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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第3話-副長は、レトがツボ

挿絵(By みてみん)


レトは、硝子の彗星から生まれた。

物に対して、人間とは感じ方が違う、見方が違う。

自分の生まれに近いもの、物から生まれた自分に感情があるように、物にも感情を見出だしてしまう癖がある。

物は物。返事をしたり喜んだりしないと分かっていても、本能で動いてしまうことがある。



監理局、昼休み前の廊下。


副長は端末を片手に、いつもの薄い笑みで巡回していた。


いつも通り、完璧な歩幅。

いつも通り、乱れない姿勢。

いつも通り、職員に会釈を返すだけで場の空気を整える男。


その角を曲がった瞬間だった。


「まって、まって……!」


レトがいた。


淡緑の髪を揺らしながら、廊下の真ん中でしゃがみ込み、両手でなにかを押さえている。


副長は足を止めた。


「レトさん。何を――」


言いかけて、見た。


レトの前には、丸い清掃用ブラシが一個。


ただの交換用ブラシだった。

床に落ちて、ころころ転がっていたらしい。


レトはそれを両手で包み込むようにして、真剣な顔で言った。


「逃げちゃだめ。お仕事にもどるんだよ」


副長の口元が、ぴくりと動いた。


職員が数名、廊下の端で立ち止まる。


誰も声を出さない。


副長が見ている。

副長がもう危ない。


レトはブラシを持ち上げた。


「きみは、たぶん、回るのが得意な子なんだよね。わたし知ってる。お掃除は、えらい」


副長が端末で口元を隠した。


「……っ」


肩が、ほんの少し震えた。


レトは気づかない。


「でもね、床の上で勝手に転がったら、みんな踏んじゃうかもしれないから。あぶないから。ここは、戻ろ?」


そう言って、ブラシを清掃ロボットの交換口に入れようとする。


入らない。


向きが逆だった。


「……あれ?」


レトは首を傾げる。


もう一回入れようとする。


入らない。


「えっ」


さらに真剣な顔になる。


副長が一歩、壁側に寄った。


端末で顔を隠す範囲が広くなった。


レトはブラシを見つめた。


「もしかして……いやなの?」


職員の一人が息を吸い込んで、すぐ口を押さえた。


副長はもう完全に横を向いていた。


レトは焦って、ブラシを胸元に抱え込む。


「ご、ごめんね! いきなり戻そうとして! でもね、きみのおうちはここで……ここじゃないと、くるくるできないと思うの!」


副長の肩が大きく震えた。


「ふ……」


小さく漏れた。


レトの耳がぴくっと反応する。


「副長?」


副長は即座に姿勢を戻した。


「はい。問題ありません」


声が少し震えていた。


レトはぱっと立ち上がる。


「よかった! あのね、副長、これ入らないの。反抗期かもしれない」


「……反抗期」


副長が復唱した。


終わった。


廊下に、沈黙が落ちる。


副長は目を閉じた。

端末を下げた。

そして、いつもの笑みを保ったまま、肩だけを震わせた。


「く……っ」


「副長!?」


レトが慌てて駆け寄る。


「だいじょうぶ!? どこか痛い!? ブラシにやられた!?」


「いえ……違います……」


副長は片手で口元を押さえる。


「少々、呼吸が……」


「呼吸が!?」


レトは青ざめた。


「だめだよ! 呼吸は大事だよ! お兄さんも言ってた! 呼吸できないとたいへんって!」


「局長は正しいですね……」


「副長、座って! わたしが守るから!」


レトは副長の前に立ち、清掃ロボットに向かって硝子の短剣をふわっと数本展開した。


職員たちが一斉に目を逸らす。


副長は、そこで限界だった。


「ふ、く……っ、は……」


声を殺して笑う。

笑いすぎて、目尻に涙まで浮かんでいる。


レトはそれを見て、完全に誤解した。


「泣いてる……!」


副長は壁に手をついた。


「違……いえ、違いますので……」


「違わないよ! 涙でてるもん!」


レトは泣きそうな顔で副長の袖をつかむ。


