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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第4話-箱庭の娘たち

 惑星監理局の食堂には、朝から妙な列ができていた。


 職員たちの朝食の列ではない。新作メニューの試食列でもない。食堂班のカウンター横、いつもなら調味料と紙ナプキンが置かれている場所に、小さな測定台が設置されている。


 台の上には、透明な板。


 その横には、魔力計測器。


 さらにその隣には、なぜかプリンが三つ置かれていた。


「プリンがある!プリンがわたしたちのこと待ってる!!」


 レトは食堂の入り口で足を止めた。


 淡緑の長い髪が肩から流れ、左側頭部で結ばれたワンサイドテールが少し跳ねる。青いキューブの髪飾りが、朝の照明を受けて淡く光った。


 彼女の視線は、まっすぐプリンに向いている。


 その後ろから、ロジーが勢いよく顔を出した。


「ある! 三つある! これはもう私たちのやつ!」


「でも測定台に置いてあるよ」


「測定後の報酬?」


「そうなの?」


「知らない! でもそうだったら嬉しい!」


 ロジーは胸を張った。


 ピンク色の髪を左右のおさげにした小柄な少女は、朝から声がよく通る。頭上に浮かぶデバイスが、彼女のテンションに合わせるように淡く点滅していた。


 さらにその後ろから、エルがふわりと現れた。


 歩いているようで、少しだけ床から浮いている。白いボブヘアーの毛先に淡いピンクが混じり、眠そうにも退屈そうにも見える目で、測定台を眺めた。


「今日、検査の日?」


「えっ、そうなの?」


 レトが振り向く。


 ロジーは頭上のデバイスに指を向け、空中に予定表を表示した。


「えーっと……あ、ほんとだ。箱庭の娘たち、月例簡易検査。食堂横、九時。対象、レト、ロジー、エル。担当、医療班および技術班。備考、検査後に対象者へ甘味提供」


「やっぱりプリン!」


「私の推理、完璧!」


「ロジー、予定表見てなかったの?記録おばけなのに」


「見れば分かることは、見た瞬間に分かればいいの!」


 ロジーはそう言って、測定台へ駆け寄った。


 食堂班の職員が苦笑しながら、三人分の札を並べる。


 レト。


 ロジー。


 エル。


 そして、その上に小さく共通分類が表示されている。


 箱庭の娘たち。


 レトは札をじっと見た。


 見慣れた言葉だった。


 監理局の内部資料にも、医療班の検査表にも、技術班の魔力出力リストにも、その言葉はよく出てくる。レトたち三人をまとめて呼ぶ時、職員たちはそう表現することが多い。


 箱庭の娘たち。


 閉ざされた硝子玉の宇宙で生まれた、魔力生命体の少女たち。


 人間に似た姿をしている。食べるし、眠るし、笑うし、喧嘩もする。体温も脈もあり、怪我をすれば血が出る。けれど、人間と同じ生まれ方をした存在ではない。


 そして、三人は同じ分類に置かれていても、同じものではなかった。


「一番、レトさんからお願いします」


 医療班の職員が声をかける。


「わたしから?」


「はい。手をここに置いてください」


「うん!」


 レトは透明な板の上に手を置いた。


 測定器が青白く点灯する。


 彼女の魔力は、硝子質だった。


 熱を帯び、光を抱え、空間の縁に触れるような性質を持つ。測定板の中で、細い硝子の枝のような模様が広がった。結晶ではない。けれど結晶に似ている。炎ではない。けれど熱を持っている。


 職員が数値を確認する。


「安定していますね、前回より魔力の漏出が確認できますが、正常範囲です」


「プリン食べたら戻る?」


「戻る、という表現が正しいかは分かりませんが、レトさんの場合、機嫌と食事は出力安定に関係します」


「じゃあプリンは必要!」


「必要性は否定しません」


 レトは満足そうにうなずいた。


 測定板の中で、青白い模様が少し強くなる。


 彼女は硝子の彗星から生まれた。


 星間を流れていた硝子質の魔力が、ひとつの形を取った存在。人間社会に来る前の彼女は、言葉よりも先に光と沈黙を知っていた。だから物を遠いものとして扱いきれない。扉に頼み、椅子に話しかけ、道具が動かないと困った顔をする。


