会いに来ちゃった!
惑星監理局の中庭には、午後の穏やかな光が差していた。
透明な天井の向こうには、硝子玉の宇宙に浮かぶ星々。
花壇では、生活班が育てている小さな花が、人工の風に揺れている。
その隣の芝生で、レトは両腕を広げて寝転がっていた。
淡緑色の長い髪。
左側頭部でまとめられたワンサイドテール。
二つの青いキューブ状の髪飾りが、芝生の上で小さく光っている。
「今日は、なにもない日だねぇ」
隣に座っていたエルが、空を見上げる。
白髪のボブ。
毛先に入った淡い桃色。
その手のひらでは、小さな透明の球がころころと転がっていた。
「なにもない」
エルが言う。
球を芝生へ置いた。
転がった球は、丸から星へ。
星から小さな魚へ。
魚から、ふわふわした雲の形へ変わった。
レトは横になったまま、それを眺める。
「エル、それ、なに?」
「分かんない」
「分かんないの?」
「転がしたら、そうなった」
「そっかぁ」
レトは、それだけで納得した。
少し離れたベンチでは、ロジーが頭上のデバイスを操作している。
ピンク色のツインおさげ。
画面には、大量の資料整理状況が並んでいた。
「分類完了。引用確認完了。公開範囲設定完了」
ロジーは満足そうに胸を張る。
「今日も私は超優秀」
「ロジー、えらい」
レトが芝生から言った。
「でしょ!」
「おやすみの日なのに、ずっと仕事してる」
「これは仕事を終わらせて、完全なお休みになるための作業だから、仕事じゃない!」
「そうなの?」
「そういうことにして!」
「分かった!」
「ありがとう!」
エルが、雲の形になった透明の塊を指先で押す。
ふわりと浮いた。
「あ」
エルが小さく声を出した。
その直後。
中庭の中央に、扉が現れた。
警告も。
接続予告も。
転移術式の展開もない。
何もなかった空間へ、金色の縁を持つ大きな扉が立っている。
表面には複雑な幾何学模様。
左右には白い柱。
明らかに監理局の設備ではない。
レトが跳ね起きた。
青白い硝子の短剣が三本、身体の周囲へ浮かぶ。
ロジーも立ち上がる。
頭上デバイスの表示が、一瞬で切り替わった。
未承認空間接続。
防衛警報準備。
ロジーが送信欄へ指を伸ばす。
その前に、扉が開いた。
「ごきげんよう!」
最初に出てきたのは、豪華な衣装をまとった少女だった。
長い髪。
胸を張った立ち姿。
手には、大きな鍵。
ロロ。
その後ろから、夜空のような髪を持つ少女が顔を出す。
「ほんとに中庭だ!」
ノクト。
三人目は、橙色の髪を持つ少女。
身体の輪郭が、淡く発光している。
「レト!」
レグ。
最後に、黒色のウルフカットへ水色のハイライトを入れた少女が、静かに扉を越えた。
コロ。
周囲を見回し。
浮遊する短剣。
警報を送信しようとしているロジー。
芝生に座っている、見覚えのない白髪の少女。
そのすべてを確認してから、穏やかに頭を下げる。
「突然の訪問となり、申し訳ありません」
レトの短剣が消えた。
「レグ!」
「レト!」
二人は駆け寄る。
そのまま両手を合わせた。
ぱん、と軽い音が中庭へ響く。
「会えた!」
「会えたね!」
ロジーは、デバイスの警報送信欄へ指を置いたまま四人を見ていた。
「コロ、ノクト、レグ、ロロ」
「はい」
「わたし!」
「ぼく!」
「わたくしですわ」
保全艇の救助で、ともに作業した四人。
その後、上位委員会の命令によって、関連情報を独立封印された四人。
ロジーは首を傾げた。
「なんでいるの?」
「会いに来ましたの」
ロロが答える。
「そうじゃなくて。どうやって来たの?」
「前回接続した際の空間的な感覚を、わたくしが覚えていましたの」
ロロは悪びれずに言った。
「恒常的な経路は残しておりません。今回だけの扉ですわ」
「上位委員会には?」
「言ってませんわ」
「言ってないの!?」
ロジーの声が裏返った。
ノクトが楽しそうに続ける。
「言ったら、だめって言われるかもしれないから」
「それは、たぶん言わなきゃいけない時の理由だよ!」
「でも、秘密の話をしなければいいんでしょ?」
