第59話-おっぱいだけ成長してる!
レトの身体測定 ――
惑星監理局、医療班区画。
朝の廊下に、レトの足音がぱたぱた響いていた。
淡緑の長い髪を左側のワンサイドテールにまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしながら、レトは両手を胸の前で握りしめて歩いている。
今日は任務ではない。
敵性存在の討伐でも、神性存在の鎮静でも、空間異常の調査でもない。
年に数回ある、箱庭の娘たちの定期身体測定。
レトは、ものすごく真剣だった。
「ロジー」
「なに、レト」
「今日の測定は、重要任務です」
隣を歩くロジーは、頭上デバイスに「身体測定記録モード」と表示していた。
表示の横には、なぜか小さな星とリボンのスタンプが飛んでいる。
「重要任務だね。身長、体重、魔力循環、体温、筋出力、装備適合値、全部測るからね」
「うん。わたし、ちゃんと測られる」
「測られる決意が強い」
「だって、前の戦闘装備、ちょっときつかった」
ロジーがぴたりと止まった。
「どこが?」
レトは真面目な顔で、自分の胸元を見下ろした。
「ここ」
ロジーのデバイスが、ぴこんと音を立てた。
記録候補:レト、胸部装甲適合不良を自己申告。
「おお……」
「なに?」
「いや、これは……測定イベントの予感がする」
「測定イベント?」
「うん。女子会的にも、医療班的にも、戦闘班的にも重要なやつ」
「じゃあ、すごく重要だね!」
レトはさらに胸を張った。
その瞬間、少しだけ服がつっぱった。
レトは固まった。
ロジーも固まった。
二人は顔を見合わせた。
「……ロジー」
「うん」
「いま、つっぱった」
「記録した」
「しないで!」
医療班の測定室は、明るく清潔だった。
壁際には身長計、体組成測定台、魔力循環測定器、装備採寸用の半透明スキャナーが並んでいる。
奥では医療班主任が端末を確認していた。
「レト、ロジー。入ってください」
「はい!」
「はーい!」
ロジーは付き添い兼記録補助。
もちろん医療班の許可範囲内である。
測定室の中央には、すでにエルもいた。
白髪の毛先を淡いピンクに揺らしながら、測定台の上でぼんやり立っている。
「エル、もう測ったの?」
「測った」
「どうだった?」
「身長、同じ」
「エル、えらい!」
「同じだと、えらい?」
「ちゃんと測られたからえらい!」
エルは少し考えた。
「じゃあ、レトもえらくなるね」
「うん! わたし、えらくなる!」
医療班主任は、慣れた手つきで端末を操作した。
「まず通常項目からいきます。レト、靴を脱いで身長計へ」
「はい!」
レトはぴしっと立った。
測定器が淡く光る。
身長:150.0cm
医療班主任が頷く。
「身長は前回と変化なし。150.0cm」
レトは少し誇らしげにした。
「わたし、150を守った」
ロジーが即座に記録する。
「レト、身長防衛成功」
「防衛なの?」
「数字を守ったから」
「そっか!」
次に体重、筋出力、魔力循環、体温。
体重:43.8kg
基礎体温:37.9℃
魔力高熱反応:安定範囲内
硝子質魔力濃度:前回比+1.8%
空間魔術応答速度:前回比+0.4%
医療班主任は淡々と読み上げた。
「全体的には良好です。魔力濃度が少し上がっていますが、暴走域ではありません。戦闘班運用にも問題なし」
「やった!」
レトは両手を上げた。
「でも、本題は装備採寸ですね」
医療班主任がそう言った瞬間、ロジーのデバイスがきらっと光った。
レトは急に緊張した。
「本題……」
「胸部装甲、胴部ハーネス、短剣ホルダー固定帯の適合値を確認します。レト、腕を少し上げてください」
「はい」
半透明の採寸光が、レトの身体の外周をなぞった。
測定室が静かになった。
端末に数字が並ぶ。
