第39話-名探偵ロジーちゃん
エルが変なところで爆睡してた事件
―名探偵ロジーちゃんと廊下の白線―
惑星監理局、中央廊下。
昼休み明けの、職員の行き来が少し落ち着いた時間帯。
その床の真ん中に、エルが落ちていた。
倒れていた、ではない。
落ちていた。
白髪の毛先をふわっとピンクに染めた小さな身体が、廊下のど真ん中で横向きになっている。
片腕は前に伸び、もう片方の腕は頬の下。
足は片方だけちょっと曲がっていて、靴先が壁の方を向いている。
そして、口元にはごく薄い寝息。
「すぅ……」
完全に爆睡である。
職員が三人、廊下の端で立ち止まった。
「……エルさん?」
「寝てますね」
「なぜここで?」
誰も分からない。
ただ、エルの周囲には、いくつかの魔法アイテムが転がっていた。
小さな銀色の鈴。
鳥の形をした硝子細工。
押すとたぶん何かが起きる赤いボタン。
そして、なぜか湯気の出ている小さな枕。
どれもこれも、エルが気まぐれに作ったものだ。
触っていいものではない。
起こしていいのかも分からない。
職員たちは、少し離れた位置から見守るしかなかった。
そこへ。
「事件だああああああああああああああああああああ!」
ロジーが走ってきた。
頭上のデバイスがくるくる回り、ピンクのツインおさげが跳ねる。
手には、白いチョーク。
なぜ持っているのかは、誰も聞かなかった。
聞いたら負けだと思ったからだ。
ロジーはエルの前で急停止した。
床に膝をつく。
両手を広げる。
そして、声を震わせた。
「被害者はエル……! 現場は監理局中央廊下……! 周囲には謎の魔法アイテム……! これは……!」
職員が小声で言う。
「寝てるだけでは?」
ロジーは振り返った。
目が本気だった。
「違う!」
「違うんですか」
「寝てるだけに見える事件こそ、名探偵ロジーちゃんの出番なの!」
そう宣言すると、ロジーはチョークを床に当てた。
きゅっ。
エルの頭の周りに線を引く。
きゅきゅっ。
肩、腕、背中、足。
ぴったり身体の輪郭に沿って、白い線が描かれていく。
「ちょ、ロジーさん、それ何を」
「現場保存!」
「それは本当に保存ですか?」
「記録だよ!」
ロジーは真剣だった。
あまりにも真剣だった。
だから職員たちは止めるタイミングを失った。
白いチョークの線は、エルの小さな身体をぐるりと囲った。
まるで殺人事件の現場検証みたいに。
ただし、囲われている本人は気持ちよさそうに寝ている。
「すぅ……ん……」
エルが少しだけ寝返りを打とうとした。
ロジーが悲鳴を上げた。
「現場が動いた!」
「寝返りです」
「被害者が証拠隠滅してる!」
「被害者本人ですよ」
ロジーは慌てて、ずれた髪の位置まで追加でチョークを引いた。
さらに、周囲に転がっている魔法アイテムにも一つずつ白線を引く。
鳥の硝子細工の周り。
鈴の周り。
赤いボタンの周り。
湯気の出る枕の周り。
最後に、なぜかエルのほっぺたの横に落ちていた小さな飴玉の包み紙まで囲った。
「これは重要証拠!」
「たぶんおやつの残骸です」
「動機につながるかもしれない!」
「何の動機ですか?」
ロジーはすっと立ち上がった。
チョークの粉で指先が白くなっている。
「この事件の真相は、必ず私が暴く!」
廊下の向こうから、レトがやってきた。
「あれ? ロジー、なにしてるの?」
そして床を見た。
白線に囲まれたエル。
白線に囲まれた魔法アイテム。
チョークを握るロジー。
遠巻きに見守る職員。
レトの顔が、ぱあっと輝いた。
「事件!?」
「そう!」
「エル、しんじゃったの!?」
「寝てる!」
「よかった!」
レトは安心した顔で胸を撫で下ろし、それから急に真剣な顔になった。
「じゃあ、わたしも捜査する!」
「助手のレト君、採用!」