レグが言う。
「ぼくたち、秘密を話しに来たんじゃないよ。レトとロジーに会いに来ただけ」
コロが頷く。
「情報共有は禁止されています。ですから、私たちの任務、所在、管理対象については話しません」
「うん」
ロジーは頷きかける。
途中で止まった。
「でも、会うこと自体が大丈夫かは?」
コロは少し考える。
「明確には確認していません」
「コロまで!?」
「禁止されたのは、情報共有と恒常的な連絡経路です」
コロは落ち着いた口調で説明した。
「今回は一度だけです。秘密も話しません。したがって、たぶん大丈夫です」
「最後が急にふわっとした!」
ノクトが笑う。
「コロも来たかったんだよ」
「否定はしません」
ロジーは四人を見る。
真面目そうに見えるコロまで、止める側ではなかった。
秘密を話さなければ問題ない。
一度だけなら、恒常的な経路ではない。
会いたいから来た。
四人とも、本当にその程度の認識らしい。
レトも、まったく困った顔をしていなかった。
「また会えたんだから、いいじゃん!」
「よくないかもしれないよ!」
「でも、秘密のお話しなければいいんでしょ?」
「たぶん、それだけじゃないんだけど……」
ロジーはデバイスを見る。
警報を送るべきか。
副長を呼ぶべきか。
少し迷った。
そして。
録音機能を切った。
自動文字起こしを切った。
映像記録も切った。
「よし」
「なにが、よし?」
レトが聞く。
「記録しなければ、秘密は残らない!」
四人が納得したように頷いた。
「適切です」
コロが言う。
「適切かなぁ……」
ロジー自身も少しだけ不安だった。
その間。
エルは、四人を一人ずつ見ていた。
コロ。
ノクト。
レグ。
ロロ。
顔を見るのは、今日が初めて。
名前だけは知っていた。
以前、レトとロジーが中庭で話していたからだ。
レトは、光っていて勝負が好きな子がいたと言った。
ロジーは、拾ったものを集める子と、扉を作る子と、静かに人を見る子がいたと言った。
どこにいるのか。
何をしているのか。
どんな力を持っているのか。
そうした話は、何も聞いていない。
話してはいけないと、上位委員会から命じられていたからだ。
四人も、エルについて詳しくは知らなかった。
前回の別れ際。
レトとロジーから、友達がもう一人いると聞いただけ。
白い髪の小さな子。
静かに話す子。
不思議なものを作ることがある子。
それだけだった。
ノクトが、エルの顔を見る。
「この子が、エル?」
レトが嬉しそうに頷く。
「うん! この子がエル!」
ロジーも紹介する。
「前にちょっと話した、私たちの友達!」
エルは立ち上がった。
四人の前まで歩く。
「あたし、エル」
小さな声。
「はじめまして」
「はじめまして!」
ノクトがすぐに答える。
レグも手を上げた。
「ぼく、レグ!」
「知ってる」
「聞いてた?」
「レトから、光ってるって」
レグの身体が少し明るくなる。
「光ってる!」
「ほんとだ」
エルは、少しだけ目を細めた。
ノクトが自分を指す。
「わたしはノクト!」
「拾ったもの、いっぱい持ってる」
「ロジーから聞いたの?」
「うん」
「今度見せる!」
コロが横から言う。
「持ち出し可能なものだけにしてください」
「分かってるよ」
ノクトの返事は、あまり信用できなかった。
ロロが胸を張る。
「わたくしはロロですわ。この扉を開いた者ですの」
エルは金色の扉を見る。
「きれい」
ロロの表情が一気に明るくなった。
「当然ですわ!」
最後にコロ。
「私はコロです」
「静かな子」
エルが言う。
コロは一瞬、目を丸くした。
「ロジーさんから、そう聞きましたか」
「うん」
「概ね正しいと思います」
七人は、中庭の中央に集まった。
少しの間。
全員、何をするでもなく顔を見合わせる。
レグが、レトへ聞く。
「勝負する?」
「する!」
「だめ!」
ロジーが止める。
「なんで?」
「いま戦ったら、中庭が壊れるかもしれないから!」
「壊さないよ」
「ぼくも壊さない!」
「二人とも、勝負を始める前はそう言う!」