「だいじょうぶだよ、副長。ブラシはわたしが説得するから。副長は負けてないよ」


「負け……」


副長はうつむいた。


もう声が出ない。


レトはますます必死になる。


「副長はすごいんだよ! いつもにこにこしてて、なんでもできて、えらくて、かっこよくて、みんなを見てて、ブラシにだって負けない!」


「ブラシにだって……」


副長はとうとう片手で顔を覆った。


廊下の端で、職員が一人、壁に額をつけて震えている。


レトは涙目で振り返った。


「みんなも笑わないで! 副長が泣いてるんだよ!」


その言葉で、廊下の空気が完全に崩壊した。


何人かが咳払いでごまかす。

何人かが資料を抱えて退避する。

一人は「確認事項を思い出しました」と言って不自然な速さで去った。


副長はようやく息を整えた。


「レトさん」


「うん!」


「ブラシは、逆向きです」


「……え」


副長は、震える指でブラシを受け取る。


向きを変える。


交換口に差し込む。


かちり。


入った。


レトは、目をまんまるにした。


「……副長、すごい」


「いえ。構造上の問題です」


「副長、ブラシ語わかるの?」


副長は固まった。


数秒。


そのあと、また肩が震え始めた。


「……わかりません」


「でもいま、すぐわかったよ?」


「観察です」


「観察でブラシの気持ちが……」


「違います」


「すごい……副長、やっぱりすごい……」


レトは尊敬のまなざしで見上げてくる。


副長はその視線を受け止めたまま、必死に平静を保った。


保ったが、無理だった。


「……レトさん」


「なあに?」


「本日の巡回は、ここまでにします」


「まだ途中だよ?」


「ええ。ですが、私の腹筋が限界です」


「腹筋もやられたの!?」


副長は壁を向いた。


レトは副長の背中にぴったりくっついて、真剣に言う。


「副長、医療班いこ。ブラシ、強かったね……」


副長は、声を殺して笑いながら頷いた。


「ええ……大変、手強い相手でした」


その日から、職員たちの間で密かに語られるようになった。


副長は、レトの失敗で笑うのではない。


レトが真剣に世界と向き合っている姿勢が、あまりにもまっすぐで、あまりにもかわいくて、あまりにも予測不能なので、耐えられなくなるのだ。


そして翌日。


副長の机には、レトから小さな硝子細工が置かれていた。


清掃ブラシの形をした、きらきらの硝子細工。


添えられたメモには、丸い字でこう書いてある。


『副長のおなかがつよくなりますように』


副長はそれを見て、朝一番に執務室を出た。


廊下の角まで歩き、誰もいないことを確認し、壁に手をついて。


「……っ、ふ……」


また、しばらく戻ってこなかった。




2.レト、泣いちゃった


副長、笑いすぎて泣いてる


惑星監理局では、レトが物に負けることがある。


それ自体は、もう珍しくない。


職員たちも慣れている。


泣きそうになったら生活班がそっと布巾を差し出し、技術班が安全確認をし、調査班が記録の是非について悩み、情報班はだいたいもう知っている。


そして、遠巻きに副長がいる。


それも、珍しくない。


だがその日は、少し違った。


レトは泣いた。


副長も泣いていた。


ただし、理由が違った。



---


相手は、保管庫の緩衝材だった。


ぷちぷちである。


正式名称は気泡緩衝材。


梱包物を衝撃から守るための透明なシート。


危険性、なし。


魔力反応、なし。


自我、なし。


敵意、当然なし。


しかしレトは、それを前にして完全に追い詰められていた。


「……なんで」


レトは床に座り込んでいた。


淡緑の髪が少し乱れ、ワンサイドテールがしょんぼり揺れている。


目の前には、丸められたぷちぷちの大きな束。


さっきまで備品整理の手伝いをしていたレトは、梱包用の緩衝材を棚に戻そうとしていた。


ただ、それだけだった。


本当に、それだけだった。


なのに。


ぷち。


「ひっ」


レトが触れるたびに、ぷちぷちが鳴った。


ぷち。


「やめて」


ぷちぷち。


「やめてって言ってるのに」


ぷち。


「なんで返事みたいに鳴るの……」


