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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
L-1秘匿監理群

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121/135

会いに来ちゃった!

惑星監理局の中庭には、午後の穏やかな光が差していた。


透明な天井の向こうには、硝子玉の宇宙に浮かぶ星々。


花壇では、生活班が育てている小さな花が、人工の風に揺れている。


その隣の芝生で、レトは両腕を広げて寝転がっていた。


淡緑色の長い髪。


左側頭部でまとめられたワンサイドテール。


二つの青いキューブ状の髪飾りが、芝生の上で小さく光っている。


「今日は、なにもない日だねぇ」


隣に座っていたエルが、空を見上げる。


白髪のボブ。


毛先に入った淡い桃色。


その手のひらでは、小さな透明の球がころころと転がっていた。


「なにもない」


エルが言う。


球を芝生へ置いた。


転がった球は、丸から星へ。


星から小さな魚へ。


魚から、ふわふわした雲の形へ変わった。


レトは横になったまま、それを眺める。


「エル、それ、なに?」


「分かんない」


「分かんないの?」


「転がしたら、そうなった」


「そっかぁ」


レトは、それだけで納得した。


少し離れたベンチでは、ロジーが頭上のデバイスを操作している。


ピンク色のツインおさげ。


画面には、大量の資料整理状況が並んでいた。


「分類完了。引用確認完了。公開範囲設定完了」


ロジーは満足そうに胸を張る。


「今日も私は超優秀」


「ロジー、えらい」


レトが芝生から言った。


「でしょ!」


「おやすみの日なのに、ずっと仕事してる」


「これは仕事を終わらせて、完全なお休みになるための作業だから、仕事じゃない!」


「そうなの?」


「そういうことにして!」


「分かった!」


「ありがとう!」


エルが、雲の形になった透明の塊を指先で押す。


ふわりと浮いた。


「あ」


エルが小さく声を出した。


その直後。


中庭の中央に、扉が現れた。


警告も。


接続予告も。


転移術式の展開もない。


何もなかった空間へ、金色の縁を持つ大きな扉が立っている。


表面には複雑な幾何学模様。


左右には白い柱。


明らかに監理局の設備ではない。


レトが跳ね起きた。


青白い硝子の短剣が三本、身体の周囲へ浮かぶ。


ロジーも立ち上がる。


頭上デバイスの表示が、一瞬で切り替わった。


未承認空間接続。


防衛警報準備。


ロジーが送信欄へ指を伸ばす。


その前に、扉が開いた。


「ごきげんよう!」


最初に出てきたのは、豪華な衣装をまとった少女だった。


長い髪。


胸を張った立ち姿。


手には、大きな鍵。


ロロ。


その後ろから、夜空のような髪を持つ少女が顔を出す。


「ほんとに中庭だ!」


ノクト。


三人目は、橙色の髪を持つ少女。


身体の輪郭が、淡く発光している。


「レト!」


レグ。


最後に、黒色のウルフカットへ水色のハイライトを入れた少女が、静かに扉を越えた。


コロ。


周囲を見回し。


浮遊する短剣。


警報を送信しようとしているロジー。


芝生に座っている、見覚えのない白髪の少女。


そのすべてを確認してから、穏やかに頭を下げる。


「突然の訪問となり、申し訳ありません」


レトの短剣が消えた。


「レグ!」


「レト!」


二人は駆け寄る。


そのまま両手を合わせた。


ぱん、と軽い音が中庭へ響く。


「会えた!」


「会えたね!」


ロジーは、デバイスの警報送信欄へ指を置いたまま四人を見ていた。


「コロ、ノクト、レグ、ロロ」


「はい」


「わたし!」


「ぼく!」


「わたくしですわ」


保全艇の救助で、ともに作業した四人。


その後、上位委員会の命令によって、関連情報を独立封印された四人。


ロジーは首を傾げた。


「なんでいるの?」


「会いに来ましたの」


ロロが答える。


「そうじゃなくて。どうやって来たの?」


「前回接続した際の空間的な感覚を、わたくしが覚えていましたの」


ロロは悪びれずに言った。


