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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第132話-愛玩生物ロジーちゃん

惑星監理局では、大規模任務が終わると、ときどき慰労会が開かれる。


その日の任務は、長かった。


辺境宙域で発生した大規模な魔術災害。


不安定化した航路の封鎖。


民間船の誘導。


避難区域の確定。


残留魔力の解析。


負傷者の搬送。


現地機関から送られてくる、形式も精度も異なる膨大な報告。


戦闘班も、調査班も、技術班も、医療班も、三日近くまともに休めていなかった。


情報班も同じだった。


現場から情報が届き続ける限り、情報班の仕事は終わらない。


誰がどこにいるのか。


どの船が退避したのか。


同じ人物が別の表記で登録されていないか。


避難名簿から漏れた者はいないか。


誤報が混ざっていないか。


今、最も必要な情報は何か。


ロジーは、そのすべてを整理した。


頭上のデバイスを何度も切り替えながら、断片的な記録を分類し、重複を除き、食い違いを見つけ、必要な部署へ送り続けた。


三日間。


ロジーのデバイスは、ほとんど光を失わなかった。


そして任務終了。


死者なし。


行方不明者なし。


監理局職員の重傷者なし。


避難対象者、全員確認。


最後の照合結果が中央指令室へ送信された瞬間、張り詰めていた空気が一斉に崩れた。


その夜。


食堂の一角を借りて、慰労会が開かれた。


温かい料理。


酒。


果実飲料。


甘い菓子。


椅子へ座っても警報が鳴らない時間。


届いた報告を確認しなくてもいい時間。


次の担当者へ業務を引き継ぎ、ようやく休める職員たちが集まっていた。


普段の彼らなら、酒を飲んでも節度を保つ。


惑星監理局の職員である。


宇宙規模の危機を扱う専門家である。


疲れているから。


酔っているから。


そんな理由で、同僚へ無遠慮に接する者たちではない。


普段なら。


その日は、全員が疲れすぎていた。


三日分の寝不足。


三日分の緊張。


自分の判断が遅れれば、誰かが死ぬという重圧。


本当に全員を救えたのか、最後まで分からなかった恐怖。


それらを抱えたまま酒を飲んだ。


理性は、驚くほど簡単に溶けた。


慰労会が始まってしばらくした頃。


ロジーが食堂へ入ってきた。


「任務完了ーっ!」


両手を上げる。


ピンク色のツインおさげが、勢いよく跳ねた。


「全記録照合完了! 重複二千四百七十一件を整理! 所属不明者十三名も全員特定! 報告書の形式統一も終わりましたーっ!」


頭上のデバイスに、大きな文字が出る。


業務終了!


記録欠損なし!


ロジーはとても偉い!


