第49話-きらきらシール!お出かけ準備!
箱庭の娘たちは身体の成長と年齢が不一致な存在だよ。
レトはロジーやエルより身長が高いけど、生きてきた年月は全然違う。
レトは三人のなかで一番若い魔力生命体で、心も一番幼いんだよ。
惑星監理局、外出申請窓口。
その日のレトは、朝からものすごくいい子だった。
廊下を走らなかった。
自動ドアが開いても、ちゃんと通ってから小さく「ありがと」とだけ言った。
食堂でプリンを一個目までにした。
戦闘班の訓練後も、硝子短剣を片付け忘れなかった。
提出書類には、丸い字でこう書いてあった。
外出目的:シールを買いに行く。
重要度:とても高い。
理由:星のシールがある。彗星のシールもある。わたしの仲間だと思う。
同行希望:だれか。
危険時対応:すぐ帰る。いいこにする。ぜったい勝手にどこか行かない。
その下に、少しだけ筆圧の強い字で、
ちゃんとがんばります。
と追記されていた。
窓口担当の職員は、書類を見た瞬間、静かに目を閉じた。
「……これは」
隣の職員が小声で言う。
「通したい気持ちは分かります」
「分かりますが」
「分かりますが、ですよね」
二人の視線が、窓口の前に戻る。
そこには、外出準備を完璧に済ませたレトがいた。
淡緑の髪はいつもより丁寧に整えられて、左側のワンサイドテールには青いキューブ飾りがきらきら揺れている。
小さなお出かけ用バッグを両手で抱え、胸元には外出用の仮登録タグ。
靴もぴかぴか。
水筒もある。
迷子防止用の小さな通信端末も首から下げている。
完全に、行く気だった。
「職員さん」
レトはぱあっと笑った。
「お出かけ準備できてるよ!」
「はい。ええと、レトさん」
「うん!」
「まだ結果は――」
「大丈夫! わたし、ちゃんと待てるよ!」
そう言って、レトは窓口横の長椅子に座った。
背筋をぴんと伸ばして。
膝の上にバッグを置いて。
足をそろえて。
両手をぎゅっと握って。
とてもいい子の形で、待機した。
通りかかった生活班職員が、その姿を見て足を止める。
「……遠足前?」
「外出申請待ちです」
「なるほど」
「あの顔です」
「通ると思ってますね」
「はい」
「……つらいですね」
「はい」
レトは聞こえていない。
バッグの中をそっと開けて、確認する。
小さなお財布。
ハンカチ。
ティッシュ。
おやつ。
予備の髪留め。
メモ帳。
そして、シールを貼るための小さな台紙。
台紙の一ページ目には、すでにタイトルが書かれていた。
星さんたち。
レトはそれを見て、ふふっと笑った。
「彗星もあるんだよ……わたしの仲間……」
その声があまりに嬉しそうだったので、窓口担当は一度だけ天井を見た。
ちょうどその時、申請端末に結果が返ってきた。
承認不可。
理由は明確だった。
箱庭の娘単独での外部惑星移動は不可。
護衛同行必須。
現在、小規模魔力災害の後処理により、戦闘班、調査班、外務班、生活班、技術班の人員に余裕なし。
代理購入可能人員も確保不可。
再申請推奨。
窓口担当は、端末を見た。
隣の職員も見た。
二人とも、顔だけで会議をした。
言わなければならない。
しかし、目の前のレトは、もうバッグを抱き直していた。
「職員さん、結果きた?」
「……はい」
「わたし、いいこにしてたよ」
「はい。見ていました」
「廊下も走ってないよ」
「はい」
「プリンも一個までにした」
「はい」
「訓練もちゃんとした。短剣も片付けた。お兄さんにも、ちゃんとお仕事がんばってって言った」
「はい」
レトは、期待で瞳をきらきらさせた。
「じゃあ、行っていい?」
窓口担当は、可能な限りやわらかい声を出した。
「今回は、承認できません」
レトは、固まった。
笑顔のまま。
バッグを抱いたまま。
目だけが、ゆっくり瞬きをした。
「……なんで?」
「危険があるからです。レトさんが一人で外部惑星へ出ることはできません。同行者が必要です」
「じゃあ、職員さん」
「私は窓口を離れられません」
「じゃあ、戦闘班の職員さん」
「今は魔力災害の後処理中です」
「じゃあ、外務班の職員さん」
「同じく、対応中です」
「じゃあ、だれか」
「今は、同行できる人員がいません」
「……買ってきてもらうのは?」
「代理購入に出られる人員も、今はいません」
レトの口が、少しだけ開いた。
「……じゃあ」
そこから先の言葉が出なかった。
レトは、もう一度バッグを見た。
ぴかぴかの靴を見た。