レトとレグは、揃って口を尖らせた。
ノクトが花壇を覗き込む。
「じゃあ、ここを探検する?」
「中庭から出ちゃだめ!」
ロジーが言う。
「誰にも見つかってないんだから!」
「見つからなければいいんだ」
「そういう意味じゃない!」
ロロは周囲を見回す。
「立ち話というのも、格式に欠けますわね」
「お茶会」
エルが言った。
全員がエルを見る。
「あたし、お茶会したい」
レトの目が輝く。
「する!」
レグも即答する。
「する!」
ノクトも手を上げる。
「お菓子ある?」
「ある」
「じゃあする!」
ロロも頷いた。
「初対面の挨拶を兼ねた茶会。悪くありませんわ」
コロは少し考える。
「秘密を話さなければ大丈夫です」
ロジーも頷く。
「録音してないから大丈夫!」
七人の間では。
これで、すべての問題が解決したことになった。
エルは芝生へ手を触れた。
「あたし、ここを楽しい場所にする」
淡い光が広がる。
中庭の一角を、薄い硝子の膜が包んだ。
建物も。
花壇も。
透明な天井も変わっていない。
けれど膜の内側だけ、柔らかく空間が膨らんでいく。
白い絨毯。
丸い低い机。
七つのクッション。
淡緑色。
桃色。
白と淡紅。
黒と水色。
夜空色。
橙色。
金色。
天井には、小さな星と硝子の花。
机の上には、七つのカップ。
温かい茶。
冷たい茶。
甘い菓子。
塩味の小さな焼き菓子。
ノクトが声を上げる。
「すごい!」
レグも周囲を見る。
「さっきまで外だったのに!」
コロは、床と壁の境界を眺めた。
空間の形成前に、術式の展開は見えなかった。
魔力の流れを順番に組み上げた形跡もない。
ただ、エルが「楽しい場所にする」と言ったあと。
完成した空間が、そこに現れた。
コロは一度だけエルを見る。
けれど。
詳しいことは聞かない方がいいと、レトとロジーから言われていた。
それに今日は、調査へ来たわけではない。
お茶会へ来たのだ。
コロは、それ以上考えるのをやめた。
ロロは右を見る。
左を見る。
天井を見る。
机の配置を見る。
そして、ゆっくり口を開く。
「……悪くありませんわ」
ノクトが笑う。
「ロロがすごく気に入った時の言い方だ」
「悪くないと言っただけですわ!」
エルがロロを見る。
「名前、つける?」
ロロの目が輝く。
「よろしいの?」
「うん」
ロロは空間全体を見渡す。
「では、《七星親交――》」
「長い!」
レグが止める。
「まだ途中ですわ!」
「絶対長い!」
ノクトが菓子を一つ取る。
「七人のお茶会でいいんじゃない?」
「簡素すぎますわ!」
エルが言った。
「七人のお茶会空間」
ロロは黙る。
少し悩む。
「……採用しますわ」
レグが驚いた。
「採用するんだ!?」
「この空間を作ったエルの意見を尊重しただけですわ!」
コロがエルを見る。
「エルが、これを作ったのですね」
「うん」
「どうやって?」
エルは少し考える。
「あたしが、楽しい場所を想像した」
「それだけ?」
「うん」
ロジーの頭上デバイスが、無音で小さく点滅した。
だが、警告文は表示しない。
エルの詳しい力について。
外部の相手へ余計な説明をしないよう設定されている。
コロは、もう一度だけ空間を見回した。
「不思議な作り方ですね」
「あたしの詳しいことは、言っちゃだめ」
エルが答える。
「分かりました」
コロはすぐに引いた。
なぜ術式がなかったのか。
どこまで作れるのか。
同じものを繰り返し作れるのか。
それ以上は、尋ねなかった。
ノクトが菓子を食べる。
「じゃあ、秘密じゃないものは作ってくれる?」
「うん」
それで話は終わった。
七人は、それぞれのクッションへ座った。
レトの向かいにはレグ。
ロジーの隣にはノクト。
エルの隣にはコロ。
ロロは、机全体を見渡せる位置を選んだ。
「じゃあ!」
ロジーが机へ両手をつく。
「自己紹介をします!」
レトが聞く。
「もう名前、知ってるよ?」
「エルと四人は初めて会ったでしょ! それに、私たちもちゃんと自己紹介してなかったから!」
「そっか!」
「言っていいことだけ話す!」