自分で設定した表示だった。


誰かに褒めてもらいたいからではない。


業績を正確に記録しているだけである。


少なくとも、ロジー本人はそのつもりだった。


近くの席にいた技術班の女性職員が、ゆっくり顔を上げた。


三日間、航路安定装置の調整を続けていた職員だった。


目の下には濃い隈がある。


頬は酒で赤い。


手元のグラスは、すでに空になっていた。


職員はロジーを見た。


小さな身体。


厚い上着。


丸い頬。


ぴこぴこと光るデバイス。


ふわふわ揺れる、二本のピンク色のおさげ。


数秒、黙って見つめた。


「……ロジー」


「なに?」


「いた」


「いるよ?」


職員が立ち上がった。


足取りは、少しふらついている。


ロジーは眉を寄せた。


「大丈夫? 水飲んだ方が――」


技術班の職員はロジーの前まで来ると、両手でその頭を挟んだ。


「えっ」


わしっ。


指が髪の中へ入る。


そのまま。


ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ。


「わああああああっ!?」


ロジーの頭が、両手で盛大にこねくり回された。


撫でるどころではない。


前髪をぐしゃぐしゃにする。


頭頂部をわしゃわしゃと掻き回す。


後頭部を両手で包み、粘土でもこねるように揉む。


おさげまで巻き込まれ、ピンク色の髪が激しく跳ねた。


「ロジーだぁ……」


「何だと思ってたの!?」


「画面の中じゃない……」


「ずっと同じ建物にいたよ!」


「ちっちゃい……」


「知ってる!」


「やわらかい……」


「頭をこねるなーっ!」


頭上のデバイスが、慌ただしく表示を切り替える。


髪型崩壊警告


外部接触過多


対象者:重度の酩酊状態


ロジーは両手を上げた。


職員の手首へ触れる。


払いのけようとした。


少なくとも、外から見ればそう見えた。


けれど、押していない。


掴んでもいない。


ただ、自分は抵抗していますという形を作っただけだった。


「離せーっ!」


「ロジー、生きてる……」


「勝手に殺すな!」


「任務、終わった……」


「終わったよ!」


「みんな帰ってきた……」


「帰ってきた!」


「ロジーが全部見つけてくれた……」


「そうだよ!」


ぐしゃぐしゃ。


わしゃわしゃ。


「偉い……」


職員の手が、少しだけ優しくなった。


「すごく偉い……」


ロジーの抵抗するふりが止まった。


「……まあね」


「よく頑張ったねえ」


「うん」


再び、頭をぐしゃぐしゃにされる。


「でも頭をこねるなーっ!」


少し離れた席から、その様子を見ていた医療班の女性職員が立ち上がった。


こちらも酔っている。


三日間、負傷者と避難者の処置を続けていた職員だった。


普段は穏やかで、診察中に声を乱すことなどほとんどない。


今は、ロジーを見ながら目を潤ませていた。


「ロジー……」


「増えた!?」


医療班の職員が近づいてくる。


ロジーは頭を捕まれたまま、半歩だけ後ずさった。


「待って! 絶対ろくなことしない顔してる!」


「怪我してない?」


「してない!」


「ほんと?」


「医療記録を見たでしょ!」


「直接確認する」


「確認する場所が違う!」


医療班の職員も両手を伸ばした。


ロジーの頬を左右から包む。


むにっ。


「ひゃっ」


そのまま。


むにむにむにむに。


「やわらかい……」


「ほっへを揉むな!」


「ちゃんと温かい」


「生きてるからね!」


「よかった……」


「だから勝手に死んだことにするなーっ!」


ロジーは両側から揉まれた。


頭はぐしゃぐしゃ。


頬はむにむに。


片方のおさげは技術班の職員の腕へ巻き込まれ、上向きに跳ねている。


デバイスは危険を察したように、いつもより少し高い位置へ浮かんでいた。


「やめろーっ!」


声は大きい。


けれど、逃げない。


技術班の職員の腕の下を潜ればいい。


頬を包んでいる手を払いのければいい。


デバイスから情報班主任へ警告を送ることもできる。


ロジーは、どれもしなかった。


むしろ。


頭を揉んでいた手が一瞬離れかけると、ロジーの頭がほんの僅かに上へ動いた。


離れていく手のひらを追いかけるように。


すぐに手が戻る。


わしゃわしゃ。


ロジーは一瞬だけ目を細めた。