首から下げた通信端末を見た。
台紙の入ったバッグをぎゅっと抱いた。
「わたし」
声が、急に小さくなった。
「ちゃんと、いいこにしてたよ」
「はい」
「ちゃんと待ってた」
「はい」
「ちゃんと、勝手に行かなかった」
「はい」
「お出かけ準備も、ひとりでした」
「はい」
「髪も、きれいにした」
「はい」
「バッグも、忘れ物ないようにした」
「はい」
「おやつも、ひとつだけにした」
「はい」
「なのに」
レトの顔が、くしゃっと歪んだ。
「なのに、だめなの?」
窓口担当が答える前に、レトの目に涙が溜まった。
ぽろ、ではなかった。
ぼろっ。
大粒の涙が、いきなり両目からこぼれた。
「……や」
レトはバッグを抱きしめた。
「やだ」
肩が震えた。
「やだぁ……」
次の瞬間。
「やだああああああああああああああああああああ!!」
窓口周辺の空気が、びくっと揺れた。
職員たちが一斉に振り向く。
レトは長椅子の上でバッグを抱いたまま、顔を真っ赤にして泣き出した。
「やだあああああ! わたし、いくの! シール、かうの! 星の、星のシール、あるのぉおおおお!」
「レトさん、落ち着いて――」
「おちつかないぃいいいいいい!」
レトは首をぶんぶん振った。
涙が飛んだ。
「わたし、ちゃんといいこにしてたもん! ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんとぉ!」
しゃくりあげる。
息を吸う。
また泣く。
「ひっ、ひぅ、う、うあ、あああああああん! うああああああああああああ!」
窓口担当は、端末を抱えたまま硬直した。
周囲の職員たちは、ふんわり集まり始めた。
距離は取っている。
刺激しない。
止めない。
しかし全員、完全に観察していた。
「これは大泣きですね」
「大泣きです」
「この世の終わり型です」
「申請却下理由は妥当ですが、本人の情緒処理が追いついていません」
「バッグが完成しすぎている」
「つらい」
「でもかわいい」
「声に出さないでください」
レトはそれどころではない。
「ほしぃ……ほしのしーるぅ……すいせいもあるのにぃ……わたしの、なかまなのにぃ……!」
泣きすぎて、言葉が崩れている。
「なかま、まってるかもしれないのにぃ……わたし、むかえに、いくって、きめたのにぃ……!」
「シールは待っていません」
誰かが小声で言いかけた瞬間、隣の職員が肘で止めた。
「今それはだめです」
「はい」
レトは長椅子からずるずると降りた。
床にぺたんと座る。
バッグを胸に抱える。
足を投げ出す。
完全に幼児の泣き方だった。
「やああああああ! やだやだやだやだやだ! わたし、いく! シールかう! わたし、ほし、つれてかえるのぉ!」
「レトさん」
「うわああああああああああああああ!」
「レトさん、一度深呼吸を――」
「ひっ、ひっ、ふ、う、うわあああああああああ!」
深呼吸に失敗した。
鼻をすすろうとして、また泣く。
「っ、ひ、ひぅ、うぇ、え、えええええん……! なんでぇ……なんでだめなのぉ……わたし、いいこ、したのにぃ……」
床にぽたぽた涙が落ちる。
「ううううう……っ、ひ、ひっ、わたし、わたし、朝から、ちゃんと、ちゃんと、いいこで……う、うえええええええん!」
そこへ、ロジーが駆け込んできた。
頭上のデバイスが、ぴこぴこ警告色で光っている。
「何!? 大泣き音声を検知した! レト!? レトが溶けてる!?」
「溶けてはいません」
「泣いて床に広がってる!」
「表現としては近いです」
ロジーは床に座り込んでいるレトの前にしゃがんだ。
「レト、どうしたの!」
「ロジィィィィィ!」
レトは顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃだった。
「しーる、かえないぃ……!」
「シール!」
「ほしの、しーる……すいせいも、ある……わたしの、なかま……」
「朝言ってたやつ!」
ロジーは一瞬で状況を理解した顔をした。
そして、とてもお姉さんっぽく、真剣に頷いた。
「それは泣く!」
窓口職員が小声で言う。
「そこに同意しないでください」
「いや泣くよ! 限定販売でしょ!? 欲しかったんでしょ!? 朝からいいこにしてたんでしょ!? お出かけ準備もしたんでしょ!? それでだめって言われたら泣くよ!」
ロジーは完全にレト側だった。
ただし、姿勢だけはお姉さんだった。
「でもね、レト」
