第34話-人間みたい?
「普通の人間みたいだな」
◆
監理局会議棟。
共同案件の打ち合わせが終わった直後だった。
外部組織の幹部数名が帰路につくため、ロビーを歩いている。
対応した監理局職員たちも見送りに出ていた。
その途中。
中庭の方から賑やかな声が聞こえてきた。
「ロジー、それわたしのプリン!」
「名前書いてないじゃん!」
「書いてたもん!」
「"レトの"って紙が落ちてただけ!」
「それは書いてたって言うんだよ!」
「言わない!」
ロジーが全力で逃げる。
レトが全力で追う。
その速度が人間離れしていることを除けば。
ただの子供の追いかけっこだった。
ベンチにはエル。
膝の上にクッション。
その上に猫。
さらにその上に監理局職員が差し入れたらしいクッキー缶。
意味不明な積載状態でのんびりしている。
「エル!ロジー捕まえて!」
「んー?」
エルは顔だけ上げた。
「プリンなら食堂にまだあるよ」
「そういう問題じゃない!」
「そうなんだ」
職員たちは笑っている。
誰も止めない。
ロジーも本気では逃げていない。
レトも本気で怒っていない。
平和そのものだった。
その様子を見て。
外部組織の幹部がぽつりと呟いた。
「……普通の人間みたいだな」
その場の空気が。
ほんの少しだけ変わった。
職員たちは反応しなかった。
だが何人かが一瞬だけ視線を向ける。
幹部本人は悪意で言ったわけではない。
むしろ好意的な感想だった。
最初に資料を読んだ時は。
箱庭の娘たちという存在に対して。
もっと恐ろしく。
もっと異質なものを想像していた。
だが実際に会ってみれば。
笑い。
遊び。
喧嘩して。
甘いものを取り合う。
そんな少女たちだった。
だから自然に出た言葉だった。
「普通の人間みたいだな」
その言葉を。
レトが聞いた。
追いかける足が止まる。
ロジーも振り返る。
エルも猫を抱えたまま視線を向けた。
一瞬。
幹部はしまったと思った。
失言だったかもしれない。
そう考えた。
人外に向かって。
人間みたいと言うのは。
失礼かもしれない。
だが。
レトは。
少しだけ目を丸くした後。
嬉しそうに笑った。
「ほんと?」
あまりにも素直な反応だった。
「え?」
「ほんとに?」
「そう見える?」
レトはぱたぱた近寄ってくる。
完全に嬉しそうだった。
「え、ああ……」
「そうだな」
「普通の女の子に見えた」
レトの顔が明るくなる。
本当に。
心の底から。
「やった!」
振り返る。
「ロジー!」
「エル!」
「普通の人間みたいだって!」
ロジーも目をぱちぱちさせた。
そして笑う。
「へぇー!」
「それは結構うれしいかも!」
エルも少しだけ考えて。
ふわりと微笑んだ。
「そっか」
「じゃあ、あたしたち上手くやれてるんだ」
幹部は戸惑った。
反応が予想と違う。
「……嫌じゃないのか?」
レトが首を傾げる。
「なんで?」
本気で分かっていない顔だった。
「だって」
幹部は言葉を探した。
「君たちは人間じゃないだろう?」
「だから……」
そこで。
近くにいた監理局職員が苦笑した。
「それ、うちでも最初は気を遣ってたんですよ」
別の職員も頷く。
「絶対言っちゃ駄目なやつだと思ってました」
「人間みたいって、人外を傷つける言葉かもしれないって」
レトはきょとんとしている。
ロジーも同じ顔。
エルも不思議そうだ。
三人とも本当に理解していない。
レトが言った。
「でも」
「人間ってすごいじゃん」
当たり前のように。
「みんな優しいし」
「お兄さんも人間だし」
「監理局のみんなも人間だし」
少し考えて。
照れたように笑う。
「だから」
「人間みたいって言われるの、わたし好きだよ」
ロジーも頷く。
「私もー」
「だって褒め言葉でしょ?」
エルは猫を撫でながら言った。
「うん」
「人間になるのは無理だけど」
「人間みたいって言われるのは、なんだか嬉しい」
静かになる。
幹部は言葉を失った。
彼は知っている。
レトが人間ではないことを。
ロジーが人間ではないことを。
エルが、人間という尺度では測れない存在であることを。
知識として知っている。
資料にも書いてある。
報告書にも書いてある。
だが。
今。
目の前にいる三人は。
誰よりも真っ直ぐに。
人間という存在を好きだと言った。
その時。
近くで見ていたベテラン職員が小さく笑った。
「だからうちは言うんですよ」
幹部が振り返る。
職員は三人を見ながら。
少し誇らしそうに言った。
「普通の人間みたいだな、って」
レトが嬉しそうに笑う。
ロジーも笑う。
エルも穏やかに笑う。
その光景を見て。
外部組織の幹部はようやく理解した。
それは。
彼女たちを人間扱いしていない言葉ではない。
彼女たちが好きなものに。
少しだけ近づけたことを伝える言葉だった。
中庭ではまた騒ぎが再開する。
「ロジー!プリン返して!」
「食べた!」
「えっ!?」
「嘘!」
「毒ロジー!!」
「新種!?」
レトが追いかける。
ロジーが逃げる。
エルが笑う。
職員たちも笑う。
そして幹部も。
気付けば同じように笑っていた。




