表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/135

第73話-物が…しゃべった…!!?!?!?

惑星監理局の技術班は、その日、廊下の認証ゲートを更新した。


目的は単純だった。


新人職員の通行ミスを減らすこと。


監理局の内部区画は、権限によって細かく分かれている。

訓練場。

資料室。

医療区画。

監理班通路。

外務用転移室。

食堂裏の備蓄室。


新人はよく間違える。


入ってはいけないところに入ろうとして警告音を鳴らし、入っていいところで緊張して立ち止まり、なぜか食堂に行きたいだけなのに第五封鎖区画の前で迷子になる。


だから技術班は、認証ゲートに親切な音声案内機能を追加した。


名前と所属を確認し、通行可否を柔らかく伝える。


ただそれだけだった。


ただそれだけのはずだった。


朝。


レトはロジーと並んで廊下を歩いていた。


淡緑の長い髪を左側でまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしている。

今日のレトは、訓練場へ向かう途中だった。


ロジーは横で、頭上デバイスに朝の予定表を出している。


「レト、今日の午前は戦闘班訓練。午後は生活班の安全講習。夜は女子会」


「うん!」


「安全講習、寝ないでね」


「寝ないよ!」


「前回、消火器の説明でちょっと目がとろんとしてた」


「寝てないもん。消火器の気持ちを考えてただけだもん」


「消火器に気持ちはないよ」


「知ってるもん!」


そう言い合いながら、二人は訓練場前の認証ゲートに近づいた。


いつもなら、レトがカードをかざす。

ゲートが短く鳴る。

扉が開く。


それだけで終わる。


レトはカードをかざした。


ぴん。


ゲートの灯りが淡く点いた。


そして、柔らかい機械音声が流れた。


『おはようございます、レト隊員。戦闘班、単騎遊撃担当。入場を許可します。本日も安全第一でお願いします』


レトが止まった。


完全に止まった。


まばたきもしない。


ロジーは一歩進んでから振り返った。


「レト?」


レトはゆっくり、ゲートを見た。


それから、自分のカードを見た。


もう一度、ゲートを見た。


口が少し開いた。


「……ロジー」


「なに?」


「今」


「うん」


「ゲートが」


「うん」


「喋った」


「喋ったね」


「ゲートが、わたしに」


「うん」


「話しかけてくれた」


ロジーは瞬きした。


「まあ、音声案内だからね」


「わたしのこと」


「うん」


「レト隊員って言った」


「言ったね」


「戦闘班って言った」


「言ったね」


「単騎遊撃担当って言った」


「言ったね」


レトの肩が震えた。


ロジーは、その震えを見て少し嫌な予感がした。


「レト?」


「わたし……」


レトは両手でカードを握りしめた。


「わたし、ゲートに認められた……!」


「いや、認証されただけだよ」


「認められた!!」


レトの声が廊下に響いた。


「ゲートが! わたしのこと! 戦闘班って! 単騎遊撃って! 隊員って!!」


近くにいた戦闘班職員が振り向いた。


技術班の職員も振り向いた。


レトは、もう止まらなかった。


「ロジー! 物が喋った!」


「機械音声ね!」


「物が! わたしに! 喋ってくれた!」


「そこも刺さってるの!?」


「わたし、いつも物に話しかけてたけど……」


レトはゲートを見上げた。


目が、もうきらきらしすぎていた。


「物の方から、ちゃんとわたしに言ってくれたの、初めてかも……!」


ロジーは頭を抱えた。


「だめだ、想定より深いところに刺さってる」


「ロジー! もう一回聞きたい!」


「一回通ったから無理じゃない?」


「出る!」


「え」


レトは一歩下がり、ゲートの外へ戻った。


ぴん。


『退場を確認しました、レト隊員。訓練後の水分補給を推奨します』