 今はもう、物は物だと理解している。


 それでも、彼女の魔力が透明な板の上で硝子細工のように伸びていくたび、職員たちは思い出す。


 レトは、人間の形をしている。


 けれど、その始まりは、人間の常識の外側にある。


「終わりです」


「プリン!?」


「全員終わってからです」


「全員……」


 レトは振り返った。


「ロジー! 早く!!」


「はいはい、次、私ね!」


 ロジーが勢いよく測定台に手を置く。


 瞬間、測定器の表示が何度か揺れた。


 青白いレトの時とは違い、ロジーの魔力反応は一定の形を取りにくい。表面に文字列のような光が浮かび、消え、また現れる。分類記号、索引、断片的な映像、過去の記録を模した小さな図形。


 頭上のデバイスが細かく制御音を鳴らす。


「ロジーさん、少し出力を落としてください」


「落としてる!」


「では、魔術的記録領域への接続を切ってください」


「切ってる!」


「本当に?」


「たぶん!」


「たぶんでは困ります」


 医療班の職員が少しだけ眉を下げる。


 ロジーは頬をふくらませた。


「私、何もしてないもん。記憶力がいいだけだもん」


「その主張は医療班の検査項目には反映されません」


「反映して!」


「しません」


「医療班、固い!」


 ロジーは文句を言いながらも、頭上のデバイスに触れた。光が一段落ち着き、測定器の表示も安定する。


 彼女もまた、箱庭の娘の一人だった。


 ただし、レトとはまるで違う。


 ロジーの出自を、誰も気軽には語らない。禁忌の魔道書に触れ、壊れかけた脳機能をデバイスで制御しながら、それでも記録を読み、分類し、残すことに固執する少女。彼女の魔術名は、監理局の限られた資料にだけ記されている。


