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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
L-1秘匿監理群

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122/135

人間って変だよね!

「これは――上位委員会の承認を受けた訪問でしょうか」


副長の問いに。


通信の向こうは、何も答えなかった。


回線は切れていない。


認証も正常。


最高機密窓口との接続は、確かに維持されている。


それでも、返答だけがなかった。


一秒。


二秒。


三秒。


副長は端末を耳へ当てたまま、硝子膜の向こうを見る。


エルが中庭の一角へ作った、小さなお茶会空間。


白い絨毯。


丸い机。


七色のクッション。


楽しさに反応して、時折勝手に鳴る七つの鈴。


そこには。


レト。


ロジー。


エル。


そして。


コロ。


ノクト。


レグ。


ロロ。


独立封印された案件に属する四名が、当然のような顔で茶を飲んでいた。


レトとレグは、皿に残った菓子の大きさを比べている。


ノクトはロジーの隣で、次にどの菓子を取るか悩んでいる。


ロロは金色の鈴の置かれた角度を、ほんの少しだけ直していた。


コロは、今日初めて会ったエルと並び、冷たい茶を飲んでいる。


エルは。


副長のために作った八つ目のカップへ、静かに茶を注いでいた。


『……確認する』


ようやく。


通信の向こうから声が返った。


上位委員会の秘匿案件担当官。


普段であれば一切の動揺を感じさせない人物だった。


その声が、明らかに遅れている。


『四名とは、先日の四名全員か』


「はい」


『一名ではなく』


「四名全員です」


再び沈黙。


『惑星監理局側の箱庭の娘も、全員そこにいるのか』


「レト、ロジー、エル。三名ともおります」


『エルも?』


「はい」


今度の沈黙は、さらに長かった。


通信の向こうで。


誰かが資料を開く音。


複数の職員が小声で確認し合う声。


認証情報を再確認する指示。


それらが微かに聞こえた。


上位委員会も。


この状況を想定していなかった。


四人とエルは、本日が初対面。


四人の監理局再訪は未承認。


惑星監理局側にも事前連絡はない。


それなのに。


七人は、もう一緒に菓子を食べている。


『接触経路は』


「ロロさんが、前回接続時の空間的な感覚を記憶しており、一度限りの扉を形成したとのことです」


『恒常的な経路は』


「残していないと申告しています」


『情報共有は』


「本人たちは、行っていないという認識です」


『認識?』


副長は、お茶会空間へ視線を戻す。


ロジーが胸を張っていた。


「撮影も録音もしてないから、本当に大丈夫!」


レトとレグが大きく頷く。


ノクトも頷く。


ロロも頷く。


コロまで、静かに頷いている。


エルは、菓子皿へ新しい焼き菓子を一つ増やした。


「七名とも、秘匿事項を話さず、記録も残さなければ問題はないと判断しています」


『七名とも?』


「七名ともです」


通信の向こうが、完全に黙った。


副長自身も。


何を追加報告すればよいのか、一瞬だけ分からなかった。


敵対行動なし。


逃走の兆候なし。


施設への攻撃なし。


情報漏洩も、現在のところ確認されていない。


ただ。


存在を独立封印された四人が。


惑星監理局の中庭で。


監理局所属の三人と仲良く茶を飲んでいる。


重大な事態ではある。


それは間違いない。


しかし。


この茶会を、どの種類の緊急事態として処理すればよいのか。


副長の中で、報告項目の優先順位が定まらなかった。


『……映像は』


「記録禁止命令に従い、送信しておりません」


『そうだった』


担当官の返答も、少しおかしかった。


その時。


通信の向こうで、別の人物が声を上げた。


短い指示。


担当官の返答。


続いて。


上位委員会議員本人が通信へ入った。


『惑星監理局副長』


「はい」


『四名を刺激しないでくれ』


「承知しています」


『強制的な帰還も求めない』


