「事案名、それでいいと思う!」


副長は端末を取り出した。


「では暫定名称、でかすぎプリン事案」


「正式記録になった!!」


レトは感極まった。


「プリンが事案になった……!」


「そこに感動しないでください」


副長は淡々と続ける。


「エル、確認です。これは魔法で生成した食品ですか」


「うん」


「人体への影響は」


「おいしいと思う」


「思う、では困ります」


エルは少し考えた。


「食べられる。毒じゃない。精神に触ってない。記憶も変えない。幸せ味にしてない」


技術班職員が顔を上げた。


「幸せ味?」


エルは頷いた。


「食べたら無理に幸せになる味は、だめって言われた」


副長は深く頷いた。


「よく覚えていました」


エルは少しだけ得意そうだった。


「プリン味だけ」


レトが両手を握った。


「プリン味だけ……!」


ロジーが叫ぶ。


「これは重要! 巨大プリン、精神干渉なし! 純粋プリン味!」


技術班が測定器を展開した。


食堂班が大型ナイフを用意した。


生活班が皿を大量に運んできた。


戦闘班長は腕を組んでいた。


レトが首を傾げる。


「戦闘班長、どうして来たの?」


「食堂に巨大物体が出現したと聞いた」


「プリンだよ!」


「見れば分かる」


「戦う?」


「戦わない」


レトは、ほっとした。


「よかった。プリンとは戦っちゃだめ」


戦闘班長は少し目を閉じた。


「そうだな」


ロジーがすぐ記録した。


「戦闘班長、巨大プリンとの非交戦を宣言」


副長が言った。


「ロジー、記録分類は」


「公開範囲、食堂班、生活班、技術班、監理班、関係者! レトの顔アップは本人許可後! エルの魔法行使記録は機密区分! プリンのぷるぷる部分は全職員公開候補!」


「よろしい」


「やった!」


レトは巨大プリンの前で、そわそわし続けている。


「まだ? まだ食べない? 安全確認、まだ?」


技術班職員が測定器を見た。


「成分上は通常のプリンです。ただし量が通常ではありません」


食堂班責任者が言う。


「冷却状態も問題ありません。衛生面も……魔法生成なので通常とは違いますが、少なくとも汚染はありません」


副長が頷いた。


「では、切り分けましょう。配布は食堂班の管理下で行います」


レトが手を挙げた。


「わたし、最初に食べたい!」


副長は少し考えた。


「エルが作り、レトの発言が発端で、ロジーが記録しています。三人同時でよいでしょう」


ロジーが両手を上げた。


「歴史的初食!!」


エルは首を傾げた。


「初食」


「そう! 最初に食べること! たぶん今作った言葉!」


「なるほど」


食堂班が巨大プリンにナイフを入れた。


ぷるん。


切れ目が入る。


ぷるるん。


レトが口元を押さえた。


「すごい……」


ロジーのデバイスが高速で光った。


「断面きれい! カラメル流動! ぷるぷる保持! これ、映像資料として強すぎる!」


大きな一切れが皿に乗せられた。


それでも普通のプリン三個分くらいあった。


レトの前に置かれる。


ロジーの前に置かれる。


エルの前に置かれる。


レトはスプーンを持った。


震えている。


「いただきます」


ロジーもスプーンを構えた。


「記録しながらいただきます!」


エルは普通にスプーンを入れた。


三人が同時に食べた。


沈黙。


レトの目が、まん丸になった。


「…………」


ロジーも止まった。


エルはもぐもぐしている。


レトは、ゆっくりスプーンを置いた。


そして、両手で顔を覆った。


「おいしい……」


声が震えていた。


「おっきいのに、ちゃんとプリン……」


ロジーが勢いよく立ち上がる。


「名言出ました!! おっきいのに、ちゃんとプリン!!」


「ロジー、書いて!」


「もう書いた!!」


レトはもう一口食べた。


「プリン、すごい……」


「レトがプリンを讃え始めた!」


「だってすごいもん!」


「分かる!」


エルは自分のプリンを見た。


「プリン、成功」


レトは即座にエルへ抱きついた。


