第32話-旧世代
旧世代は、人間の敵ではない。
けれど、人間の隣人にもなれない。
宇宙よりも長い時間を生き、現実と精神の境界を持たず、思考するだけで世界を変えてしまう存在。
彼らにとって名前は呼び名ではなく、存在そのものだった。名前の意味が力になり、役割になり、生き方になり、逃れられない運命になる。
旧世代たちの宇宙は、混沌だった。
だれかの思考が法則になり、別のだれかの願いが現実になる。
また別のだれかの思い付きで世界の有り様が変わる。
そんな混沌の宇宙で、偶然生まれた小さな命。
それが人間だった。
旧世代へたちの宇宙で偶然生まれた生命体。
旧世代にとって、それは我が子のようなものだった。
ある旧世代は人間が生きられる物理法則を宇宙に適用した。
ある旧世代は人間が成長できるような環境を用意した。
ある旧世代は人間が繁栄するための流れをつくった。
だけど旧世代は、人間の宇宙にそのまま存在できない。
悪意がなくても壊してしまう。
愛していても変えてしまう。
守ろうとしても、人間が人間として生きるための余白を奪ってしまう。
エルが硝子玉の宇宙を創ったのも、そのためだった。
その宇宙を壊さないため。
人間を、自分の幸せの魔法で塗り替えないため。
自分の脳の内側に閉じた小さな宇宙を作り、そこでだけ誰かの営みを見て、触れて、学ぶため。
今回眠った旧世代由来の遺物も、同じだった。
それは道具ではなかった。
兵器でも、資源でも、古代文明の残骸でもなかった。
人間の宇宙を壊さないために、自ら眠りについた一人の旧世代。
その名残だった。
ただ、名前だけが残っていた。
旧世代にとって名前は存在そのものだ。
名前が残る限り、意味は眠り続けられない。
呼ばれれば、応えてしまう。
役割があれば、果たそうとしてしまう。
だから彼は起きかけていた。
起きたくなかったのに。
壊したくなかったのに。
名前が、目を覚ませと言っていた。
エルはその名前を聞いた。
そして、誰にも言わないことにした。
監理局の記録にも残さない。
封印番号にも刻まない。
ロジーにも見せない。
レトにも教えない。
ジェレミーにさえ、意味だけを伝えて、音は渡さない。
その名前は、エルの中にだけ残す。
忘れないために。
けれど、二度と呼ばないために。