医療班主任の眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……ああ」
ロジーが身を乗り出した。
「なに? なにが出た?」
「ロジー、端末を覗き込まない」
「はい」
医療班主任は、正式記録用の画面をレトにも見える位置へ回した。
そこには、前回値と今回値が並んでいた。
レト 身体測定結果 医療班・装備採寸記録
身長:150.0cm
体重:43.8kg
胸囲・安静時:81.6cm
胸囲・深呼吸時:83.1cm
前回胸囲・安静時:78.4cm
変化量:+3.2cm
胴囲:56.9cm
腰囲:82.7cm
胸部装甲適合余裕値:標準下限未満
現行ハーネス圧迫指数:1.34
推奨対応:胸部装甲内側クッション再成形、固定ベルト全交換、戦闘服上衣を一段階調整
レトは画面を見つめた。
三秒。
五秒。
十秒。
「……成長してる」
ロジーが叫んだ。
「成長してる!!」
医療班主任が即座に言った。
「ロジー、声量」
「はい! でも成長してる!」
レトは両手で自分の胸元を押さえた。
「わたし……成長したの?」
「身長は変化なしです。胸囲だけ増えています」
「胸囲だけ……」
「魔力生命体の場合、通常の人間の成長と同じ意味ではありません。魔力循環の安定、体組織の再配分、装備負荷に対する適応など、複数要因が考えられます」
レトは難しい顔をした。
「つまり?」
医療班主任は少し考え、レトに分かりやすい言葉へ変換した。
「身体が、今のレトに合う形へ少し変わった、ということです」
レトの瞳がぱあっと輝いた。
「わたしに合う形!」
「はい。ただし、現行装備が合っていません」
「えっ」
「胸部装甲がきついです」
レトはショックを受けた顔になった。
「わたしの装備、わたしについてこられなかった……?」
ロジーが端末に打ち込んだ。
「現行装備、レトの成長についてこられず」
「ロジー、それ書くの?」
「重要記録だよ!」
「装備さんがかわいそう……」
医療班主任が冷静に訂正する。
「装備に感情はありません」
「うん……でも、今まで一緒に任務してくれたから……」
レトは胸元をそっと撫でた。
「ありがとう、旧装備」
ロジーが小声で言った。
「感動の引退式始まった」
エルは横からじっと見ていた。
「レト、胸が増えた?」
医療班主任が一瞬だけ停止した。
ロジーも停止した。
レトは真剣に頷いた。
「うん。数値が増えた」
「おめでとう?」
「たぶん、おめでとう!」
エルは小さく拍手した。
「おめでとう、レトの数値」
「数値に拍手してる!」
ロジーが笑いながら記録した。
そこへ、測定室の扉が開いた。
入ってきたのは、ジェレミーだった。
白衣ではない。
いつもの局長服。
表情は静かで、感情はほとんど見えない。
だが医療班主任が呼んだのだろう。
レトの装備更新には、戦闘班運用の責任者である局長の確認が必要だった。
レトはぱっと振り向いた。
「お兄さん!」
「測定は終わったか」
「うん! わたし、成長してた!」
ジェレミーは端末へ視線を向けた。
医療班主任が短く報告する。
「身長変化なし。体重43.8kg。胸囲安静時81.6cm、前回比+3.2cm。現行胸部装甲の適合余裕値が下限を割っています。戦闘服とハーネスの調整が必要です」
ジェレミーは一度だけ頷いた。
「すぐ更新しろ。旧装備での出撃は禁止」
レトはぴんと背筋を伸ばした。
「禁止!?」
「圧迫がある状態で高速機動をすれば、呼吸と姿勢制御に影響が出る」
「そっか……」
「君の身体に合わない装備は、装備ではなく負荷だ」
レトはぽかんとした。
その言葉が、少し遅れて胸に入ってくる。
「わたしの身体に合うのが、大事?」
「当然だ」
ジェレミーは淡々と言った。
「装備を身体に合わせる。身体を装備に合わせるな」
レトは、ぱあっと笑った。
「うん!」
ロジーが小声で言う。
