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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
長編-旧世代の残光

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第31話-任務開始

任務開始


任務通達が降りた瞬間、監理局の空気が変わった。


それまで三日間、局内には薄い緊張が張っていた。

動けないレト。

見られないロジー。

眠らされるべき旧世代の遺物。

回復したエル。


すべてが、まだ途中だった。


そして今。


途中だったものが、ようやく動き出した。


戦闘班作戦室。


レトは命令書を両手で持っていた。


何度も読む。

文字を追う。

一行ずつ確認する。


敵組織残存施設の捜索。

旧世代由来遺物に関する資料、器具、保管庫の回収。

必要時、戦闘班所属レトを遊撃戦力として投入。


正式任務。

局長承認済み。


レトは命令書を胸に抱えた。


「正式任務」


小さく言う。


「お兄さんの許可あり」


もう一度。


「わたし、行っていい」


その声に、近くの戦闘班員たちが少しだけ息を吐いた。


三日間、誰もが見ていた。


レトが医療区画の前で泣きながら座っていたこと。

訓練場で硝子短剣を整列させ続けていたこと。

怒りも悲しみも全部抱えたまま、勝手に飛び出さなかったこと。


だから今、レトが笑っただけで、戦闘班の空気が引き締まった。


「レトさん」


班員が言う。


「今回の任務は制圧ではなく、確保と回収が主目的です」


「うん」


「残党と接触した場合、殺傷は最小限」


「うん」


「旧世代由来の物品には、触らない」


「うん!」


レトの瞳に、青白い熱が灯る。


けれどそれは暴走の熱ではない。


任務の熱だった。


「わたし、ちゃんとやる」


彼女の周囲に、硝子短剣が生まれた。


一本。

二本。

三本。


いつものきらきらした短剣ではない。

薄く、鋭く、静かな刃。


「エルががまんしたから、わたしもちゃんとがまんする」


そして、笑った。


「でも、悪いやつは捕まえる」


同時刻。


情報班。


ロジーは命令書を受け取った瞬間、椅子の上に正座した。


「正式?」


「正式です」


「局長承認?」


「あります」


「全資料閲覧権限?」


「限定範囲内で付与されています」


「限定範囲の中に、敵組織の通信ログ、資金経路、関連研究機関、旧世代遺物の取得履歴、回収品目録、尋問記録、現地映像、全部入ってる?」


「入っています」


ロジーは、ぱあっと笑った。


「じゃあ合法!」


頭上デバイスが、安定した青で光る。


三日間、彼女は見なかった。


見ようと思えば見られた。

記録に痕跡を残さず、封鎖された情報の端に指をかけることくらい、ロジーにはできた。


でも、しなかった。


エルが我慢したから。

レトが我慢したから。

ジェレミーが止めたから。


だから、待った。


そして今。


待った分だけ、ロジーは速かった。


「敵組織名、暫定呼称は?」


「灰冠財団」


「表向きは?」


「古代文明資源の調査企業連合」


「裏は?」


「旧世代由来遺物の独占、解析、兵器転用」


「最悪じゃん」


ロジーの指が端末を叩く。


画面が幾重にも展開する。

通信ログ。

偽装会社。

研究員名簿。

輸送記録。

匿名資金。

封鎖星域への違法航行履歴。


「こっちの拠点、捨て拠点だね。ここは罠。こっちは本命っぽく見せてる偽装。で、本命は……」


ロジーの目が細くなる。


「ここ」


表示されたのは、監理局の記録上では廃棄済みの小惑星研究施設だった。


「三日前の急襲部隊、ここから出てる。遺物を拾った後、ここに運ぶ予定だった。でも監理局に捕まったから予定が崩れた。だから今、証拠隠滅が始まってる」


