表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/135

第71話-だいすきがとまらない

70話の続きだよ。

だいすきがとまらないレト。

反動ですきすきが止まらない


翌日。


惑星監理局の朝は、妙にざわついていた。


理由は単純だった。


レトが、朝からずっとジェレミーにべったりだった。


「お兄さん」


局長室の扉が開く。


ジェレミー・クリエットが部屋を出る。


そこへ、廊下の壁際で待機していたレトが、ぱっと顔を上げた。


淡緑の長い髪を左側のワンサイドテールにまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしながら、満面の笑みで駆け寄る。


「お兄さん、おはよう!」


「おはよう」


ジェレミーは短く返した。


いつも通りだ。


だが、その直後。


レトが、ぎゅうっと腕に抱きついた。


「お兄さんすき!」


廊下が静まった。


通りがかった監理班職員が、足を止めそうになって止めなかった。


書記官が、視線だけをそらした。


副長が、少しだけ肩を震わせた。


ジェレミーは動じなかった。


いや、表面上は。


「朝から元気だな」


「うん!」


レトはジェレミーの腕にほっぺたをくっつけたまま、きらきらした目で見上げた。


「お兄さんすき!」


「そうか」


「すき!」


「分かった」


「すき!」


ジェレミーが、ほんの少しだけ間を置いた。


「……分かった」


副長が横から穏やかに言う。


「局長、理解確認が遅れていますね」


「十分早い」


「ですが、三回目の“すき”まで回答が必要だったようです」


「必要ではない」


レトはジェレミーに抱きついたまま、こくこく頷いた。


「必要だよ!」


ジェレミーがレトを見る。


レトは真顔だった。


「必要なのか」


「うん!」


「なぜだ」


レトは少しだけ口を尖らせた。


「だって、お兄さん、止まるから」


副長がまた肩を震わせた。


ジェレミーは黙った。


そのまま数秒。


レトは、はっとした。


「お兄さん?」


「……止まっていない」


「ちょっと止まったよ」


「止まっていない」


「止まったもん」


副長がにこやかに口を挟む。


「記録上は、ほんの少し止まりました」


「副長」


「事実です」


レトはジェレミーの腕に抱きついたまま、少しだけ眉を下げた。


「お兄さん」


「何だ」


「わたし、昨日、ちょっと反抗したでしょ」


「したな」


「ほんとは、あれ、わたしもやだった」


ジェレミーの目が少しだけ動いた。


廊下の空気も、少し静かになる。


レトは続けた。


「お兄さんに“やだもん”って言うの、なんか変だった」


「そうか」


「変だし、やだったし、胸のあたりがむずむずした」


「むずむず」


副長が小さく復唱した。


「情緒表現としては、かなり正確ですね」


レトはうんうん頷く。


「そう! むずむずして、なんかへんな感じで、わたし、ちょっとつらかった!」


ジェレミーは静かに聞いていた。


レトはぎゅっと抱きつく腕に力を込める。


「だから、反動」


「反動」


「うん!」


レトは顔を上げて、元気よく言った。


「お兄さんすきすきすきすきすきすきすき!!!!!!」


廊下の向こうで、ロジーが吹き出した。


「七連すき!」


エルが隣で指を折る。


「ほんとだ。七回」


レトが振り向く。


「ロジー!」


ロジーは壁際から出てきた。


頭上デバイスには、大きくこう表示されている。


反抗反動観測中


「レト、それ完全に反動出てるね!」


「出てる!」


「出すぎ!」


「だってやだったんだもん!」


ロジーは、うんうんと何度も頷いた。


「分かるよ。レト、根っこが素直だから、好きな相手にわざと逆のこと言うの向いてないんだよ」


「向いてなかった……」


「うん。すごく向いてなかった」


ジェレミーが低く言った。


「やらせたのは誰だ」


ロジーはぴしっと姿勢を正した。


「私です」


「そうか」


「すみませんでした」


「二度とするな」


「はい!」


ロジーは即答した。


その横でエルが首を傾げる。


「反動って、いっぱい好きになること?」


レトが真剣な顔で答える。


「うん!」


「昨日のぶん?」


「昨日のぶんと、今日のぶんと、もしかしたら明日のぶんも!」


エルは少し考えた。


「前借り」


「そう!」


ロジーが即座に記録した。


レト、好意の前借りを開始


ジェレミーが言った。


「記録するな」


「はい」


ロジーは消した。


でも絶対に覚えている。