近くにいた生活班職員が、顔を覆った。


技術班職員が、深く息を吸った。


調査班職員が、記録端末を出しかけて、倫理で止めた。


廊下の角には、副長がいた。


もちろん、いた。



---


レトはぷちぷちを両手で持とうとした。


ぷちぷちぷち。


「うわあっ!」


びくっと手を離す。


ぷち。


床に落ちた拍子に、また鳴った。


「落ちても鳴る……」


レトの声が震えた。


「わたし、なにもしてないのに……」


生活班職員が小声で言う。


「しています」


技術班職員が小声で返す。


「触っています」


「でも本人の中では、なにもしてない判定です」


「厳しいですね」


レトは震える手で、もう一度ぷちぷちに触れた。


ぷち。


「……っ」


涙が、目に溜まった。


「なんでそんなに鳴くの……」


ぷちぷちに対して、敬称はつけない。


でも、完全に相手として見ている。


本気で、困っている。


本気で、話しかけている。


だから職員たちは笑わない。


笑ってはいけない。


笑ってはいけないのだが。


廊下の角で、副長の肩が震えていた。



---


「副長」


技術班職員が、非常に小さい声で呼んだ。


副長は片手を上げた。


大丈夫です、という合図だった。


大丈夫ではなかった。


肩が震えている。


口元を押さえている。


視線は逸らしているのに、耳が赤い。


生活班職員が小声で言った。


「副長、まずいです」


調査班職員が言った。


「かなり入ってます」


「ツボです」


「完全にツボです」


副長は声を殺していた。


いつものうっすら笑顔ではない。


完全に耐えている。


大人の尊厳を総動員して、耐えている。


だがレトが、ぷちぷちに向かって涙目で言った。


「あなた、そんなに小さい声でいっぱい怒らなくてもいいでしょ……」


副長が崩れた。


「……っ」


声は出さなかった。


出さなかったが、肩が大きく跳ねた。


職員たちは一斉に副長を見た。


副長は廊下の壁に片手をつき、もう片方の手で口元を覆っていた。


完全に笑っていた。


声を殺して。


息を殺して。


それでも止まらない。


目元に涙まで浮かんでいた。



---


レトは、まだ気付いていない。


ぷちぷちとの戦いに集中していた。


「わたし、棚に戻したいだけなの」


ぷち。


「戻してほしくないの?」


ぷちぷち。


「そんなにいやなの……?」


ぷち。


「でも、ここにいたら踏まれちゃうよ」


ぷちぷち。


「わたし、助けようとしてるのに……!」


レトの涙がぽろっと落ちた。


生活班職員が動こうとした。


だが、その前に副長が一歩踏み出そうとした。


そして、止まった。


肩がまた震えた。


「……っ、ふ」


小さく漏れた。


職員たちの空気が凍った。


いま、笑い声が漏れた。


まずい。


レトが振り向いた。


「……副長さん?」


副長は顔を逸らしていた。


口元を押さえ、目に涙を浮かべ、肩を震わせている。


レトは固まった。


そして、表情が変わった。


「副長さん……泣いてるの?」


職員たちは、全員が同じ顔になった。


違う。


違うが。


言えない。


副長本人も、言えない。


笑いを堪えるのに必死で、訂正が間に合わない。



---


レトはぷちぷちを置いた。


ぷち。


「ひっ」


一瞬びくっとしたが、それどころではない。


レトは涙目のまま立ち上がり、副長のところへ駆け寄った。


「副長さん、大丈夫?」


副長は壁に手をついたまま、震えている。


「……はい、問題、ありません」


声が震えていた。


完全に笑いを噛み殺している声だった。


だがレトには、泣くのを我慢している声に聞こえた。


「問題あるよ!」


レトは自分も泣きながら、副長の袖をぎゅっと掴んだ。


「泣いてるもん!」


副長は目元を押さえた。


涙が一筋、指の隙間から落ちた。


笑い涙である。


レトはそれを見て、ますます泣いた。


「副長さん、泣かないで……!」


職員たちが、限界に近づいた。


生活班職員が口元を押さえた。


技術班職員が天井を見た。