ノクトが手を上げる。
「言えないことは秘密って言う!」
「そう!」
コロも付け加える。
「相手が答えなかった場合は、別の話にしましょう」
「それがいい!」
七人全員が頷いた。
最初はコロ。
冷たい茶のカップを両手で持つ。
「私はコロです」
「コロ!」
レトが繰り返す。
「冷たい飲み物と、静かな場所が好きです。人が何を考え、どのように物事を受け取るかを見ることにも興味があります」
エルがコロを見る。
「今も、見てる?」
「はい」
コロは正直に答えた。
「ただし、勝手に心の中を覗いてはいません」
ロジーが聞く。
「できるの?」
「詳しいことは秘密です」
「ちゃんと秘密って言った!」
レトが感心する。
コロは少しだけ微笑んだ。
「どこで何をしているか。何を管理しているか。どのような方法を使うか。それらも秘密です」
「いっぱい秘密だね」
エルが言う。
「はい」
「じゃあ、冷たいお茶、好き?」
「好きです」
「それは秘密じゃない」
「秘密ではありません」
エルは、コロのカップに冷たい茶を少し足した。
次はノクト。
両手に菓子を一つずつ持っている。
「わたしはノクト!」
「ノクト!」
レトが返す。
「お散歩と、拾い物と、お喋りが好き!」
ロジーがすぐに身を乗り出す。
「どんなもの拾うの!?」
「壊れた機械。使い方の分からない箱。片方だけの部品。きれいな石。光る板。音が鳴るけど用途不明のもの」
「見たい!」
「見せたい!」
二人は同時に言った。
コロが静かに付け加える。
「持ち出し可能か、確認が必要です」
「そうだった」
ノクトは一つも反省していない顔で笑う。
「拾う場所は秘密。置いてある場所も秘密」
「うぅ……!」
ロジーは心底残念そうだった。
「でも、名前なら教えられる」
「名前?」
「この前拾った丸い部品は、まるかじり三号」
「一号と二号は!?」
「秘密」
「それ、秘密なの!?」
「どこにあるかに繋がるかもしれないから」
ノクト本人が本当にそこまで考えているのかは、誰にも分からなかった。
次はレグ。
姿勢を正す。
輪郭の光が、少しだけ強くなる。
「ぼくはレグ!」
「レグ!」
レトの声も大きくなる。
「身体を動かすことと、勝負することが好き! 熱いものと、振動するものが得意!」
レトが手を上げる。
「わたしも、熱いの得意!」
「ほんと?」
「硝子の中に、青白い熱を入れられるよ!」
「見たい!」
レトの手のひらに、小さな硝子細工が生まれた。
短剣の形。
だが、戦闘用ではない。
透明な中心で、青白い光が揺れている。
レグが顔を近づける。
「熱い?」
「いまは、あったかいだけ」
レグも指先へ、橙色の光を灯した。
「ぼくのも、いまはあったかい」
レトが触れる。
「あったかい!」
「いっぱい出すと、もっと熱い」
「どれくらい?」
レグは答えようとした。
少し考える。
「詳しい強さは秘密!」
「分かった!」
レトは素直に引いた。
「でも、ぼくは強い」
「わたしも強い!」
二人は見つめ合う。
「勝負――」
「今日はしない!」
ロジーが止める。
「まだ、なにも言ってない!」
「顔が言ってた!」
次はロロ。
カップを持つ姿まで、妙に格式が高い。
「わたくしはロロですわ」
「ロロ!」
「美しい扉。整えられた空間。豪華な衣装。宴会。正しい命名を好みます」
「好きなもの、いっぱいあるね」
エルが言う。
「好きなものを減らす理由はありませんわ」
「どんな場所を作れるの?」
レトが聞く。
ロロは胸を張りかける。
そして。
コロを見る。
「詳しい構造、接続先、保有区画は秘密ですの」
「見せられる場所は?」
エルが聞く。
ロロは考える。
「秘密ではない応接区画があれば――」
「あるの?」
レグが聞く。
「現在、秘密ではない区画があるかどうかは秘密ですわ!」
「全部秘密じゃん!」
「仕方ありませんでしょう!」
四人の自己紹介が終わった。
今度は監理局の三人。
レトが元気よく立ち上がる。
「わたしはレト!」
レグが拍手した。
「知ってる!」
「でも、自己紹介だから!」
ノクトとロジーが笑う。