そのままジェレミーは歩き出した。


会議室へ向かう時間だった。


当然、レトも一緒に動く。


しかも腕にくっついたまま。


「歩きにくい」


ジェレミーが言う。


レトは慌てた。


「えっ、ごめん!」


ぱっと離れる。


二歩下がる。


その瞬間、顔が曇る。


「……でも、ちょっとだけ離れるのもやだ」


副長が小さく目を細めた。


ジェレミーはレトを見る。


「歩ける範囲でならいい」


レトの顔がぱあっと明るくなる。


「ほんと!?」


「腕に全体重をかけるな」


「かけない!」


「通行の邪魔をするな」


「しない!」


「走るな」


「今日は早歩きもしない!」


「そこまでは言っていない」


レトはこくこく頷いた。


「うん! でも、お兄さんのために、今日はちゃんと歩く!」


ロジーが小声で言う。


「“お兄さんのために”の方向が極端なんだよなあ」


エルも頷いた。


「極端」


こうして、レトのべったべた期間が始まった。


第一事案。


会議前の廊下。


ジェレミーが他部署の責任者と話している最中、少し離れた位置で待機していたレトが、会話終了を察知して即座に近づいた。


「お兄さん、会議がんばってね!」


「分かった」


「すき!」


「そうか」


「すき!」


「……ああ」


「すき!」


責任者たちが、何とも言えない顔で視線を逸らした。


副長が穏やかに説明する。


「反抗の反動です」


責任者たちは、それでなぜ納得できるのか分からない顔をしながら、とりあえず頷いた。


第二事案。


食堂。


ジェレミーがコーヒーを持って席につくと、レトが向かいではなく隣に座った。


かなり近い。


肩が少し触れる距離だ。


「お兄さん」


「何だ」


「隣いい?」


「もう座っている」


「だめじゃない?」


「だめではない」


「よかった」


レトは安心した顔でプリンを一口食べた。


そして二口目を食べる前に、唐突に言った。


「お兄さんすき」


ジェレミーの手が少し止まる。


コーヒーカップが空中で静止した。


ロジーが少し離れた席から、すっとデバイスを構えた。


エルがその隣で言う。


「また止まった」


レトが慌てる。


「お兄さん!? ごめん! 重かった!?」


「重くはない」


「すきが?」


「……量がな」


ロジーが机に突っ伏した。


「量があるんだ!」


副長が、いつの間にか食堂にいた。


「定量投与が望ましいかもしれませんね」


「副長、なんで毎回いるの?」


「食堂ですから」


「便利な言い訳!」


第三事案。


訓練場前。


レトが午前訓練に向かう前、ジェレミーにわざわざ報告しに来た。


「お兄さん!」


「何だ」


「訓練いってくる!」


「ああ」


「でも、その前に」


レトは姿勢を正した。


周囲を確認する。


通行の邪魔ではない。


ジェレミーは武器を抜いていない。


仕事中だが、話しかけてはいけない雰囲気ではない。


その上で、ちゃんと聞く。


「今、ぎゅーしていい?」


ジェレミーは短く答えた。


「いい」


レトはぎゅっと抱きついた。


それだけでも十分なのに、抱きついたまま言う。


「お兄さんすき!」


「分かった」


「訓練いってくるけどすき!」


「そうか」


「ドローン切るけどすき!」


「危険な言い方をするな」


「止めるけどすき!」


「分かった」


「帰ってきてもすき!」


ジェレミーが少し黙った。


「……それは安心した」


レトは顔を上げる。


「安心した?」


「した」


「お兄さん、かわいい」


その瞬間。


今度はジェレミーだけでなく、近くにいた戦闘班職員まで止まりかけた。


副長が、ついに軽く咳き込んだ。


「局長が“かわいい”判定を受けましたね」


ジェレミーは低く言った。


「受けていない」


レトは真顔だった。


「受けてるよ」


「受けていない」


「だって安心してる顔、ちょっとかわいい」


戦闘班長が、訓練場の扉の前で静かに顔を背けた。


笑ったらまずいと思ったのだろう。


でも少し笑っていた。


そして、問題の本題はその日の午後に起きた。


女子会空間である。


レトはクッションに埋もれながら、しおしおしていた。


ロジーが心配そうに覗き込む。


「レト?」


「うん……」


「べったべたモード続いてるね」


「うん……」


「でも元気ない?」


レトはクッションを抱きしめたまま、ぽつりと言った。


「ちょっと、つかれた」


ロジーとエルが同時にレトを見る。


レトはもごもごと続ける。


「お兄さんに反抗したの、わたしやだったでしょ」


「うん」