情報班の空気が変わった。


「戦闘班へ通達!」


ロジーが叫ぶ。


「早く! でも雑に行かないで! 旧世代っぽい反応が二つある! 片方はたぶん偽物、もう片方は……」


そこで、ロジーは一瞬だけ言葉を止めた。


「……寝てるやつの、周辺機材かも」


地下封印区画。


エルは、白い封印室の中央に立っていた。


体は回復している。

外傷はもうない。

血も砂も落とした。

白髪の毛先も、いつもの淡い桃色に戻っている。


けれど、少しだけ静かだった。


目の前には、封印容器。


中にあるのは、黒ずんだ金属片。


旧世代由来の遺物。


正確には、遺物と呼ぶしかないもの。


それは道具ではない。

兵器でもない。

古代文明の部品でもない。


名前の眠りだった。


旧世代にとって、名前は存在そのものだ。

思考が現実になる彼らは、名前が意味することしかできない。

名前が願いで、力で、身体で、運命だ。


その欠片が、まだ眠っている。


けれど目覚めかけていた。


――寝かせて。


エルには、そう聞こえた。


だから一人で行った。


今思えば、間違いだった。


でも、その声だけは本物だった。


「……まだ起きちゃだめ」


エルは封印容器に手をかざした。


周囲には、監理班、技術班、封印担当、医療班、そしてジェレミー。


「エル」


ジェレミーが言う。


「無理はするな」


「する」


即答だった。


ジェレミーが眉を動かす。


エルは振り返らない。


「無理しないと、寝ない」


旧世代の遺物を寝かせる。


それは、願うだけでは足りない。


相手も旧世代だからだ。


エルが「眠って」と願えば、普通の現象なら眠る。

壊れた術式なら沈黙する。

暴走した魔力なら鎮まる。


けれどこれは違う。


相手にも名前がある。

相手にも意味がある。

相手にも、現実へ出ようとする力がある。


願いと願いがぶつかる。


だから、エルは魔法を使う。


ただ思うのではない。

ただ祈るのではない。


本当の名前に触れる。


elkore_felico。


本当の幸せ。


エルの足元に、淡い光が広がった。


術式ではない。

魔術陣でもない。

文字も記号もない。


ただ、世界のほうがエルの願いを聞く準備をする。


封印室の壁が軋んだ。


技術班員が叫ぶ。


「封印容器内、反応上昇!」


「情報遮断層、震えています!」


「名称反応、出ます!」


ジェレミーが手を上げる。


「全員、持ち場を維持」


エルは目を閉じた。


「起きなくていいよ」


封印容器の中で、金属片が震えた。


声ではない声が、部屋に満ちる。


――起きる。


――起きたくない。


――でも名前が呼ばれてる。


――形が戻る。


――意味が戻る。


――壊す。


エルの頬に汗が滲む。


「壊さなくていい」


――壊す名前だから。


「いまは、壊さなくていい」


――名前だから。


その瞬間、封印容器にひびが入った。


職員たちが息を呑む。


ジェレミーが一歩前に出る。


だが、エルが片手を上げた。


「だめ」


それはジェレミーに向けた言葉だった。


「あたしがやる」


エルの魔法が、封印室を満たした。


それは眠りの魔法ではなかった。


幸せの魔法だった。


壊すために生まれた名前が、壊さなくても存在できる場所。

起きなくても忘れられない場所。

眠っていても、なかったことにされない場所。


エルは、それを作った。


小さな箱庭。


旧世代の名残だけを包む、硝子の夢。


「ここで寝て」


エルが言う。


「起きなくていい。壊さなくていい。忘れないから」


金属片の震えが強くなる。


――忘れない?


「忘れない」


――名前、消えない?


「消さない」


――壊さないでいい?


「いい」


――寝ていい?


