第4話-箱庭の娘たち
惑星監理局の食堂には、朝から妙な列ができていた。
職員たちの朝食の列ではない。新作メニューの試食列でもない。食堂班のカウンター横、いつもなら調味料と紙ナプキンが置かれている場所に、小さな測定台が設置されている。
台の上には、透明な板。
その横には、魔力計測器。
さらにその隣には、なぜかプリンが三つ置かれていた。
「プリンがある!プリンがわたしたちのこと待ってる!!」
レトは食堂の入り口で足を止めた。
淡緑の長い髪が肩から流れ、左側頭部で結ばれたワンサイドテールが少し跳ねる。青いキューブの髪飾りが、朝の照明を受けて淡く光った。
彼女の視線は、まっすぐプリンに向いている。
その後ろから、ロジーが勢いよく顔を出した。
「ある! 三つある! これはもう私たちのやつ!」
「でも測定台に置いてあるよ」
「測定後の報酬?」
「そうなの?」
「知らない! でもそうだったら嬉しい!」
ロジーは胸を張った。
ピンク色の髪を左右のおさげにした小柄な少女は、朝から声がよく通る。頭上に浮かぶデバイスが、彼女のテンションに合わせるように淡く点滅していた。
さらにその後ろから、エルがふわりと現れた。
歩いているようで、少しだけ床から浮いている。白いボブヘアーの毛先に淡いピンクが混じり、眠そうにも退屈そうにも見える目で、測定台を眺めた。
「今日、検査の日?」
「えっ、そうなの?」
レトが振り向く。
ロジーは頭上のデバイスに指を向け、空中に予定表を表示した。
「えーっと……あ、ほんとだ。箱庭の娘たち、月例簡易検査。食堂横、九時。対象、レト、ロジー、エル。担当、医療班および技術班。備考、検査後に対象者へ甘味提供」
「やっぱりプリン!」
「私の推理、完璧!」
「ロジー、予定表見てなかったの?記録おばけなのに」
「見れば分かることは、見た瞬間に分かればいいの!」
ロジーはそう言って、測定台へ駆け寄った。
食堂班の職員が苦笑しながら、三人分の札を並べる。
レト。
ロジー。
エル。
そして、その上に小さく共通分類が表示されている。
箱庭の娘たち。
レトは札をじっと見た。
見慣れた言葉だった。
監理局の内部資料にも、医療班の検査表にも、技術班の魔力出力リストにも、その言葉はよく出てくる。レトたち三人をまとめて呼ぶ時、職員たちはそう表現することが多い。
箱庭の娘たち。
閉ざされた硝子玉の宇宙で生まれた、魔力生命体の少女たち。
人間に似た姿をしている。食べるし、眠るし、笑うし、喧嘩もする。体温も脈もあり、怪我をすれば血が出る。けれど、人間と同じ生まれ方をした存在ではない。
そして、三人は同じ分類に置かれていても、同じものではなかった。
「一番、レトさんからお願いします」
医療班の職員が声をかける。
「わたしから?」
「はい。手をここに置いてください」
「うん!」
レトは透明な板の上に手を置いた。
測定器が青白く点灯する。
彼女の魔力は、硝子質だった。
熱を帯び、光を抱え、空間の縁に触れるような性質を持つ。測定板の中で、細い硝子の枝のような模様が広がった。結晶ではない。けれど結晶に似ている。炎ではない。けれど熱を持っている。
職員が数値を確認する。
「安定していますね、前回より魔力の漏出が確認できますが、正常範囲です」
「プリン食べたら戻る?」
「戻る、という表現が正しいかは分かりませんが、レトさんの場合、機嫌と食事は出力安定に関係します」
「じゃあプリンは必要!」
「必要性は否定しません」
レトは満足そうにうなずいた。
測定板の中で、青白い模様が少し強くなる。
彼女は硝子の彗星から生まれた。
星間を流れていた硝子質の魔力が、ひとつの形を取った存在。人間社会に来る前の彼女は、言葉よりも先に光と沈黙を知っていた。だから物を遠いものとして扱いきれない。扉に頼み、椅子に話しかけ、道具が動かないと困った顔をする。
今はもう、物は物だと理解している。
それでも、彼女の魔力が透明な板の上で硝子細工のように伸びていくたび、職員たちは思い出す。
レトは、人間の形をしている。