そして、自分が何をしたのか理解した。


「違う!」


「何が?」


「今、私、動いてない!」


「動いたよ」


「動いてない!」


「頭、こっちに来た」


「私じゃない! 空間がずれた!」


酔っていても、技術班の職員は技術班だった。


「空間変動は検出されてない」


「酔っ払いが急に専門家へ戻るな!」


その騒ぎに、戦闘班の職員たちも気づいた。


三日間、避難船を守り続けていた者たち。


装備を脱いでも肩には疲労が残り、目の奥にはまだ戦場の緊張が焼きついている。


酒で赤くなった顔が、一斉にロジーへ向いた。


頭を揉まれている。


頬を揉まれている。


本人は大声で怒っている。


だが、まったく逃げようとしていない。


戦闘班の女性職員が、ぽつりと言った。


「……ずるい」


「何が!?」


「私もロジー触りたい」


「順番待ちみたいに言うな!」


職員が近づいてくる。


「今回、敵性反応の位置、全部先に教えてくれた」


「仕事だから!」


「三回助かった」


「知ってる!」


「ありがとう」


「うん!」


大きな手が、ロジーの頭へ加わった。


わしゃわしゃ。


「わーっ!」


三人目。


前から。


後ろから。


横から。


髪がめちゃくちゃに掻き回される。


撫でるという表現では足りない。


完全に揉まれていた。


「やめろーーーーっ!」


ロジーの声が食堂中に響く。


「髪が! 私のおさげが! 毎朝整えるの大変なんだからね!」


「明日、結び直してあげる」


「戦闘班に任せられるか!」


「できる」


「絶対、左右の高さがずれる!」


「左右非対称にも戦術的価値はある」


「髪型に戦術を持ち込むな!」


別の戦闘班職員が、後ろからロジーの脇へ腕を入れた。


そのまま持ち上げる。


「わあっ!?」


小さな身体が、床から離れた。


「ちっちゃい」


「何回言うの!?」


「軽い」


「下ろせーっ!」


「この身体で、あれだけ処理したのか」


「身体の大きさは関係ない!」


「偉すぎる」


「もっと言って!」


言った。


ロジー自身が。


職員たちの手が、一斉に止まった。


抱えられたまま、ロジーの目が見開かれる。


頭上のデバイスに表示が出た。


発言記録:もっと言って


「今の消して!」


記録の改変は推奨されません。


「持ち主を守れ!」


「もっと言ってほしいの?」


戦闘班の職員が尋ねた。


「違う!」


「じゃあ、言わない」


「……」


頭を揉む手が止まる。


頬を包む指も離れる。


抱えていた腕が、ロジーを床へ下ろそうとする。


ロジーは黙った。


自分から甘えたいとは言いたくない。


撫でてほしいなんて、もっと言いたくない。


私は子供じゃない。


私は情報班の専門職員。


知識も業務能力も、大人たちに負けていない。


そんな自分が、甘やかしてほしがるなんて嫌だった。


けれど。


職員たちが勝手にしてくるなら、話は別だった。


ロジーは頼んでいない。


自分から近づいたわけでもない。


酔った職員たちが理性を失い、勝手に頭を揉み、勝手に抱き上げ、勝手に褒めている。


ロジーには責任がない。


巻き込まれているだけ。


甘えているのではない。


甘やかされてしまっているだけ。


相手が勝手に甘やかしてくるという事実は、ロジーにとって完璧な免罪符だった。


床へ下ろされかけたロジーは、抱えている職員の服を掴んだ。


ほんの一瞬。


指先だけ。


けれど、全員が見た。


「……ロジー?」


「急に下ろしたら危ないでしょ!」


「もう足、床についてるよ」


「安全確認!」


「下ろしていい?」


「私に聞くな!」


「聞かないと分からない」


「勝手にしたんだから、最後まで勝手にしろ!」


戦闘班の職員は、ロジーをもう一度抱え直した。


「了解」


「了解するなーっ!」


止まっていた手が、一斉に戻ってきた。


頭を揉まれる。


前髪をぐしゃぐしゃにされる。


頬を包まれる。


おさげを整えようとして、余計に崩される。


背中をぽんぽん叩かれる。


「ロジー、偉かった」


「知ってる!」


「すごかった」


「もっと具体的に!」


「情報照合が速かった」


「そう!」


「誤認識別も全部見つけた」


「そうそう!」


「誰も置いていかなかった」


「……うん」


「ロジーのおかげで、全員帰ってこられた」


