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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第7話-エルのどっきり

惑星監理局には、危険物を保管するための部屋がある。


正確には、危険物かもしれない物を、一時的に隔離しておくための部屋だ。


魔術式の試作品。

外部星系から持ち込まれた未知の装置。

神性存在の残滓。

それから、エルが「できた」と言って監理局の廊下に置いていった魔法アイテム。


最後の分類だけ、技術班の職員たちの顔色が少し悪くなる。


旧世代の魔法は、術式ではない。

魔力の流れを追っても、構造を分解しても、そこに「なぜそうなるか」はない。


あるのは結果だけだ。


たとえば、机の上に置かれた硝子の小箱。


手のひらに乗るほど小さく、角度によって内側に虹色の光が走る。

見た目だけなら、エルが作った玩具の中ではかなり上品な部類だった。


技術班の主任は、観測越しにそれを見て言った。


「名称は?」


「どっきり箱」


エルは、ふわふわ浮きながら即答した。


白い髪の毛先が、ぴょん、と揺れる。

その顔はいつも通りお気楽そうで、少しだけ淡々としていて、けれど明らかに楽しみにしていた。


「危険性は?」


「びっくりする」


「それは効果の説明です」


「じゃあ、危険性もびっくりする」


主任は沈黙した。


記録係が、無表情で入力する。


『作成者申告:危険性=びっくりする』


「エルさん」


横から、副長が穏やかに声をかけた。


金髪の細身長身。

いつものようにうっすら笑っている。

笑っているのに、場の空気だけがすこし締まる。


「監理局内で未審査の魔法アイテムを使用することは禁止です」


「知ってるよ」


「では、なぜ作りました?」


「使わないなら、作っていいかなって」


「作った時点で審査対象です」


「だから持ってきた」


「大変よろしい」


副長は笑顔のまま頷いた。


「それで、効果範囲は?」


「対象一人」


「発動条件は?」


「箱を開ける」


「内容は?」


「その人にぴったりの、ちょっとびっくりするやつ」


技術班の主任が、ペンを落とした。


レトが危険物を見た時と同じくらい、正直な音だった。


「……対象に合わせて内容が変化する?」


「うん」


「精神干渉は?」


「してないよ。あたし、見てるだけ。びっくりしそうな形にするだけ」


副長の笑みが、ほんの少し深くなった。


「エルさん」


「なに?」


「それは、監理局規定上かなり危険寄りです」


「えー」


「えー、ではありません」


エルは少しだけ頬をふくらませた。


「じゃあ、審査終わったら使っていい?」


「危険性がなければ」


「じゃあ審査して」


「します」


「すぐ?」


「順番があります」


「じゃあ待つ」


そう言って、エルは空中でくるりと一回転した。


そして三秒後。


廊下にいた。


手には、さっきの硝子の小箱とよく似たものが二つあった。


「……」


技術班の主任が、監視映像を二度見した。


副長は笑顔のまま、通信端末を取り出した。


「エルさん」


廊下のスピーカーから、副長の声が流れる。


エルはぴたりと止まった。


「はい」


「いま手に持っているものは?」


「別のやつ」


「未審査ですね」


「うん」


「戻ってきなさい」


「やだ」


「エルさん」


「やだ」


「エルさん」


「どっきりしたい」


副長は、端末を持ったまま少し目を伏せた。


その仕草を見た技術班の職員たちは、全員が同じことを思った。


あ、これは怒っている。


しかし副長は、声の温度を変えなかった。


「誰にですか?」


エルは、ぱっと顔を明るくした。


「レトとロジー」


「……」


副長は、ほんの一瞬だけ黙った。


それから、たいへん静かに言った。


「許可しません」


「ちょっとだけ」


「許可しません」


「安全」


「未審査です」


「かわいいやつ」


「未審査です」


「副長も見る?」


「見ません」


「見たら楽しいよ」


「見ません」


「でも副長、そういうの好きでしょ」


副長の笑みが、すっと消えかけた。


その瞬間、技術班の主任は思った。


いま、エルさんは地雷の上で跳ねた。


