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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第13話-やっぱり三人がいちばん

『好きが見える魔法』


惑星監理局の中庭には、人工恒星の光を硝子板でやわらかく拡散させる休憩区画がある。


白いベンチ。

淡い草花。

空に浮かぶ透明な軌道橋。


その端っこで、レトはエルの膝に頭を乗せていた。


「エル、髪さわって」


「うん」


エルは短く答えて、レトの淡緑色の髪を指先で梳いた。


さらさら、と髪が流れる。

左側で結ばれたワンサイドテールが、エルの膝の上でふわりと揺れる。


レトは目を細めた。


「んふふ……エルの手、ちいさいのに、なんかすごいね」


「すごい?」


「うん。さわられると、ぽかぽかする」


「レト、元から熱いよ」


「それとは別!」


レトはむにゃっと頬を膨らませる。

青白い高熱を宿した魔力が、機嫌のよさに合わせて指先からちらちら漏れた。


それを見て、エルは少し首を傾げた。


「しあわせ温度?」


「しあわせ温度!」


レトは即答した。


エルはレトの髪を撫でながら、空いた手で小さな魔法アイテムを作った。

ころん、と手のひらに落ちたのは、半透明の硝子の鈴。


中に小さな星が入っていて、振ると音ではなく、淡い光がこぼれる。


「レト用」


「わたし用!?」


レトは跳ね起きた。


「エル、わたしにくれるの!?」


「うん。レトが嬉しいと光る」


「えっ、じゃあ今すごく光るよ! 見て! もう光る! わたし嬉しい!」


レトが両手で鈴を包むと、鈴はぱあっと青白く輝いた。

その光を見て、エルは少しだけ目を細める。


「ほんとだ」


「ほら! エル、ほら! わたし、エル好きだからすごい光る!」


「うん」


「エルもわたし好き?」


「好き」


「どれくらい?」


エルは考えた。


人間の尺度。

好きの量。

距離。

温度。

重さ。

そういうものは、エルにはまだ少し難しい。


けれど、膝の上に頭を乗せてくるレトの重さは、分かる。

髪を撫でると嬉しそうにすることも、分かる。

名前を呼ぶと、すぐ振り向くことも、分かる。


だからエルは言った。


「レトがいないと、今日はつまんないくらい」


レトは一瞬、固まった。


それから、顔を真っ赤にした。


「え、えへ……えへへへ……!」


「変な顔」


「変じゃない! しあわせ顔!」


「そっか」


エルはレトの頬を指でつついた。


ぷに、と沈む。


「もちもち」


「もちもちじゃない! わたしは戦闘班のレト!」


「戦闘班のもちもち」


「強そうじゃない!」


「かわいい」


「かわいいは合ってる!」


レトは胸を張った。

その勢いで、エルの肩にぎゅっと抱きつく。


「エル、もっと言って」


「かわいい」


「もっと!」


「レト、かわいい」


「もっともっと!」


「しあわせ温度の、戦闘班の、もちもちかわいいレト」


「うわあああああ……!」


レトは耐えきれず、エルを抱きしめたままベンチの上でごろごろしはじめた。


エルは抵抗しない。

むしろ巻き込まれたまま、ふわっと浮いた。


ベンチごと浮きそうになった瞬間、近くを通りかかった職員が二度見する。


「エルさん、ベンチはそこにあるべき備品です」


「備品は浮かないほうがいい?」


「できれば」


「わかった」


ベンチは静かに地面へ戻った。


レトはエルに抱きついたまま、鈴を掲げる。


鈴はまだ、青白く強く光っていた。


「ねえエル」


「なに?」


「この鈴、わたしが寂しいときも光る?」


「寂しいときは、あたしのところに来ればいいよ」


レトは目をぱちぱちさせた。


「いいの?」


「うん」


「いっぱい行くよ?」


「うん」


「毎日でも行くよ?」


「うん」


「訓練さぼって行っても怒られない?」


「ジェレミーも怒ると思う」


「じゃあ訓練終わってから行く!」


レトは満面の笑みで、エルの胸元に顔をうずめた。


「エル、好き!」


「うん。あたしも」


中庭の硝子板に、青白い光が反射する。

それは魔術でも、魔法でもなく。


ただ、レトが嬉しいだけの光だった。


