第50話-本格おままごとセット!
最初にそれを見つけたのは、ロジーだった。
情報班の休憩スペースで、ロジーの頭上デバイスが小さなホログラムを展開していた。
そこに映っていたのは、子供用のおままごとセット。
ただし、ただのおもちゃではない。
小さな流し台。
小さな作業台。
小さなコンロ。
小さなオーブン。
小さな鍋。
小さなフライパン。
そして説明文には、はっきりこう書かれていた。
『実際に調理可能。安全制御付き本格ミニキッチン』
ロジーは椅子から跳ね上がった。
「レト!!」
「なに!?」
「これ!!」
レトはホログラムを覗き込んだ。
一秒。
二秒。
三秒。
レトのエメラルドグリーンの瞳が、きらっきらに輝いた。
「……小さいキッチン」
「そう!」
「ほんとに作れる?」
「作れる!」
「おままごとなのに?」
「おままごとだけど、ほんとに調理できる!」
レトは両手をぎゅっと握りしめた。
「ロジー」
「はい」
「これは……任務だね」
「作戦名!」
二人は同時に叫んだ。
「本格おままごと調理設備確保作戦!!」
その瞬間、休憩スペースの端にいた職員がコーヒーを噴きかけた。
ロジーはすでに購入ページを開いている。
「見て! 限定カラーある! 星空ブルー! キャンディピンク! ミルクホワイト!」
「星空ブルー……!」
レトは胸元を押さえた。
「星……キッチン……。ロジー、これ、わたしたちのために生まれてる」
「言い切った!」
「ぜったい買う」
「ぜったい買う前提で話すね! よし、議事録に書く!」
ロジーのデバイスが高速で文字を打ち出した。
本格ミニキッチン購入会議。
議題一、買うか買わないか。
結論、買う。
議題二、どれを買うか。
結論、まだ揉める。
レトは真剣な顔でホログラムを拡大した。
「このコンロ、小さいね。わたしサイズ?」
「レトよりもっと小さいよ。でも調理台の高さが低いから、私たちでも使いやすい!」
「ロジー、わたし、これでパンケーキ作りたい」
「私は映えるカップケーキ作りたい!」
「エルにも作ってあげよう!」
「エル、たぶん人が美味しそうに食べてるもの欲しがるから、一緒に作る方がいい!」
「じゃあエルも誘おう!」
二人は顔を見合わせた。
そして、ほぼ同時に立ち上がった。
「エルを探す任務、開始!」
「記録開始! 目標、エル確保! 目的、本格おままごとへの参加勧誘!」
廊下を走り出そうとした瞬間、背後から外務班の職員が声をかけた。
「廊下は走らないでください」
二人はぴたりと止まった。
レトは振り返る。
「職員さん!」
ロジーも振り返る。
「ちょうどいいところに外務班!」
外務班の職員は、書類束を抱えたまま嫌な予感を顔に出さない訓練に成功していた。
「何でしょう」
レトは胸を張った。
「外出申請を出します!」
ロジーはホログラムを見せた。
「本格ミニキッチンを買いに行きたいです! ほんとに調理できる子供サイズのやつ!」
「オンライン注文では駄目なんですか?」
二人は同時に首を振った。
「だめ!」
「現物確認が必要!」
レトは真剣だった。
「高さ、手触り、コンロさん……じゃなくて、コンロの強さ、ぜんぶ見ないといけない」
ロジーも真剣だった。
「安全制御の確認、調理ログ、付属器具の材質、写真映え、全部現地で見たい!」
外務班の職員は数秒沈黙した。
普通なら却下である。
しかし、今回の商品は監理局が契約している商業惑星の正規店舗にある。
危険区域ではない。
外務班の同伴があれば、移動経路も確保できる。
目的も明確。
レトの単独外出ではない。
ロジーの記録範囲も事前に制御できる。
そして何より。
二人がもう、完全に買う顔をしていた。
「……申請を出します。通るかどうかは判断待ちです」
レトはぱあっと笑った。
「ほんと!?」