けれどエルは、旧世代だった。

地雷という概念を、たぶん人間と同じ重さでは理解していない。


そして次の瞬間には、空間がきらりと歪んだ。


エルの姿は消えていた。


副長は、ゆっくりと通信端末を下ろした。


「……捜索班に連絡を」


「はい」


「戦闘班には伝えないでください。レトさんが知ると走ります」


「はい」


「情報班にも伝えないでください。ロジーさんが知ると覗きます」


「はい」


「生活班には」


副長は、少しだけ考えた。


「プリンを一つ確保しておくように」


「……レトさん用ですか?」


「いえ」


副長は、いつもの笑みを戻した。


「エルさん用です」


その場の誰も、意味を聞けなかった。


一人目の標的は、レトだった。


レトはその時、監理局の廊下で清掃ロボットと対峙していた。


清掃ロボットはただ定位置で充電に戻ろうとしていただけだ。

だが、廊下の角度とタイミングの都合で、レトの進路を完全に塞いでいた。


レトは両手を胸の前で握りしめ、真剣な顔で言った。


「通して」


清掃ロボットは、低い駆動音を立てた。


レトは一歩右に動いた。

清掃ロボットも、センサー補正で一歩分右にずれた。


レトは左に動いた。

清掃ロボットも左にずれた。


「いじわるしないで」


清掃ロボットは、ただ充電位置を探していた。


レトは泣きそうになった。


その様子を、廊下の角からエルが見ていた。


「いい反応」


エルは小さく頷いた。


手の中の硝子の小箱を、そっと床に置く。


箱は、かちり、と音を立ててひとりで開いた。


その瞬間、レトの目の前で清掃ロボットが光った。


「ぴゃっ!?」


レトが飛び退く。


清掃ロボットの上に、ちいさな王冠が現れた。


硝子でできた、きらきらの王冠。

さらに胴体部分には、肩掛けのような赤い布がかかっていた。


そして、ロボットの前面に表示された。


『廊下王』


レトは固まった。


清掃ロボットは、いつも通りに低速移動した。


王冠をかぶったまま。


レトの顔が、みるみる真剣になる。


「……王さま?」


廊下王は返事をしない。


レトははっとして、慌てて首を振った。


「違う。物は物。ロボットはロボット。王さまじゃない」


廊下王は、ゆっくり前進した。


レトは後退した。


「でも王冠ついてる」


廊下王は前進した。


レトはさらに後退した。


「王冠ついてるなら、えらい……?」


廊下王は、進路をふさぐように角度を変えた。


レトの瞳に、戦闘班所属らしい光が宿った。


「わたし、戦闘班だよ」


廊下王は、掃除用ブラシを回転させた。


「……やるの?」


もちろん、やらない。


けれどレトは、完全にそういう空気だと思っていた。


背後の角から見ているエルは、口元を両手で押さえていた。

笑っているというより、観察結果が予想以上で嬉しそうだった。


レトは右手を軽く振る。


青白い高熱を帯びた硝子質の魔力が、指先に集まった。

空中に、短剣の形が生まれかける。


その瞬間。


廊下のスピーカーから、副長の声が響いた。


「レトさん、武装解除」


レトはびくっとした。


硝子短剣になりかけていた魔力が、ぱしゅんと消える。


「副長!」


「清掃ロボットは敵ではありません」


「でも、王冠が……」


「王冠がついていても清掃ロボットです」


「でも、廊下王って……」


「廊下王でも清掃ロボットです」


レトは大きく目を見開いた。


「王でも?」


「王でもです」


「副長、王に強い……!」


「その解釈は違います」


レトは尊敬のまなざしで監視カメラを見上げた。


副長は通信越しに、声だけでため息を飲み込んだ。


その時、エルが廊下の角からひょこっと出てきた。


「どっきりでした」


レトは振り返った。


「エル!」


「びっくりした?」


「した!」


レトは、両手を広げてエルに駆け寄った。


「すごい! 王になった! ロボットが王になった!」


「王じゃないよ。そう見えるだけ」


「そっか!」


レトは納得した。


そして、すこししてから小さく赤くなった。


「……わたし、ちょっと本気で王だと思った」


「うん。かわいかった」


「かわいかった?」


「かわいかった」


レトは両手で頬を押さえた。


怒るべきか、照れるべきか、判断が追いついていない顔だった。


「でも、勝手にやったらだめなんだよ」