       ◆


『かわいい作戦は制御不能』


情報班、通称アカシックレコードオフラインのデスクで、ロジーは真剣な顔をしていた。


頭上のデバイスには、監理局内の食堂メニュー、職員の休憩時間、廊下の混雑予測、そして謎の表が浮かんでいる。


表題はこうだった。


第一回・監理局かわいい度向上作戦


その横で、レトも真剣な顔をしていた。


「ロジー、わたし分かった」


「なに?」


「かわいいは、秩序」


「天才じゃん」


「でしょ!」


二人は力強く頷いた。


その瞬間、近くを通った情報班職員が引き返した。


「お二人とも、何をされる予定ですか」


ロジーは満面の笑顔で言った。


「局内をかわいくする」


「許可は」


「取ってない!」


「取ってください」


「やだ!」


「やだではなく」


レトが手を上げた。


「でも、聞いて。これは秩序維持に必要なの」


「どういう理屈ですか」


「かわいいと、みんなにこにこする。みんなにこにこすると、喧嘩が減る。喧嘩が減ると、秩序!」


ロジーが即座にホログラムで図を出した。


かわいい

にこにこ

喧嘩しない

宇宙平和


「完璧な論理展開!」


「雑です」


「雑じゃない! かわいい!」


レトは謎の反論をした。


そこから作戦は始まった。


まず、廊下の案内表示が全部きらきら装飾付きになった。

名前も変更された。


会議室A → すごく頭がいい話をするところ

格納庫 → 道具が寝るところ

医療班 → いたいの飛んでけ区画

局長室 → お兄さんの部屋


通りかかったジェレミーが、局長室の表示を見た。


「……レト」


「お兄さん! かわいい?」


「正確ではない」


「でも分かりやすいよ!」


「私の部屋であることは分かる」


「じゃあ成功!」


ジェレミーは沈黙した。


ロジーが横から囁く。


「局長、ここで褒めると増えるよ」


「もう手遅れだ」


「判断が遅いね」


「ロジー」


「わー、局長が怒る三秒前の顔だ。記録価値高い」


次に、二人は食堂前の床にきらきらシールを貼った。


「ここを踏むと、今日のおすすめに導かれるの!」


レトが胸を張る。


しかし、シールの誘導線は途中で三方向に分かれていた。


プリン。

ホットケーキ。

プリン。


「ほぼプリンじゃないですか」


生活班職員が言った。


レトは真剣な顔で答える。


「おすすめだから」


「食堂のおすすめではなく、レトさんのおすすめですよね」


「でもおいしいよ」


「それはそうですが」


「勝った」


「勝ち負けの話ではありません」


その間にロジーは、食堂の注文端末に勝手にかわいい演出を入れていた。

惑星監理局のセキュリティでも、ロジーの前では白紙のキャンバスに等しい。


注文ボタンを押すと、画面の端から小さなホログラムのロジーが飛び出す。


『それ選ぶんだ? いいじゃん! 映えは弱いけど味は強い!』


別のメニューを押すと、


『それは今日の勝者! 糖分が脳に効く!』


さらに別のメニューを押すと、


『野菜? えらい! でも私ならケーキも足す!』


食堂職員が頭を抱えた。


「ロジーさん、戻してください」


「えー、かわいいのに」


「業務端末です」


「かわいい業務端末!」


「戻してください」


ロジーはレトを見た。


レトはロジーを見た。


二人は頷いた。


「撤退!」


「逃げろー!」


「逃げないでください!」


二人は廊下へ飛び出した。

レトは空間魔術で角をすいっと抜け、ロジーは小柄な身体で職員の間をすり抜ける。


「ロジー、こっち!」


「レト、そっち行くと副長いる!副長追跡マップがそっちにいるって言ってる!!!」


「えっ」


角を曲がった先に、副長が立っていた。


いつもの笑顔。

上品な立ち姿。

しかし目は完全に、すでに全部把握している人間の目だった。


「楽しそうですね」


レトはびくっと止まった。


ロジーも止まった。


二人は同時に言った。


「わたしは主犯じゃない!」


「私は主犯じゃない!」


沈黙。


副長はにこにこしている。


「では、共犯ですね」


「う」


「うわ」


副長はゆっくり歩み寄った。