 普段のロジーは騒がしい。


 誰にでも近い。どこにでも顔を出す。何でも見たがる。何でも記録したがる。くだらない噂も、食堂の新作デザートも、副長が笑いをこらえた瞬間も、全部残そうとする。


 子供っぽい。


 実際、彼女の姿は幼い。


 けれど、その目が情報を追う時だけ、時々、年齢の測り方そのものがずれる。


 箱庭の娘たちは、幼体のまま成熟する。


 身体は少女の形で留まり続ける。大人の肉体へ変化していくわけではない。けれど中身が未熟なまま止まるとは限らない。経験を積み、知識を増やし、仕事を覚え、責任を持つ。


 だから監理局では、彼女たちを子供としてだけ扱わない。


 同時に、大人としてだけ扱うこともしない。


 ロジーは測定板の上で指をぱたぱた動かした。


「はい、終わった? 私、今日の報告書かわいい度ランキング更新したいんだけど」


「終わりました。デバイス同期率は安定。睡眠時間は?…報告書かわいい度?」


「記録上は寝た!」


「実態は?……報告書がかわいい…?」


「記録上は寝た!かわいい誤字脱字ランキングだよ!」


「睡眠は7時間以上とってください。個人の尊厳に関わるので公開しないでください」


「ロジー」


 レトが横から覗き込む。


「ちゃんと寝た?」


「寝た! ちょっと!」


「ちょっと?」


「寝た分類に入るくらい!」


 レトは少しだけむっとした。


「寝ないとだめだよ。ロジー、寝ないと目が赤くなる」


「え、わかる? いつも私の目元、見てる!?」


「見るよ。ロジーのことだもん」


 ロジーは一瞬だけ黙った。


 それから、わざとらしく両手を広げた。


「うわー! レトが私を観察してる! 記録対象が記録者を逆観測してる!」


「ロジーを逆観測!!」


「熱い展開!」


「熱いの?」


「熱い!」


 レトは分からないままうなずいた。


 医療班の職員は、二人のやり取りを記録しながら、少しだけ表情を緩めた。


「次、エルさん」


「うん」


 エルが測定台の前に立った。


 彼女が透明な板に手を置く。


 測定器が点灯した。


 そして、数秒だけ沈黙した。


 レトの時のような硝子の枝も、ロジーの時のような記録文字列も出ない。表示は一度白くなり、次に淡い虹色の揺らぎが現れ、すぐに検査用の規格に収まった。


 職員は慌てなかった。


 この異常さは正常な反応、慣れているからだ。


「エルさん、今回も分析できるように検査項目内で収めてください」


「収めてる」


「はい。ありがとうございます」


「これ、はみ出したらだめなやつ?」


「だめなやつです」


「そっか」


 エルは素直にうなずいた。


 レトとロジーが横からじっと見る。


「エルの測定、いつも変だよね」


「変って言った」


「だって変だもん。私のもだいぶ変だけど、エルのは測定器が一回考える」


「考えてるんだ」


 エルは測定器を見つめた。


「がんばってるね」


 測定器は返事をしない。


 レトはその様子に少し親近感を覚えたが、口には出さなかった。最近、物に話しかけるところを見られると、少し恥ずかしいのだ。


 エルもまた、箱庭の娘たちの一人として登録されている。


 分類上は。


 その言葉が、監理局の資料では時々使われる。


 分類上は、箱庭の娘。


 閉ざされた宇宙で確認された、人間型の魔力生命体。幼体の姿で成熟し、固有の魔力性質と、個別の出自を持つ存在。監理局に在籍する対象は、現在三名。


 レト。


 ロジー。


 エル。


 その三名を並べる時、職員たちは同じ欄に名前を書く。


 けれど、エルの項目だけ、いつも余白が多い。


 検査値は検査値として記録される。日常行動も、作成した魔法アイテムも、食事傾向も、睡眠時間も、可能な限り記録される。だが、彼女について深く踏み込む言葉は、簡単には表に出てこない。