エルの声が、少しだけ震えた。


「うん」


封印室の光が反転した。


一瞬、全員が違う場所を見た。


星のない空。

形のない海。

古い名前が眠る場所。

起きれば災厄になるものが、眠っているあいだだけ穏やかでいられる場所。


次の瞬間、封印容器は静かになった。


ひびは残っている。

しかし、内側からの圧は消えていた。


技術班が叫ぶ。


「反応低下!」


「名称反応、沈静化!」


「封印層、安定!」


監理班責任者が震える声で言う。


「封印成功……?」


エルは小さく頷いた。


「寝た」


それだけ言って、ふらりと倒れかけた。


ジェレミーが受け止める。


「エル」


「寝たよ」


「ああ」


「でも、まだ起きそうな欠片、外にある」


「わかっている」


「レトとロジー、がんばってる?」


「がんばっている」


エルは、少しだけ笑った。


「あたしも、がんばった」


ジェレミーは静かに答えた。


「ああ。よくやった」


小惑星研究施設。


戦闘班の転移突入は、ロジーの解析から十二分後に開始された。


早い。


けれど、雑ではない。


レトは先頭ではなかった。


先頭を行きたがったが、許可されなかった。


「レトさんは遊撃です」


「うん」


「勝手に先行しない」


「うん」


「敵を見つけても、まず共有」


「うん!」


「怒って突っ込まない」


レトは一瞬黙った。


「……うん」


正直だった。


戦闘班員が少し笑う。


「そこで黙るの、偉いですよ」


「えへへ……じゃなくて、任務中!」


レトは頬を叩いた。


「わたし、任務中!」


突入。


施設内部は、ほとんど証拠隠滅が進んでいた。


焼却済み資料。

破壊された端末。

空になった保管庫。

逃走経路。


けれど遅い。


ロジーが見ている。


『右区画、熱源三。逃げる気。左じゃない、左は罠! 上層配管にデータカプセル流してる!』


通信越しのロジーの声は速い。


『レト、そこから上に抜けられる?』


「抜ける!」


『抜けすぎないで! 天井ごと行かないで!』


「うん!」


レトが跳んだ。


空間に硝子のひびが走る。

身体が消える。

次の瞬間、上層配管の横に現れる。


「発見!」


逃走用の小型カプセルが透明な管の中を高速で流れていた。


レトは硝子短剣を出す。


切らない。


割らない。


短剣で周囲の空間だけを硝子化し、管の流れを止める。


「捕まえた!」


『えらい! 壊してない!』


「えへへ!」


『任務中!』


「任務中!」


レトは真顔に戻った。


その直後、背後から装甲兵が飛び出した。


「対象、箱庭の娘!」


銃口が向く。


レトの顔から、表情が消えた。


三日前のエル。


血と砂。


ごみみたいに打ち捨てられた小さな身体。


一瞬だけ、それが脳裏をよぎった。


青白い熱が、瞳に灯る。


硝子短剣が十数本、生まれかける。


『レト』


通信越しにロジーが言った。


短く。


それだけ。


レトは息を吸った。


「……うん」


短剣は一本だけ残った。


銃を切る。

腕の装甲関節を止める。

足元を硝子化して固定する。


兵士は倒れた。


生きている。

無力化だけ。


レトは震える息を吐いた。


「捕縛」


『えらい』


ロジーが言う。


少しだけ声が柔らかかった。


『今の、めちゃくちゃ偉い』


レトは涙目になった。


「あとで、もっと褒めて」


『任務終わったらね』


「うん」


情報班では、ロジーがほとんど瞬きせずに画面を見ていた。


周囲の職員たちが、彼女の負荷を管理している。


「ロジーさん、デバイス温度上昇」


「知ってる」


「処理速度を落としてください」


「落としたら逃げる」


「脳負荷が危険域です」


「まだいける」


副長が後ろから言った。


「いける、ではなく、許可範囲で」


ロジーの指が止まる。


「……う」


「今回、あなたは正式任務中です。正式任務中に倒れられると困ります」


「言い方」


「効く言い方を選びました」


ロジーは悔しそうに頬を膨らませた。


「副長、嫌い」


「あとで聞きます」


「今聞いて」


「任務中です」


「むかつく」


それでもロジーは処理速度を一段落とした。


職員たちが無言で安堵する。


ロジーは画面を睨む。


「灰冠財団、表向きの理事会は飾り。実権は三人。うち一人はもう拘束済み。残り二人は……」


