第15話-お兄さんとのおでかけ作戦会議!
休日作戦会議
惑星監理局の食堂
雑談する声、本を捲る音、小さな笑い声。
重大な責任を伴う職務を担う監理局の職員たちが、仕事を忘れて平和に過ごせる場所。
静かな喧騒が広がる中、食堂のとあるテーブルだけに、任務前特有の緊張が漂っていた。
丸テーブルの中央には、ロジーが展開した半透明のホログラムが浮かんでいる。
そこには、監理局内の極秘案件でも扱うような分類線と矢印、赤く点滅する注意項目、作戦番号、想定経路、そして大きく書かれた文字があった。
《お兄さんと休日にお出掛け作戦》
レトは椅子の上で背筋をぴんと伸ばし、淡緑のワンサイドテールを揺らしながら、真剣な顔でホログラムを見据えていた。
いつもの戦闘班のブリーフィングより、ずっと深刻な顔だった。
「第一議題」
レトが、青白い硝子質の魔力で小さな指し棒を作る。
短剣ではない。会議用である。
そのあたりの切り替えは、本人なりにできていた。
「はしゃぎすぎない」
ホログラムの文字が、ロジーの操作で拡大される。
ロジーは何も言わない。
ただ、頭上のデバイスのカメラを少しだけレトに寄せた。
ありのままのレトが一番記録価値が高い。
ここで余計な茶々を入れてしまえば、この奇跡的な真剣さが崩れる。
ロジーはそれを理解していた。
「わたしは、お兄さんとお出掛けする。つまり、通常任務とは異なる。敵はいない。たぶん。でも、危険はある」
「あるねえ」
エルがふわふわと椅子に座らず浮きながら、完全に同調した。
白い髪の毛先のピンクが、食堂の照明に淡く光る。
「休日は危険。たのしいものが多いから」
「そう。たのしいものが多い。だから、わたしは走るかもしれない」
レトは自分の胸に手を当て、重々しく告げた。
「きらきらのお店。かわいい看板。プリンの気配。そういうのがあったら、わたしは……前に出る」
ホログラムに《レト、前に出る》という文字が表示される。
横に、ロジーが無言で危険マークをつけた。
「でも、わたしだけ前に行ったら、お兄さんを置き去りにしてしまう」
レトはそこで、きゅっと眉を下げた。
「そしたら、お兄さんが迷子になっちゃう」
食堂の空気が一瞬止まった。
別の席でコーヒーを飲んでいた副長が、カップを口元に運んだまま固まる。
レトは本気だった。
「お兄さんは局長だから強い。でも、知らない道でひとりになったら、かわいそう」
副長の肩が震えた。
彼は笑ってはいけないことを知っていた。
レトが真剣である以上、笑えば彼女を傷つける。
ましてやこれは、局長との休日を最高にしたいという、あまりにも真っ直ぐな作戦会議なのだ。
だから副長は、静かに、優雅に、完璧な姿勢で、口元をナプキンで隠した。
結果として、彼は食堂の隅で極めて深刻な表情をしている人物に見えた。
レトはそれを見た。
「……やっぱり、これは重大な任務なんだ」
勝手に納得した。
エルが深く頷く。
「重大。ジェレミーが迷子になって帰ってこられなかったら、硝子玉の宇宙の損失」
副長のナプキンが小刻みに震えた。
「わたしはこの案件に、完璧な提案を用意しました」
レトは指し棒をホログラムに向けた。
《手を繋ぐ》
その文字が、食堂の空中に堂々と表示された。
「これで、お兄さんは迷子にならない。わたしもはしゃぎすぎたら、お兄さんが止めてくれる」
エルがぱちぱちと拍手した。
「完璧。手を繋いだら、レトはジェレミーとたくさんくっつける、ジェレミーもいなくならない」
副長はついにコーヒーを飲むふりをして顔を伏せた。
喉の奥から漏れそうになった音を、咳払いに変換するのに全力を使った。
ロジーは録画していた。
ただ録画していた。
何も言わないことが、最大の協力だった。
レトは次の議題に移った。
「第二議題。きらきらお星さまプリン」