けれど、その始まりは、人間の常識の外側にある。
「終わりです」
「プリン!?」
「全員終わってからです」
「全員……」
レトは振り返った。
「ロジー! 早く!!」
「はいはい、次、私ね!」
ロジーが勢いよく測定台に手を置く。
瞬間、測定器の表示が何度か揺れた。
青白いレトの時とは違い、ロジーの魔力反応は一定の形を取りにくい。表面に文字列のような光が浮かび、消え、また現れる。分類記号、索引、断片的な映像、過去の記録を模した小さな図形。
頭上のデバイスが細かく制御音を鳴らす。
「ロジーさん、少し出力を落としてください」
「落としてる!」
「では、魔術的記録領域への接続を切ってください」
「切ってる!」
「本当に?」
「たぶん!」
「たぶんでは困ります」
医療班の職員が少しだけ眉を下げる。
ロジーは頬をふくらませた。
「私、何もしてないもん。記憶力がいいだけだもん」
「その主張は医療班の検査項目には反映されません」
「反映して!」
「しません」
「医療班、固い!」
ロジーは文句を言いながらも、頭上のデバイスに触れた。光が一段落ち着き、測定器の表示も安定する。
彼女もまた、箱庭の娘の一人だった。
ただし、レトとはまるで違う。
ロジーの出自を、誰も気軽には語らない。禁忌の魔道書に触れ、壊れかけた脳機能をデバイスで制御しながら、それでも記録を読み、分類し、残すことに固執する少女。彼女の魔術名は、監理局の限られた資料にだけ記されている。
普段のロジーは騒がしい。
誰にでも近い。どこにでも顔を出す。何でも見たがる。何でも記録したがる。くだらない噂も、食堂の新作デザートも、副長が笑いをこらえた瞬間も、全部残そうとする。
子供っぽい。
実際、彼女の姿は幼い。
けれど、その目が情報を追う時だけ、時々、年齢の測り方そのものがずれる。
箱庭の娘たちは、幼体のまま成熟する。
身体は少女の形で留まり続ける。大人の肉体へ変化していくわけではない。けれど中身が未熟なまま止まるとは限らない。経験を積み、知識を増やし、仕事を覚え、責任を持つ。
だから監理局では、彼女たちを子供としてだけ扱わない。
同時に、大人としてだけ扱うこともしない。
ロジーは測定板の上で指をぱたぱた動かした。
「はい、終わった? 私、今日の報告書かわいい度ランキング更新したいんだけど」
「終わりました。デバイス同期率は安定。睡眠時間は?…報告書かわいい度?」
「記録上は寝た!」
「実態は?……報告書がかわいい…?」
「記録上は寝た!かわいい誤字脱字ランキングだよ!」
「睡眠は7時間以上とってください。個人の尊厳に関わるので公開しないでください」
「ロジー」
レトが横から覗き込む。
「ちゃんと寝た?」
「寝た! ちょっと!」
「ちょっと?」
「寝た分類に入るくらい!」
レトは少しだけむっとした。
「寝ないとだめだよ。ロジー、寝ないと目が赤くなる」
「え、わかる? いつも私の目元、見てる!?」
「見るよ。ロジーのことだもん」
ロジーは一瞬だけ黙った。
それから、わざとらしく両手を広げた。
「うわー! レトが私を観察してる! 記録対象が記録者を逆観測してる!」
「ロジーを逆観測!!」
「熱い展開!」
「熱いの?」
「熱い!」
レトは分からないままうなずいた。
医療班の職員は、二人のやり取りを記録しながら、少しだけ表情を緩めた。
「次、エルさん」
「うん」
エルが測定台の前に立った。
彼女が透明な板に手を置く。
測定器が点灯した。
そして、数秒だけ沈黙した。
レトの時のような硝子の枝も、ロジーの時のような記録文字列も出ない。表示は一度白くなり、次に淡い虹色の揺らぎが現れ、すぐに検査用の規格に収まった。
職員は慌てなかった。
この異常さは正常な反応、慣れているからだ。
「エルさん、今回も分析できるように検査項目内で収めてください」
「収めてる」
「はい。ありがとうございます」
「これ、はみ出したらだめなやつ?」
「だめなやつです」
「そっか」
エルは素直にうなずいた。
レトとロジーが横からじっと見る。