「ひっ、ひ、うぅ……」
「一人で外に出るのはだめ」
レトの顔がまた崩れる。
「やだぁああああああああ!」
「分かる! 分かるけどだめ!」
「なんでぇ!」
「危ないから!」
「わたし、つよいもん!」
「強いけど危ないの! 強いのと安全は違うの!」
その言葉だけは、少しだけ職員たちが感心した。
「今のは良いですね」
「ロジーさんがお姉さんをしている」
「ただ、目がちょっと涙目です」
「本人も気持ちが分かりすぎているので」
実際、ロジーも目元がうるんでいた。
「だって限定シールだよ!? それは欲しいよ! 私だってほしい! 星と彗星なんて、絶対かわいいじゃん! 台紙に貼りたいじゃん! 写真撮りたいじゃん! 並べたいじゃん!」
「ロジーさん」
「でもだめ! 一人はだめ! これはだめ!」
「ロジィ……」
「私も今、後処理で手が離せないの! 行けるなら行きたい! むしろ私が行きたい! レトが泣いてるところも記録したいけど、今は記録しない! 泣き顔は本人許可が必要だから!」
「う、うえええええええん!」
「よしよし、泣け泣け! 泣いていい! でも外には行かない!」
レトはロジーに抱きついた。
ロジーは小さい身体で受け止めたが、勢いに負けて尻もちをついた。
そのまま二人で床に座り込む。
レトはロジーの肩に顔を押し付けて、さらに泣いた。
「うわあああああああああああん! ロジー、しーるぅ……! わたし、しーる、ほしかったぁ……!」
「うんうん!」
「ほし、きらきらでぇ……!」
「うんうん!」
「すいせい、わたしの、なかま……!」
「仲間認定はちょっと独特だけど気持ちは分かる!」
「わたし、ちゃんと、いいこでぇ……!」
「見てないけど絶対いいこだった!」
「うええええええええええん!」
「よーしよしよし、泣け泣け、全部出せ!」
ロジーはレトの背中をぽんぽん叩いた。
そのリズムが雑だったので、レトの泣き声が少し揺れた。
「うぇっ、うぇっ、うぇっ、うぇええええええん!」
「リズムついちゃった」
「ロジーさん、背中ぽんぽんをもう少し一定に」
「了解!」
そこへ、エルがふわっと現れた。
白髪の毛先を揺らしながら、床の二人を見下ろす。
「レト、泣いてる」
職員が説明する。
「外出申請が通らなかったためです」
エルは頷いた。
「レト、シールほしい?」
「ほしいぃ……!」
「星と彗星?」
「うんんん……!」
エルは少し考えた。
「あたし、作ろうか」
職員たちが一斉に動いた。
「エルさん」
「エルさん、待機」
「魔法で限定商品を再現するのは権利関係と同意関係が不明です」
「あとレトさんの学習機会が消えます」
エルはこくんと頷いた。
「人間には、だめなこと」
「はい」
「じゃあ、惑星ごと近くに――」
「だめです」
「お店だけ――」
「だめです」
「シールが歩いてくるように――」
「だめです」
エルは真面目に頷いた。
「分かった。人間には、かなりだめなこと」
「はい。かなりです」
レトが顔を上げた。
「エルぅ……」
「レト、ほしいね」
「ほしいぃ……」
「でも、だめなんだって」
「ううううううう……!」
エルは床に座った。
レトの隣に、ぺたんと座る。
そして、レトのバッグをじっと見た。
「準備、かわいいね」
その一言で、レトはまた崩壊した。
「うわあああああああああああん! かわいくしたのにぃ! おでかけするから、かわいくしたのにぃいいいい!」
ロジーが慌てる。
「あっ、そこ刺さった!」
エルは首を傾げた。
「刺した?」
「言葉が!」
「ごめん」
「謝る方向は合ってるけど、今は撫でて!」
エルはレトの頭をそっと撫でた。
レトは撫でられながら、ますます泣いた。
「ひっ、ひぅ、えぐっ、う、うう……しーる……しーる……」
もう叫ぶ力が少し落ちてきた。
けれど涙は止まらない。
しゃくりあげて。
吸って。
詰まって。
また泣く。
「う、うぇ……ひっ……わたし、いけると、おもって……いいこ、したら……いけるって……」
ロジーが背中をさする。
「いいこにしたことと、危なくないことは別なんだよ」
「べつなのぉ……?」
「別なの」
「いいこでも、だめなのぉ……?」
「いいこでも、だめな時ある」
レトは絶望した顔をした。
「そんなの……そんなの、こわい……」
「分かる!」
ロジーは即答した。
「私もそれ嫌い! でもある!」
「やだぁ……」
「やだねぇ」
「うえぇ……」
「でも一人で外はだめ」
「ううう……」