「恒常的な経路は残しておりません。今回だけの扉ですわ」


「上位委員会には?」


「言ってませんわ」


「言ってないの!?」


ロジーの声が裏返った。


ノクトが楽しそうに続ける。


「言ったら、だめって言われるかもしれないから」


「それは、たぶん言わなきゃいけない時の理由だよ!」


「でも、秘密の話をしなければいいんでしょ?」


レグが言う。


「ぼくたち、秘密を話しに来たんじゃないよ。レトとロジーに会いに来ただけ」


コロが頷く。


「情報共有は禁止されています。ですから、私たちの任務、所在、管理対象については話しません」


「うん」


ロジーは頷きかける。


途中で止まった。


「でも、会うこと自体が大丈夫かは?」


コロは少し考える。


「明確には確認していません」


「コロまで!?」


「禁止されたのは、情報共有と恒常的な連絡経路です」


コロは落ち着いた口調で説明した。


「今回は一度だけです。秘密も話しません。したがって、たぶん大丈夫です」


「最後が急にふわっとした!」


ノクトが笑う。


「コロも来たかったんだよ」


「否定はしません」


ロジーは四人を見る。


真面目そうに見えるコロまで、止める側ではなかった。


秘密を話さなければ問題ない。


一度だけなら、恒常的な経路ではない。


会いたいから来た。


四人とも、本当にその程度の認識らしい。


レトも、まったく困った顔をしていなかった。


「また会えたんだから、いいじゃん!」


「よくないかもしれないよ!」


「でも、秘密のお話しなければいいんでしょ?」


「たぶん、それだけじゃないんだけど……」


ロジーはデバイスを見る。


警報を送るべきか。


副長を呼ぶべきか。


少し迷った。


そして。


録音機能を切った。


自動文字起こしを切った。


映像記録も切った。


「よし」


「なにが、よし?」


レトが聞く。


「記録しなければ、秘密は残らない!」


四人が納得したように頷いた。


「適切です」


コロが言う。


「適切かなぁ……」


ロジー自身も少しだけ不安だった。


その間。


エルは、四人を一人ずつ見ていた。


コロ。


ノクト。


レグ。


ロロ。


顔を見るのは、今日が初めて。


名前だけは知っていた。


以前、レトとロジーが中庭で話していたからだ。


レトは、光っていて勝負が好きな子がいたと言った。


ロジーは、拾ったものを集める子と、扉を作る子と、静かに人を見る子がいたと言った。


どこにいるのか。


何をしているのか。


どんな力を持っているのか。


そうした話は、何も聞いていない。


話してはいけないと、上位委員会から命じられていたからだ。


四人も、エルについて詳しくは知らなかった。


前回の別れ際。


レトとロジーから、友達がもう一人いると聞いただけ。


白い髪の小さな子。


静かに話す子。


不思議なものを作ることがある子。


それだけだった。


ノクトが、エルの顔を見る。


「この子が、エル?」


レトが嬉しそうに頷く。


「うん! この子がエル!」


ロジーも紹介する。


「前にちょっと話した、私たちの友達!」


エルは立ち上がった。


四人の前まで歩く。


「あたし、エル」


小さな声。


「はじめまして」


「はじめまして!」


ノクトがすぐに答える。


レグも手を上げた。


「ぼく、レグ!」


「知ってる」


「聞いてた?」


「レトから、光ってるって」


レグの身体が少し明るくなる。


「光ってる!」


「ほんとだ」


エルは、少しだけ目を細めた。


ノクトが自分を指す。


「わたしはノクト!」


「拾ったもの、いっぱい持ってる」


「ロジーから聞いたの?」


「うん」


「今度見せる!」


コロが横から言う。


「持ち出し可能なものだけにしてください」


「分かってるよ」


ノクトの返事は、あまり信用できなかった。


ロロが胸を張る。


「わたくしはロロですわ。この扉を開いた者ですの」


エルは金色の扉を見る。


「きれい」


ロロの表情が一気に明るくなった。


「当然ですわ!」


最後にコロ。


「私はコロです」


「静かな子」


エルが言う。


コロは一瞬、目を丸くした。


「ロジーさんから、そう聞きましたか」


「うん」


「概ね正しいと思います」