ホログラムに、ネットで見つけたカフェの画像が映し出される。
カラフルな星形の砂糖菓子がたくさん振りかけられていて、透明なゼリー層、夜空のような濃い青色のソースがかけられたプリン。
更にも小さな砂糖菓子の星が散っていて、皿の上には銀色のソースが流星みたいに引かれている。
レトの目が輝いた。
会議の緊張感が増した。
「これは、絶対に食べたい」
レトは断言した。
「でも、わたしだけ食べるのは違う。お兄さんにも分けてあげる。わたしのだいすきを、お兄さんにも分けてあげたいから」
エルがこくこく頷く。
「だいすきの共有。重要」
「ただし問題がある」
レトは深刻な顔で、ホログラムに新たな項目を出した。
《プリン分配問題》
副長はもう限界に近かった。
「お兄さんは苦いのが好きだから、きっとコーヒーを頼む。お兄さんは大人だから。かっこいいから。でも、プリンも食べてほしい」
レトはそこで両手を握りしめる。
「わたしは、お兄さんに一口あげる。たぶん、二口あげる。お兄さんが美味しいって言ったら、三口あげるかもしれない」
ホログラムに《レトのプリン減少》と表示される。
レトの顔が曇った。
「わたしのプリンが減る」
食堂の端で、副長が完全に下を向いた。
肩が震えている。
笑っているのではない。
誰が見ても笑っているが、本人は笑っていないことにした。
「でも、お兄さんには、わたしのだいすきを共有したい」
レトの声は真剣だった。
くだらない。
あまりにもくだらない。
だが本人にとっては、愛情と欲望と幸福配分をめぐる重大な問題だった。
ロジーは録画していた。
画角を少しだけ寄せた。
エルが手を上げる。
「予備プリンを頼めば?」
レトは息を呑んだ。
食堂の空気が変わった。
「……予備プリン」
「うん。主プリンと予備プリン。任務では予備案が大事」
「エル、すごい」
「でしょ」
レトはホログラムに新たな文字を書き込んだ。
《結論:予備プリンを頼む》
さらに、その下に小さく付け加える。
《予備プリンの予備も検討》
レトは満足げに頷いた。
「これで、お兄さんにもたくさん分けられる。わたしのプリンも守られる」
副長はもう、何かの報告書を読むふりをしていた。
しかし報告書は上下逆だった。
第三議題に入る頃には、レトの真剣さは頂点に達していた。
「第三議題」
レトは少しだけ声を落とした。
「お兄さんに、楽しかったって言ってもらう」
そこだけは、食堂の空気がほんの少し柔らかくなった。
「今回は、わたしが計画を立案するって宣言した。だから、わたしとのお出掛けを、最高の思い出にしてほしい」
レトはホログラムを見上げる。
「わたしが楽しいところには行きたい。でも、お兄さんが喜ぶ場所にも行きたい。お兄さんは、どこがいいかな」
エルが顎に手を当てる。
「ジェレミーは銃を撃つのが好き」
「お兄さんに銃を撃たせるの?」
「うん。ジェレミーが撃てる敵を用意する」
「それは、休日じゃなくて任務になっちゃう」
「じゃあ不採用」
「お兄さんが楽しい場所がいい」
レトが真面目に悩む。
そのとき、食堂の入口が開いた。
ジェレミー・クリエットが入ってきた。
局長である。
惑星監理局の長であり、ハンドガン一丁と超反射神経で数々の危機を抜けてきた男であり、硝子玉の宇宙に迷い込み、帰れなくなり、それでもこの宇宙の秩序を守ると決めた男である。
そして、レトに対しては判断が少し甘くなる男だった。
ジェレミーは食堂の中央に展開されたホログラムを見た。
《お兄さんと休日にお出掛け作戦》
《第一議題:はしゃぎすぎない》
《第二議題:きらきらお星さまプリン》
《第三議題:楽しかったと言ってもらう》
普段なら、何をしているんだ、と言う場面だった。
ジェレミーは言わなかった。
レトが真剣だったからだ。
「会議中か」
「お兄さん!」
レトが立ち上がる。