「だから、いっぱい好きって言いたくなったの」


「うん」


「でも、いっぱい言いすぎて、わたしの胸の中が、今度はふわふわしすぎてる」


ロジーが瞬きをした。


「ふわふわしすぎてる」


「うん……なんか、好きが大きすぎて、ちょっと落ち着かない……」


エルが真剣な顔で言う。


「魔力過多みたい」


「情緒過多だねえ」


ロジーが頷く。


レトはクッションに顔を埋めた。


「だって、反抗っぽいこと言った時、お兄さん止まったし……」


「止まったね」


「わたし、あれ見るのちょっとやだった……」


「うん」


「だから、お兄さんが止まらないくらい、いっぱい好きって言えばいいのかなって思ったけど……」


レトは顔を上げた。


「ちょっと多かったかも」


ロジーは、数秒黙ったあと、真面目に言った。


「多かったね」


「やっぱり……」


「局長が処理落ちするくらいには」


エルが手を挙げた。


「じゃあ、半分にする?」


レトは考えた。


「半分……」


ロジーも考える。


「“すき”七回を三回にする?」


「三回……」


レトはかなり真剣に悩んだ。


「三回なら、足りるかな」


「一回じゃ足りない?」


「一回だと、昨日のやだった分が入らない」


エルが頷く。


「じゃあ、三回」


ロジーが言う。


「うん。定量化しよう」


「ていりょうか」


「そう! 好きの定量化!」


レトは目を丸くした。


「それ、できるの?」


ロジーは胸を張る。


「感情は無理でも、言葉の回数なら!」


エルがぽつりと言った。


「ロジー、なんでも記録みたいにする」


「それが私のいいところ!」


こうして、レトの好意表出は暫定的に一回につき“すき”三回までという妙なルールが決まった。


もちろん、誰も承認していない。


ただし今度は、ジェレミーに被害が及ぶ前に副長へ共有された。


副長は説明を聞いて、しばらく黙ったあと、穏やかに言った。


「前回よりは進歩していますね」


「前回って?」


ロジーが聞く。


副長は微笑む。


「局長の精神耐久性を育成しようとしていましたから」


「……あれは反省してます」


「よろしい」


「今回はレトの情緒過多対策です!」


「そちらの方が健全です」


そして夕方。


レトは、少しだけ落ち着いた顔で局長室を訪れた。


ノック。


「お兄さん、入っていい?」


「入れ」


レトが入る。


ジェレミーは机に向かっていたが、すぐに顔を上げた。


「どうした」


レトは扉の前で少しもじもじした。


「えっと……」


「言え」


「わたし、今日、ちょっとべたべたしすぎた」


ジェレミーは否定しなかった。


「少しな」


「やっぱり……」


レトはしゅんとする。


「ごめん」


「謝ることではない」


「でも、お兄さん止まった」


「止まりはした」


「ごめん……」


ジェレミーは少しだけ間を置いた。


それから、静かに言った。


「レト」


「うん」


「お前が私を好きだと言うこと自体は、迷惑ではない」


レトが顔を上げる。


「ほんと?」


「本当だ」


「いっぱいでも?」


「……量には考えるところがある」


レトはちょっとだけ笑った。


「やっぱり」


「だが、言うなとは言わない」


「ほんと?」


「本当だ」


レトは少し安心した顔になった。


でも、すぐにまた眉を下げる。


「わたし、反抗したの、ほんとにやだった」


「そうか」


「お兄さんに“やだもん”って言うの、なんか、わたしがレトじゃないみたいだった」


ジェレミーは静かに聞いていた。


「だから、そのあと、お兄さんに好きっていっぱい言いたくなった」


「そうか」


「でも、いっぱい言いすぎたら、今度はわたしがふわふわしすぎた」


ジェレミーはほんの少しだけ息を吐いた。


「極端だな」


レトはこくんと頷く。


「うん……」


「だが、お前らしい」


その言葉に、レトの目が少し丸くなる。


「お兄さん、やじゃない?」


「やではない」


「ほんとに?」


「本当だ」


「止まったのに?」


「止まったが、やではない」


「むずかしい」


「そうだな」


レトは少し考えてから、姿勢を正した。


「お兄さん」


「何だ」


「今日から、“すき”は三回までにします」


ジェレミーが少し止まった。


「誰が決めた」


「女子会」


「そうか」


「多すぎると、お兄さんが止まるし、わたしもふわふわしすぎるから」


「……なるほど」


「だから、今から言うね」


レトは深呼吸した。


真面目な顔になる。


「お兄さん」


「ああ」


「すき」


ジェレミーは頷いた。


「うん」


「すき」