「戦闘班です! 硝子の短剣と空間魔術が得意! 速く飛ぶのも得意!」
レグがすぐに聞く。
「どれくらい速い?」
レトはロジーを見る。
「言っていい?」
「細かい数値はだめ!」
「じゃあ、すっごく速い!」
「ぼくも、すっごく速い!」
「どっちがもっと――」
「勝負しない!」
「まだ言ってない!」
「二回目!」
レトは座り直す。
「好きなものは、お兄さんと、みんなと、お菓子と、雨と、褒めてもらうこと!」
ノクトが聞く。
「お兄さんって、誰?」
「お兄さんは、お兄さん!」
レトはそれ以上の説明をしなかった。
四人も追及しない。
次はロジー。
頭上デバイスを軽く指で示す。
「私はロジー! 情報班で、記録と整理と引用と、かわいいものが好き!」
ノクトが手を叩く。
「絶対、話が合う!」
「私もそう思う!」
「それ、いま撮影してる?」
「してない!」
ロジーは胸を張る。
「録音も文字起こしも、全部止めてる! 秘密は残さない!」
コロが頷く。
「適切です」
「褒められた!」
ロジーの顔が明るくなる。
「得意なのは、必要な情報を探して、整理して、必要な人へ渡すこと! でも、デバイスの仕組みや能力の詳細は秘密!」
ノクトが驚く。
「監理局にも秘密があるんだ」
「いっぱいあるよ!」
「じゃあ同じだね」
「同じ!」
二人は笑った。
最後に。
全員の視線がエルへ向く。
エルは小さな焼き菓子を持ったまま、少し首を傾げる。
「あたしは、エル」
コロが聞く。
「好きなものは?」
「かわいいもの。人間。レトとロジー。職員さん。遊ぶこと。いろんなものを作ること」
ノクトが身を乗り出す。
「どんなもの?」
「かわいいもの。楽しいもの。便利なもの」
「さっきの空間も?」
「うん」
「ほかには?」
エルは少し考えた。
「あんまり詳しく言っちゃだめ」
「分かりました」
コロが答える。
ノクトも素直に頷いた。
「じゃあ、いま見せても大丈夫なものはある?」
「ある」
エルは机へ手を置いた。
七つの小さな鈴が現れる。
色も形も違う。
レトには淡緑色。
ロジーには桃色。
エルには白と淡紅。
コロには黒と水色。
ノクトには夜空色。
レグには橙色。
ロロには金色。
「これ、楽しいと鳴る」
レトが自分の鈴を振る。
ちりん。
「鳴った!」
「振ったからでは?」
コロが聞く。
レトは鈴を机へ置いた。
「楽しい!」
鈴が勝手に跳ねた。
ちりりん。
レグの鈴も鳴る。
ノクトの鈴も鳴る。
ロジーの鈴は、少し騒がしいくらい連続で鳴った。
「私、すごい楽しい!」
「音で分かります」
コロが言う。
ロロの鈴は、上品に一度だけ鳴った。
ノクトがすぐに指差す。
「ロロも楽しい!」
「鈴が勝手に判断しただけですわ!」
「楽しくないの?」
「楽しくないとは言っていませんわ!」
レグの鈴が激しく鳴る。
レトの鈴も負けずに鳴った。
「ぼくの方が楽しい!」
「わたしの方が楽しいもん!」
「楽しさで勝負しないで!」
ロジーが叫ぶ。
けれど。
ロジーの鈴が、一番うるさかった。
七人は笑った。
コロも、小さく笑う。
彼女の鈴が静かに鳴った。
ちりん。
それから。
七人はいろいろな話をした。
答えられないことは、答えなかった。
四人がどこから来たのか。
秘密。
何を守っているのか。
秘密。
普段どのような仕事をしているのか。
秘密。
エルがどのように不思議なものを作っているのか。
秘密。
ロジーのデバイスがどこまで情報を扱えるのか。
秘密。
レトがどのような任務へ出ているのか。
秘密。
けれど。
秘密ではない話も、たくさんあった。
好きなお菓子。
朝が得意か。
どんな服が好きか。
寝相。
拾ったものへ、どんな名前をつけるか。
レグとレトの、どちらがたくさん食べられるか。
ロロが服を選ぶのに、どれだけ時間をかけるか。
ノクトが拾ったものを持ち帰り、コロに止められること。
ロジーが何でも撮影しようとして、情報班に止められること。
エルが眠い時に何かを作ると、だいたい寝具になること。
「ロロ、服を選ぶの時間かかる?」
レトが聞く。