「はい。ただし、通った場合も条件があります。外務班一名同伴。移動経路から外れない。現地で勝手に魔術を使わない。ロジー、無許可で店舗システムにアクセスしない」
ロジーはびくっとした。
「し、しないよ? 私、記憶力がいいだけだから」
「その言い訳は禁止です」
「はい」
レトが手を挙げる。
「わたしは?」
「レトは、商品を任務対象として確保しようとしないこと」
「……買うのは確保じゃない?」
「購入は購入です。制圧ではありません」
「わかった! 制圧しない!」
外務班の職員は、少しだけ目を閉じた。
「それと、エルさんを誘う場合は、現地で商品を魔法で再現しないよう事前説明してください」
ロジーが即答した。
「それ超大事!」
レトも頷いた。
「エル、買う前に『作る?』って言いそう」
「言うね」
「言う」
その予想は、五分後に的中した。
エルは中庭のベンチで、なぜか透明な小鳥の形をした魔法アイテムに葉っぱを食べさせていた。
レトとロジーが駆け寄る。
「エル!」
「エル! おでかけ!」
エルは顔を上げた。
「あたし?」
レトはホログラムを見せた。
「これ! 本格おままごとセット! ほんとに調理できる小さいキッチン!」
ロジーが身を乗り出す。
「私たち、これを買いに行く! 外務班の職員さんが一緒なら外出申請通るかも!」
エルはホログラムをじっと見た。
「小さいキッチン」
「うん!」
「作る?」
レトとロジーは同時に叫んだ。
「だめ!」
エルは瞬きをした。
ロジーが両手で説明する。
「これは買うことに意味があるの! お店に行って、見る! 選ぶ! 買う! 持って帰る! 組み立てる! その過程が大事!」
レトもこくこく頷いた。
「エルが作ってくれるのも嬉しいけど、今回は買う任務なの。わたしたちが選んで、ちゃんとお金を払って、監理局に持って帰るの」
エルは少し考えた。
「買うと、嬉しい?」
「嬉しい!」
「かなり嬉しい!」
「じゃあ、買う」
エルは小鳥をしまった。
「あたしも行く」
レトが跳ねた。
「やった!」
ロジーも跳ねた。
「三人でおでかけ! 外務班職員さん付き! 計四人! 正式遠足!」
「遠足ではありません」
いつの間にか背後にいた外務班の職員が訂正した。
ロジーはすぐにデバイスへ打ち込む。
正式遠足。
外務班見解:遠足ではない。
参加者見解:かなり遠足。
外務班の職員は見なかったことにした。
申請は、その日の午後に通った。
条件付き承認。
同行者、外務班職員一名。
移動先、商業惑星の正規大型店舗。
滞在時間、二時間以内。
購入品、事前申告範囲内。
エルの魔法行使、原則禁止。
ロジーの記録、本人たちと店舗許可範囲のみ。
レトの戦闘行動、不可。
ただし緊急時は外務班判断。
レトは承認通知を見た瞬間、両手を上げた。
「通った!!」
ロジーはその場でくるくる回った。
「勝利! 我々は外出権を得た!」
エルは通知を覗き込む。
「よかったね」
レトはエルの手を取った。
「うん! おでかけだよ、エル!」
ロジーも反対側からエルの手を取った。
「本格おままごとだよ! 実質、生活革命!」
エルは二人に手を引かれながら、ぽつりと言った。
「キッチンが小さいと、革命なの?」
ロジーは真顔で答えた。
「なる」
レトも真顔で頷いた。
「なるよ」
エルは納得した。
「じゃあ、革命」
翌日。
三人は出発前から大騒ぎだった。
レトは淡緑の髪を左側のワンサイドテールにきちんとまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしている。
ロジーは頭上デバイスに「おでかけ記録モード」のステッカー風表示を出している。
エルは白髪の毛先をふわふわ揺らしながら、小さな鞄を持っていた。
外務班の職員は、三人を順番に確認した。