「うん」


「副長がだめって言うやつは、だめなんだよ」


「うん」


「だから、エルは副長に謝るの」


「あとでね」


エルはふわっと浮いた。


「次、ロジー」


「えっ」


レトが目を丸くした。


「ロジーにもするの?」


「する」


「ロジー、びっくりするとすごいよ」


「知ってる」


「副長に怒られるよ」


「もう怒られてる」


「じゃあだめだよ!」


「だめだけど、する」


エルは悪びれもなく言った。


その自由さに、レトは一瞬だけ憧れた顔をした。


しかしすぐに、監理局職員としての理性を取り戻した。


「止まって!」


レトは手を伸ばした。


エルは空間をすり抜けるみたいに、すっと消えた。


残されたレトは、廊下王と向かい合った。


廊下王は、何事もなかったかのように充電器へ向かっている。


レトは、そっと小声で言った。


「……王じゃないからね」


廊下王は返事をしない。


「でも、王冠似合ってた」


清掃ロボットは、充電器に収まった。


レトは慌てて周囲を見回し、誰にも聞かれていないことを確認した。


監視カメラの向こうで、副長が肩を震わせていたことには、気づかなかった。


二人目の標的は、ロジーだった。


ロジーは情報班の端末室にいた。


宙に浮かぶデバイスが、淡い光を放っている。

その周囲に、いくつものホログラムが重なっていた。


外部星系の通商記録。

監理局内の設備点検ログ。

新人研修の質疑記録。

食堂の限定メニュー予測表。


最後の一枚だけ、やけに文字が大きい。


ロジーは椅子の上に片膝を抱えて、ものすごい速度で画面を切り替えていた。


「ふむふむ、なるほどねー。つまり今日のプリン在庫は実質レトの情緒安定装置であり、食堂班の戦略物資……記録価値あり!」


その背後で、空間がほんの少し揺れた。


エルが現れる。


ロジーは振り返らない。


「エル、勝手に入ってきたね」


「うん」


「副長に怒られるやつ?」


「もう怒られてる」


「じゃあいまさらだね!」


ロジーは笑った。


「で、なに? 私に用?」


エルは、小さな硝子の箱を取り出した。


ロジーのデバイスが、瞬時に警告を出す。


『未登録魔力構造』


『術式構成なし』


『解析不能』


『旧世代由来の可能性』


ロジーの表情が、ほんのわずかに固まった。


それは、普通の人間なら見逃す程度の変化だった。

けれどエルは見ていた。


ロジーはすぐに笑顔を戻す。


「あー、それ、だめなやつじゃん」


「どっきり箱」


「名前がすでにだめ」


「ロジー用」


「私用にチューニング済み!? 最悪! 最高! でも最悪!」


ロジーは椅子から飛び降りた。


「待って待って、記録するから! いやでも記録したら副長に怒られる? 怒られるね! でも記録価値がありすぎる! どうしよう!」


「開けるね」


「待ってって言ったじゃん!」


エルは箱を開けた。


その瞬間、端末室の全ホログラムが一斉に消えた。


ロジーのデバイスの光も、ふっと暗くなる。


部屋が、静かになった。


ロジーの表情から、騒がしさが抜け落ちた。


「……」


一秒。


二秒。


三秒。


エルは首をかしげた。


「ロジー?」


ロジーは、動かなかった。


その目は開いている。

息もしている。

けれど、いつものように言葉が飛び出してこない。


エルの顔から、楽しそうな気配が消えた。


「ロジー」


もう一度呼ぶ。


ロジーの唇が、かすかに動いた。


「……え」


声は、小さかった。


「なに、これ」


エルはその瞬間、自分の作ったものがロジーにとってどう見えたのかを理解した。


デバイスの停止。

思考の停止。

いつか来るかもしれない終わり。


それを、どっきりの形で目の前に置いた。


「違う」


エルが言った。


「止めてない。ほんとには止めてない」


しかしロジーの手は、わずかに震えていた。


ロジーは笑おうとした。


いつものように、軽口を叩こうとした。


「び、びっくりしたー……って、言えばいい?」


言い方だけは明るかった。


でも、目が違った。


エルは、箱を握りつぶした。


硝子の箱は音もなく砕けて、光になって消えた。


次の瞬間、ホログラムが戻った。

デバイスも、いつもの光を取り戻した。


ロジーは大きく息を吸った。


それから、わざとらしく両手を上げた。