 局長も、副長も、医療班も、技術班も、その理由を知っている。


 ロジーも知っている。


 レトも知っている。


 けれど、食堂横の測定台で、それを口にする者はいなかった。


 エルはエルとして、そこにいる。


 検査後のプリンを待っている。


 小さな布袋の中に、未検査の魔法アイテムを三つほど隠し持っていて、たぶん後で副長と技術班に怒られる。


 今ここで必要なのは、そのくらいの情報だった。


 ご褒美が待っているから。


「終わりました。三名とも本日の簡易検査は完了です」


「プリン!!!」


 レトが真っ先に言った。


「糖分!頭脳の味方!」


 ロジーも続いた。


「プリン」


 エルも静かに言った。


 食堂班の職員が、三つのプリンをそれぞれに渡す。


 レトは両手で受け取った。ロジーは受け取りながら即座に角度を確認し、ホログラムで光の当たり方を記録した。エルはプリンを持ち上げ、しばらく揺れを観察した。


「エル、食べないの?」


 レトが聞く。


「揺れてる」


「揺れるよ、プリンだもん」


「この揺れ、残せるかな」


「残すって何を?」


「揺れ」


 ロジーが身を乗り出した。


「待って、プリンの揺れ保存アイテム作る気? ほしい!」


「ほしいの?」


「いる! 記録価値ある!」


「じゃあ作る」


「検査後に作って! 今作らないで! 副長が怒ってプリン食べられなくなっちゃう!」


 レトが止める側に回った。


 ロジーはスプーンを持ったまま、目を丸くした。


「レトが止めてる!」


「わたしだって止める時は止めるよ!プリンのため!!」


「えらい」


「もっと褒めて」


「えらいえらい」


「ロジー雑!」


 ロジーは騒ぎながらも笑っている。


 エルはプリンをひと口食べ、少しだけ首を傾げた。


「今日の、昨日と違う」


「分かる?」


 食堂班の職員が嬉しそうに言う。


「牛乳を変えました」


「幸せな味」


 「……」


 食堂班の職員は一拍置いた


「ありがとうございます」


 エルの感想は短い。


 だが、食堂班には十分だった。


 レトはそれを見て、なんだか嬉しくなる。エルの言葉は多くない。ふわふわしていて、時々どこを見ているのか分からない。けれど、気に入ったものにはちゃんと反応する。


 ロジーは騒がしく記録する。


 エルは静かに観察する。


 レトはその真ん中で、プリンを食べながら二人を見る。


 三人は同じではない。


 でも、並んでいると落ち着く。


     ◆


 検査後、三人は食堂を出て、監理局の廊下を歩いていた。


 正確には、レトは走り出しそうになりながら早歩き、ロジーは歩きながらホログラムを操作し、エルは少し浮いていた。


「今日の検査結果きた!ざっくりまとめるとね」


 ロジーが空中に表を出す。


「レト、安定。訓練後疲労あり。プリンで回復見込み。ロジー、デバイス同期安定。睡眠は要監視。エル、測定器がちょっと悩んだけど範囲内。以上!」


「わたし、プリンで回復見込みなんだ」


「そう書かれてた!」


「ほんとに?」


「私が書いた!」


「ロジーが書いたんだ!」


 レトは頬をふくらませた。


 ロジーは悪びれない。


「でも間違ってないでしょ?」


「せいかい!」


「ほら!」


 エルが横から表を覗き込む。


「箱庭の娘たち、って書いてある」


「書いてあるね」


 レトも見上げる。


 分類欄に、そう表示されていた。


「箱庭の娘たちって、最初に誰が言ったんだっけ?」


 ロジーが首を傾げる。


「監理局の資料?」


「もっと前からある呼び方だよ。閉じた宇宙で生まれた、人間じゃないけど人間のそばにいる女の子たち。そういう感じの、ちょっと詩的な分類名」


「詩的?」


「雑に言うと、きらきらした名前」


「きらきら」


 レトは自分の髪飾りに触れた。


「わたし、箱庭の娘って言われるの、嫌じゃないよ」


「なんで?」


 ロジーが聞く。


「だって、箱庭って、ここでしょ。硝子玉の宇宙。わたし、ここでお兄さんに会ったし、ロジーとエルにも会ったし、戦闘班にも入ったし、プリンも食べた」


「プリンも同列?」


「重要だよ」


 レトは真剣だった。


「だから、ここの娘って言われるの、嫌じゃない」


 ロジーは少しだけ黙った。


 そして、すぐに笑った。


「レト、たまに良いこと言うよね!」


「たまに?」


「だいたいバカっぽい!」


「むー!」


 レトが追いかけようとすると、ロジーは廊下を駆け出した。


「待って!」


「待たない! 記録者は常に先を行く!」


「ずるい!」


「ずるくない! 足の長さはレトの方が有利!だから私が先に走る!」


「すぐ追いつけるもん!」


 二人の声が廊下に響く。


 エルは後ろから、ふわふわと追った。


「走ると、怒られるよ」


「エルも浮いてる!早めに浮いてる!」


 ロジーが振り返る。


「浮くのは走ってない」


「屁理屈!」


「へりくつ?」


 エルは少し考えた。


 その時、廊下の角から副長が現れた。