調査班職員が記録端末をしまった。


これは残してはいけない。


残したら、たぶん監理局の何かが終わる。



---


レトは必死だった。


自分も泣いている。


ぷちぷちには敗北した。


何も解決していない。


だが副長が泣いている。


レトの中で、優先順位が完全に入れ替わった。


「副長さんは悪くないよ!」


副長の肩が、さらに震えた。


「……はい」


「ぷちぷちがいっぱい鳴いたの、びっくりするもんね!」


副長が片膝をつきそうになった。


「……そう、ですね」


「わたしも怖かったけど、副長さんも怖かったんだね……!」


職員たちは、もう誰も副長を見られなかった。


副長は震えていた。


声を殺しすぎて、もはや呼吸が危うい。


レトは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、副長の手を両手で握った。


「だいじょうぶ。わたし、いるから」


副長が目を閉じた。


完全に、とどめだった。


「……っ」


笑いを飲み込んだ結果、喉の奥で変な音がした。


レトはびくっとした。


「苦しいの!?」


「いえ」


「無理しないで!」


「無理は、していません」


「してるよ!」


していた。


笑いを無理やり押し殺していた。



---


レトは副長の前で、ぐしぐしと目をこすった。


「副長さん、聞いて」


「はい」


「わたしもね、負けたの」


「……はい」


「ぷちぷちに」


「はい」


副長の肩が跳ねた。


「でもね」


レトは泣きながら、真剣に言った。


「負けても、次があるよ」


副長は口元を押さえたまま、うなずいた。


「……はい」


「今日できなくても、明日できるかもしれないよ」


「はい」


「ぷちぷちはいっぱい鳴くけど、きっと悪い子じゃないよ」


副長は壁に額をつけかけた。


「……そうですね」


「だから、副長さんも泣かないで」


「はい」


「わたしと一緒に、ぷちぷちに勝とう?」


副長は、ついにしゃがみ込んだ。


片手で顔を覆っている。


肩が震えている。


涙が落ちている。


完全に笑いすぎである。


レトはそれを見て、さらに心配した。


「そんなに怖かったんだ……!」


職員たちは心の中で叫んだ。


違う。


違う。


でももう、誰にも止められない。



---


やがて副長は、数秒かけて呼吸を整えた。


さすが副長だった。


一度崩れても、復帰が早い。


ただし、目元はまだ少し赤い。


「レトさん」


「うん……」


「ありがとうございます。あなたの励ましで、落ち着きました」


レトはまだ鼻をすすっている。


「ほんと?」


「はい」


嘘ではない。


別の意味で落ち着いた。


副長はハンカチを取り出し、レトの涙をそっと拭いた。


「ですが、ひとつ訂正します」


「なに?」


「私は、怖くて泣いていたわけではありません」


レトはきょとんとした。


「じゃあ、悲しかったの?」


副長は一拍置いた。


職員たちが息を止めた。


ここで正直に言うのか。


言うな。


言わないでくれ。


副長は穏やかに微笑んだ。


「少し、感情が動きすぎました」


職員たちは心の中で拍手した。


うまい。


嘘ではない。


だいぶ感情は動いていた。


主に笑いで。


レトは納得したように頷いた。


「そっか……副長さんも、感情がいっぱいになるんだね」


「はい。私も人間ですので」


「人間って大変だね」


「ええ。なかなか」



---


副長はぷちぷちの前まで歩いた。


レトも袖を掴んだままついてくる。


まだ少し不安そうだった。


副長は緩衝材を手に取る。


ぷち。


レトがびくっとする。


副長の肩も、ほんの少し震えた。


職員たちが緊張した。


二回戦か。


副長は踏みとどまった。


「レトさん。これは、力が加わると中の空気が弾けて音が鳴る構造です」


「怒ってるんじゃない?」


「怒っていません」


「返事じゃない?」


「返事ではありません」


「泣いてるんじゃない?」


「泣いていません」


「でもいっぱい鳴くよ」


「そういう作りです」