「かわいい作戦、結構です。ですが、業務端末への無断干渉、案内表示の改変、床面への無許可装飾。三件です」


ロジーが小声で言う。


「レト、ここは泣き落とし」


「泣けばいいの?」


「うん」


レトは一秒で目をうるうるさせた。


「副長……わたしたち、宇宙をかわいくしたかっただけで……」


副長は笑顔のまま言った。


「二人とも反省文です」


「効かない!」


「副長、心つよ!」


ロジーが叫んだ。


副長は楽しそうに目を細める。


「ただし、食堂端末のホログラム演出は、生活班が許可する範囲で一部採用されるそうです」


「えっ」


ロジーが固まる。


「案内表示の装飾も、イベント時限定なら使いたいとのことでした、名称は変更禁止ですが」


「えっ!」


レトも固まる。


副長は続けた。


「つまり、発想は悪くありません。手順が悪い」


レトとロジーは、ぱあっと顔を明るくした。


「じゃあ勝ち!?」


「勝ちじゃん!」


「反省文は書かせます」


「負けた!」


「やっぱ負けじゃん!」


その日の夕方。


監理局の掲示板には、二枚の反省文が貼られていた。


レトの反省文。


わたしは、かわいいを増やすとき、ちゃんと許可を取ります。

でもかわいいは必要だと思います。

あとプリンはおすすめです。


ロジーの反省文。


私は、業務端末を勝手に改造しません。

ただし、採用された部分については私の勝ちです。

改造されるプログラムが悪いです、脆弱です。

あと副長は心が強い。


副長はそれを見て、肩を震わせていた。


通りかかったレトが心配そうに覗き込む。


「副長、泣いてる?」


「……いいえ」


「でも震えてる」


「大丈夫です」


ロジーがにやっと笑う。


「笑ってる」


「ロジーさん」


「副長、私たちの勝ちだね」


「お仕置き、追加しますか?」


「ごめんなさい!」


ロジーは即座に引いた。


レトはよく分かっていなかったが、なんとなく勝った気がして、にこにこしていた。


          ◆


『三つぶんの席』


昼の食堂は、監理局の中でいちばん騒がしい。


戦闘班が大皿を空にし、技術班が端末を片手に食べ、生活班が配膳台の前で忙しく動き回る。

その奥、窓際の席に、箱庭の娘たちが集まっていた。


レト。

ロジー。

エル。


三人分の椅子を、ぴったりとくっつけあって寄りあっている。


レトはプリンを守るように両手で囲っていた。


ロジーは山盛りの映えスイーツを並べ、頭上のデバイスで角度を測っている。


エルは宙に浮いたまま、食堂の天井から吊るした小さな星形ライトを眺めていた。


「エル、それ勝手につけた?」


ロジーが聞く。


「うん」


「生活班に怒られるよ」


「怒られたら外す」


「怒られる前に外すという発想は?」


「ない」


「それ旧世代って感じ!自由すぎる!」


レトはプリンを見つめたまま言った。


「このプリン、安全?」


最近出回っている暗殺用の毒物に関する報告共有を受けたレトは、全ての食べ物を警戒していた。


ロジーが即答する。


「安全」


「ほんと?」


「成分表、製造履歴、配膳担当、冷蔵庫の開閉記録、全部見た。安全」


「さすがロジー!」


「もっと褒めて」


「ロジーすごい! かわいい! 天才!」


「よし、許す」


「なにを?」


「なんか全部」


エルがレトのプリンを覗き込んだ。


「レト、それ好き?」


「好き! でも一口ならあげる」


「いいの?」


「エルだからいいよ」


レトは小さなスプーンでプリンをすくい、エルに差し出す。


エルはぱくっと食べた。


「甘い」


「おいしい?」


「うん」


「よかった!」


レトは本気で嬉しそうに笑った。


それを見ていたロジーが、わざとらしく頬杖をつく。


「あれー? 私はー?」


レトはすぐにスプーンを構えた。


「ロジーも食べる?」


「食べる!」


「はいっ!」


ロジーは口を開けた。


レトがプリンを差し出す。

ロジーが食べる。


「んー、これは安全プリン」


「でしょ!」


「でもレトが一番おいしそうに食べるから、レトが食べた方が価値高い」


「もちろん食べる!」


「かわいい」


「もっと言って!」


「私くらいかわいい!!」


エルは二人を見ながら、手のひらに小さな魔法のカップを作った。