「はい! 記録! エルのどっきり、ロジーに精神的特攻! これは怒られるね! 副長にめちゃくちゃ怒られるね!」


エルは、すこし黙った。


「ごめん」


ロジーの動きが止まった。


エルが謝ったからだ。


エルは人間の心を、人間と同じ尺度では理解できない。

けれど、大好きな相手の顔が変わったことは分かる。

自分のしたことが、楽しいびっくりではなかったことも分かる。


「ごめん。ロジーが怖いやつ、した」


ロジーは、数秒だけ何も言わなかった。


そして、へらっと笑った。


「まー、うん。ちょっと怖かった」


「ちょっと?」


「めちゃくちゃ」


「うん」


「でも、エルがわざとじゃないの知ってる」


「うん」


「だから副長に怒られよっか!」


「それはやだ」


「そこはやだなんだ!?」


ロジーは、ようやくいつもの勢いを取り戻した。


けれど、デバイスの光はまだ少し強い。

思考を安定させるために、いつもより多く補助しているのだ。


エルはそれを見上げた。


「ロジー」


「ん?」


「次は、怖くないやつにする」


ロジーは笑った。


「次がある前提なの、ほんとエルって感じ」


そして、端末室のドアが開いた。


副長が立っていた。


笑っていた。


いつも通りに、うっすらと。


ロジーは即座に両手を上げた。


「私は被害者です!」


「分かっています」


「記録はしてません!」


「嘘ですね」


「一部だけ!」


「全部ですね」


「はい!」


副長は、ロジーに視線を向けた。


その笑顔は変わらない。

けれど声は、少しだけ柔らかかった。


「大丈夫ですか」


ロジーは、一瞬だけ口を閉じた。


それから、いつもの調子で笑った。


「大丈夫! ちょっとびっくりしただけ!」


副長は追及しなかった。


「そうですか」


そして、エルを見る。


「エルさん」


「はい」


「局長室へ」


エルは、ふわっと後退した。


「やだ」


「局長室へ」


「副長だけでいい」


「私だけで済ませてほしい、という意味なら」


副長は、にこりと笑った。


「まず私の話を聞いてからです」


ロジーが小声で言った。


「終わった」


エルも小声で言った。


「終わった?」


「うん。副長、あの顔のとき長いよ」


「どの顔?」


「笑ってる顔」


「いつもだよ」


「だから常に危ないんだよ」


副長は、すべて聞こえている顔で言った。


「お二人とも、移動しましょう」


局長室ではなく、連れていかれた先は小会議室だった。


そこには、すでにレトがいた。


レトはプリンを持っていた。

けれど、食べていなかった。


「エル!」


レトは立ち上がった。


「ロジー!」


ロジーは笑って手を振る。


「やっほー、被害者二号だよ!」


「被害者……」


レトは難しい顔をした。


「わたしも?」


「うん。一号」


「一号……」


少し嬉しそうだった。


副長が言った。


「喜ばないでください」


「はい」


レトはすぐ座った。


エルも椅子に座らされた。

足が床につかないので、ぷらぷら揺れている。


副長は三人の前に立った。


「まず、確認します」


静かな声だった。


「エルさん。未審査の魔法アイテムを監理局内で使用しましたね」


「うん」


「レトさんに対して」


「うん」


「ロジーさんに対して」


「うん」


「それが規定違反であることは?」


「知ってた」


レトが小さく息を飲んだ。


ロジーも、さすがに口を挟まなかった。


副長は頷いた。


「では、なぜやりました」


エルは、少しだけ考えた。


「びっくりした顔が見たかった」


「それは理由ですね」


「楽しいかなって」


「誰が?」


「……あたし」


エルは、そこで止まった。


それから、ゆっくり付け足す。


「あと、レトとロジーも」


「結果は?」


エルはロジーを見た。


ロジーは笑っている。


でも、エルはもう、その笑顔だけを答えにしなかった。


「ロジーは怖かった」


副長は頷いた。


「そうですね」


「レトは?」


レトは慌てて背筋を伸ばした。


「わたしはびっくりしたけど、王がすごかった!」


「王ではありません」


「清掃ロボットがすごかった!」


「それならよろしい」


副長は、再びエルを見る。


