第16話-今日は見てほしい日
惑星監理局の昼下がり。
廊下の照明がいつもより少しだけやわらかく見えるのは、たぶん、エルが歩いているからだった。
白い髪の毛先をふわりと揺らし、両手いっぱいに小さな箱を抱えて、エルはふらふらと廊下を歩いていた。
箱の中には、色も形も用途もばらばらな魔法アイテムが詰まっている。
星屑みたいに光る鈴。
ふくらんだ雲みたいなクッション。
小さな羽根の生えたスプーン。
押すと「えらい」と鳴く謎の丸い石。
どれも危険性検査前なので、本来なら技術班に直行すべき物だった。
けれどエルは、まず見てほしかった。
「できた」
廊下ですれ違った監理班職員が足を止める。
「エルさん、それは?」
「魔法アイテム」
エルは箱を少し持ち上げた。
「見て」
職員は一瞬だけ、廊下の監視カメラを見た。
たぶん、技術班も見ている。
たぶん、副長も見ている。
たぶん、局長にも通知が飛んでいる。
それでも職員は、しゃがんで箱を覗き込んだ。
「わあ……きれいですね」
エルの顔が、ほんの少し上を向いた。
「うん」
得意気だった。
本人は胸を張っているつもりなのだろうが、あまりにも小柄なので、箱を抱えたままちょっと背伸びしているだけに見えた。
職員は慎重に、羽根つきスプーンを指差す。
「これは何をする物ですか?」
「プリンを追いかける」
「プリンを?」
「逃げるプリンを、追いかける」
「プリンは逃げませんよ」
「逃げたら困るから」
「なるほど……?」
職員は理解を諦めた。
エルは満足そうに頷いた。
「いる?」
「い、いえ。私は大丈夫です」
「そっか」
エルはまったく傷ついた様子もなく、箱を抱え直した。
「じゃあ、次」
そしてふらふらと廊下の先へ歩いていった。
残された職員は、しばらくその背中を見送ってから、小声で通信を入れた。
「エルさんが魔法アイテムを持って巡回中。かわいいです。危険性は不明です」
返ってきたのは技術班からの即答だった。
『かわいい報告は不要です。位置情報をください』
少し遅れて、副長からも通信が入った。
『かわいい報告も必要です。位置情報もください』
職員は真顔で両方に送った。
エルは次に、生活班の職員たちが休憩用のワゴンを押しているところに出会った。
「見て」
「エルさん、こんにちは。今日は何を作ったんですか?」
「魔法アイテム」
「知ってます」
生活班の女性職員が笑いながら箱を覗く。
「これは?」
彼女が指差したのは、小さな鳥の形をしたガラス細工だった。
透明な体の中に、淡い虹色の光が揺れている。
「ほめる鳥」
「褒めてくれるんですか?」
「うん」
エルが鳥をつまみ上げると、鳥はちょこんと首を傾げた。
『きょうも、えらい』
生活班職員たちが一斉に胸を押さえた。
「かわいい……!」
「これはほしい……!」
「でも検査前……!」
鳥はもう一度鳴いた。
『いきてて、えらい』
「ほしい……!」
「だめです、検査前です!」
エルは得意気に、ふふん、と鼻から小さく息を出した。
「かわいい?」
「すごくかわいいです」
「うん」
また得意気になった。
その顔があまりにも素直だったので、生活班の職員たちは魔法アイテムよりエルのほうを褒めたくなってしまう。
「エルさんもかわいいですよ」
エルは少しだけ瞬きをした。
それから、ほめる鳥を箱に戻した。
「それは、あたし?」
「はい」
「そっか」
エルは真顔のまま、ほんの少しだけ頬をゆるめた。
「じゃあ、あたしも検査する?」
「エルさんは検査対象じゃないです」
「そっか」
エルは納得して、また歩き出した。
その背中を見送りながら、生活班職員は通信を入れる。
「ほめる鳥、危険です。精神に効きます」
技術班から返事が来た。
『精神干渉ですか?』
「かわいさで」
『分類不能です』
その頃、ロジーは廊下の曲がり角からその様子を見ていた。
頭上のデバイスが小さく光る。
「ふむふむ。エル、魔法アイテム見せびらかし巡回中……褒められると得意気……断られても次に行く……かわいい……記録価値、高」
エルが気づいて振り向いた。
「ロジー」
「やっほー、エル! なにそれなにそれ、見せて!」
ロジーは一瞬で距離を詰めた。
エルは素直に箱を差し出す。
「魔法アイテム」
「全部見たい! 全部記録したい! 全部触りたい!」
「触るのは、だめかも」
「えっ、なんで?」
「まだ検査してない」
「エルがまともなこと言ってる!」
ロジーは衝撃を受けた顔をした。
エルは首を傾げる。
「あたし、まとも?」
「今だけ!」
「そっか」
ロジーは箱の中を覗き込み、目を輝かせた。
「この丸い石は?」
「押すと、えらいって言う」
「押していい?」
「いいよ」
ロジーが押した。
石は淡く光った。
『ロジー、記録しててえらい』
ロジーの動きが止まった。
「……もう一回」
『ロジー、今日もちゃんと考えててえらい』
「……もう一回」
『ロジー、いるだけでえらい』
ロジーは無言で石を抱きしめた。
「これ、私に必要」
「いる?」
「いる」
「だめ」
「なんで!?」
「検査前」
「エルがまともなこと言うのやめて!」
ロジーは床に膝をついて悔しがった。
エルは少し得意気だった。
まともと言われたことが、どうやら嬉しかったらしい。
そこへ、レトが廊下の奥から走ってきた。
「えるえるえる! なにしてるの!」