レトが胸を押さえた。


「水分補給まで……!」


「親切機能だよ」


「わたしのこと、心配してる……!」


「機械音声だよ」


「物が……わたしの体調を……!」


「ゲートに感情移入しすぎ!」


「もう一回入る!」


「待って待って待って」


レトは再びカードをかざした。


ぴん。


『おかえりなさい、レト隊員。戦闘班、単騎遊撃担当。入場を許可します。本日も安全第一でお願いします』


レトは両拳を握りしめた。


「おかえりなさいって言った!!!!」


ロジーは頭を抱えた。


「そこ!?」


「ロジー! 聞いた!? ゲートが! わたしに! おかえりなさいって!」


「聞いたよ! 廊下の端まで聞こえたよ!」


「わたし、帰ってきていいんだ……!」


「訓練場のゲートに!? 訓練場のゲートに帰属意識持たないで!」


その時点で、近くの職員たちは口元を押さえ始めていた。


技術班の職員が小声で言う。


「……想定外反応です」


戦闘班職員が小声で返す。


「想定しておけ」


「無理です」


「レトさんだぞ」


「それはそうですが」


レトは三度目の出入りを試みた。


ロジーが腕にしがみつく。


「レト! だめ! ゲートで反復横跳びしない!」


「でも聞きたい!」


「録音するから!」


「ほんと!?」


「する! するから一旦落ち着いて!」


ロジーのデバイスが即座に記録モードへ切り替わった。


「はい、音声ログ保存! タイトル、レト隊員認証事件!」


「事件なの!?」


「もう事件だよ!」


レトは顔を輝かせた。


「じゃあ、これは任務?」


「違う!」


「認証任務?」


「違う!」


「物のお返事任務?」


「違うけど語感はかわいい!」


レトはさらに目を輝かせた。


「ロジー、次のゲートも行こう!」


「え」


「食堂ゲート!」


「食堂はゲートじゃなくて自動扉!」


「でもカードかざすところある!」


「職員用搬入口ね!」


「行こう!」


「訓練は!?」


「ゲートに挨拶してから!」


「違う違う違う!」


だが、ロジーは止めきれなかった。


勢いのあるレトを、ロジーが完全に止められることは少ない。


結果。


五分後。


食堂裏の職員用搬入口に、レトとロジーと、なぜか通りがかったエルがいた。


エルは少し首を傾げている。


「ゲート、話すの?」


レトは真剣に頷いた。


「うん。わたしを隊員って呼んでくれる」


「すごい」


「すごいよね!」


ロジーはぼそっと言った。


「エルが肯定したせいで加速した」


レトはカードをかざした。


ぴん。


『おはようございます、レト隊員。食堂搬入口です。衛生管理のため、入室前に手洗いをお願いします』


レトはその場で両手を上げた。


「手洗い任務、了解しました!!」


食堂班の職員が中から顔を出した。


「レト? そこで何を」


「手を洗います!」


「それは偉いけど、ここ職員用搬入口です」


「ゲートに言われました!」


「ゲートに?」


ロジーが横で記録する。


「レト、食堂ゲートから衛生指導を受ける。指示に即時服従。えらい」


エルも小さく頷いた。


「手、洗うの大事」


「うん!」


レトは手洗い場へ走ろうとして、廊下を二歩で止まった。


「走っちゃだめだった」


ぴたりと止まる。


ロジーは目を見開いた。


「レトが自主的に廊下を走るのを止めた!」


近くの生活班職員が小さく拍手した。


レトは照れながら、歩いて手を洗った。


戻ってきたレトは、顔がもう危なかった。


目がきらきらしすぎている。


頬が赤い。


髪飾りが揺れるたびに、青いキューブが光っているように見える。


「次は医務室前」


「なんで!?」


ロジーが叫ぶ。


「医務室ゲートなら、健康のこと言ってくれるかもしれない!」


「予想が当たるのが怖い!」


三人は医務室前へ向かった。


医療班主任がちょうど廊下に出てきたところだった。


「何をしているの?」


