第19話-局長室、占拠完了!
局長室は、惑星監理局の中でも特に静かな場所だった。
余計な装飾はない。
机、椅子、端末、資料棚。
整然としていて、無駄がなくて、ジェレミー・クリエットという人間の性格そのもののような部屋。
だった。
「……エル」
戻ってきたジェレミーは、扉の前で足を止めた。
局長室の中央に、屋根付きの小さな女子会空間が出現していた。
淡いピンクと白の天蓋。
硝子細工のようにきらきら光る丸テーブル。
ふわふわのクッションが三つ。
床には小さな星屑模様のラグ。
そして、局長用の執務椅子のすぐ横に、なぜか「女子会会場」と書かれた小さな看板が立っている。
その中心で、エルがちょこんと座っていた。
白髪の毛先を揺らしながら、湯気の立つカップを両手で持っている。
「ジェレミー、見て」
「見ている」
「女子会空間」
「それも分かる」
「局長室版」
「そこが問題だ」
エルは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「だめ?」
「だめだ」
「そっか」
エルはカップを置いた。
そして、まったくへこたれない顔で言った。
「じゃあ、非公認女子会空間」
「分類を変えれば許されるものではない」
ジェレミーは額に手を当てた。
廊下や食堂に突然かわいい空間を作るのは、もう監理局の日常になりつつある。
技術班が確認し、危険性がなければ撤去か一時許可。
職員たちも慣れたものだった。
だが、局長室は違う。
ここは監理局の中枢だ。
機密資料もある。
緊急通信も入る。
ジェレミー個人の執務領域でもある。
そこに、天蓋付きのかわいい女子会空間。
「まさか、私の部屋にまでいたずらするとはな」
「いたずらじゃないよ」
「では何だ」
「幸せの魔法」
「もっと悪い」
エルの『幸せ』は最も警戒すべき事案だった。
エルは首を傾げた。
「でも、ジェレミー、最近ここでずっとお仕事してるから」
「仕事をする部屋だからな」
「だから、ここに来たら会える、ジェレミーに会えるのは幸せ」
「発想は分かるが、実行が自由すぎる」
「あたしは自由だからね」
「開き直るな」
その時、端末が短く鳴った。
ジェレミーは通信内容を確認し、わずかに眉を動かした。
「十分で戻る。動くな。増やすな。変えるな」
「うん」
「絶対だ」
「うん」
「エル」
「あたし、ちゃんと聞いたよ」
ジェレミーは一瞬だけ疑うようにエルを見たが、通信対応のため局長室を出た。
扉が閉まる。
エルは、ぽつんと座ったまま、カップを両手で持ち直した。
「……増やすな、って言われた」
少し考える。
「でも、呼ぶな、とは言われてない」
十分後。
ジェレミーが戻ってきた。
局長室の扉を開けた瞬間、室内から明るい声が弾けた。
「お兄さん、おかえりーっ!」
「局長、女子会議事録いる?」
「ジェレミー、あったかいお茶、いる?」
レトがいた。
ロジーがいた。
エルがいた。
しかも、大変盛り上がっていた。
テーブルの上には、きらきらした小皿と小さな菓子。
ロジーの頭上デバイスには「局長室女子会・第一回緊急会議」という表示。
レトはクッションの上で背筋を伸ばし、なぜか真剣な顔をしている。
エルは最初からそこが自分の居場所だったみたいに、ふわっと座っている。
ジェレミーは、扉の前で完全に停止した。
「……増えている」
ロジーが元気よく手を上げた。
「エル、増えている」
「お兄さん、エルは一人だよ?」
レトは両手を胸の前でぎゅっと握った。
「お兄さん、聞いて。これは大事な会議なの」
「私の局長室で行う必要は?」
「ある!」
「説明を」
「お兄さんがいるから!」
「理由になっていない」
「なってるよ!」
レトはとても真剣だった。
真剣すぎて、ジェレミーは一瞬だけ言葉を失った。
ロジーがホログラムを展開する。
表示された議題は三つ。
一、局長室女子会空間の居心地評価。
二、局長が怒るまでの猶予時間測定。
三、怒られたあと、どうやって許してもらうか。
ジェレミーは低く言った。
「二番目は計測終了だ」
ロジーが高速で記録した。
「怒るまで十分十一秒。局長室を離れた時間込み。記録価値高いね」
「記録するな」
「もうした」
「消せ」
「私的記録には残す」
「ロジー」
「はい消します!」
レトが慌ててロジーの袖を引いた。
「ロジー、だめだよ。お兄さん怒ってる」
「まだ序盤だよ、レト。局長は本気で怒るともっと静かになる」