「はい」


『現在の状態を維持してほしい』


副長は硝子膜の向こうを見る。


現在の状態。


七人が茶を飲み。


菓子を食べ。


鈴を鳴らしている状態。


「茶会を継続させる、という理解でよろしいでしょうか」


通信の向こうが、一瞬だけ止まった。


『……そうだ』


議員本人も。


自分が何を命じているのか、整理しきれていないようだった。


『私が、すぐに向かう』


「監理局へ?」


『今から向かう』


「到着予定は」


『可能な限り早く』


それだけ言って。


通信は切断された。


副長は、端末を耳へ当てたまま動かなかった。


回線切断。


通常画面への復帰。


上位委員会議員が、自ら緊急で監理局へ向かっている。


その事実を確認してから。


副長は、ゆっくりと端末を下ろした。


「副長?」


レトが呼ぶ。


「お茶、冷めちゃうよ?」


「……ええ」


副長は答えた。


自分のために用意された八つ目のカップを見る。


中庭周辺の封鎖。


記録設備の停止。


事情を知らない職員の接近制限。


上位委員会議員の受入準備。


局長への報告。


すべきことは分かっている。


必要な処理も、すべて頭の中へ並んでいる。


それでも。


そのどれから始めるべきか。


ほんの一瞬だけ。


副長の思考が止まった。


八つ目のカップへ伸びかけた手を戻す。


端末を再び操作。


局長専用回線。


呼出。


接続。


『どうした』


ジェレミー・クリエットの声。


副長は、普段どおりの口調を作った。


「局長。緊急報告です」


『聞く』


「先日の特別保全案件に関係する四名が、監理局中庭へ来訪しました」


短い沈黙。


『四名ともか』


「四名ともです」


『上位委員会の承認は』


「ありません」


『どうやって入った』


「ロロさんが、前回の接続感覚を記憶していました。一度限りの扉を形成したとのことです」


ジェレミーの返答が止まる。


副長は続けた。


「現在、レト、ロジー、エルと接触しています」


『エルもいるのか』


「はい。四名とは本日が初対面です」


『何をしている』


副長は、硝子膜の向こうを見る。


ノクトは、エルの作った硝子の花を頭へ載せている。


レグは口いっぱいに菓子を入れ、ロロに注意されていた。


コロは、それを見ながら小さく笑っている。


「お茶会です」


『……もう一度言え』


「エルが展開した空間で、七名がお茶会をしています」


ジェレミーも黙った。


副長は。


自分だけが処理できていないわけではないと知り、ほんの少しだけ安心した。


『機密情報は』


「話していない、と全員が主張しています」


『記録は』


「ロジーが自発的に全機能を停止しています」


『四人は、何のために来た』


「レトとロジーへ、もう一度会いたかったそうです」


また。


沈黙。


『コロもか』


「コロさんもです」


『止めなかったのか』


「止めるべきほど重大な行為だという認識が、四名とも薄かったようです」


『レトたちは』


「歓迎しています」


『エルは』


「非常に楽しそうです」


ジェレミーが短く息を吐いた。


『上位委員会には確認したか』


「先ほど。担当窓口も絶句していました」


『だろうな』


「議員が一名、直接こちらへ向かっています」


『本人が来るのか』


「はい。可能な限り早く、と」


今度は、ジェレミーの返答が早かった。


『中庭周辺を閉鎖。記録設備をすべて切れ。事情を知らない職員を近づけるな』


「実施します」


『四人を拘束するな。帰そうとするな。七人へ余計な質問もするな』


「承知しました」


『俺も向かう』


「はい」


通信が切れた。


副長は、ようやく動き出す。


中庭へ通じる通路を、設備点検の名目で閉鎖。


周辺の映像、音声、魔力波形記録を停止。


警備職員は、七人から見えない位置へ配置。


上位委員会議員の到着区画を確保。


情報班へは、理由を知らせず自動収集の停止を命じる。


指示は正確だった。


ただし。


普段の副長であれば。


最初の通信を続けながら、すべてを終えているはずの処理だった。



硝子膜の内側では。


大人たちが何をしているのか。