「局長、かっこいいこと言った」
レトは一瞬で赤くなった。
「ロジー!」
「記録した」
「しないで!」
エルはジェレミーを見上げた。
「ジェレミー、レトの数値、おめでとう?」
ジェレミーは少しだけ沈黙した。
測定室の空気が、なぜか全員の期待で満ちる。
ジェレミーはレトを見た。
「健康範囲内で、本人に負荷がない変化なら、悪いことではない」
「それ、おめでとう?」
ロジーが聞いた。
ジェレミーはさらに一拍置いた。
「……そうだな。レト、よく測定を受けた」
レトは両手を胸の前で握りしめた。
「えへへ……!」
褒められた。
成長を褒められたわけではない。
測定を受けたことを褒められた。
それでもレトには十分だった。
むしろ、それが嬉しかった。
身体が変わったことよりも、それをちゃんと見てもらえたこと。
きつい装備を我慢しなくていいと言われたこと。
自分の身体に合わせていいと言われたこと。
それが、胸の奥をぽかぽかさせた。
その後、戦闘班区画では小さな騒ぎが起きた。
「レトの装備更新?」
「胸部装甲か」
「前のやつ、たしかに最近きつそうだったな」
「本人が我慢してたのか?」
「我慢というか、任務中は気にしないタイプだろ」
「駄目だ。そういうところを見落とすな」
戦闘班長が即座に指示を出した。
胸部装甲内側のクッション材を再成形。
固定ベルトの角度変更。
高機動時の呼吸確認。
短剣ホルダーの位置調整。
肩周りの可動域再測定。
技術班は本気だった。
「胸囲81.6cm、深呼吸時83.1cmですね」
「高速飛行時の胸郭拡張も見る。余裕値は通常より多めに取れ」
「硝子質魔力の熱膨張反応は?」
「前回比+1.8%。装甲内側に熱逃がしを追加」
「了解」
レトは採寸台の上で、両腕を広げたまま固まっていた。
「わたし、すごく測られてる」
ロジーは横で端末を構えている。
「レト、現在、装備更新の中心人物です!」
「中心人物……!」
「胸部装甲更新プロジェクト、主役!」
「主役!」
「ただし動かないで」
「はい!」
エルは少し離れた椅子に座り、クッキーを食べながら見ていた。
「レト、飾られてるみたい」
「飾られてないよ、測られてるの!」
「測られてるレト」
「そう!」
そこへ副長が通りかかった。
いつもの薄い笑み。
書類を片手に、状況を一目で把握する。
「なるほど。レトの装備更新ですか」
レトはぱっと顔を上げた。
「副長! わたし、成長してました!」
「それは何よりです」
副長は端末の数値をちらりと見る。
「胸囲、前回比三・二センチ増。現行装備では不適合。これは正式に更新が必要ですね」
「うん!」
「では、旧装備には引退式をしましょうか」
技術班が固まった。
ロジーの目が輝いた。
レトも輝いた。
「引退式!」
副長は穏やかに続けた。
「長く任務に同行した装備ですからね。感謝して保管しましょう」
医療班主任が額に手を当てた。
「副長、また情緒教育と悪ノリの境界に立っています」
「今回は情緒教育寄りです」
「寄り、ですか」
「はい。寄りです」
その日の夕方。
戦闘班区画の片隅で、旧胸部装甲の引退式が行われた。
参加者はレト、ロジー、エル、戦闘班数名、技術班数名。
副長はなぜか司会をしていた。
ジェレミーは壁際で静かに見ていた。
旧装備は、小さな台の上に置かれている。
ロジーのデバイスが式次第を表示した。
旧胸部装甲引退式
一、開式のことば
二、レトより感謝
三、技術班より保管説明
四、新装備適合確認
五、閉式
六、プリン
「六が重要だね」
レトは頷いた。
「うん。式にはプリンが必要」
副長が真面目な声で言った。
「では、レト。旧装備へ一言」
レトは台の前に立った。
少し緊張している。
けれど、すぐに背筋を伸ばした。