「どっきりは、相手が楽しいところまでが限度です。相手の弱いところを踏むものは、どっきりではありません」


エルは、淡々と聞いていた。


その顔は、反省していないようにも見える。

けれど、レトは分かった。


エルは、ちゃんと聞いている。


ロジーも分かった。


エルは、自分の中で言葉を置く場所を探している。


副長は続けた。


「それと、あなたは旧世代です。あなたにとって小さな遊びでも、我々にとっては宇宙規模の事故になり得ます」


「うん」


「以後、未審査の魔法アイテムの使用は禁止。審査前に複製することも禁止。対象者の同意なしに発動することも禁止です」


「うん」


「返事は?」


「はい」


副長は満足そうに頷いた。


「では、処分です」


エルは顔を上げた。


「処分」


「本日のおやつは没収」


エルは固まった。


レトが震えた。


ロジーが口を押さえた。


「それは……」


エルが、かすかに言った。


「重い」


副長は笑った。


「規定違反ですので」


「プリン?」


「没収です」


レトが、自分のプリンを抱きしめた。


「わたしのは?」


「レトさんは被害者なので食べてください」


「よかった……!」


レトは本気で安堵した。


エルは、その姿を見て少しだけしょんぼりした。


ロジーが肘でつつく。


「ほら、反省しな。プリンは重いよ」


「うん」


副長はそこで、会議室の端末を操作した。


「それから、エルさん」


「まだある?」


「あります」


天井の照明が、ふっと落ちた。


部屋が暗くなる。


レトがプリンを抱えたまま固まった。


ロジーのデバイスが一瞬だけ光量を上げる。


エルは、きょとんとした。


「なに?」


副長は平然と言った。


「どっきりです」


エルは首をかしげた。


その瞬間、会議室の壁一面に映像が映った。


そこにいたのは、ジェレミーだった。


無表情。

いつもの黒い服。

冷静な目。


映像のジェレミーが、静かに言った。


『エル』


エルの背筋が伸びた。


『未審査の魔法アイテムを使用したと聞いた』


「……」


『しかも、レトとロジーに』


エルは椅子の上で小さくなった。


『私は失望している』


空気が凍った。


レトが泣きそうな顔になった。


ロジーが「あ、これ本物?」という目で副長を見る。


副長は笑っている。


映像のジェレミーは続けた。


『エル。君には、しばらく監理局内での自由行動を制限する』


エルの顔が、はっきり変わった。


「え」


『魔法アイテムの作成も禁止する』


「え」


『レトとロジーへの接近も、当面は副長の許可制とする』


「やだ」


『やむを得ない』


「やだ」


エルの声が、初めて本気で揺れた。


「ジェレミー、やだ」


その瞬間。


映像のジェレミーが、ふっと目を細めた。


『……という内容のどっきりを副長から提案されたが、私は反対した』


エルが止まった。


レトも止まった。


ロジーも止まった。


副長だけが、にこにこしていた。


映像のジェレミーは続けた。


『ただし、副長が「エルには一度、自分がされたら嫌な驚かされ方を体験していただく必要があります」と言ったため、この映像だけ撮影した』


エルは、ゆっくり副長を見た。


副長は、たいへん上品に一礼した。


「どっきりでした」


エルは、完全に固まった。


ロジーが、爆発した。


「副長ぉぉぉぉ!? それは大人のやつ! 大人の悪いどっきり! 質が悪い! 記録価値が高すぎる!」


レトは慌ててエルに抱きついた。


「エル、大丈夫!? 大丈夫だよ! お兄さん怒ってないよ!」


エルは、レトに抱きつかれたまま、ぽつりと言った。


「びっくりした」


副長は頷いた。


「よかったです」


「よくない」


「相手が楽しいところまでが限度ですから、私はここで止めました」


「楽しくない」


「では、学習できましたね」


エルは黙った。


そして、少しだけ頬をふくらませた。


「副長、悪い」


「恐縮です」


「褒めてない」


「存じております」


ロジーは机を叩きながら笑っていた。


「最高! いや最低! 最高に最低! 副長、ほんと大人げない!」


「ロジーさん」


「はい!」


「この映像記録は没収です」


「なんで!?」


「あなたが外部に流すからです」


「流さない!」


「編集しますね?」