「エルの測定、いつも変だよね」
「変って言った」
「だって変だもん。私のもだいぶ変だけど、エルのは測定器が一回考える」
「考えてるんだ」
エルは測定器を見つめた。
「がんばってるね」
測定器は返事をしない。
レトはその様子に少し親近感を覚えたが、口には出さなかった。最近、物に話しかけるところを見られると、少し恥ずかしいのだ。
エルもまた、箱庭の娘たちの一人として登録されている。
分類上は。
その言葉が、監理局の資料では時々使われる。
分類上は、箱庭の娘。
閉ざされた宇宙で確認された、人間型の魔力生命体。幼体の姿で成熟し、固有の魔力性質と、個別の出自を持つ存在。監理局に在籍する対象は、現在三名。
レト。
ロジー。
エル。
その三名を並べる時、職員たちは同じ欄に名前を書く。
けれど、エルの項目だけ、いつも余白が多い。
検査値は検査値として記録される。日常行動も、作成した魔法アイテムも、食事傾向も、睡眠時間も、可能な限り記録される。だが、彼女について深く踏み込む言葉は、簡単には表に出てこない。
局長も、副長も、医療班も、技術班も、その理由を知っている。
ロジーも知っている。
レトも知っている。
けれど、食堂横の測定台で、それを口にする者はいなかった。
エルはエルとして、そこにいる。
検査後のプリンを待っている。
小さな布袋の中に、未検査の魔法アイテムを三つほど隠し持っていて、たぶん後で副長と技術班に怒られる。
今ここで必要なのは、そのくらいの情報だった。
ご褒美が待っているから。
「終わりました。三名とも本日の簡易検査は完了です」
「プリン!!!」
レトが真っ先に言った。
「糖分!頭脳の味方!」
ロジーも続いた。
「プリン」
エルも静かに言った。
食堂班の職員が、三つのプリンをそれぞれに渡す。
レトは両手で受け取った。ロジーは受け取りながら即座に角度を確認し、ホログラムで光の当たり方を記録した。エルはプリンを持ち上げ、しばらく揺れを観察した。
「エル、食べないの?」
レトが聞く。
「揺れてる」
「揺れるよ、プリンだもん」
「この揺れ、残せるかな」
「残すって何を?」
「揺れ」
ロジーが身を乗り出した。
「待って、プリンの揺れ保存アイテム作る気? ほしい!」
「ほしいの?」
「いる! 記録価値ある!」
「じゃあ作る」
「検査後に作って! 今作らないで! 副長が怒ってプリン食べられなくなっちゃう!」
レトが止める側に回った。
ロジーはスプーンを持ったまま、目を丸くした。
「レトが止めてる!」
「わたしだって止める時は止めるよ!プリンのため!!」
「えらい」
「もっと褒めて」
「えらいえらい」
「ロジー雑!」
ロジーは騒ぎながらも笑っている。
エルはプリンをひと口食べ、少しだけ首を傾げた。
「今日の、昨日と違う」
「分かる?」
食堂班の職員が嬉しそうに言う。
「牛乳を変えました」
「幸せな味」
「……」
食堂班の職員は一拍置いた
「ありがとうございます」
エルの感想は短い。
だが、食堂班には十分だった。
レトはそれを見て、なんだか嬉しくなる。エルの言葉は多くない。ふわふわしていて、時々どこを見ているのか分からない。けれど、気に入ったものにはちゃんと反応する。
ロジーは騒がしく記録する。
エルは静かに観察する。
レトはその真ん中で、プリンを食べながら二人を見る。
三人は同じではない。
でも、並んでいると落ち着く。
◆
検査後、三人は食堂を出て、監理局の廊下を歩いていた。
正確には、レトは走り出しそうになりながら早歩き、ロジーは歩きながらホログラムを操作し、エルは少し浮いていた。
「今日の検査結果きた!ざっくりまとめるとね」
ロジーが空中に表を出す。
「レト、安定。訓練後疲労あり。プリンで回復見込み。ロジー、デバイス同期安定。睡眠は要監視。エル、測定器がちょっと悩んだけど範囲内。以上!」
「わたし、プリンで回復見込みなんだ」
「そう書かれてた!」
「ほんとに?」
「私が書いた!」
「ロジーが書いたんだ!」
レトは頬をふくらませた。
ロジーは悪びれない。