ロジーが即答する。


「レトが認証ゲートにハマりました!」


「何それ」


レトはカードをかざした。


ぴん。


『レト隊員。医療区画への入室には本日の訓練終了後、または医療班の許可が必要です。体調不良の場合は無理をせず申告してください』


レトが震えた。


「むり……」


ロジーが顔を向ける。


「何が?」


「無理しないでって……言われた……」


「うん」


「医務室が……わたしに……無理しないでって……」


医療班主任が腕を組んだ。


「それは普段から私たちも言っているけど」


レトは主任を見上げた。


「職員さんも言う」


「言います」


「ゲートも言う」


「言いますね」


「物も……わたしに言ってくれる……」


「音声案内です」


「でも、わたしに言ってる」


医療班主任は少しだけ黙った。


そして、優しく言った。


「そうですね。あなたに向けた案内です」


その瞬間、レトの中で何かが跳ねた。


「わたし……」


レトは胸を押さえた。


「監理局に……いっぱい……おかえりなさいって……安全第一って……無理しないでって……手を洗ってって……」


ロジーが不安そうに言う。


「最後だけ急に生活感あるね」


レトは聞いていなかった。


「職員さんだけじゃなくて……ゲートも……廊下の物も……わたしに喋ってくれる……!」


「廊下の物はまだ喋ってないよ!」


「わたし、ここにいていいんだ……!」


「いや、それはそうだよ」


「ゲートにも分かってもらえた……!」


「ゲートはデータベース参照してるだけだよ!」


「データベースにも……!」


「広げないで!」


レトの周囲に、小さな青白い硝子片がぽろぽろ浮き始めた。


魔力過多というほどではない。


ただの情緒排熱だった。


医療班主任が即座に言う。


「レト、呼吸」


「すぅ……!」


「吐いて」


「はぁ……!」


「もう一度」


「すぅ……!」


そこへ、ジェレミーが通りかかった。


偶然ではない。


廊下の各所から送られてくる「レトが認証ゲートで情緒過熱中」という報告を見て、来たのである。


ジェレミーは状況を見た。


レト。

ロジー。

エル。

医療班主任。

浮いている硝子片。

妙に満足げな食堂班職員。

遠巻きに見守る技術班職員。


ジェレミーは短く言った。


「レト」


レトが振り向いた。


「お兄さん!」


「何をしている」


「認証されています!」


ジェレミーは一秒だけ沈黙した。


「そうか」


「お兄さん、ゲートがね、わたしのこと、レト隊員って呼ぶの!」


「登録名だ」


「戦闘班って言うの!」


「所属だ」


「単騎遊撃担当って言うの!」


「職務だ」


「おかえりなさいって言うの!」


「音声案内だな」


「物が喋ったの!」


ジェレミーはレトを見た。


レトは必死だった。


嬉しくて、震えていて、両手でカードを握りしめていた。


「わたし、昔、物にいっぱい話しかけてたでしょ」


「ああ」


「物は物って、今は知ってるよ」


「知っているな」


「でも、ゲートが喋ったの」


「ああ」


「わたしに、喋ったの」


ジェレミーは少しだけ目を細めた。


「そうだな」


レトの顔が、さらに明るくなった。


「そうだなって言った!」


ロジーが両手を上げた。


「局長、今の肯定は危ない!」


ジェレミーは続けた。


「ここは、帰ってきていい場所だからな」


その言葉は、静かだった。


大きな声ではない。


特別に甘い言い方でもない。


いつものジェレミーの声だった。


だが、今のレトにはだめだった。


レトの表情が、ぱあっと明るくなった。


明るくなりすぎた。


「お兄さんが……」


「レト?」


「お兄さんが、帰ってきていい場所って……」


ロジーが嫌な予感で一歩下がる。


「レト、待って。今のは危ない。今のは効きすぎる」


「わたし……」


レトの瞳がきらきらする。


青白い硝子片が、ぱらぱらと星屑みたいに周囲を回る。