七人は、ほとんど気にしていなかった。


「副長、ずっとお話ししてる」


レトが言った。


「忙しいんだね」


レグが答える。


「大人だから」


ノクトが菓子を一つ口へ入れた。


ロジーの目が輝く。


「人間の話をしよう!」


「人間の話?」


ノクトが聞き返す。


「人間のことなら、四人の秘密にも、監理局の秘密にも触れにくい!」


コロが少し考える。


「一般的な過去の経験であれば、秘匿情報へ繋がる可能性は低いと思います」


「じゃあ決まり!」


ロジーは机を軽く叩いた。


「人間社会へ来たばかりの頃、分からなかったこと!」


レトが手を上げる。


「昔のお話?」


「そう!」


ロジーが頷く。


「いまは分かるようになったけど、最初は人間ってへんだと思ってたこと!」


「ある!」


ノクトが真っ先に手を上げる。


「いっぱいある!」


レグも続く。


「ぼくも!」


七人は、楽しそうに姿勢を正した。



最初に話したのは、ノクトだった。


「わたし、最初は、人間が空を見て『今日は晴れてますね』って言う理由が分からなかった」


レトが頷く。


「見れば分かるもんね」


「そう。相手も同じ空を見てるのに、わざわざ教えるから、見えてないのかと思った」


ロジーが笑う。


「いまは分かる?」


「うん。空の話をしたいんじゃなくて、話しかけてもいいですか、っていう合図なんでしょ?」


コロが頷く。


「会話を始める際、互いに負担の少ない共通の話題を選んでいるのだと思います」


「昔のわたし、それを知らなかったから」


ノクトは、楽しそうに笑う。


「晴れてますねって言われるたびに、『はい、見えています』って答えてた」


レグが吹き出した。


「会話、終わるじゃん!」


「終わってた!」


「相手、どうしてたの?」


ロジーが聞く。


「少し困った顔をして、また別の話を始めてた」


「今なら?」


「今日は暖かいですね、とか返すよ」


「学習してる!」


ロジーが拍手した。


ノクトの夜空色の鈴が鳴った。


ちりん。


次はレグ。


「ぼくは、人間の『あと五分』が分からなかった」


「五分は五分じゃないの?」


レトが聞く。


「昔のぼくもそう思ってた!」


レグは机へ身を乗り出す。


「大人に、あと五分待ってって言われたから、ぴったり五分待った。それで、時間になったよって教えた」


「うん」


「そしたら、もう少し待ってって言われた」


「五分じゃなかった」


エルが言う。


「そう!」


レグは力強く頷く。


「昔は、数字を間違えたのかと思った。だから、次から正確に測って、一分ごとに残り時間を教えてあげた」


「それは嫌がられそう」


現在のロジーは、すぐに理解した。


「嫌がられた!」


レグも笑った。


「でも今は分かる。人間のあと五分は、本当に五分の時もあるけど、もう少しだけ待ってほしいっていう意味の時もある」


「いまはどうするの?」


レトが尋ねる。


「終わったら呼んでって言う!」


「賢い!」


レグの鈴が嬉しそうに鳴った。


ロロは、優雅にカップを置く。


「わたくしは、人間の作る列が理解できませんでしたわ」


「列?」


エルが聞く。


「床へ線が引かれているわけでもなく。壁で区切られているわけでもない。それなのに、一人が立てば、次の人間がその後ろへ立ちますの」


「見えない道」


エルが言う。


「まさに、そのように見えましたわ」


ロロは懐かしそうに胸元へ手を置く。


「初めて見た時は、人間全員が同じ空間認識能力を持っているのかと思いましたの」


「違った?」


「身体の向きや、互いの距離を見て判断しているだけでしたわ」


ノクトが笑う。


「ロロ、列を見つけるたびに、空間構造を調べてたよね」


「人間だけに見える境界があるのかと思ったのです!」


「いまは並べる?」


レトが聞く。


「当然ですわ」


ロロは誇らしげに答える。


「最後尾の表示も確認します。曖昧な場合は、近くの人間へ質問しますの」


「ちゃんと覚えた!」


「王たる者、民の秩序を理解するのは当然ですわ!」


七つの鈴が軽く鳴った。


次はコロ。


「私は、人間が褒められた時に否定する理由が分かりませんでした」


ノクトがすぐに言う。