「します!」


「没収です」


ロジーは床に崩れ落ちた。


「うわーん! 記録価値の塊が!」


レトはエルをぎゅうぎゅう抱きしめている。


「エル、よしよし。怖かったね。お兄さんに嫌われるの、怖いよね」


エルは、レトの腕の中で小さく頷いた。


「怖い」


「うん。わたしも怖い」


「レトも?」


「うん。お兄さんにしょんぼりされたら、わたし、たぶん溶ける」


「硝子なのに?」


「硝子でも溶ける」


「そっか」


副長は、その会話を少しだけ黙って聞いていた。


それから、テーブルに小さな皿を置いた。


プリンだった。


エルが顔を上げる。


「没収じゃないの?」


「処分は処分です」


「じゃあ、これは?」


「反省した子への再支給です」


エルはじっと副長を見た。


「副長、甘い」


「私は現実主義です」


「甘い現実主義」


「悪くありませんね」


ロジーが床から顔を上げた。


「私のは?」


「ロジーさんは被害者ですが、記録を無断複製しようとしたのでありません」


「副長のばか!」


「ありがとうございます」


「褒めてない!」


「存じております」


レトは自分のプリンを見て、エルのプリンを見て、ロジーを見た。


そして、真剣な顔で言った。


「わたしの、ちょっとあげる」


ロジーの顔が輝いた。


「レトぉ!」


「エルにも、ちょっとあげる」


エルが瞬いた。


「エルにも?」


「うん。怖かったから」


エルは、少しだけ考えてから頷いた。


「じゃあ、あたしも今度、怖くないどっきりにする」


副長が即座に言った。


「今度はありません」


「審査通したら?」


「対象者の同意があれば」


「じゃあ、同意どっきり」


「それはただの催しです」


ロジーが手を上げた。


「はいはい! 催しなら私、企画書書く!」


副長は目を細めた。


「あなたが書くと、確実に規模が大きくなります」


「大丈夫! 監理局全体を巻き込むだけ!」


「却下です」


「まだ内容言ってない!」


「今言いました」


レトはプリンを分けながら、にこにこしていた。


エルはその横で、スプーンを持って小さく呟く。


「びっくりするの、むずかしい」


副長は言った。


「そうですね」


「楽しいびっくりと、怖いびっくり、違う」


「違います」


「でも、副長のは怖かった」


「ええ」


「悪い」


「ええ」


「でも、わかった」


副長は、少しだけ笑みをやわらげた。


「それなら十分です」


エルはプリンを一口食べた。


そして、すこししてから副長を見た。


「副長」


「はい」


「次、副長にどっきりする」


会議室が静かになった。


ロジーが、ゆっくり顔を上げる。


レトが、スプーンを止める。


副長は、優雅に微笑んだ。


「構いませんよ」


ロジーが叫んだ。


「受けるんだ!?」


副長は、穏やかに言った。


「ただし、審査済みで、同意ありで、危険性がなく、監理局規定に抵触しない範囲でお願いします」


エルは少し考えた。


「じゃあ、びっくり箱」


「却下です」


「まだ言ってない」


「言いました」


ロジーは腹を抱えて笑った。


レトもつられて笑った。


エルは、ちょっとむくれながらプリンを食べた。


その横で副長は、何事もなかったように紅茶を飲んでいる。


けれどロジーだけは見逃さなかった。


副長の端末に、すでに新しいフォルダが作られている。


フォルダ名は、


『対エル用・合法的どっきり案』


ロジーは震える手で自分のデバイスを起動した。


「これは……戦争の記録だ……」


副長は、笑顔のまま言った。


「ロジーさん」


「はい」


「覗かない」


「見えてない! まだ見えてない!」


「まだ、とは?」


「言葉の綾!」


エルが首をかしげる。


「副長、またするの?」


副長はにこりと笑った。


「まさか」


レトは安心した。


エルも安心した。


ロジーだけが、満面の笑みで震えていた。


大人は嘘をつく。

特に、上品に悪ノリする大人は。


そして惑星監理局では、こうした些細な事件も、たいていの場合、宇宙の秩序維持の内側に含まれる。


少なくとも副長は、そういう顔で紅茶を飲んでいた。



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