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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第35話-かわいいわたし

戦闘が終わったとき。


レトは立っていた。


立っていた、というだけだった。


右目は潰れている。 顔の右半分は裂け、血で濡れていた。 頬から耳元まで走る深い裂傷は、あと少し角度が違えば首まで達していただろう。


それでもレトは立っていた。


「避難完了っ……!」


震える声でそう言って。


「全員無事っ!」


そしてその場で座り込んだ。


もう敵はいない。


守るべき人もいない。


だから、痛かった。


「いたいぃぃぃぃ……」


ぽろぽろと涙が落ちる。


「いたいよぉ……」


戦闘中は止まらなかった。


いつもそうだ。


痛くないわけじゃない。 怖くないわけじゃない。


ただ、誰かが危ないなら後回しになるだけ。


だから終わった途端に泣く。


医療班が駆け寄る。


「レト!」


「うぅ……いたい……」


「わかってる、わかってるから」


「わたし、ちゃんと守れた……?」


「守れた」


「えらい……?」


「えらい」


「ほんと……?」


「本当に」


その言葉を聞いて。


レトは少しだけ笑った。


それから。


ぽつりと。


「……あ」


医療班が嫌な予感を覚える。


レトは左手で顔を触った。


ぐちゃり。


血に濡れた指先。


そして。


唯一無事な左目で。


自分の右側を見ようとした。


見えない。


当然だ。


右目は潰れている。


「……」


静かになる。


「レト?」


「……」


「どうした?」


「……わたし」


声が震えた。


「顔、どうなってる?」


誰も答えなかった。


答えられなかった。


レトはかわいいことを大切にしている。


誰よりも。


本人が。


それを知っているから。


「ねえ」


「……」


「顔、どうなってるの」


医療班は言葉を探した。


だが。


レトは察した。


そして。


ぽろりと。


涙が落ちた。


「やだ」


もう一粒。


「やだ」


さらに一粒。


「やだぁ……」


戦闘の痛みとは別の涙だった。


「かわいくなくなっちゃう……」


誰も何も言えない。


「やだよぉ……」


震える声。


「勲章なのはわかるもん……」


「……」


「みんな守った証なのもわかるもん……」


ぐすっ。


「でもぉ……」


レトは顔を覆った。


「お兄さんとデートなのにぃ……」


医療班が固まる。


ああ。


そっちか。


「三日後なのにぃ……」


「……」


「楽しみにしてたのにぃ……」


「……」


「かわいい服も決めてたのにぃ……」


涙が止まらない。


「かわいいって言ってもらう予定だったのにぃ……」


その場にいた全員が思った。


ああ。


本当に。


この子は。


普通に女の子なんだな、と。


翌日。


病室。


右目は包帯。


顔の半分も包帯。


レトは鏡を見ていた。


無言。


じーっ。


無言。


じーっ。


また無言。


「……」


「レト?」


「……」


「何してるんだ?」


「かわいさ確認」


「結果は?」


少し考える。


そして。


「七十二点」


「高くないか?」


「高くないよ!」


即答だった。


「百点じゃない!」


「そりゃ今は怪我してるからな」


「そう!」


ぷんすか怒る。


「怪我してるから!」


「そうだな」


「かわいさ減ってる!」


「減ってないと思うが」


「減ってるもん!」


レトは真剣だった。


本当に真剣だった。


「だって右目ないし!」


「治る」


「今ないもん!」


「治る」


「今なの!」


医療班が吹き出しそうになる。


レトはむぅーっと頬を膨らませた。


「三日後なのに……」


またその話だった。


そして二日後。


レトはかなり落ち込んでいた。


再生は始まっている。


だが間に合わない。


目はまだ見えない。


傷も残っている。


包帯も外せない。


デート前夜。


局長室。


「お兄さん」


「なんだ」


「もし」


レトは俯いた。


「もし、わたしがかわいくなくなってたらどうする?」


ジェレミーは書類から顔を上げた。


そして。


数秒。


沈黙した。


「レト」


「うん」


「君は私が何を見ていると思っているんだ」


レトは瞬きをした。


「顔?」


「違う」


即答だった。


「顔も見るが、それだけじゃない」


「……」


「君は君だろう」


レトは黙る。


「誰かを守るために泣きながら前に出る」


「……」


「痛いと泣く」


「うん」


「褒められたがる」


「うん」


「私をお兄さんと呼ぶ」


「うん」


「かわいい確認をする」


「うん」


「君はずっと君だ」


レトの左目が揺れた。


「傷があろうと」


「……」


「包帯だろうと」


「……」


「目が見えていなかろうと」


「……」


「何も変わらない」


静かな声だった。


「それに」


少しだけ口元が緩む。


本当に少しだけ。


「私は君がかわいいと思っている」


レトが固まる。


「今も」


さらに固まる。


「明日も」


完全停止。


「治った後も」


数秒後。


顔を真っ赤にしたレトが机に突っ伏した。


「~~~~~~っ!!」


「どうした」


「ずるい!」


「何がだ」


「お兄さんずるい!」


涙目だった。


でも。


今度は泣いていなかった。


そして三日後。


包帯姿のまま。


片目のまま。


まだ傷の残る顔のまま。


レトは町へ出かけた。


最初は少しだけ俯いていた。


けれど。


手を繋いで歩きながら。


ふと思う。


守れた。


みんなで戦った。


ちゃんと生きている。


お兄さんも隣にいる。


傷は嫌だ。


痛いし。


怖いし。


かわいい顔だって傷つけたくない。


それでも。


レトはそっと包帯に触れた。


そして小さく笑う。


「お兄さん」


「なんだ」


「治ったらもっとかわいくなるからね!」


「そうか」


「楽しみにしてて!」


「わかった」


その返事だけで。


レトは満面の笑みになった。


包帯だらけでも。


片目でも。


その笑顔だけは。


いつも通り、とてもかわいかった。



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