 金髪の細身長身。薄い笑顔。片手には端末、もう片方の手には書類。歩いているだけで、周囲の職員が自然に道を空ける。


 ロジーが急停止した。


 レトも慌てて止まる。


 エルはその二人の少し上で止まった。


「廊下は走らない、という規定があります」


 副長は穏やかに言った。


「私は早歩き!」


 ロジーが即答した。


「レトさんは?」


「追いかけ歩き……」


「新しい分類ですね」


「だめ?」


「だめです」


 副長は笑顔のままだった。


 レトはしゅんとしたが、すぐに顔を上げた。


「でも、ロジーが先に行ったから」


「レト、売った!」


「だってほんとだもん!」


「友情に亀裂!」


「やだ!亀裂入ってない!」


 副長は二人を見下ろし、それからエルに視線を向けた。


「エルさんは?」


「あたしは浮いてた」


「廊下での低空浮遊も、速度が出ている場合は走行扱いになることがあります」


「そうなんだ」


「そうです」


「じゃあ、ゆっくり浮く」


「お願いします」


 エルは素直に高度を少し下げた。


 副長は端末に何かを入力する。


「検査は問題ありませんでしたか」


「プリンもらった!」


 レトが答える。


「それは重要ですね」


「重要!」


「検査値の方は?」


 ロジーがホログラムを出した。


「三人とも大きな異常なし! 私の睡眠は記録上問題なし!」


「実態は?」


「記録上問題なし!」


「なるほど。問題あり、と」


「副長、察知能力が高すぎる!」


 副長は薄く笑った。


 その横顔を見て、レトは少しだけ首を傾げた。


 副長は、箱庭の娘たちという言葉を軽く扱わない。


 からかう時はからかう。レトが扉にお願いしていたら笑うし、ロジーが記録をごまかせば即座に見抜くし、エルが未検査アイテムを持っていれば遠回しに回収する。


 けれど、三人をまとめて呼ぶ時だけは、少し言葉を選ぶ。


 人間でもなく、ただの子供でもなく、兵器でもなく、管理対象だけでもない。


 監理局に所属する職員であり、保護対象であり、時に危険で、時に誰かを守る存在。


 箱庭の娘たち。


 その言葉には、便利な分類名以上のものが含まれている。


 副長はそれを分かっている。


 だからこそ、軽く笑いながらも、線を間違えない。


「レトさん」


「なに?」


「午後の訓練まで時間がありますね」


「ある!」


「では、走らずいい子で中庭へ向かってください。局長がそちらへ来る予定です」


「お兄さん来るの!?」


 レトの表情が一気に変わった。


「はい。少しだけですが」


「中庭行く!」


「走らずに」


「走らない!」


 レトは即答し、次の瞬間、限界まで早歩きで進み始めた。


 ロジーが吹き出す。


「それ、走る一歩手前!」


「走ってないもん!」


「分類上は早歩き?」


「ロジー、副長はそれのこと詭弁って言う」


 副長は肩を少し震わせた。


 ただし、今回は声を漏らさなかった。


     ◆


 中庭は、昼の光に満ちていた。


 監理局の中に作られた人工の空間。硝子張りの天井の向こうには、擬似的な空が広がり、柔らかな光が芝生に落ちている。木々の葉は本物で、風は空調によって再現されている。


 閉ざされた宇宙の中の、さらに閉ざされた庭。


 箱庭の中の、小さな箱庭。


 そこに、三人はよく集まる。


 レトは芝生の上に座り、青いキューブの髪飾りを指で揺らした。ロジーは隣でホログラム表を広げ、今日の検査結果を勝手に見やすく加工している。エルは少し離れたところで、プリンの揺れを保存するための魔法アイテムを考えていた。


「エル、それ今作らないよね?」


 ロジーが警戒する。


「考えてるだけ」


「ほんとに?」


「今は、考えてるだけ」


「今はって言った!」


 レトは笑った。


「検査してもらってから作ろ」


「作る前だと、検査するものがない」


「たしかに!」


「ほら、バカっぽい!」


 ロジーが笑う。


 エルは小さく首を傾げた。


「じゃあ、作ってから検査」


「それが通常手順だけど、食堂で作るのはだめ!」


「中庭は?」


「中庭もだめ寄り!」


「だめ寄り」


 エルは新しい言葉を覚えたように繰り返した。


 レトは二人を見ながら、膝を抱えた。


 ロジーとエル。


 レトにとって、二人は同じ箱庭の娘だ。


 けれど、家族という言葉にぴったり収まるわけでもない。姉妹と言うと少し違う。友達と言うと足りない。仲間と言うと仕事の匂いが強い。


 ロジーは、騒がしい記録の塊だ。


 近づいてきて、抱きついてきて、勝手に観測して、勝手に分類して、勝手に笑う。けれど、レトが困っている時には最初に気づくことが多い。気づいていないふりをすることもある。騒がしくして、深刻になりすぎないようにしてくれる。


 エルは、遠くて近い。


 隣にいるのに、時々どこか別のところを見ている。人間の当たり前が分からない顔をする。分からないまま、プリンを食べたり、ロジーの真似をしたり、レトの髪飾りをじっと眺めたりする。