「えっと……今まで、一緒に任務してくれてありがとう。わたし、いっぱい飛んだし、いっぱい転んだし、いっぱいぶつかったけど、守ってくれてありがとう」
ロジーがもう泣きそうな顔をしていた。
「装備に言ってるのに、なんかいい話……」
レトは続ける。
「でも、わたし、ちょっと成長したから、新しい装備になります。だから、旧装備は休んでてください」
エルが拍手した。
戦闘班も拍手した。
技術班も拍手した。
ジェレミーも、ほんの少しだけ頷いた。
レトはそれを見て、ものすごく嬉しそうに笑った。
新しい装備は、その日のうちに仮合わせされた。
胸部装甲は前より少し丸みの逃げが作られ、内側の圧迫が減っている。
固定ベルトは肩ではなく背面側で力を分散する構造になり、高速機動時にも呼吸を妨げない。
短剣ホルダーの位置も、腕を振ったとき干渉しないよう微調整された。
レトは試着して、何度か腕を回した。
「……苦しくない!」
技術班が頷く。
「深呼吸して」
レトは大きく息を吸った。
「すー……はー……!」
「問題なし」
「跳んで」
レトはその場でぴょんと跳ねた。
「問題なし」
「短剣展開」
レトの周囲に、青白く光る硝子の短剣が三本浮かんだ。
「干渉なし」
「高速旋回は訓練室で後日」
「はい!」
レトは新しい装備を両手で押さえた。
「これ、わたしに合ってる」
ジェレミーが言った。
「そう作らせた」
「お兄さん」
「何だ」
レトは少しもじもじしてから、ぱっと笑った。
「わたし、ちゃんと測ってよかった!」
ジェレミーは短く頷いた。
「次から、装備がきついと感じた時点で報告しろ」
「うん!」
「我慢は評価しない」
「うん!」
「帰還率を下げる行為だ」
「うん!」
ロジーが横から小声で言った。
「局長式の心配だ」
エルも頷いた。
「心配、硬いね」
レトはにこにこしていた。
「でも、あったかいよ」
ジェレミーは何も言わなかった。
ただ、レトの新しい装備の固定具を一度だけ確認し、ずれがないことを確かめた。
その夜。
女子会空間では、ロジーが議事録を読み上げていた。
「本日の重要記録。レト、胸囲安静時81.6cm。前回比プラス3.2cm。装備更新。旧装備引退式。新装備、適合良好。プリン、おいしい」
レトはプリンを食べながら、得意げに頷いた。
「わたし、成長したからね」
エルが首を傾げる。
「次も増える?」
レトは一瞬考えた。
「わかんない。でも、増えたらまた測る」
ロジーが親指を立てた。
「そして記録する!」
「うん。ちゃんと記録してね」
ロジーは少し驚いた顔をした。
「いいの?」
レトは笑った。
「うん。これは、わたしが変わった記録だから」
ロジーのデバイスが、静かに光った。
今度は騒がしい通知音ではなかった。
やわらかい保存音。
記録分類:本人許可あり。
公開範囲:女子会内。
内容:レトの身体測定と装備更新。
備考:本人、少し誇らしげ。
レトはプリンを一口食べて、胸を張った。
今度は、服がつっぱらなかった。
「新装備、勝利!」
ロジーが叫ぶ。
「新装備、勝利!」
エルも小さく言った。
「勝利」
三人は笑った。
測定室の数字は、ただの数値だった。
けれど監理局では、その数値ひとつで装備が変わり、任務の安全が変わり、誰かが我慢しなくていい理由になる。
レトはその夜、少しだけ誇らしい気持ちで眠った。
自分の身体に合うものを、ちゃんと用意してもらえた。
それが、すごく嬉しかった。
◆
惑星監理局、医療班区画の測定室。
レトは、さっきまで誇らしげだった。
新しい装備は身体に合っている。
呼吸もしやすい。
動きやすい。
医療班にも戦闘班にも「更新して正解」と言われた。
お兄さんにも「我慢は評価しない」と言われた。
そこまではよかった。
問題は、その後だった。
ロジーが、測定結果の画面をもう一度見たのである。
「ねえレト」
「なに?」
「身長変化なし」
「うん」