「かわいいですねって言われて、そんなことありませんって言うやつ!」


「はい」


コロは頷いた。


「発言内容と本人の感情が一致していない場合が多く、最初は虚偽なのだと思いました」


「嬉しいのに否定するもんね」


ロジーが言う。


「現在は、謙遜という社会的な反応であると理解しています。自分を高く評価しているように見られることを避ける意図があります」


「コロ、最初はどうしてたの?」


レグが聞く。


「否定した人間へ、評価の根拠を説明していました」


「どんなふうに?」


「容姿を褒められた方が否定した際に、顔の左右対称性、服装の調和、周囲の人間の視線量から、評価は妥当であると伝えました」


ノクトが机へ突っ伏して笑う。


「もっと恥ずかしくなるやつ!」


「はい。後から説明を受けました」


コロも、今ではその理由が分かっている。


小さく笑った。


「現在は、相手が謙遜していても、無理に評価を証明しません」


「成長したね」


エルが言う。


「はい」


コロの鈴が静かに鳴る。


次はロジー。


「私は、『何でも聞いて』を、そのまま受け取ってた!」


ノクトが目を輝かせる。


「何個聞いたの?」


「百八十二個!」


「多い!」


「資料を読んで、分からないところを全部分類して、重要度と参照箇所もつけて持っていった!」


「ちゃんとしてる」


レトが感心する。


「私もそう思ってた!」


ロジーは胸を張った。


「でも、相手は一度に百八十二個来るとは思ってなかった」


「いまはどうするの?」


コロが尋ねる。


「まず、今お時間大丈夫ですかって聞く! それから、本当に必要なものをまとめて、急ぐものから少しずつ聞く!」


「適切です」


コロが頷く。


「えへへ」


ロジーの鈴が、少し騒がしく鳴った。


レトは、自分の番になると少し考えた。


「わたしは、『いつでも来ていいよ』が、本当にいつでもだと思ってた」


「違うの?」


レグが聞く。


「いまは違うって知ってる!」


レトは大きく頷いた。


「生活班の職員さんに、いつでも遊びに来ていいって言われたから、朝すっごく早く行った」


「起きてた?」


「寝てた!」


「起こした?」


「扉をいっぱい叩いた!」


ノクトが笑う。


「いつでもだからね」


「そう思ってたの!」


レトも笑う。


「でも、人間のいつでもは、本当に都合が悪い時まで来ていいって意味じゃないって教えてもらった」


「いまは?」


「先に、今日行ってもいい? って聞く!」


「えらい」


エルが言った。


「えへへ」


レトの鈴が、明るく鳴った。


エルは、自分の鈴を指先で押さえる。


「あたしは、『また今度遊ぼう』が分からなかった」


レトがエルを見る。


「前に話してたやつ?」


「うん」


エルは頷いた。


「人間に、また今度遊ぼうって言われたから、次の日に行った」


「今度だからね」


レグが言う。


「あたしもそう思った」


「でも、違った?」


「その人、仕事してた」


「いまは分かる?」


コロが聞く。


「うん。今度って、日を決めてない時もある。挨拶みたいに言う時もある」


エルは少しだけ考え。


「だから今は、いつ? って聞く」


「それがいい!」


レグが言う。


「何時も聞こう!」


ロジーが続く。


「場所も!」


ロロも加える。


「持っていく菓子も決めるべきですわ!」


コロが尋ねる。


「菓子まで必要でしょうか」


「必要!」


ノクトが答えた。


七人の鈴が一斉に鳴る。



硝子膜の外では。


大人たちが、静かに走り回っていた。


「中庭北側、封鎖完了」


「南側も完了しました」


「事情を知らない職員一名を別経路へ誘導」


「上位委員会議員、到着まで十二分」


副長は複数の報告を処理しながら。


硝子膜の内側から聞こえる声にも、少しだけ意識を向けていた。


「昔は人間ってへんだと思ってた!」


ノクトの声。


「いまは理由、分かるけど!」


レグの声。


「分かるようになるまで、いっぱい怒られたよね!」


ロジーの声。


七人は。


人間社会の決まりを理解していないわけではない。


現在は。


相手へ時間を確認し。


曖昧な言葉には具体的な意味を尋ね。


人間の遠回しな表現も。