「エルすごい!! すごい!! おっきいプリン作れるのすごい!! ありがとう!! だいすき!!」


エルは少し揺れた。


「レト、プリン落ちる」


「落とさない!」


ロジーも反対側から抱きついた。


「エル、歴史作ったよ! これは監理局甘味史に残るよ! 大記録だよ!」


エルは二人に挟まれたまま、少しだけ満足そうにした。


「じゃあ、また作る?」


その場にいた大人全員が、同時に反応した。


「頻度を決めましょう」


副長が即答した。


「巨大食品生成は、事前申請制です」


レトが衝撃を受けた顔をした。


「事前申請……!」


ロジーが叫ぶ。


「巨大プリン許可制!!」


エルは頷いた。


「わかった。次は、聞く」


副長は柔らかく微笑んだ。


「ええ。聞いてください。特に、食堂の床と食堂班に」


食堂班責任者は、疲れた顔で頷いた。


「お願いします」


その時、食堂の入り口にジェレミーが現れた。


報告を受けて来たのだろう。


彼は巨大プリンを見た。


切り分けられても、まだ巨大なプリンを見た。


レトを見た。


ロジーを見た。


エルを見た。


副長を見た。


「状況は」


副長が端末を見ながら答えた。


「でかすぎプリン事案です」


ジェレミーは一拍置いた。


「そうか」


レトは皿を持って駆け寄った。


「お兄さん!」


「走るな」


「走ってない! 早歩き!」


「早すぎる」


レトはぴたりと止まった。


そして、両手で皿を差し出した。


「お兄さんも食べて! エルが作ったおっきいプリン!」


ジェレミーは皿を見た。


「安全確認は」


副長が答える。


「完了しています。精神干渉なし。毒性なし。通常プリン成分。ただし量が異常です」


「分かった」


ジェレミーはスプーンを受け取り、一口食べた。


レトが息を止める。


ロジーのデバイスが録画角度を調整する。


エルもじっと見ている。


ジェレミーは静かに飲み込んだ。


「うまい」


レトが跳ねた。


「お兄さんがうまいって言った!!」


ロジーが叫ぶ。


「局長評価、うまい!! 公式評価!!」


エルは小さく頷いた。


「プリン、うまい」


ジェレミーはエルを見た。


「次からは作る前に申請しろ」


「うん」


「だが、よくできている」


エルは少しだけ目を細めた。


「うん」


レトはもう限界だった。


「今日は、でかすぎプリン記念日だね!!」


ロジーが端末に打ち込む。


「でかすぎプリン記念日、仮登録!」


副長が即座に言った。


「仮で止めてください」


「えー!」


「正式記念日にすると、来年また作るでしょう」


レトがぱっと顔を上げた。


「来年も!?」


副長は黙った。


ジェレミーも黙った。


エルは言った。


「来年、もっとおっきい?」


食堂全体が静まり返った。


レトの目が輝きかける。


ロジーのデバイスが震えかける。


副長が、笑顔のまま言った。


「最大寸法も申請書に記入する項目を追加しましょう」


その日、監理局に新しい書式が生まれた。


魔法生成食品申請書。


項目の一つに、こう書かれている。


食品の最大寸法。


そして備考欄には、副長の筆跡で短く追記されていた。


プリンは食堂の床面積を超えないこと。


レトはその書式を見て、しばらく真剣に悩んだ。


「床面積を超えなければ、いいんだ……」


ロジーは即座に記録した。


「レト、規定の抜け道を発見」


副長は、その記録を見て言った。


「追記します」


常識的な範囲内で。


レトは、少しだけしょんぼりした。


でもその手には、まだ大きなプリンの皿があった。


だから、すぐに元気になった。


「プリン、おいしい!」


エルはそれを見て、満足そうにプリンを食べた。


ロジーは大記録だと騒ぎ続けた。


そして第三食堂では、その後しばらく、職員たちが巨大プリンの切り分けを食べ続けることになった。


全職員アンケートの結果。


味は好評。


見た目も好評。


ただし、食堂班からの意見は一つだけだった。


次は事前に言ってください。



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