「でも間違ってないでしょ?」
「せいかい!」
「ほら!」
エルが横から表を覗き込む。
「箱庭の娘たち、って書いてある」
「書いてあるね」
レトも見上げる。
分類欄に、そう表示されていた。
「箱庭の娘たちって、最初に誰が言ったんだっけ?」
ロジーが首を傾げる。
「監理局の資料?」
「もっと前からある呼び方だよ。閉じた宇宙で生まれた、人間じゃないけど人間のそばにいる女の子たち。そういう感じの、ちょっと詩的な分類名」
「詩的?」
「雑に言うと、きらきらした名前」
「きらきら」
レトは自分の髪飾りに触れた。
「わたし、箱庭の娘って言われるの、嫌じゃないよ」
「なんで?」
ロジーが聞く。
「だって、箱庭って、ここでしょ。硝子玉の宇宙。わたし、ここでお兄さんに会ったし、ロジーとエルにも会ったし、戦闘班にも入ったし、プリンも食べた」
「プリンも同列?」
「重要だよ」
レトは真剣だった。
「だから、ここの娘って言われるの、嫌じゃない」
ロジーは少しだけ黙った。
そして、すぐに笑った。
「レト、たまに良いこと言うよね!」
「たまに?」
「だいたいバカっぽい!」
「むー!」
レトが追いかけようとすると、ロジーは廊下を駆け出した。
「待って!」
「待たない! 記録者は常に先を行く!」
「ずるい!」
「ずるくない! 足の長さはレトの方が有利!だから私が先に走る!」
「すぐ追いつけるもん!」
二人の声が廊下に響く。
エルは後ろから、ふわふわと追った。
「走ると、怒られるよ」
「エルも浮いてる!早めに浮いてる!」
ロジーが振り返る。
「浮くのは走ってない」
「屁理屈!」
「へりくつ?」
エルは少し考えた。
その時、廊下の角から副長が現れた。
金髪の細身長身。薄い笑顔。片手には端末、もう片方の手には書類。歩いているだけで、周囲の職員が自然に道を空ける。
ロジーが急停止した。
レトも慌てて止まる。
エルはその二人の少し上で止まった。
「廊下は走らない、という規定があります」
副長は穏やかに言った。
「私は早歩き!」
ロジーが即答した。
「レトさんは?」
「追いかけ歩き……」
「新しい分類ですね」
「だめ?」
「だめです」
副長は笑顔のままだった。
レトはしゅんとしたが、すぐに顔を上げた。
「でも、ロジーが先に行ったから」
「レト、売った!」
「だってほんとだもん!」
「友情に亀裂!」
「やだ!亀裂入ってない!」
副長は二人を見下ろし、それからエルに視線を向けた。
「エルさんは?」
「あたしは浮いてた」
「廊下での低空浮遊も、速度が出ている場合は走行扱いになることがあります」
「そうなんだ」
「そうです」
「じゃあ、ゆっくり浮く」
「お願いします」
エルは素直に高度を少し下げた。
副長は端末に何かを入力する。
「検査は問題ありませんでしたか」
「プリンもらった!」
レトが答える。
「それは重要ですね」
「重要!」
「検査値の方は?」
ロジーがホログラムを出した。
「三人とも大きな異常なし! 私の睡眠は記録上問題なし!」
「実態は?」
「記録上問題なし!」
「なるほど。問題あり、と」
「副長、察知能力が高すぎる!」
副長は薄く笑った。
その横顔を見て、レトは少しだけ首を傾げた。
副長は、箱庭の娘たちという言葉を軽く扱わない。
からかう時はからかう。レトが扉にお願いしていたら笑うし、ロジーが記録をごまかせば即座に見抜くし、エルが未検査アイテムを持っていれば遠回しに回収する。
けれど、三人をまとめて呼ぶ時だけは、少し言葉を選ぶ。
人間でもなく、ただの子供でもなく、兵器でもなく、管理対象だけでもない。
監理局に所属する職員であり、保護対象であり、時に危険で、時に誰かを守る存在。
箱庭の娘たち。
その言葉には、便利な分類名以上のものが含まれている。
副長はそれを分かっている。
だからこそ、軽く笑いながらも、線を間違えない。
「レトさん」
「なに?」
「午後の訓練まで時間がありますね」
「ある!」
「では、走らずいい子で中庭へ向かってください。局長がそちらへ来る予定です」