暗黙の範囲も。


以前より、ずっと正確に理解できるようになっている。


だからこそ。


昔の勘違いを笑って話せる。


ただし。


今回の無断訪問がどれほど大きな問題なのかについては。


七人とも、まだ同じようには理解していなかった。



「次は、大人に叱られた思い出!」


レグが言った。


「でも、いまは叱られた理由が分かる話!」


ロジーが条件を加える。


「分かってる!」


レグは胸を張った。


「じゃあ、ぼくから!」


最初はレグ。


「昔、整備用の小型機械と競争した」


「勝った?」


レトが聞く。


「勝った!」


「すごい!」


「格納区画を二周した!」


ロジーが聞く。


「いまは、どうして怒られたか分かる?」


「分かるよ。整備用の機械は競争相手じゃないし、仕事中だった。それに、ぼくが急に前へ出たら、操作してる人が困る」


「成長してる!」


「でも、勝ったのは本当!」


「そこは残すんだ」


ノクトが笑う。


次はノクト。


「わたしは、展示室で『自由に見ていい』って言われて、機械の蓋を開けた」


「いまは駄目って分かる?」


ロジーが尋ねる。


「分かる。自由に見るっていうのは、展示されてる状態で見るって意味だった」


「部品も外したよね」


コロが言う。


「一個だけ」


「一個でもです」


「いまは外さないよ!」


ノクトは胸を張った。


「触っていいって書いてあっても、外していいとは限らない!」


「えらい!」


レトが拍手する。


次はロロ。


「わたくしは、簡単な歓迎で構わないと言われたため、控えめな装飾を用意しましたの」


レグが聞く。


「どのくらい?」


「椅子を七脚。天井装飾を四層。歓迎門を一基。壁面を金色へ」


「控えめじゃない!」


「当時のわたくしにとっては控えめでしたの!」


ロロは少しだけ顔を逸らした。


「現在は、人間が簡単な歓迎と言った場合、相手へ気を遣わせない程度の小規模な用意を求めていることも理解していますわ」


「今なら?」


「茶と菓子。小さな花。正式な室名は一つだけ」


「室名はつけるんだ」


「当然ですわ!」


コロの番。


「私は、正直に感想を言ってほしいと頼まれ、資料の問題点をすべて伝えました」


ロジーが尋ねる。


「前に言ってた、文字配置も色も全部指摘した話?」


「はい」


「いまは、どうする?」


「最初に良い点を伝えます。その後、改善による効果が大きい箇所から、相手が受け取りやすい表現で伝えます」


「すっごく人間社会を理解してる!」


ノクトが感心する。


コロは少しだけ微笑む。


「正確さだけでは、相手へ情報が届かない場合があると学びました」


次はロジー。


「私は、端末を机に積みすぎて崩した!」


「二十七個?」


ノクトが聞く。


「二十七個!」


「いまは?」


「同時に使う分だけ机に出す! 残りは整理棚! 作業領域と保管領域を分ける!」


「ちゃんと反省してる」


「当然!」


ロジーは胸を張る。


「ただし、二十七個とも必要だったのは本当!」


次はレト。


「わたしは、人間の持ち物を、落としたんだと思って拾ったら怒られた」


「なにを拾ったの?」


レグが聞く。


「お店の前に並んでた飾り!」


ロジーが笑う。


「商品だったやつ!」


「落ちてるように見えたの!」


レトも今では笑っている。


「いまは、お店に並んでるものは勝手に持っていかない。落とし物みたいでも、職員さんに聞く!」


「えらい!」


「あと、値札がついてたら買うもの!」


「そこは大事!」


最後はエル。


「あたしは、人間が、寒いって言ったから、部屋を夏にした」


全員が止まった。


「部屋を?」


ロロが聞く。


「暑くした」


「どのくらい?」


「外へ出たら、急に夏になるくらい」


ロジーが頭を抱えかけ。


途中で止めた。


これは昔の話だ。


エルは、今は分かっている。


「いまは、どうするの?」


レトが尋ねる。


「毛布を渡す。温度を少し上げる。どれがいいか聞く」


「ちゃんと加減してる!」


「うん」


エルは頷く。


「寒いって言った人も、部屋全部を夏にしてほしいわけじゃなかった」


コロが静かに言う。