頭を揉む手が、少しだけ優しくなった。


ロジーは抱えられたまま、黙った。


頬は赤い。


酒は一滴も飲んでいない。


「偉いね」


「……私は、いつも偉い」


「うん」


「仕事できるからね」


「うん」


「大人よりできること、いっぱいあるし」


「うん」


「だから、子供扱いは違うからね」


「分かってる」


職員は、ロジーの頭をゆっくり撫でた。


「でも、今日は頑張ったから撫でる」


「勝手にすれば」


「かわいい」


「それはいらない!」


「かわいくて偉い」


「混ぜるな!」


「小さくて賢い」


「小さいもいらない!」


「もこもこ」


「服の感想!」


職員たちは笑った。


ロジーも、少しだけ笑った。


その様子を、少し離れた場所から情報班主任が見ていた。


酒は飲んでいるが、量は少ない。


普段とほとんど変わらない顔で、職員たちの中心に埋もれているロジーを観察している。


隣にいた副長が、グラスを片手に言った。


「止めなくてよろしいのですか」


「ロジーが本気で拒絶した場合、デバイスから警告が入ります」


副長が頭上のデバイスを見る。


表示されているのは、


精神負荷:低下


緊張反応:急速に緩和


幸福傾向:上昇


髪型:修復困難


副長は薄く笑った。


「最後の項目以外は問題なさそうですね」


「髪型は明朝、生活班へ相談します」


「本人へ救出が必要か確認しますか」


「聞けば意地になって否定します」


副長はロジーを見る。


ロジーは抱えられたまま、両側から頬を揉まれていた。


「やめろーっ! 私を愛玩動物みたいに扱うなーっ!」


「監理局所属情報処理型愛玩動物」


「分類するな!」


「希少種」


「保護指定するな!」


「よく働く」


「もっと言って!」


「また言った」


「今のは業務評価を求めただけ!」


副長はグラスに口をつけた。


「離れる様子はありませんね」


「ええ」


情報班主任は、ごく僅かに笑った。


慰労会が終わる頃。


酔いつぶれた職員たちは、残っていた者たちに回収されていった。


ロジーも、ようやく解放された。


髪は完全に崩壊していた。


二本のおさげは高さがずれ、前髪は四方へ跳ね、頭頂部はふわふわに膨らんでいる。


頬も揉まれすぎて、ほんのり赤い。


ロジーは食堂の窓に映る自分を見た。


「……ひどい」


デバイスが写真を撮った。


「撮るな!」


保存しました。


「消せーっ!」



翌朝。


情報班のオフィス。


前夜の職員たちが、順番にロジーの席へやってきた。


全員、二日酔いだった。


ロジーの髪は、生活班の手によって綺麗に戻されている。


左右同じ高さのツインおさげ。


整った前髪。


いつものロジーだった。


職員たちは、きちんと姿勢を正えた。


「昨日は申し訳ありませんでした」


「頭や頬へ無遠慮に触れたことを謝罪します」


「疲労と飲酒を言い訳にはしません」


ロジーは腕を組み、頬を膨らませた。


「ほんとだよ!」


職員たちが頭を下げる。


「私の頭を粘土みたいにこねるな!」


「はい」


「おさげを巻き込むな!」


「はい」


「持ち上げて振り回すな!」


「振り回してはいません」


「持ち上げた!」


「はい。申し訳ありません」


ロジーは、しばらく不満そうに職員たちを見た。


やがて、小さく鼻を鳴らす。


「……次から気をつけてよね」


「はい」


職員たちが、もう一度頭を下げた。


謝罪は、それで終わった。


数人がオフィスの出口へ向かう。


ロジーは端末を開きかけた。


けれど、手を止める。


「ねえ」


職員たちが振り返る。


ロジーは、少しだけ目を逸らした。


「つぎは、いつ飲み会やるの?」


一瞬。


オフィスが静かになった。


それから。


職員たちが、揃って小さく笑った。


「ふふっ」


ロジーの頬が赤くなる。


「なに笑ってるの!? 予定を聞いただけ! 情報班として必要だから!」


誰もからかわなかった。


ただ、まだ少し笑いながら答えた。


「決まったら、ロジーにも知らせます」


「絶対だよ!」


ロジーの頭上で、デバイスが静かに表示を出した。


次回慰労会――参加予定者:ロジー


ロジーはそれを消さなかった。



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