立ち上がった瞬間、ホログラムの端にぶつかりそうになり、慌てて座り直した。
作戦会議中なので、落ち着かなければならない。
「うん。休日お出掛け作戦の会議中。いま、第三議題で止まってる」
ジェレミーは少しだけホログラムを見て、空いている席に座った。
「なら、私も参加する」
副長の動きが止まった。
ロジーのデバイスが、ごく小さく記録光を強めた。
エルがにこにこした。
レトは真剣に頷く。
「お兄さんの意見を聞きます」
ジェレミーは腕を組み、会議資料を見るようにホログラムを確認した。
「第一議題の結論は妥当だ」
副長が顔を伏せた。
「ただし、私と歩幅を合わせること。はしゃいだレトが前に出すぎると危ない」
「はい」
レトは背筋を伸ばした。
「手を繋ぐだけではなく、歩幅も合わせる。重要」
ロジーが無言でホログラムに追記した。
《手を繋ぐ+歩幅を合わせる》
ジェレミーは続ける。
「第二議題。プリンについてだが」
「はい」
「私が一口食べて、気に入ったら追加注文をすればいい」
レトが瞬きをする。
「追加注文」
「私の分だ。そして、君に貰った一口分を返す」
ジェレミーは、いつものように淡々としていた。
だが言っている内容は、休日デートのプリン分配である。
「これで、お互い同じ量のプリンが食べられるだろう」
レトの顔がぱあっと明るくなった。
「お兄さん、すごい」
「配分の問題だ」
「配分の問題」
レトは感動したように繰り返した。
ロジーは録画していた。
この局長は、局長会議より真面目な顔でプリン配分を取りまとめている。
記録価値は天井を抜けていた。
エルが満足げに頷く。
「お兄さん、プリン戦略家」
「戦略ではない」
「戦略だよ」
「違う」
「でもすごい」
「それは否定しない」
副長はもう限界だった。
彼は笑ってはいけない。
笑ってはいけないのに、惑星監理局の局長が、休日デートのプリン配分問題をあまりにも真剣に処理している。
しかも、レトはそれを完全に重大案件として受け止めている。
副長は、口元を押さえたまま、静かに震えた。
レトがちらりと見た。
副長は深刻な顔をしている。
震えているが、それはきっと、重大な会議だからだ。
「副長も、この結論に納得した顔をしてる……」
「そうだねえ」
エルが肯定した。
「副長、感極まってる」
副長は心の中でエルを止めようとした。
声は出なかった。
ジェレミーは第三議題に視線を移す。
「第三議題。私に楽しかったと言ってもらう、だったな」
「うん」
レトの声が少し小さくなる。
「わたし、お兄さんに楽しかったって思ってほしい。わたしとお出掛けしてよかったって」
ジェレミーは、そこで少しだけ目を細めた。
「私は、レトが楽しいなら楽しい」
あまりにも真っ直ぐな保護者の振る舞いだった。
即答だった。
レトの頬が緩む。
しかしジェレミーはそこで終わらなかった。
彼は真面目だった。
レトが真剣なら、自分も真剣に付き合う。
それがどれほどくだらない案件であっても、彼にとってはくだらなくなかった。
「しかし、提案するならば、綺麗な景色を見に行きたい」
「綺麗な景色」
「星が見える場所に行こう」
レトの目がさらに輝いた。
「星!」
「天候が崩れたときの予備案も必要だ。プラネタリウムがいいだろう、そこを第二候補にする」
ロジーが無言でホログラムに追記していく。
《第一候補:星が見える場所》
《第二候補:屋内で星を見られる場所》
《天候不良時の予備案を確保》
《プリン後の移動時間を計算》
ジェレミーは、さらに経路確認まで始めた。
「カフェから星の見える場所までの移動時間を考える。レトが疲れた場合は予定を短縮する。帰り道で眠くなる可能性もある」
「わたし、眠くならない」
「なる」
「ならないもん」
「プリンを食べて、はしゃいで、星を見たら眠くなる」