「言葉から、必要な対応の規模を判断することも学習なのですね」


「うん」


エルの鈴が、静かに鳴った。


七人は笑った。


以前は分からなかった。


人間の言葉。


人間の距離。


人間の曖昧さ。


いまは。


すべてではなくても。


以前より、ずっと分かる。


だから。


自分たちが昔どれほど人間を困らせたのかも、分かる。


「人間って、へんだと思ってたけど」


レトが言う。


「わたしたちが、知らなかっただけの時もあるね」


「人間がへんな時もあるよ」


ノクトが言った。


「ある!」


ロジーが笑う。


「でも、理由があることも多い!」


「理由を聞けば分かる」


エルが言う。


コロが頷く。


「説明されれば、学習できます」


レグも胸を張る。


「ぼくたち、ちゃんと覚えてる!」


ロロは優雅にカップを掲げた。


「人間社会へ適応した、わたくしたちの成長を祝うべきですわ!」


「かんぱい!」


レトがカップを持ち上げる。


七つのカップが。


机の中央で軽く触れた。



ジェレミーが中庭へ到着した時。


副長は、硝子膜から少し離れた場所に立っていた。


「状況」


ジェレミーが短く聞く。


「変化ありません」


「情報漏洩は」


「確認されていません」


「四人は帰る様子を見せたか」


「ありません」


「何を話している」


副長は、一瞬だけ黙った。


「人間社会へ入った当初の失敗と、現在では理解できるようになった社会習慣についてです」


ジェレミーの目が、わずかに細くなった。


硝子膜の中を見る。


七人は楽しそうに話している。


レトとレグは、昔どちらが多く叱られたかを競っている。


ノクトとロジーは、自分たちの勘違いの方が面白かったと言い争っている。


ロロは、自分の歓迎方法は今でも美しかったと主張している。


コロは、内容を整理しながら時々笑っている。


エルは、空になった菓子皿へ新しい菓子を増やしていた。


「成長の確認会か」


「本人たちは、そのように考えているようです」


「楽しそうだな」


「非常に」


副長が答える。


「お前、まだ処理が遅れてるな」


「否定はしません」


珍しく。


即答だった。


「上位委員会議員が直接来ると?」


「はい」


「到着まで、そのままにしておく」


「承知しました」


ジェレミーは、硝子膜の外に立ったまま七人を見る。


レトが気づく。


「お兄さん!」


大きく手を振った。


「お兄さんも、お茶する?」


ジェレミーが答える前に。


中庭の入口から、慌ただしい足音が聞こえた。


上位委員会の護衛。


監理局の案内役。


その中央を。


礼装の上着を整える時間さえ惜しかったらしい議員が、早足でこちらへ向かってくる。


議員は。


ジェレミーと副長を確認した。


続いて。


硝子膜の内側を見る。


コロ。


ノクト。


レグ。


ロロ。


レト。


ロジー。


エル。


七人とも。


本当にいた。


議員の足が止まる。


お茶会空間の中では。


ちょうどロロが、最後の思い出を締めくくっていた。


「人間の大人は、想定外の出来事が起きると、まず責任者を呼びますの」


「それ、いまもそうだよね」


ロジーが言う。


「うん!」


レトが中庭の入口を見る。


「局長が来て、そのあと議員さんも来た!」


ノクトが到着した議員を指差した。


「ちゃんと順番に偉い人が増えた!」


七人が一斉に振り返る。


七つの鈴が。


楽しそうに鳴った。


ちりん。


ちりん。


ちりん。


「昔は、どうして偉い人を呼ぶのか分からなかったけど」


コロが静かに言う。


「現在は理解しています。現場だけでは決定できない問題だからですね」


「今回は、なにを決めるの?」


エルが議員へ尋ねた。


議員は。


七人を見た。


金色の扉を見た。


空になった菓子皿を見た。


楽しさを知らせる鈴を見た。


そして。


七人が自分たちの成長を、心から誇らしげに語っていることまで理解した。


何も言えなかった。


副長も。


ジェレミーも。


その瞬間だけは。


助け舟を出さなかった。



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