「見せてる」
「わたしにも見せて!」
レトは勢いよく止まろうとして、床を少し滑った。
エルは箱を守るように抱えた。
「ぶつかったら、だめ」
「わっ、ごめんね!」
レトはぴょこっと頭を下げてから、箱の中を覗き込んだ。
「きらきらしてる! かわいい! これ全部エルが作ったの!?」
「うん」
「すごい! エルすごい! 天才!」
エルの表情が一気に得意気になった。
胸を張ろうとして、箱がずり落ちかける。
レトが慌てて支えた。
「危ない! でもすごい!」
「うん」
「これなに?」
レトが指差したのは、小さな透明の短剣だった。
エルが作った硝子細工のように見えるが、刃の中で星空が回っている。
「握ると、かっこいいポーズになる」
「ほしい!」
レトの反応は最速だった。
「だめ」
「なんでぇ!?」
「検査前」
「検査終わったら!?」
「技術班がいいって言ったら」
「技術班ー!」
レトは廊下の監視カメラに向かって叫んだ。
「早くいいって言ってー!」
天井スピーカーから、技術班の疲れた声が返ってきた。
『現物確認前に許可は出せません』
「じゃあ見にきて!」
『今向かっています』
ロジーがにやっと笑う。
「エル、見せびらかし巡回、成功だね。技術班まで呼び出したよ」
エルは少し考えた。
「みんな、見てくれる?」
「見てる見てる。めっちゃ見てる」
「そっか」
エルは嬉しそうだった。
けれど、レトは急に真剣な顔になった。
「でもエル、いらないって言われたらさみしくない?」
エルは首を傾げた。
「さみしい?」
「だって、エルが作ったのに」
「いらないなら、いらない」
エルは箱の中を見下ろした。
「でも、見てくれた」
レトはぱちぱちと瞬きをする。
エルは続けた。
「これは、使ってほしいより、見てほしいだったから。見てくれたら、うれしい」
ロジーのデバイスが静かに光量を落とした。
レトは少しだけ黙って、それからエルに抱きついた。
「エルかわいい!」
「わ」
箱が揺れる。
ロジーが慌てて支えた。
「レト! 魔法アイテム落とす! 宇宙規模で何が起きるか分かんないから!」
「ご、ごめん!」
「宇宙規模ではないと思う」
エルは淡々と言った。
その場の全員が少し安心した。
「たぶん」
全員が安心をやめた。
やがて、廊下の向こうからジェレミーが歩いてきた。
黒い制服に、いつもの無駄のない足取り。
周囲の職員たちが少しだけ背筋を伸ばす。
エルはジェレミーを見つけると、箱を抱えたまま近づいた。
「ジェレミー」
「エル」
「見て」
ジェレミーは足を止め、箱の中を見た。
「また作ったのか」
「うん」
「検査前だな」
「うん」
「廊下を歩き回っていたな」
「うん」
レトとロジーが、同時に少しだけ目を逸らした。
怒られる流れだと思った。
けれどジェレミーは、箱の中のほめる鳥を見て言った。
「よくできている」
エルの目が、ほんの少しだけ大きくなった。
「ほんと?」
「ああ。造形も安定している。魔力の漏れも少ない」
エルは、明らかに得意気になった。
「うん」
ジェレミーは続ける。
「だから技術班に渡せ。検査が先だ」
「いる?」
「いらない」
「そっか」
エルはあっさり頷いた。
そして箱をジェレミーに渡そうとした。
ジェレミーは受け取らず、隣に来た技術班主任へ視線だけ向けた。
主任は即座に両手で箱を受け取った。
「全品検査します」
「壊さないで」
エルが言う。
主任はいつもより少し柔らかい声で答えた。
「壊しません。危険なら封印しますが、壊しません」
「そっか」
エルは納得した。
だが、箱が手元からなくなると、少しだけ手持ち無沙汰になった。
それを見たレトがすぐにエルの手を握る。
「じゃあ、検査終わるまで食堂行こ! プリンあるかも!」
ロジーも反対側から手を握った。
「私はほめる石の検査結果を最優先で知りたい。あれは人類に必要」
「ロジー個人に必要なだけだろう」
ジェレミーが言った。
「局長、私という人類代表の意見を軽く見ないで」
「代表権を返上しろ」
「ひどい!」
エルは二人に手を引かれながら、ちらりと技術班主任を見た。
「あとで、見せて」
主任は頷いた。
「必ず」
「うん」
エルは満足したように歩き出した。
廊下をふらふら歩いていた小さな創造者は、褒められた分だけ少し背筋を伸ばし、断られた分だけ次の誰かに会いに行った。
いらないと言われても、そっか、で終わる。
でも、見てくれたことは、ちゃんと嬉しい。
だからエルはまた作る。
そしてまた、箱を抱えて廊下を歩く。
「次はね」
食堂へ向かいながら、エルがぽつりと言った。
「おにぎりが、持ち主をほめる道具」
レトが目を輝かせた。
「おにぎりが!?」
ロジーが即座に記録を始めた。
「食用? 非食用? 発話機能あり? 感情推定あり?」
ジェレミーは静かに眉間を押さえた。
「まず検査だ」
エルは頷いた。
「うん。見せてから」
「先に検査だ」
「そっか」
少しだけ残念そうに言ってから、エルはすぐに顔を上げた。
「じゃあ、検査室に見せに行く」
ジェレミーは訂正しようとして、やめた。
ロジーは笑っていた。
レトはエルの手をぶんぶん振っていた。
その日の監理局では、技術班の検査待ちリストに新しい分類が追加された。
魔法アイテム/危険性未確定/ただし作成者が褒められると得意気になるため対応注意。