「やったぁ!」
職員の一人が小さく言った。
「増えた……」
ロジーは床にしゃがみ、エルの寝顔をじっと見つめた。
「まず第一の謎。なぜエルは廊下の真ん中で寝ているのか」
レトが手を挙げる。
「自由だから!」
「有力!」
「有力なんですか」
「次。なぜ魔法アイテムが周りに散らばっているのか」
レトがまた手を挙げる。
「持ってたから!」
「かなり有力!」
「安直すぎます」
ロジーはデバイスを指で弾いた。
ピコン、と小さく音が鳴る。
本当は、記録を見れば分かる。
エルが廊下を歩きながら、魔法アイテムの動作確認をしていたこと。
途中で湯気の出る枕を抱えて、「あ、これ、ねむくなるやつだ」と言ったこと。
その三秒後に、すとんと床に座り、そのまま横になったこと。
鳥の硝子細工が「建前! 建前!」と鳴き、鈴が小さく鳴って、赤いボタンは何も起こさなかったこと。
全部、ロジーには分かっていた。
でも。
それを言ったら、名探偵ごっこが終わってしまう。
ロジーは胸を張った。
「まだ分からない!」
「ロジー、かっこいい!」
「えへへ!」
その時、エルが薄く目を開けた。
「あれ」
ロジーとレトが固まる。
エルはぼんやりと天井を見て、それから自分の周りの白線を見た。
魔法アイテムの白線も見た。
ロジーのチョークも見た。
少しだけ沈黙。
「……あたし、事件になってる?」
ロジーは力強く頷いた。
「そう! エルは被害者!」
「そっか」
エルは納得した。
納得してしまった。
そして、白線から出ないように、もぞもぞと身体を丸め直した。
「じゃあ、まだ死んでるね」
「協力的な被害者!」
レトが感動して拍手した。
「エルえらい!」
職員たちはもう、どうしていいか分からなかった。
その頃、廊下の奥からジェレミーが歩いてきた。
足音は静かだった。
だが、そこにいた全員が背筋を伸ばした。
ロジーはチョークを背中に隠した。
レトは白線の中のエルを指差した。
「お兄さん! 事件!」
ジェレミーは床を見た。
エル。
白線。
魔法アイテム。
チョーク。
ロジー。
レト。
そして、少しだけ間を置いた。
「……ロジー」
「はい」
「廊下に落書きをするな」
「現場保存です」
「落書きだ」
「はい……」
ロジーの肩がしゅんと落ちる。
すると、白線の中からエルが手を挙げた。
「あたしは被害者」
ジェレミーはエルを見る。
「君は寝ていただけだ」
「でも、事件になった」
「それはロジーのせいだ」
「そっか」
エルはまた納得した。
ロジーが小声で言う。
「じゃあ、犯人は私……?」
レトが息を呑んだ。
「名探偵が犯人だったの!?」
ロジーは両手で頬を押さえた。
「叙述トリック……!」
ジェレミーは無表情のまま言った。
「清掃用具を持ってきなさい」
「はい」
「レトも手伝いなさい」
「はぁい!」
「エルは起きなさい」
「まだ被害者」
「起きなさい」
「はぁい」
エルは白線を踏まないように、そっと起き上がった。
その動きがあまりにも丁寧だったので、ロジーがまた感動した。
「見て! エルは現場を荒らさない!」
「えらい!」
「はやく清掃をしろ」
ジェレミーの一言で、名探偵ロジーちゃんの事件は終了した。
ただし、その日の夕方。
情報班の共有フォルダに、なぜか一枚の写真が保存された。
白線に囲まれて眠るエル。
白線に囲まれた魔法アイテム。
チョークを持って満面の笑みのロジー。
横で真剣に敬礼しているレト。
ファイル名は、
『エルの変なところで爆睡事件・現場写真』
だった。
翌日。
副長がそれを見つけて、しばらく肩を震わせた。
そして、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……バカすぎますって」