「持ち物確認。身分証。緊急通信符。購入許可証。記録制限タグ。魔法アイテム持ち込みなし」
エルが手を挙げた。
「あたし、クッキー持ってる」
「それは問題ありません」
レトも手を挙げる。
「わたし、プリン持ってない」
「持っていない報告ありがとうございます」
ロジーも手を挙げる。
「私は購買意欲を持ってる」
「それは制限できません」
「やった!」
転移ゲートを抜けた先は、明るい商業惑星だった。
空は淡い金色。
通りには大きな看板が並び、透明なチューブ状の移動路を小型車両が走っている。
店先には玩具、調理器具、衣類、魔術補助具、菓子、装飾品がずらりと並んでいた。
レトは目を輝かせた。
「すごい……!」
ロジーはすでに撮影許可範囲を確認していた。
「記録許可、公共エリアのみ! 店舗内は店員さん確認後! 私、えらい!」
外務班の職員が頷く。
「その調子です」
エルは通りを見ながら、ぽつりと言った。
「人がいっぱい」
「うん!」
レトは嬉しそうに笑った。
「みんな、お買い物してる!」
「欲しいものを、見て、選んでる」
エルは少しだけ目を細めた。
「いいね」
目的の店舗は、子供用生活学習用品を扱う大きな店だった。
入口には、色とりどりのミニ家具や小型作業台が展示されている。
そして店の中央。
そこに、あった。
本格ミニキッチン。
星空ブルー。
キャンディピンク。
ミルクホワイト。
木目調。
透明硝子風。
限定カラー、彗星シルバー。
レトが止まった。
「……彗星」
ロジーも止まった。
「限定カラー」
エルも止まった。
「きらきら」
外務班の職員は、三人が一歩前へ出る前に言った。
「触る前に店員の許可を取ります」
三人はぴたりと止まった。
「はい!」
「はい!」
「うん」
店員が説明してくれた。
これは子供の生活学習用に作られた、本当に調理できるミニキッチン。
火は使わず、低温魔導加熱。
刃物は専用の安全包丁。
水道は小型循環式。
オーブンは焼き目をつけられるが、温度上限あり。
使用者の手が近づくと自動停止。
転倒防止術式付き。
ロジーの目が輝きすぎて、デバイスまで光っていた。
「安全設計がちゃんとしてる! すごい! ただのおもちゃじゃない! 教育器具!」
レトは小さなフライパンを両手で持った。
「小さい……かわいい……でも本物……」
エルは小さな蛇口を見ている。
「水、出る?」
店員が笑って頷いた。
「出ますよ。試しますか?」
エルは外務班の職員を見た。
「いい?」
外務班の職員は少し驚いた顔をした。
確認したからだ。
勝手に触らず、聞いた。
「はい。店員の許可があります。どうぞ」
エルは小さく蛇口をひねった。
ちょろちょろ、と細い水が出た。
エルはじっと見た。
「小さい川」
レトが横から覗き込む。
「ほんとだ!」
ロジーはすかさず記録した。
「エル、小型循環水道を小さい川と表現! かわいい! 保存!」
店員は微笑ましそうにしていた。
外務班の職員だけが、三人を見ながら淡々と購入候補リストを作っていた。
問題は、色だった。
レトは彗星シルバーを推した。
「彗星だよ。わたしの仲間だよ」
ロジーはキャンディピンクを推した。
「かわいい! 写真映え! 女子会空間に合う!」
エルはミルクホワイトを見ていた。
「これ、食べものが見やすい」
その一言で、二人が止まった。
「……たしかに」
「調理器具としての視認性……!」
ロジーが真面目な顔になった。
「エル、急に実用的なこと言った」
エルは首を傾げた。
「だめ?」
「だめじゃない! むしろ強い!」
レトは腕を組んだ。
「でも彗星シルバー……」
ロジーも腕を組んだ。
「でもキャンディピンク……」
エルはぽつりと言った。
「色、つける?」
外務班の職員が即座に見た。
エルは続けた。
「買ったあと。魔法じゃなくて、飾る。リボンとか、シールとか」