「……なるかも」
「だから帰路は余裕を持つ」
「はい」
レトは完全に納得した。
惑星監理局の食堂で、局長と箱庭の娘が、休日の外出予定を軍事作戦のように詰めている。
エルは面白そうに足をぱたぱたさせた。
「じゃあ、レトが寝ちゃった場合、お兄さんが抱っこして帰る案も入れよう」
レトがはっとした。
「それは……お兄さんが大変、でもうれしい…」
「レトは寝ると思う」
「寝ないもん」
「寝てるレトは反論できない」
「寝てないレトが今反論してる!」
ジェレミーは淡々とホログラムを見た。
「緊急時の搬送案としては妥当だ」
「お兄さん!?」
「疲労時の対応は決めておいた方がいい」
「任務みたいになってきた」
「そう認識している」
ジェレミーは平然と言った。
副長がついに小さく息を漏らした。
笑いではない。
本人の中では、まだ咳だった。
レトが振り返る。
「副長、大丈夫?」
副長は顔を上げた。
目元が少し潤んでいた。
笑いすぎて。
「ええ……問題ありません」
声が震えていた。
「副長、この計画でいいとおもう?」
「…はい」
「感動した?」
「……ええ、まあ」
副長は敗北した。
これ以上ごまかす言葉が出なかった。
レトは胸に手を当てた。
「わたし、頑張るね。副長が感動するくらい重大な作戦だから」
副長はもう何も言えなかった。
ロジーは録画していた。
無言で録画していた。
今、余計な茶々を入れないことこそが、最高の茶々だった。
ジェレミーはホログラムの最後に視線を向ける。
「では、最終確認だ」
レトは姿勢を正す。
「はい」
「一つ。手を繋ぐ。ただし歩幅を合わせる」
「はい」
「二つ。プリンは一口分けてもらい、気に入れば私の分を追加注文する。君に貰った一口分は返す」
「はい」
「三つ。星を見る。天候不良時の予備案を準備する」
「はい」
「四つ。疲れた場合は予定を短縮する。必要なら私が抱えて帰る」
「それは、まだ審議中」
「審議ではなく安全項目だ」
「うう……安全項目なら、しょうがない」
レトは不服そうにしながらも、ホログラムに小さく追記した。
《疲れた場合:お兄さんに迷惑をかけないようにする》
その下に、エルが勝手に追加する。
《でもほんとは抱っこされたい》
「エル!」
「されたいでしょ」
「……されたい」
「ならしょうがない」
「そっか……」
ジェレミーは否定しなかった。
否定しなかったので、採用された。
副長はテーブルに伏せる寸前だった。
その光景は、どう見ても平和だった。
硝子玉の宇宙の秩序を維持する惑星監理局で、最も危険で、最も不可解で、最も愛されている娘たちのひとりが、育ての親との休日を成功させるために全力で悩んでいる。
くだらなくて、ばかみたいで、どうしようもなく真剣で。
だからこそ、誰も止めなかった。
ジェレミーは最後に、ホログラムの作戦名を見た。
「作戦名はこのままでいいのか」
レトは少し考えた。
「うん。でも、もっとかっこよくしたい」
エルが手を上げる。
「お兄さん迷子防止・きらきらプリン星空作戦」
ロジーのデバイスが一瞬だけ揺れた。
笑いを堪えたのか、記録補正なのかは分からない。
レトは真剣に頷いた。
「採用」
ジェレミーも頷いた。
「いいだろう、だが防止されなくとも迷子になる予定はない」
副長は、ついに完全に顔を覆った。
惑星監理局局長ジェレミー・クリエットは、食堂の中央で、くそ真面目な顔のまま宣言した。
「では、お兄さん迷子防止・きらきらプリン星空作戦として、休日予定を確定する」
レトは両手を胸の前で握りしめた。
「はいっ!」
エルが拍手した。
ロジーは録画を止めなかった。
副長は限界だった。
そして食堂にいた職員たちは、誰ひとりとして声に出さなかったが、全員が同じことを思っていた。
この宇宙は今日も、たぶん平和だ。