「胸囲、前回比プラス三・二センチ」
「うん」
「つまり」
ロジーは、にやっ、とした。
「おっぱいだけが成長してる……!」
測定室が、一瞬、静まった。
レトは固まった。
医療班主任は無言で端末を閉じようとした。
エルはきょとんとした。
そして次の瞬間、レトはがばっと自分の胸元を押さえた。
「おっぱいだけが成長してる……!?」
「してる!」
「わたし、そんなことある!?」
「数値上はある!」
「えっ、えっ、えっ」
レトはその場でぐるぐるしはじめた。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
「落ち着いて」
「だって、わたし、そのうちおっぱいが本体になっちゃうんじゃないの!!?」
室内に沈黙が落ちた。
一秒。
二秒。
ロジーが、ぶっ、と吹いた。
「な、なにそれ……っ、あははははは!!」
デバイスが揺れるほど笑っている。
「おっぱいが本体ってなに!? どういう進化予想!?」
「わかんないよ! でも成長してるんだもん! 身長は守ったのに、そこだけ増えてるんだもん!!」
「守ったのにって、あははっ、身長防衛成功、おっぱい突破!」
「突破しないで!!」
ロジーは笑いながら頭上デバイスを操作した。
「だめ、無理、ちょっと待って、未来予想図描く」
「描かないで!!」
「もう遅い!」
ぱっと空中にホログラムが展開される。
そこには、簡略化されたレトの未来予想図が浮かんだ。
最初の一枚。
普通のレト。
二枚目。
ちょっと胸元が強調されたレト。
三枚目。
胸部装甲だけ妙に大きいレト。
四枚目。
胸の存在感に引っ張られて前傾姿勢のレト。
五枚目。
ロジーは涙目で笑いながら、ついに描いた。
「本体:おっぱい」「付属:レト」
と書かれた、ものすごく雑な図。
「ロジーーー!!」
レトの悲鳴が響いた。
「ひどい!! わたしが付属になってる!!」
「だって、あはははは! 本体って言うから!」
「言ったけど!! たとえ話だよ!!」
「未来予想図、最新版!」
「最新版にしないで!!」
エルはホログラムをじっと見上げた。
「なるほど」
レトがぴたりと止まる。
「なるほど、なの!?」
エルは真面目な顔だった。
「おっぱいが本体でも、レトはレトだよ」
「受け入れないで!?」
「だって、変わってもレトでしょ?」
「そうだけど、そういう問題じゃないよ!」
エルは少し考える。
「じゃあ、本体が増える」
「増えないよ!」
「本体レトと、本体おっぱい」
「分離しないよ!?」
ロジーは机を叩いて笑っていた。
「だめ、エルの受け入れ方がさらにだめ、あははは!」
医療班主任が深々とため息をついた。
「あなたたち、ここは測定室です」
「はい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんね」
三人は一応、反省した声を出した。
だが、空気はもう完全に崩壊していた。
そこへ、測定室の外から副長が通りかかった。
扉が少し開いている。
中からは、レトの声。
「わたしは付属じゃないもん!!」
続いてロジーの声。
「でも未来予想図では付属!」
「未来予想図がおかしいもん!!」
副長は足を止めた。
「……何をしているんですか」
副長が室内を覗き込む。
その瞬間、ホログラムがちょうど正面に見えた。
本体:おっぱい
付属:レト
副長は三秒ほど無言だった。
その沈黙のあと。
「……っ」
肩が震えた。
口元を押さえた。
けれど、駄目だった。
「ふっ……く、ははっ……!」
吹き出した。
副長が、珍しく、分かりやすく吹き出した。
ロジーが指をさす。
「副長が負けた!」
「これは……っ、反則でしょう……」
「わたしは反則じゃないよ! 被害者だよ!」
副長はまだ口元を押さえていた。
いつもの薄い笑みではなく、本当に吹き出したあとの笑いが残っている。