画面が切り替わる。


「逃げる気じゃない。起こす気だ」


室内が凍った。


「何を?」


誰かが聞く。


ロジーは、青ざめた顔で答えた。


「寝てる遺物と同系統の欠片。あいつら、エルが回収したのが本体だと思ってた。でも違う。あれは“寝てってお願いしてた欠片”。こっちにあるのは、たぶん……」


言葉を選ぶ。


「起こすための目覚まし」


封印区画。


エルはジェレミーの腕の中で、その報告を聞いた。


顔色が変わる。


「だめ」


「まだ動けるか」


ジェレミーが聞く。


エルは頷いた。


「動く」


「立てるか」


「たぶん」


「無理なら言え」


「無理」


即答した。


ジェレミーが一瞬黙る。


エルは彼の服を掴んだ。


「でも、やる」


「では、座ったままやれ」


「うん」


封印室の床に、椅子が運び込まれる。


エルはそこに座る。


目を閉じる。


寝ている欠片。

起こすための欠片。


旧世代のものは、物理的距離だけでは測れない。

名前が近ければ、繋がる。


エルは、その繋がりに手を伸ばした。


願うだけでは足りない。


だから、魔法を使う。


「起きなくていい」


遠くの小惑星施設で、警報が鳴り始めた。


敵組織の残党が、最後の装置を起動した。


それは兵器ではなかった。

祭壇だった。


金属の輪。

古い文字。

名前を呼び起こすための、未完成の再現装置。


灰冠財団の研究員が叫ぶ。


「起動しろ! 旧世代の力を、我々が――」


その声は、最後まで届かなかった。


ロジーが通信を割り込ませた。


『無理』


研究員の端末が一斉に黒くなる。


『あなたたち、名前のこと何もわかってない。旧世代は電源入れたら動く機械じゃない。呼ぶってことは、返事されるってこと。返事されたら、あなたたちのほうが耐えられない』


研究員が歯噛みする。


「何者だ!」


『記録係』


ロジーの声が冷たい。


『全部残すやつ』


同時に、レトが祭壇室へ突入した。


扉を蹴破らない。


空間を裂いて、内側に滑り込む。


「戦闘班、突入!」


敵が振り返る。


レトの硝子短剣が、祭壇周囲の装置だけを正確に貫く。


壊しすぎない。

起動核には触れない。

人には当てない。


「止まって!」


研究員の一人が、最後の欠片へ手を伸ばした。


「これは我々の――」


レトの顔が変わった。


瞬間移動。


研究員の手首の寸前に、硝子の壁が生まれる。


「だめ」


声が低い。


「それ、エルが寝かせてる」


研究員が叫ぶ。


「化け物どもの所有物ではない!」


レトの瞳が揺れる。


化け物。


エル。

ロジー。

自分。


短剣が震えた。


けれど次の瞬間、通信越しにロジーが言った。


『レト、だめ』


「……うん」


レトは研究員を殴らなかった。


代わりに、硝子壁を広げた。

研究員を包み、動きを完全に封じる。


「捕縛」


声は震えていた。


でも、ちゃんと任務だった。


封印区画。


エルの魔法が、遠くの欠片に届いた。


起こすための欠片が、鳴る。


――起きろ。


――名前を戻せ。


――壊せ。


寝ている欠片が震える。


――起きる?


エルは首を横に振った。


「寝てていい」


――呼ばれてる。


「聞かなくていい」


――名前が。


「名前は、あたしが覚えてる」


――消えない?


「消えない」


――壊さないでいい?


「いい」


目覚ましの欠片が、反発した。


それも旧世代由来だ。


ただの装置ではない。

呼ぶために残された意味。

眠りを破る役割を持った名前の破片。


だから、エルの願いを拒む。


――起こす。


「起こさない」


――起こす。


「起こさない」


――起こす。


エルの唇が震える。


「うるさい」


封印室の空気が変わった。


ジェレミーが鋭く言う。


「エル」


「だいじょうぶ」


エルは目を開けた。


その瞳に、人間の尺度では測れないものが宿る。


旧世代。


硝子玉の宇宙の創造者。


elkore_felico。


本当の幸せ。


「あたしは、幸せにするために魔法を使う」


起こす欠片が、なおも鳴る。


――役割を果たす。


「役割が終わっても、いていい」


――起こすためにある。


「起こさなくても、意味は消えない」


――なら、何になる?


