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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第34話-人間みたい?

「普通の人間みたいだな」



監理局会議棟。


共同案件の打ち合わせが終わった直後だった。


外部組織の幹部数名が帰路につくため、ロビーを歩いている。


対応した監理局職員たちも見送りに出ていた。


その途中。


中庭の方から賑やかな声が聞こえてきた。


「ロジー、それわたしのプリン!」


「名前書いてないじゃん!」


「書いてたもん!」


「"レトの"って紙が落ちてただけ!」


「それは書いてたって言うんだよ!」


「言わない!」


ロジーが全力で逃げる。


レトが全力で追う。


その速度が人間離れしていることを除けば。


ただの子供の追いかけっこだった。


ベンチにはエル。


膝の上にクッション。


その上に猫。


さらにその上に監理局職員が差し入れたらしいクッキー缶。


意味不明な積載状態でのんびりしている。


「エル!ロジー捕まえて!」


「んー?」


エルは顔だけ上げた。


「プリンなら食堂にまだあるよ」


「そういう問題じゃない!」


「そうなんだ」


職員たちは笑っている。


誰も止めない。


ロジーも本気では逃げていない。


レトも本気で怒っていない。


平和そのものだった。


その様子を見て。


外部組織の幹部がぽつりと呟いた。


「……普通の人間みたいだな」


その場の空気が。


ほんの少しだけ変わった。


職員たちは反応しなかった。


だが何人かが一瞬だけ視線を向ける。


幹部本人は悪意で言ったわけではない。


むしろ好意的な感想だった。


最初に資料を読んだ時は。


箱庭の娘たちという存在に対して。


もっと恐ろしく。


もっと異質なものを想像していた。


だが実際に会ってみれば。


笑い。


遊び。


喧嘩して。


甘いものを取り合う。


そんな少女たちだった。


だから自然に出た言葉だった。


「普通の人間みたいだな」


その言葉を。


レトが聞いた。


追いかける足が止まる。


ロジーも振り返る。


エルも猫を抱えたまま視線を向けた。


一瞬。


幹部はしまったと思った。


失言だったかもしれない。


そう考えた。


人外に向かって。


人間みたいと言うのは。


失礼かもしれない。


だが。


レトは。


少しだけ目を丸くした後。


嬉しそうに笑った。


「ほんと?」


あまりにも素直な反応だった。


「え?」


「ほんとに?」


「そう見える?」


レトはぱたぱた近寄ってくる。


完全に嬉しそうだった。


「え、ああ……」


「そうだな」


「普通の女の子に見えた」


レトの顔が明るくなる。


本当に。


心の底から。


「やった!」


振り返る。


「ロジー!」


「エル!」


「普通の人間みたいだって!」


ロジーも目をぱちぱちさせた。


そして笑う。


「へぇー!」


「それは結構うれしいかも!」


エルも少しだけ考えて。


ふわりと微笑んだ。


「そっか」


「じゃあ、あたしたち上手くやれてるんだ」


幹部は戸惑った。


反応が予想と違う。


「……嫌じゃないのか?」


レトが首を傾げる。


「なんで?」


本気で分かっていない顔だった。


「だって」


幹部は言葉を探した。


「君たちは人間じゃないだろう?」


「だから……」


そこで。


近くにいた監理局職員が苦笑した。


「それ、うちでも最初は気を遣ってたんですよ」


別の職員も頷く。


「絶対言っちゃ駄目なやつだと思ってました」


「人間みたいって、人外を傷つける言葉かもしれないって」


レトはきょとんとしている。


ロジーも同じ顔。


エルも不思議そうだ。


三人とも本当に理解していない。


レトが言った。


「でも」


「人間ってすごいじゃん」


当たり前のように。


「みんな優しいし」


「お兄さんも人間だし」


「監理局のみんなも人間だし」


少し考えて。


照れたように笑う。


「だから」


「人間みたいって言われるの、わたし好きだよ」


ロジーも頷く。


「私もー」


「だって褒め言葉でしょ?」


エルは猫を撫でながら言った。


「うん」


「人間になるのは無理だけど」


「人間みたいって言われるのは、なんだか嬉しい」


静かになる。


幹部は言葉を失った。


彼は知っている。


レトが人間ではないことを。


ロジーが人間ではないことを。


エルが、人間という尺度では測れない存在であることを。


知識として知っている。


資料にも書いてある。


報告書にも書いてある。


だが。


今。


目の前にいる三人は。


誰よりも真っ直ぐに。


人間という存在を好きだと言った。


その時。


近くで見ていたベテラン職員が小さく笑った。


「だからうちは言うんですよ」


幹部が振り返る。


職員は三人を見ながら。


少し誇らしそうに言った。


「普通の人間みたいだな、って」


レトが嬉しそうに笑う。


ロジーも笑う。


エルも穏やかに笑う。


その光景を見て。


外部組織の幹部はようやく理解した。


それは。


彼女たちを人間扱いしていない言葉ではない。


彼女たちが好きなものに。


少しだけ近づけたことを伝える言葉だった。


中庭ではまた騒ぎが再開する。


「ロジー!プリン返して!」


「食べた!」


「えっ!?」


「嘘!」


「毒ロジー!!」


「新種!?」


レトが追いかける。


ロジーが逃げる。


エルが笑う。


職員たちも笑う。


そして幹部も。


気付けば同じように笑っていた。



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