「それは知ってる!本気で怒らせないで!」
「ジェレミー、怒ると幸せじゃない?」
ジェレミーが三人を見る。
「怒らせようとするな」
エルがカップを持ったまま、ふわっと言った。
「ジェレミー、座る?」
「…私の椅子に何をした」
三人は同時に、女子会空間の奥を見た。
そこには、局長の執務椅子があった。
ただし、背もたれに小さなリボンが結ばれ、座面にふわふわクッションが置かれていた。
ジェレミーは目を細めた。
「誰だ」
レトが視線を泳がせた。
「……椅子が、ちょっとかわいくなりたそうだったから」
「レト」
「ごめんなさい!」
ロジーが即座に手を上げた。
「実行犯は私です!」
「ロジー」
「でも発案はエルとレトです!」
「エル」
エルはこくんと頷いた。
「あたし、かわいいかなって思った」
「三人とも関与か」
三人は並んで座ったまま、なぜか少しだけ誇らしげだった。
ジェレミーは深く息を吐いた。
その時、扉の向こうから副長が顔を出した。
「局長、先ほどの通信の件ですが……」
そして局長室を見た。
天蓋。
菓子。
女子会看板。
リボン付き局長椅子。
その中心で固まるジェレミー。
副長は数秒沈黙したあと、いつもの上品な笑みを浮かべた。
「占拠されていますね」
「副長」
「救出作戦を立案しますか?」
「必要ない」
「では、交渉ですか?」
「撤去させる」
「なるほど。最難関ですね」
ロジーが手を振った。
「副長も入る?」
「私は遠慮しておきます。議事録だけ後で」
「副長」
ジェレミーの声が一段低くなる。
副長はにこやかに一礼した。
「失礼しました」
扉が閉まった。
室内に、微妙な沈黙が落ちる。
レトがそろそろとジェレミーを見上げた。
「お兄さん……ほんとに、だめ?」
ジェレミーは答えない。
ロジーが小声で言う。
「レト、それはずるい。局長に効くやつ」
「だって、ちょっとだけならいいかなって……」
エルも続けた。
「ジェレミー、あたし、怒られてもいい、ここにいたらジェレミーのお仕事、見られるから」
「仕事は見世物ではない」
「でも、ジェレミーが頑張ってるとこ応援したい」
レトがぱっと顔を明るくした。
「そう! お兄さんを応援!」
ロジーも頷いた。
「局長室は局長観察の最前線だからね」
「観察するな」
「じゃあ応援」
「それなら廊下でいい」
「廊下だと局長見えないじゃん」
「当然だ」
三人は、しゅんとした。
ただし、エルだけはしゅんとした形をしているだけで、あまりへこんでいない。
ジェレミーはその顔を見て、また息を吐いた。
「……あと十分だけだ」
三人が同時に顔を上げた。
「十分だ。それ以上は撤去する。機密端末には近づくな。資料棚を開けるな。通信に反応するな。私の椅子を飾るな」
レトが跳ねるように喜んだ。
「やったー! お兄さんだいすき!」
ロジーが即座にホログラムへ記録する。
「局長室女子会、条件付き認可。歴史的瞬間」
「記録するなと言った」
「これは業務記録じゃなくて心の記録!」
「消せ」
「はーい」
エルは、ふわふわのクッションをぽんぽん叩いた。
「ジェレミーも座る?」
「私は仕事をする」
「じゃあ、お仕事してるジェレミーを見ながら女子会する」
「……」
「いい?」
ジェレミーは少しだけ黙った。
そして、リボンを外した執務椅子に座った。
「十分だけだ」
レトとロジーが小さく歓声を上げる。
エルは、満足そうにカップを持ち上げた。
「局長室女子会、はじまり」
「時間は守れ」
「いまから十分ね!はいスタート!」
ジェレミーは端末に向かいながら、視界の端で三人を見る。
レトは菓子を選ぶのに真剣で、ロジーはそれを楽しそうに記録しようとしてまた叱られ、エルは何も悪びれずに、局長室の天井付近をふわふわ浮いている。
まったく、自由すぎる。
そう思いながら、ジェレミーはいつもより少しだけ浅く息を吐いた。
十分後。
女子会空間はまだあった。
十五分後。
副長が廊下からちらりと確認し、静かに笑って去った。
二十分後。
ロジーが小声で言った。
「局長、撤去って言わないね」
レトも小声で答えた。
「お兄さん、たぶん楽しいんだよ」
エルは淡々と言った。
「ジェレミー、ちょっと幸せそう」
ジェレミーは端末を見たまま言った。
「聞こえている」
三人は一斉に姿勢を正した。
しかし、誰も出ていかなかった。
ジェレミーも、追い出さなかった。