エルは、少しだけ考えた。


そして言った。


「おやすみを言うもの」


魔法が、形を変えた。


起こすための欠片を壊さない。

否定しない。

名前を殺さない。


役割を書き換える。


目覚ましではなく、子守歌に。


呼び起こす声ではなく、眠りを守る声に。


それは願いだけではできない。


相手も旧世代だから。


だからエルは、相手の名前の意味に触れて、少しだけ向きを変えた。


壊すのではなく。

消すのではなく。

幸せに眠れる形へ。


小惑星施設の祭壇が、静かに砕けた。


爆発ではない。


崩壊でもない。


役目を終えたみたいに、さらさらと硝子砂になっていく。


レトが目を見開いた。


「きれい……」


ロジーが通信越しに息を吐いた。


『封印区画、反応は?』


技術班が答える。


「安定! 旧世代反応、二件とも沈静化!」


監理班が続ける。


「敵組織中枢データ、確保!」


戦闘班。


「施設制圧完了!」


情報班。


「灰冠財団、全主要経路補足! 逃げ道潰した!」


ロジーが椅子の上で拳を握る。


「よし!」


レトは祭壇室の中央で、硝子砂になった欠片を見つめていた。


「エル、寝かせた?」


通信越しに、エルの声がした。


『寝た』


レトの顔が、くしゃりと歪んだ。


「よかった」


『レト、えらい?』


レトは泣きながら笑った。


「わたしも、エルも、ロジーも、みんなえらい!」


ロジーが即座に言う。


『私も入ってるの最高! もっと言って!』


「ロジーえらい!」


『うん!』


副長が情報班の後ろで小さく言った。


「任務中です」


ロジーは涙目で笑った。


『任務中でも褒められたい!』


数時間後。


監理局。


灰冠財団の主要拠点は制圧された。

関連資料は回収。

旧世代由来の欠片は全て封印処置へ。

逃亡経路も遮断。

残党も追跡可能範囲に収まった。


完全解決ではない。


だが、最悪は越えた。


封印区画では、エルが椅子に沈んでいた。


疲れ切っている。


目を半分閉じて、ぼんやりしている。


ジェレミーが隣に立つ。


「無理をしたな」


「した」


「報告書に書く」


「やだ」


「書く」


「怒る?」


「あとで少し」


「少し?」


「少しだ」


エルは小さく頷いた。


「じゃあ、抱っこ」


「君は最近、それを要求すれば通ると思っているな」


「通る?」


ジェレミーは沈黙した。


それから、エルを抱き上げた。


「通った」


「今回だけだ」


「うそ」


「……今は黙って休め」


エルは彼の肩に頬を預けた。


「寝たよ」


「ああ」


「あの子、起きなかった」


「ああ」


「あたし、一人で行ったのは、ばかだった」


「そうだ」


「でも、寝かせたいって思ったのは、間違いじゃない?」


ジェレミーは少しだけ間を置いた。


「間違いではない」


エルの指が、彼の服を掴む。


「そっか」


「次は報告しろ」


「うん」


「一人で行くな」


「うん」


「必ず帰ってこい」


エルは目を閉じた。


「うん」


その夜。


局長室。


レトとロジーが戻ってきた。


レトは任務服のまま、髪が少し乱れている。

ロジーはデバイスの光が弱く、明らかに疲れている。


ソファには、ジェレミーに抱えられたまま眠そうなエル。


レトは部屋に入った瞬間、駆け寄りかけて止まった。


「ハグしていい?」


ジェレミーが答える。


「静かになら」


レトはそっとエルに抱きついた。


いつもの勢いではない。


壊さないように。

起こさないように。


「エル、ただいま」


エルが薄く目を開ける。


「おかえり」


ロジーも反対側から近づく。


「私もただいま」


「おかえり」


「私、全部見たよ。正式に」


「うん」


「勝手に見なかった」


「えらい」


ロジーの顔が一瞬で崩れた。


「もっと」


「すごくえらい」


「うん」


レトも言う。


「わたしも捕まえた。壊さなかった」


「えらい」


「もっと」


「すごくえらい」


レトは泣きそうに笑った。


三人がくっつく。


ジェレミーはその重みを受け止めたまま、何も言わなかった。


レトが小さく言う。


「エル、一人で行っちゃだめ」


「うん」


ロジーも言う。


「呼ばれても、言って」


「うん」


「寝かせてってお願いされても、言って」


「うん」


レトが続ける。


「わたしたちも行く」


ロジーが頷く。


「正式にね」


エルは、少しだけ笑った。


「正式に」


局長室の外では、監理局がまだ動いている。


残党の追跡。

封印処置の監視。

遺物の記録。

報告書。

始末書。

再発防止策。


やることは山ほどある。


でも、その夜だけは。


旧世代の遺物は眠った。

レトは壊さずに捕まえた。

ロジーは待ってから見た。

エルは魔法を使って、誰かの名前を消さずに寝かせた。


そして監理局は、全力で解決へ向かった。


誰か一人の我慢ではなく。


全員の手順で。

全員の任務で。

全員の帰る場所として。



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