レトとロジーの顔が、ぱっと明るくなった。
「それだ!」
「本体はミルクホワイト! あとから三人で飾る!」
「彗星のシール貼る!」
「ピンクのリボンも貼る!」
「星も貼る」
エルも少し楽しそうに言った。
外務班の職員は、安堵したように購入票へ記入した。
本体:ミルクホワイト。
追加装飾:許可範囲内で別途購入。
魔法装飾:不可。
通常装飾:可。
そのあと、三人は試用コーナーで小さなパンケーキを焼かせてもらった。
レトは混ぜる係。
「わたし、粉をこぼさない任務、遂行します!」
ロジーは記録係兼計量係。
「卵一個! 牛乳少量! 混ぜすぎ注意! レト、勢いが強い!」
エルは見守り係。
「泡、増えてる」
外務班の職員は安全確認係。
「ボウルを押さえます。レト、少しゆっくり」
「はい!」
レトは真剣に混ぜた。
真剣すぎて、顔が戦闘任務の時に近かった。
ロジーが小声で実況する。
「隊長レト、現在パンケーキ生地と交戦中。敵性なし。粘度あり」
「ロジー、これは敵じゃないよ」
「じゃあ友好生地」
「友好生地!」
外務班の職員が口元を押さえた。
エルは小さなフライパンに生地が流されるのを見ていた。
「丸くなる」
「パンケーキだからね!」
「月みたい」
レトが嬉しそうに言った。
「じゃあ、月パンケーキ!」
ロジーが即座に記録する。
「名称決定、月パンケーキ!」
しばらくすると、小さなパンケーキが焼き上がった。
ほんの手のひらサイズ。
ふわっとして、少しだけ焼き色がついている。
店員が小さな皿に乗せてくれた。
レトは目を輝かせた。
「できた……!」
ロジーは感動していた。
「私たち、調理した……!」
エルはじっと見てから言った。
「食べる?」
三人で分けた。
レトが一口食べる。
「おいしい!」
ロジーが一口食べる。
「記録! 自作初パンケーキ、成功!」
エルが一口食べる。
少し考えてから、頷いた。
「おいしい。作ったから、もっとおいしい」
その言葉で、レトとロジーは完全に購入を決定した。
外務班の職員は、もう何も言わずに会計へ進んだ。
会計では、レトが購入許可証を両手で差し出した。
「これください!」
店員が微笑む。
「ありがとうございます。配送にしますか?」
レトは即答しかけた。
「持って帰――」
外務班の職員が遮った。
「配送でお願いします」
「職員さん!?」
「サイズと重量があります。転移ゲートで手持ちは危険です」
ロジーが悔しそうに言う。
「たしかに……!」
エルがぽつりと言った。
「持って帰りたい気持ち、ある」
レトがこくこく頷く。
「ある!」
外務班の職員は少しだけ柔らかく言った。
「本体は配送。付属の小物だけ持ち帰りましょう」
三人は顔を見合わせた。
「小さい鍋!」
「小さい泡立て器!」
「小さい皿」
その後、三人は付属品売り場で再び大盛り上がりした。
レトは星型の抜き型を選んだ。
ロジーはハート型のシリコンカップを選んだ。
エルはなぜか、ごく普通の白い小皿を選んだ。
ロジーが聞いた。
「エル、それでいいの?」
エルは小皿を持ち上げた。
「これ、作ったものがよく見える」
レトは感心した。
「エル、料理のこと考えてる」
エルは少しだけ得意そうだった。
「あたし、キッチン革命の一員だから」
ロジーは胸を押さえた。
「言い方かわいい……!」
買い物が終わる頃には、外務班の職員の両手は小物の袋でいっぱいになっていた。
レトが慌てる。
「職員さん、わたし持つ!」
「大丈夫です」
「わたし、戦闘班だよ! 荷物持てるよ!」
「これは戦闘班任務ではありません」
ロジーが横から言う。
「生活班寄り任務?」
「外出購入任務です」
エルが袋を一つ持った。
「これ、軽い」
外務班の職員は少し迷ったが、頷いた。
「では、それだけお願いします」