「だめ」
「……だめ?」
「だめ」
「……うえええええええん!」
「泣くのは許可!」
また泣いた。
職員たちは、少し離れたところで見守っている。
「ロジーさん、かなり適切です」
「共感と禁止を両立しています」
「本人も半分泣いてますけど」
「そこが効いている可能性があります」
「エルさんも今のところ魔法を使っていません」
「惑星移動案を三回出しましたが、止まりました」
「成長です」
「成長ですかね」
しばらくして、レトの泣き声は少しずつ小さくなった。
叫び泣きから、しゃくり泣きになり。
しゃくり泣きから、鼻をすする音になり。
それでも、時々思い出したように、
「しーる……」
と言って、また涙をこぼした。
ロジーは真剣な顔で言う。
「レト、作戦を立てよう」
レトはぐずぐずの顔で見た。
「……さくせん?」
「そう。今すぐ行く作戦は不可。でも、次に買う作戦は可能」
レトの涙で濡れた目が、少しだけ開いた。
「つぎ……?」
「限定販売でも、再入荷があるか確認する。取り置きできるか確認する。通販できるか確認する。代理購入できる人員が空くタイミングを確認する。同行者つき再申請も出す」
窓口職員が頷く。
「それなら可能です。今すぐの外出は不可ですが、再申請と取り置き確認はできます」
レトは鼻をすすった。
「……ほんと?」
「はい」
「しーる、なくならない?」
「確認します。確約はできませんが、確認はできます」
「かくやく……」
レトは難しい言葉にまた少し泣きそうになった。
ロジーがすかさず言う。
「つまり、まだ戦える!」
レトの顔が上がった。
「戦える……?」
「星のシール確保作戦、第二段階!」
レトは涙でぐしゃぐしゃのまま、こくんと頷いた。
「だ、だいにだんかい……」
エルも頷く。
「あたし、魔法で持ってこない」
「うん……」
「惑星も持ってこない」
「うん……」
「でも、レトの隣にいる」
レトはまた泣いた。
今度は叫ばずに、顔をくしゃっとさせて、ぽろぽろ泣いた。
「エルぅ……」
「泣く?」
「なく……」
「うん」
ロジーがレトのバッグを支えた。
「よし。泣きながら作戦会議しよ」
「ひっ……うん……」
「まず、台紙見せて」
レトはぐずぐずしながらバッグを開けた。
台紙の一ページ目。
星さんたち。
ロジーはそれを見て、真剣に頷いた。
「タイトルがいい」
「ほんと……?」
「すごくいい。これは絶対、星のシール貼るべき」
「うう……」
「だから泣いていい。でも諦めない」
レトは鼻をすすって、袖で拭こうとした。
すぐに生活班職員がハンカチを差し出す。
「こちらを」
「ありがと……」
「鼻は強くかみすぎないでください」
「うん……」
レトは小さく鼻をかんだ。
ぴい、と情けない音がした。
周囲の職員が全員、何も聞こえなかった顔をした。
副長だけが、廊下の少し遠くで肩を震わせていた。
レトは涙目のまま、ロジーとエルの間に座る。
窓口職員が端末を操作する。
「販売元への確認依頼を出します。再入荷、取り置き、配送可否、代理購入可能日、同行者つき再申請枠を確認します」
レトは両手でハンカチを握った。
「……わたし、またいいこにする」
ロジーがすぐに言う。
「いいこは関係ある時とない時がある」
「うっ」
「でも、いいこにしてるレトはかわいい」
「うう……」
「それは関係ある」
「ある……?」
「ある。職員さんたちの心に」
周囲の職員たちが、何人か静かに視線を逸らした。
レトはまだ泣きながら、ぽつりと言った。
「……わたし、星のシールほしい」
「うん」
「彗星も」
「うん」
「わたしの仲間だから」
「うん」
「でも、一人で外、だめ」
「うん」
「……だめ、やだ」
「うん」
「でも、だめ」
「うん」
レトはもう一度、鼻をすすった。
「……うえ」
「泣く?」
「ちょっとだけ……」
「よし」
レトはロジーの肩に顔を押しつけた。
小さく、でもしっかり泣いた。
「うえええ……」
エルが頭を撫でる。
ロジーが背中を叩く。
職員たちが見守る。
窓口担当が、販売元への連絡文をものすごく丁寧に書く。
副長は廊下の角で、ついに壁に片手をついていた。
そして、監理局の記録にはこの日の出来事がこう残った。
外出申請一件、承認不可。
対象者レト、情緒反応大。
泣床発生。軽微。
ロジー、共感および制止に成功。
エル、惑星移動案を自制。
職員、観察および床面安全確保。
星のシール確保作戦、第二段階へ移行。