中身は、飲む人が「今ほしい味」だと感じる飲み物になるらしい。


ロジーは目を輝かせた。


「なにそれ、検査済み?」


「まだ」


「じゃあ飲めない」


「そっか」


エルは素直にカップをしまった。


レトが少し考えてから言う。


「検査が終わったら、三人で飲も」


「うん」


「私、最初に記録する」


「ロジーはなんでも記録するね」


「するよ。だって、こういうのは残す価値あるもん」


ロジーは何気なく言った。


けれど、その言葉だけ、少し静かだった。


レトはきょとんとロジーを見る。

エルも、ロジーを見る。


ロジーはすぐに笑った。


「なに? しんみり禁止! 食堂だよここ!」


「うん!」


レトは勢いよく頷く。


そして、突然ロジーに抱きついた。


「わっ、なに!?」


「ロジーも残す!」


「は?」


「記録じゃなくて、ここに残す!」


レトはぎゅうぎゅう抱きしめる。


「わたしが覚えてる! エルも覚えてる! お兄さんも副長も、みんな覚えてる! だからロジーは、ちゃんとここにいる!」


ロジーは一瞬、何も言わなかった。


それから、少しだけ目をそらす。


「……急に重いじゃん」


「重くない! 大事!」


「大事は重いんだよ」


「じゃあ重くていい!」


エルが静かにロジーの隣へ寄った。


ふわりと浮いていた身体を、椅子の高さまで下ろす。


「ロジー、あたしもいる」


「……うん」


「レトもいる」


「いるね」


「プリンもある」


「急に軽い」


「軽くても重いの」


ロジーは微笑んだ。


レトも笑った。

エルは少し遅れて、ふふ、と笑った。


その笑い声に、近くの職員たちがちらりと目を向ける。

けれど誰も邪魔しない。


この席だけは、いつも少し特別だった。


強大な魔術を持つ戦闘班の少女。

壊れた脳をデバイスで支えながら、全てを記録しようとする少女。

宇宙を創った旧世代の少女。


三人が並んで、プリンとスイーツと食堂のランチを囲んでいる。


それだけで、監理局の日常はちゃんと守られているように見えた。


少しして、副長が通りかかった。


三人は同時に顔を上げる。


レトが手を振った。


「副長! 一緒に食べる?」


ロジーが続ける。


「副長の分の席ないけど」


エルが椅子を一つ魔法で作った。


生活班職員が遠くから叫ぶ。


「エルさん! 食堂備品の増設は申請してください!」


エルは椅子を消した。


「だめだった」


副長は笑顔のまま肩を震わせた。


「私は立ったままで結構です」


ロジーがにやにやする。


「あ、またにやにやしてる」


「ロジーさん」


「はい黙ります」


レトは副長の顔を覗き込んだ。


「副長、今日は泣いてない?」


「泣いていません」


「にこにこしてる!」


「楽しいので」


レトはぱあっと笑った。


「じゃあいいね!」


その言葉に、三人はまた笑う。


食堂の窓の外では、硝子玉の宇宙の星々がゆっくり流れていた。


閉ざされた宇宙。

硝子の壁に囲まれた世界。


それでも食堂の一角には、三人分の笑い声があって。

プリンの甘さと、スイーツのきらきらと、誰かが隣にいる温度があった。


ロジーがデバイスを起動する。


「記録名、どうしよ」


レトが言う。


「三人でごはん!」


エルが言う。


「しあわせ食堂」


ロジーは少し考えて、両方採用した。


記録名:三人でごはん/しあわせ食堂


そして小さく、誰にも聞こえない声で付け足した。


「永久保存」


レトは聞こえていなかった。

エルは、聞こえていた。


けれど何も言わず、ロジーの袖を少しだけ掴んだ。


ロジーも何も言わず、そのままにした。


レトはプリンを一口食べて、幸せそうに笑う。


「やっぱり安全プリン、おいしい!」


ロジーが笑う。


「安全プリンって言い方、まだ続けるの?」


エルが頷く。


「かわいい」


レトは胸を張った。


「でしょ!」


その日、食堂の昼休みは少し長く感じられた。

誰も急かさなかった。


三人が仲良くしている時間は、監理局にとっても、たぶん宇宙にとっても、必要な時間だった。



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