エルは小皿の入った袋を大事そうに持った。
レトとロジーも、それぞれ小さな袋を持たせてもらった。
帰り道、レトは何度も袋の中を覗いた。
「星の抜き型……」
ロジーも何度も覗いた。
「ハートカップ……」
エルも覗いた。
「皿」
ロジーが笑った。
「エル、皿でそんなに嬉しそうなの珍しいね」
エルは首を傾げた。
「これに、みんなで作ったもの、乗せる」
レトは一瞬黙った。
それから、にぱっと笑った。
「うん! 乗せよう!」
監理局に戻ると、配送されたミニキッチンはすでに生活班の検査を受けていた。
技術班が安全制御を確認。
生活班が設置場所を確認。
医療班が火傷対策を確認。
外務班が購入記録を提出。
情報班がロジーの記録範囲を確認。
最終的に、食堂横の小さな共用スペースに設置が許可された。
ミルクホワイトの本体に、三人で装飾を貼っていく。
レトは彗星と星のシール。
ロジーはピンクのリボンと小さなハート。
エルは白い棚の端に、淡い星明かりの形をした普通の蓄光シールを貼った。
魔法ではない。
普通に買ったシールだった。
レトが完成したミニキッチンを見上げる。
「できた……」
ロジーがデバイスで写真を撮る。
「本格おままごとキッチン、監理局支部、完成!」
エルは小さな蛇口を見て言った。
「小さい川もある」
外務班の職員は、少し離れたところで報告書を書いていた。
報告書の本文は極めて事務的だった。
箱庭の娘三名、外務班同伴のもと商業惑星へ外出。
目的物である生活学習用小型調理設備を購入。
現地での重大な逸脱行為なし。
エルさんによる魔法行使なし。
ロジーによる無許可情報接続なし。
レトによる戦闘行動なし。
購入品は生活班管理下で設置済み。
そこで一度、筆が止まる。
外務班の職員は、少しだけ三人を見た。
レトが小さな泡立て器を掲げている。
ロジーが「第一回調理会議!」と叫んでいる。
エルが白い小皿を三枚並べている。
職員は報告書に一行だけ追加した。
三名とも、終始楽しそうだった。
その夜。
小さなミニキッチンの前で、三人は第一回調理会議を開いた。
議長、レト。
記録係、ロジー。
皿係、エル。
レトは硝子の短剣ではなく、小さな泡立て器を掲げた。
「これより、第一回、本格おままごと調理会議を始めます!」
ロジーが端末を起動する。
「議題、なに作るか!」
エルが小皿を並べる。
「食べられるもの」
レトは大きく頷いた。
「大事!」
ロジーも大きく頷いた。
「最重要!」
会議は長引いた。
パンケーキ。
クッキー。
小さいオムレツ。
星型ゼリー。
プリンは難易度が高いので第二段階。
カップケーキは映えるので優先度高。
エルの白い皿に乗せた時の見た目も考慮。
最終的に、第一回調理は星型パンケーキに決まった。
レトは胸を張った。
「わたしたち、ちゃんと買って、ちゃんと持って帰って、ちゃんと使うんだね」
ロジーが笑う。
「そう! これは記録に残るよ!」
エルは小皿を撫でた。
「買うの、楽しかった」
レトがエルを見る。
「作るんじゃなくて?」
「うん。選ぶの、楽しかった。待つのも、楽しかった。みんなで持つのも、楽しかった」
ロジーが一瞬、静かになった。
それから、いつもの調子で端末に打ち込んだ。
本日の重要記録。
エル、買い物の過程を楽しいと認識。
本格ミニキッチンは調理器具であり、女子会設備であり、革命である。
レトは満足げに頷いた。
「革命だね」
エルも頷いた。
「革命」
食堂の入口付近で、それを聞いていた職員たちは、誰も訂正しなかった。
小さなキッチンの前で、三人が真剣に泡立て器と小皿と記録端末を構えている。
宇宙規模の危機に対応する惑星監理局の一角で。
その日、もっとも厳粛に行われていたのは、星型パンケーキの焼き加減を決める会議だった。