「お兄さん来るの!?」
レトの表情が一気に変わった。
「はい。少しだけですが」
「中庭行く!」
「走らずに」
「走らない!」
レトは即答し、次の瞬間、限界まで早歩きで進み始めた。
ロジーが吹き出す。
「それ、走る一歩手前!」
「走ってないもん!」
「分類上は早歩き?」
「ロジー、副長はそれのこと詭弁って言う」
副長は肩を少し震わせた。
ただし、今回は声を漏らさなかった。
◆
中庭は、昼の光に満ちていた。
監理局の中に作られた人工の空間。硝子張りの天井の向こうには、擬似的な空が広がり、柔らかな光が芝生に落ちている。木々の葉は本物で、風は空調によって再現されている。
閉ざされた宇宙の中の、さらに閉ざされた庭。
箱庭の中の、小さな箱庭。
そこに、三人はよく集まる。
レトは芝生の上に座り、青いキューブの髪飾りを指で揺らした。ロジーは隣でホログラム表を広げ、今日の検査結果を勝手に見やすく加工している。エルは少し離れたところで、プリンの揺れを保存するための魔法アイテムを考えていた。
「エル、それ今作らないよね?」
ロジーが警戒する。
「考えてるだけ」
「ほんとに?」
「今は、考えてるだけ」
「今はって言った!」
レトは笑った。
「検査してもらってから作ろ」
「作る前だと、検査するものがない」
「たしかに!」
「ほら、バカっぽい!」
ロジーが笑う。
エルは小さく首を傾げた。
「じゃあ、作ってから検査」
「それが通常手順だけど、食堂で作るのはだめ!」
「中庭は?」
「中庭もだめ寄り!」
「だめ寄り」
エルは新しい言葉を覚えたように繰り返した。
レトは二人を見ながら、膝を抱えた。
ロジーとエル。
レトにとって、二人は同じ箱庭の娘だ。
けれど、家族という言葉にぴったり収まるわけでもない。姉妹と言うと少し違う。友達と言うと足りない。仲間と言うと仕事の匂いが強い。
ロジーは、騒がしい記録の塊だ。
近づいてきて、抱きついてきて、勝手に観測して、勝手に分類して、勝手に笑う。けれど、レトが困っている時には最初に気づくことが多い。気づいていないふりをすることもある。騒がしくして、深刻になりすぎないようにしてくれる。
エルは、遠くて近い。
隣にいるのに、時々どこか別のところを見ている。人間の当たり前が分からない顔をする。分からないまま、プリンを食べたり、ロジーの真似をしたり、レトの髪飾りをじっと眺めたりする。
レトは、二人のことを全部分かっているわけではない。
たぶん、二人もレトのことを全部は分かっていない。
それでも、一緒にいる。
三人で食堂へ行く。検査を受ける。中庭でだらだらする。時々怒られる。時々褒められる。時々、監理局の仕事をする。
それだけで、レトには十分大事だった。
「レト、何考えてるの?」
ロジーが覗き込んできた。
「ロジーとエルのこと」
「私たちのこと!? 何!? 褒める? 褒める流れ?」
「うん。ロジーは、うるさいけど、すぐ気づいてくれる」
「うるさいは余計!」
「エルは、ふわふわしてるけど、ちゃんと見てくれる」
「ふわふわ」
エルが自分の髪に触れた。
「褒めてる?」
「褒めてる!」
レトは力強く言った。
ロジーは少し考えてから、満足そうにうなずいた。
「よし、採用!」
「採用された」
「じゃあレトはね、すぐ顔に出る。すぐ走る。すぐプリンに行く。あと、物にお願いしてる時、本気すぎる」
「それは言わないで!」
「でも、ちゃんと戦える。ちゃんと守ろうとする。あと、見てると記録したくなる」
ロジーの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
レトは返事に困って、髪飾りに触れた。
エルが言う。
「レトは、光る」
「光る?」
「うん。魔力も。顔も。気持ちも、外に出る」
「気持ち、外に出てる?」
「出てる」
「そんなに?」
「からだ全部で出してる」
レトは両手で頬を押さえた。
「出すぎてる……」
「いいじゃん、分かりやすくて」
ロジーが笑う。
「私、分かりやすいの好きだよ。記録しやすいし」