「当然ですわ。衣装は、自己を示す大切なものですの」
コロが静かに言う。
「迷った時は、私が候補を減らします」
「コロが選ぶの?」
「はい」
ロロは少し誇らしそうに頷く。
「コロは、わたくしに似合うものを理解していますの」
「ロロが候補を二十六着出すので、選ばなければ出発できません」
「二十六!?」
レトが驚く。
「少ない方ですわ」
「多いよ!」
レグが即座に言った。
ノクトが笑いながら菓子を食べる。
「レグは、ほとんど同じ服を何枚も持ってるよ」
「全部違う!」
「少しずつ色が違う」
「違うなら、違う服だろ!」
「説明されても分からなかった」
「ノクトは拾った布を服にしようとするじゃん!」
「かわいい時もあるよ?」
「穴が開いてた!」
七つの鈴が、次々と鳴る。
お茶は減り。
菓子の皿は空になっていった。
中庭に作られた、小さなお茶会空間の中で。
七人は。
上位委員会が何を命じていたかも。
監理局がどれほど慎重に情報を封印したかも。
自分たちが突然ここへ集まっていることが、どれほど大きな問題になるかも。
ほとんど考えていなかった。
秘密は話していない。
記録もしていない。
一回だけ会いに来た。
だから、大丈夫。
七人とも。
本気で、そう思っていた。
◇
副長が中庭へ来たのは、その頃だった。
理由は、定時確認。
レト、ロジー、エルの三名が中庭にいる。
エルが作ったと思われる小規模な空間が展開されている。
魔力変動に異常なし。
危険な兆候なし。
そこまでは、よくある報告だった。
エルが中庭へ小さな遊び場を作ることも。
レトとロジーがそこにいることも。
珍しくはない。
副長は、いつもの薄い笑みを浮かべたまま中庭へ入った。
「楽しそうですね」
硝子膜の向こうへ、声をかける。
最初に振り返ったのはロジー。
「あ、副長!」
続いてレト。
「副長! いま七人でお茶会してる!」
「七人」
副長の足が止まった。
エルが、お茶会空間の入口を開く。
薄い硝子膜が左右へ分かれた。
中が見える。
レト。
ロジー。
エル。
そこまではいい。
その向かいに。
コロ。
ノクト。
レグ。
ロロ。
独立封印された案件の中でしか存在しないはずの四人が。
七色のクッションへ座り。
エルの作った茶を飲み。
楽しさに反応する小さな鈴を鳴らしながら。
笑っていた。
副長の笑みが止まった。
形だけは残っている。
だが。
目が完全に固まっていた。
ロロがカップを掲げる。
「ごきげんよう、副長」
ノクトが手を振る。
「お邪魔しています!」
レグが言う。
「秘密は話してないよ!」
コロも補足した。
「記録も行っていません。恒常的な経路も形成していません」
ロジーが胸を張る。
「私も撮影も録音も全部止めてる!」
レトも大きく頷いた。
「だから大丈夫!」
エルは静かに、副長のための八つ目のカップを作った。
「副長も、お茶する?」
副長は。
七人を見る。
空になった菓子皿を見る。
鳴り続ける七つの鈴を見る。
ロロの背後に残っている、一回限りだという金色の扉を見る。
そして。
自分のために用意された八つ目のカップを見る。
「……なるほど」
副長は、ゆっくり言った。
いつもの口調。
いつもの笑顔。
けれど。
レトも。
ロジーも。
エルも知っている。
これは、副長が本当に驚いている時の顔だった。
副長は懐から端末を取り出す。
上位委員会最高機密窓口。
緊急通信。
最上位優先接続。
認証。
送信。
一回。
二回。
接続。
副長は七人から目を逸らさないまま、極めて丁寧な声で言った。
「惑星監理局、副長です。緊急の確認事項があります」
七つの鈴が、ちりん、と鳴る。
「現在、先日の特別保全案件に関係する四名が、当局中庭におります」
もう一度。
ちりん。
「エルが展開したお茶会空間にて、当局所属の箱庭の娘三名と、楽しそうに茶会中です」
副長の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「これは――上位委員会の承認を受けた訪問でしょうか」