「分かった」


「すき」


そこでレトは、ぴたりと止まった。


言い切った。


きっちり三回。


達成感のある顔をしている。


ジェレミーはそれを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「上出来だ」


レトの顔が、ぱっと明るくなる。


「ほんと!?」


「ああ」


「じゃあ、あと一個だけ」


ジェレミーが目を細める。


「三回までではなかったか」


レトははっとした。


「ほんとだ!」


「自分で決めたんだろう」


「うん!」


「守れ」


「守る!」


レトは胸を張った。


それから、少しだけもじもじする。


「じゃあ……」


「何だ」


「言葉は三回までだから、その代わり」


「代わり?」


レトはきちんと周囲を確認した。


ジェレミーは武器を抜いていない。


今は緊急案件の最中ではない。


話しかけてもよい空気だ。


その上で、ちゃんと聞く。


「今、ぎゅーしていい?」


ジェレミーは答えた。


「いい」


レトは近づいて、ぎゅっと抱きついた。


今度は朝みたいな勢い任せではない。


落ち着いた抱きつきだった。


安心を確かめるみたいな、静かなぎゅーだった。


ジェレミーは片手でレトの背中を支えた。


「レト」


「うん」


「反抗がつらかったなら、無理にするな」


「うん」


「だが、本当に嫌な時は言え」


「うん」


「好きだと言いたい時も、言え」


「うん」


「ただし、量は考えろ」


レトは抱きついたまま、くすっと笑った。


「三回まで」


「そうだ」


「でも、お兄さん」


「何だ」


「ほんとはね」


「うん」


「三回じゃ足りない時もある」


ジェレミーは少しだけ黙った。


レトは続ける。


「そういう時は、ぎゅーで足す」


局長室の扉の外で。


聞くつもりはなかったのに、つい近くを通ってしまったロジーとエルが、同時に止まった。


ロジーは小声で言う。


「高度な運用……!」


エルは頷いた。


「言葉を抱っこで補う」


副長が、そのさらに後ろにいた。


「通りがかりです」


「絶対違う!」


ロジーが振り向いた。


副長はにこやかだった。


「ですが、良い着地点ですね」


局長室の中では、レトが静かに抱きついている。


ジェレミーは少しだけ目を閉じ、それから言った。


「それなら構わない」


レトは嬉しそうに笑った。


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ、これからも、たまに反動くるかも」


「来るのか」


「その時は、ぎゅーで足すから」


ジェレミーは短く息を吐いた。


「そうしろ」


レトは満足そうに頷いた。


そして最後に、ひとつだけ付け足す。


「でもね、お兄さん」


「何だ」


「ほんとは今もちょっと言いたい」


「何を」


レトはジェレミーに抱きついたまま、小さな声で言った。


「すきすきすきすきすきすきすき」


ジェレミーの手が止まった。


外のロジーが口を押さえた。


エルが「七回」と呟いた。


副長が静かに天井を見た。


数秒後。


局長室の中から、ジェレミーの落ち着いた声がした。


「今のは聞かなかったことにする」


レトの笑い声が弾ける。


「ずるい!」


「三回までだろう」


「心の中だから!」


「口に出ていた」


「ちょっとだけ!」


「七回だ」


「数えたの!?」


外でロジーが小さく拳を握った。


「局長、ちゃんと数えた!」


エルも頷く。


「数えた」


副長が微笑む。


「回復していますね」


その日の女子会議事録には、こう書かれた。


反抗の反動で、レトはべったべたになった。

反抗はレトにも少しつらかった。

局長は止まりかけたが、以前より回復が早い。

“すき”は三回まで。

足りない分は、ぎゅーで補う。


その下に、レトの字で大きく追記がある。


お兄さんすき。


そのさらに下に、ロジーの字で小さく。


本当は七回分ある。


最後に、エルの字。


前借りもある。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の活動場所です! 総合リンクです! TiktokやYouTube、lineスタンプなどの総合リンクになってます!! よかったらみに来てくださいね! 箱庭の娘たちのイラストや動画をAI生成していますっ(*´▽`*) おはなしが気に入ってくださったら、評価やリアクション、ブックマークなどしてくださると、とっても嬉しいです(≧∀≦*)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