「やっぱり記録なんだ」
「大事だから!」
その時、中庭の入り口が開いた。
ジェレミー・クリエットが姿を見せる。
黒を基調とした制服。静かな足取り。食堂や中庭に来ても、局長としての空気は薄れない。けれどレトは、それを怖いとは思わない。
「お兄さん!」
レトは立ち上がった。
「走らずに」
後ろから副長の声が飛んだ。
レトは一瞬止まり、早歩きでジェレミーのもとへ向かった。
「早歩きです!」
副長が後ろで笑いをこらえている。
ジェレミーはレトを見下ろした。
「検査は終わったか」
「終わった! プリンも食べた!」
「そうか」
「ロジーは寝てないかも」
「レト!?」
ロジーが叫ぶ。
ジェレミーの視線がロジーへ向く。
「ロジー」
「記録上は寝ました!」
「実態は」
「……ちょっと寝た」
「今日は早く休むように」
「はーい」
ロジーは不満そうに返事をしたが、強く反論はしなかった。
エルがふわりと近づく。
「ジェレミー、プリンの揺れを保存する道具、作っていい?」
「技術班の立ち会いのもとでなら」
「分かった」
「食堂では作らないように」
「分かった」
「何処にいても、単独では作らないように」
「分かった」
エルは素直にうなずいた。
副長がジェレミーの後ろで、端末に予定を追加する。
「技術班へ連絡しておきます」
「頼む」
「はい」
大人たちの会話は短い。
けれど、その短さの中に、三人への慣れと信頼があった。
レトはそれを見るのが好きだった。
監理局の人たちは、三人をただ珍しい存在として扱わない。危険があれば止める。必要なら検査する。仕事では責任を求める。けれど、プリンも用意してくれる。走ると叱る。疲れていれば気づく。ロジーのごまかしを見抜き、エルの思いつきを止め、レトの早歩きを見守る。
箱庭の娘たち。
その言葉は、閉ざされた宇宙で生まれた彼女たちを指す。
人間ではない始まりを持つ、魔力生命体。
幼い姿のまま、それぞれの速度で成熟していく存在。
出自も、魔力の性質も、抱えているものも違う。レトは硝子の彗星から来た。ロジーは記録に縛られ、記録に救われている。エルは、分類表の中に収まっているようで、いつも少し余白を残している。
それでも、監理局の中庭で並べば、三人はただ三人だった。
「お兄さん」
レトはジェレミーの袖を軽く引いた。
「今日、午後の訓練見に来る?」
「会議がある」
「そっか……」
「終わり次第、記録を見る」
「記録じゃなくて、直接がいいな…」
レトは小さく言った。
ジェレミーは少しだけ黙った。
副長が何も言わず、端末を確認する。
「局長、会議後に十五分なら空けられます」
「そうか」
ジェレミーはレトを見る。
「最後の十五分だけなら行ける」
レトの顔が一気に明るくなった。
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、最後すごいやつやる!」
「安全な範囲で」
「安全なすごいやつ!」
「その分類は不安ですね」
副長が言った。
ロジーがすぐに乗る。
「安全なすごいやつ、正式名称にしよう!」
「やめてください」
「もう訓練報告書の表題にした!!」
「だめです」
エルが淡々と言う。
「レトのすごいやつ、見たい」
「そうだよね!エルもだよね!!」
副長が額に手を当てた。
レトは笑いながら、青いキューブの髪飾りに触れた。
そこにある光は、彼女がどこから来たのかを教えてくれる。
でも、今どこにいるのかは、周りを見れば分かる。
ロジーが騒いでいる。
エルが浮いている。
お兄さんが見ている。
副長が呆れたふりをしている。
中庭の空は人工で、宇宙は硝子の壁に閉ざされている。
けれど、その内側で、今日も三人は生きている。
箱庭の娘たち。
そう呼ばれる彼女たちは、誰かの資料の中だけにいる存在ではない。
検査を受け、プリンを食べ、廊下を走りかけて叱られ、中庭で笑い、午後の訓練を楽しみにする。
閉じた宇宙の秩序を守る監理局で。
彼女たちは、それぞれ違う光を抱えたまま、同じ日常の中に並んでいた。