 レトは、二人のことを全部分かっているわけではない。


 たぶん、二人もレトのことを全部は分かっていない。


 それでも、一緒にいる。


 三人で食堂へ行く。検査を受ける。中庭でだらだらする。時々怒られる。時々褒められる。時々、監理局の仕事をする。


 それだけで、レトには十分大事だった。


「レト、何考えてるの?」


 ロジーが覗き込んできた。


「ロジーとエルのこと」


「私たちのこと!? 何!? 褒める? 褒める流れ?」


「うん。ロジーは、うるさいけど、すぐ気づいてくれる」


「うるさいは余計!」


「エルは、ふわふわしてるけど、ちゃんと見てくれる」


「ふわふわ」


 エルが自分の髪に触れた。


「褒めてる?」


「褒めてる!」


 レトは力強く言った。


 ロジーは少し考えてから、満足そうにうなずいた。


「よし、採用!」


「採用された」


「じゃあレトはね、すぐ顔に出る。すぐ走る。すぐプリンに行く。あと、物にお願いしてる時、本気すぎる」


「それは言わないで!」


「でも、ちゃんと戦える。ちゃんと守ろうとする。あと、見てると記録したくなる」


 ロジーの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


 レトは返事に困って、髪飾りに触れた。


 エルが言う。


「レトは、光る」


「光る?」


「うん。魔力も。顔も。気持ちも、外に出る」


「気持ち、外に出てる?」


「出てる」


「そんなに?」


「からだ全部で出してる」


 レトは両手で頬を押さえた。


「出すぎてる……」


「いいじゃん、分かりやすくて」


 ロジーが笑う。


「私、分かりやすいの好きだよ。記録しやすいし」


「やっぱり記録なんだ」


「大事だから!」


 その時、中庭の入り口が開いた。


 ジェレミー・クリエットが姿を見せる。


 黒を基調とした制服。静かな足取り。食堂や中庭に来ても、局長としての空気は薄れない。けれどレトは、それを怖いとは思わない。


「お兄さん!」


 レトは立ち上がった。


「走らずに」


 後ろから副長の声が飛んだ。


 レトは一瞬止まり、早歩きでジェレミーのもとへ向かった。


「早歩きです!」


 副長が後ろで笑いをこらえている。


 ジェレミーはレトを見下ろした。


「検査は終わったか」


「終わった! プリンも食べた!」


「そうか」


「ロジーは寝てないかも」


「レト!?」


 ロジーが叫ぶ。


 ジェレミーの視線がロジーへ向く。


「ロジー」


「記録上は寝ました!」


「実態は」


「……ちょっと寝た」


「今日は早く休むように」


「はーい」


 ロジーは不満そうに返事をしたが、強く反論はしなかった。


 エルがふわりと近づく。


「ジェレミー、プリンの揺れを保存する道具、作っていい?」


「技術班の立ち会いのもとでなら」


「分かった」


「食堂では作らないように」


「分かった」


「何処にいても、単独では作らないように」


「分かった」


 エルは素直にうなずいた。


 副長がジェレミーの後ろで、端末に予定を追加する。


「技術班へ連絡しておきます」


「頼む」


「はい」


 大人たちの会話は短い。


 けれど、その短さの中に、三人への慣れと信頼があった。


 レトはそれを見るのが好きだった。


 監理局の人たちは、三人をただ珍しい存在として扱わない。危険があれば止める。必要なら検査する。仕事では責任を求める。けれど、プリンも用意してくれる。走ると叱る。疲れていれば気づく。ロジーのごまかしを見抜き、エルの思いつきを止め、レトの早歩きを見守る。


 箱庭の娘たち。


 その言葉は、閉ざされた宇宙で生まれた彼女たちを指す。


 人間ではない始まりを持つ、魔力生命体。


 幼い姿のまま、それぞれの速度で成熟していく存在。


 出自も、魔力の性質も、抱えているものも違う。レトは硝子の彗星から来た。ロジーは記録に縛られ、記録に救われている。エルは、分類表の中に収まっているようで、いつも少し余白を残している。


 それでも、監理局の中庭で並べば、三人はただ三人だった。


「お兄さん」


 レトはジェレミーの袖を軽く引いた。


「今日、午後の訓練見に来る?」


「会議がある」


「そっか……」


「終わり次第、記録を見る」


「記録じゃなくて、直接がいいな…」


 レトは小さく言った。


 ジェレミーは少しだけ黙った。


 副長が何も言わず、端末を確認する。


「局長、会議後に十五分なら空けられます」


「そうか」


 ジェレミーはレトを見る。


「最後の十五分だけなら行ける」


 レトの顔が一気に明るくなった。


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ、最後すごいやつやる!」


「安全な範囲で」


「安全なすごいやつ!」


「その分類は不安ですね」


 副長が言った。


 ロジーがすぐに乗る。


「安全なすごいやつ、正式名称にしよう!」


「やめてください」


「もう訓練報告書の表題にした!!」


「だめです」


 エルが淡々と言う。


「レトのすごいやつ、見たい」


「そうだよね!エルもだよね!!」


 副長が額に手を当てた。


 レトは笑いながら、青いキューブの髪飾りに触れた。


 そこにある光は、彼女がどこから来たのかを教えてくれる。


 でも、今どこにいるのかは、周りを見れば分かる。


 ロジーが騒いでいる。


 エルが浮いている。


 お兄さんが見ている。


 副長が呆れたふりをしている。


 中庭の空は人工で、宇宙は硝子の壁に閉ざされている。


 けれど、その内側で、今日も三人は生きている。


 箱庭の娘たち。


 そう呼ばれる彼女たちは、誰かの資料の中だけにいる存在ではない。


 検査を受け、プリンを食べ、廊下を走りかけて叱られ、中庭で笑い、午後の訓練を楽しみにする。


 閉じた宇宙の秩序を守る監理局で。


 彼女たちは、それぞれ違う光を抱えたまま、同じ日常の中に並んでいた。



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