「わたし、レト隊員で……戦闘班で……単騎遊撃で……物が喋ってくれて……安全第一で……手を洗って……無理しないで……おかえりなさいで……帰ってきていい場所で……」


「情報量の処理に失敗してる!」


ロジーが叫んだ。


エルがぽつりと言う。


「レト、いっぱい」


「いっぱい……!」


レトは両手を広げた。


「わたし、いっぱい!!!!」


そして、すとん、と倒れた。


本当に、すとん、だった。


糸が切れたみたいに、膝から崩れて、医療班主任が慣れた手つきで受け止めた。


周囲が静まり返る。


ロジーのデバイスだけが、ぴこ、と記録完了音を鳴らした。


ロジーは倒れたレトを見た。


それから、ゲートを見た。


ジェレミーを見た。


もう一度、レトを見た。


そして、ぽつりと呟いた。


「バカすぎる……」


医療班主任が脈を確認する。


「興奮性の一時的な失神です。問題はありません」


ジェレミーが言う。


「運ぶ」


「はい」


レトは医療班主任に支えられながら、半分だけ意識を戻した。


「お兄さん……」


「起きたか」


「わたし……レト隊員……?」


「そうだ」


「ゲート……喋った……?」


「喋った」


レトはふにゃっと笑った。


「えへへ……」


ロジーが頭を抱える。


「追撃した! 局長が追撃した!」


ジェレミーは表情を変えない。


「事実だ」


「事実で倒れるんだよ、この子!」


エルは認証ゲートをじっと見た。


そして、自分のカードをかざした。


ぴん。


『おはようございます、エルさん。通行権限を確認しました』


エルは少し考えた。


「エルさん」


ロジーが慌てる。


「エルは倒れないでね!?」


エルは首を傾げた。


「倒れない」


それから、担がれていくレトを見て、ぽつりと言った。


「レト、ゲートに弱い」


ロジーは深く頷いた。


「今日判明したね」


その後、技術班は認証ゲートの設定に新しい注意項目を追加した。


特定職員に対し、過度に情緒へ作用する音声案内を連続再生しないこと。


副長はその報告書を読み、しばらく黙った。


そして、備考欄に一文を追加した。


特定職員:主にレト。


さらに、その下にもう一文を加えた。


補足:当該職員は、音声案内を“物からの返事”として受け取る可能性がある。


技術班は、その補足を見て全員黙った。


そして、誰も削除しなかった。


その日の夜。


医務室で目を覚ましたレトは、枕元に置かれた自分のカードをぎゅっと握っていた。


ロジーが椅子に座っている。


エルも隣にいる。


ジェレミーは壁際に立っている。


レトは小さな声で言った。


「ロジー」


「なに?」


「音声ログ、ある?」


ロジーは、ものすごく嫌な顔をした。


「あるけど」


「聞きたい」


「倒れたでしょ」


「小さく聞く」


「音量の問題じゃないんだよ」


レトは布団の中で、もぞもぞした。


「でも……レト隊員……」


ロジーはしばらく黙った。


そして、ため息をついた。


「一回だけね」


「やった」


ロジーのデバイスが、小さく音声を再生した。


『おはようございます、レト隊員』


レトは布団の中で、幸せそうに目を閉じた。


「えへへ……喋ってくれた……」


ロジーはその顔を見て、もう一度、小さく呟いた。


「バカすぎる……」


でも、その声は少し笑っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の活動場所です! 総合リンクです! TiktokやYouTube、lineスタンプなどの総合リンクになってます!! よかったらみに来てくださいね! 箱庭の娘たちのイラストや動画をAI生成していますっ(*´▽`*) おはなしが気に入ってくださったら、評価やリアクション、ブックマークなどしてくださると、とっても嬉しいです(≧∀≦*)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