「失礼……。いえ、すみません、これは……レト、君の発想があまりにも直球で」
「だって心配だったんだもん!」
「ええ、ええ。心配の方向が独創的です」
「独創的ってなに!」
ロジーがまたホログラムをいじる。
「副長バージョンも作る?」
「やめなさい」
「でも今なら副長も笑って許してくれそう」
「今だからこそやめなさい」
エルが副長に聞いた。
「副長も、おっぱいが本体になると思う?」
副長は一瞬だけ真顔になった。
「思いません」
「即答!」
「さすがに医学的にも装備理論的にも否定します」
レトはようやく少し安心した顔をした。
「ほんと?」
「はい。まず君は君です」
「うん」
「次に、身体の一部の変化で人格や本体定義は変わりません」
「うん」
「最後に、ロジーの未来予想図は捨てなさい」
「えー!」
「正式命令です」
「正式命令なら仕方ない……」
ロジーは残念そうにホログラムを消した。
だが、その前にしっかり保存しようとして、医療班主任に即座に止められた。
「保存禁止」
「けち!」
「当然です」
レトはまだ胸元を押さえたまま、副長を見上げた。
「じゃあ、わたしは本体のままでいいの?」
副長は、少しだけ笑って言った。
「もちろんです。君は最初から最後までレトですよ」
レトは、ほっとした。
「よかった……」
エルが頷く。
「よかったね、レト本体」
「そこに本体つけないで!」
「じゃあ、レト」
「うん、それ!」
ロジーはまだ笑いを堪えきれていない。
「でもさあ、レト」
「なに」
「もし次の測定でさらに増えてたら、私はまた未来予想図を更新するよ」
「しないで!!」
「今度は装備案もつける。超大型胸部装甲型」
「いらないよ!!」
「型式番号つけようか。Leto-B3」
「兵装みたいにしないで!!」
「重装備化したレト……くっ……」
副長がまた肩を震わせた。
「副長まで笑ってる!」
「いえ……すみません……君たちが真顔で話すせいで……」
そのとき、奥で黙っていた医療班主任が、静かに一言告げた。
「次回測定時、ロジーの記録端末持ち込みを制限する案を検討します」
「ひどい!」
「妥当です」
副長が即答した。
「副長まで!?」
「今回の騒動の七割は君です」
「残り三割は?」
「レトの発想です」
「やっぱりわたしのせいなの!?」
「発端はそうですね」
「そんなあ!」
エルはレトの袖を引いた。
「でも、あたしは好きだよ」
「なにが?」
「おっぱいが本体になるかもって心配するレト」
「好きになるところじゃないよ!」
「かわいい」
レトは真っ赤になった。
「エルまで……!」
ロジーがすかさず言う。
「本日の記録。レト、自分の未来に怯える。副長、吹き出す。エル、受け入れる」
副長が付け足す。
「医療班、頭痛」
医療班主任は無表情で頷いた。
「その通りです」
結局その日の午後、測定室の出来事は監理局の一部で小さく広まった。
もちろん正式記録には残らない。
だが、戦闘班の一部は妙に優しい顔でレトの新装備を見たし、技術班は「本体にはならないので安心してください」と真面目に言ったし、生活班はなぜかプリンを一つ多くつけてくれた。
レトは食堂でそのプリンを見ながら、むすっとした。
「みんな、ちょっとやさしすぎる」
ロジーがにやにやする。
「よかったね、本体」
「ロジー!」
「冗談だって!」
エルは素直に頷いた。
「レトがレトで、よかった」
レトはしばらくむすっとしていたけれど、最後にはプリンをすくって、小さく笑った。
「……うん。わたしは、わたしでいい」
ロジーがまた笑う。
「うんうん。付属じゃなくてね」
「まだ言う!!」
食堂の端で、副長がまた一度だけ吹き出した。
そしてその日の監理局では、しばらくのあいだ、
「本体は君ですよ」
という謎の励まし文句が、一部で静かに流行った。