レトはぷちぷちをじっと見た。


「そういう作り……」


「はい。ですから、怖がらなくて大丈夫です」


「じゃあ、棚に戻してもいい?」


「戻して大丈夫です」


「鳴いても?」


「鳴っても、問題ありません」


レトは恐る恐るぷちぷちを持った。


ぷち。


「……」


ぷちぷち。


「……怒ってない」


「はい」


ぷち。


「返事じゃない」


「はい」


ぷちぷちぷち。


「そういう作り……!」


副長が頷いた。


「その通りです」


レトの顔が少し明るくなった。


「わたし、わかった!」


職員たちがほっとした。


ようやく終わる。


そう思った瞬間。


レトはぷちぷちを抱えたまま、満面の笑みで言った。


「副長さんも、もう怖くない?」


副長の肩がまた震えた。


職員たちは、全員が目を閉じた。


終わらない。



---


副長は必死に答えた。


「はい。怖くありません」


「ほんと?」


「はい」


「じゃあ一緒に戻そ!」


「承知しました」


二人でぷちぷちを棚へ戻す。


ぷち。


ぷちぷち。


ぷち。


レトは少しびくびくしながらも、逃げなかった。


副長は隣で支えている。


ただし、ぷちぷちが鳴るたびに、目元がわずかに細くなる。


職員たちは見ていた。


副長がまだ耐えているのを。


そしてレトが、それを励ましだと思っているのを。


「副長さん、だいじょうぶだよ」


ぷち。


「うん、こわくないよ」


ぷちぷち。


「わたしもいるからね」


副長は低い声で言った。


「……ありがとうございます」


「泣きそうになったら言ってね」


「はい」


「ぎゅってするから」


副長が一瞬、天井を見た。


「それは、局長の許可をいただいてからにしましょう」


「お兄さん、だめって言うかな」


「場合によります」


「副長さんが泣いてたら、いいって言うと思う!」


職員たちは思った。


言わない。


たぶん言わない。


いや、レトが泣きながら頼んだら、最終的には許すかもしれない。



---


棚にぷちぷちを戻し終えると、レトは大きく息を吐いた。


「勝った……?」


副長は少しだけ考えた。


「今回は、引き分けからの共同解決です」


レトは目を丸くした。


「共同解決」


「はい」


「副長さんと?」


「はい」


レトはぱあっと笑った。


涙の跡が残った顔で、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、いい負けだったね!」


副長は穏やかに頷いた。


「ええ。良い経験でした」


職員たちは思った。


副長にとっても。


かなり良い経験だったのだろう。


主に腹筋に。



---


その後、局長室。


ジェレミーは副長の報告を聞いていた。


「レトがぷちぷちに泣かされた」


「はい」


「その表現はどうなんだ」


「本人の認識に近いかと」


「……それで」


ジェレミーは副長の目元を見た。


「なぜ君の目も赤い」


副長はいつもの笑みを浮かべた。


「感情が動きすぎました」


ジェレミーの目が細くなった。


「笑ったのか」


副長は沈黙した。


「副長」


「……声は殺しました」


「笑ったのか」


「結果として、涙が出ました」


「笑ったのだな」


「はい」


ジェレミーは深く息を吐いた。


「レトは?」


「私が泣いていると思い、泣きながら励ましてくださいました」


ジェレミーは額に手を当てた。


かなり長く、沈黙した。


「……それで君は」


「さらに笑いそうになりました」


「最低だな」


「否定できません」


そのとき、扉が少しだけ開いた。


レトが顔を出した。


目元はまだ少し赤い。


「お兄さん……」


ジェレミーの表情がすぐにやわらぐ。


「どうした」


レトは副長をちらっと見た。


そして、小さな声で言った。


「副長さん、今日はいっぱい怖かったね、また泣きそうになったら、わたしが守るからね」


副長は震えながら天井を凝視した。



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