七人は、中庭の中央に集まった。


少しの間。


全員、何をするでもなく顔を見合わせる。


レグが、レトへ聞く。


「勝負する?」


「する!」


「だめ!」


ロジーが止める。


「なんで?」


「いま戦ったら、中庭が壊れるかもしれないから!」


「壊さないよ」


「ぼくも壊さない!」


「二人とも、勝負を始める前はそう言う!」


レトとレグは、揃って口を尖らせた。


ノクトが花壇を覗き込む。


「じゃあ、ここを探検する?」


「中庭から出ちゃだめ!」


ロジーが言う。


「誰にも見つかってないんだから!」


「見つからなければいいんだ」


「そういう意味じゃない!」


ロロは周囲を見回す。


「立ち話というのも、格式に欠けますわね」


「お茶会」


エルが言った。


全員がエルを見る。


「あたし、お茶会したい」


レトの目が輝く。


「する!」


レグも即答する。


「する!」


ノクトも手を上げる。


「お菓子ある?」


「ある」


「じゃあする!」


ロロも頷いた。


「初対面の挨拶を兼ねた茶会。悪くありませんわ」


コロは少し考える。


「秘密を話さなければ大丈夫です」


ロジーも頷く。


「録音してないから大丈夫!」


七人の間では。


これで、すべての問題が解決したことになった。


エルは芝生へ手を触れた。


「あたし、ここを楽しい場所にする」


淡い光が広がる。


中庭の一角を、薄い硝子の膜が包んだ。


建物も。


花壇も。


透明な天井も変わっていない。


けれど膜の内側だけ、柔らかく空間が膨らんでいく。


白い絨毯。


丸い低い机。


七つのクッション。


淡緑色。


桃色。


白と淡紅。


黒と水色。


夜空色。


橙色。


金色。


天井には、小さな星と硝子の花。


机の上には、七つのカップ。


温かい茶。


冷たい茶。


甘い菓子。


塩味の小さな焼き菓子。


ノクトが声を上げる。


「すごい!」


レグも周囲を見る。


「さっきまで外だったのに!」


コロは、床と壁の境界を眺めた。


空間の形成前に、術式の展開は見えなかった。


魔力の流れを順番に組み上げた形跡もない。


ただ、エルが「楽しい場所にする」と言ったあと。


完成した空間が、そこに現れた。


コロは一度だけエルを見る。


けれど。


詳しいことは聞かない方がいいと、レトとロジーから言われていた。


それに今日は、調査へ来たわけではない。


お茶会へ来たのだ。


コロは、それ以上考えるのをやめた。


ロロは右を見る。


左を見る。


天井を見る。


机の配置を見る。


そして、ゆっくり口を開く。


「……悪くありませんわ」


ノクトが笑う。


「ロロがすごく気に入った時の言い方だ」


「悪くないと言っただけですわ!」


エルがロロを見る。


「名前、つける?」


ロロの目が輝く。


「よろしいの?」


「うん」


ロロは空間全体を見渡す。


「では、《七星親交――》」


「長い!」


レグが止める。


「まだ途中ですわ!」


「絶対長い!」


ノクトが菓子を一つ取る。


「七人のお茶会でいいんじゃない?」


「簡素すぎますわ!」


エルが言った。


「七人のお茶会空間」


ロロは黙る。


少し悩む。


「……採用しますわ」


レグが驚いた。


「採用するんだ!?」


「この空間を作ったエルの意見を尊重しただけですわ!」


コロがエルを見る。


「エルが、これを作ったのですね」


「うん」


「どうやって?」


エルは少し考える。


「あたしが、楽しい場所を想像した」


「それだけ?」


「うん」


ロジーの頭上デバイスが、無音で小さく点滅した。


だが、警告文は表示しない。


エルの詳しい力について。


外部の相手へ余計な説明をしないよう設定されている。


コロは、もう一度だけ空間を見回した。


「不思議な作り方ですね」


「あたしの詳しいことは、言っちゃだめ」


エルが答える。


「分かりました」


コロはすぐに引いた。


なぜ術式がなかったのか。


どこまで作れるのか。


同じものを繰り返し作れるのか。


それ以上は、尋ねなかった。


ノクトが菓子を食べる。


「じゃあ、秘密じゃないものは作ってくれる?」


「うん」


それで話は終わった。


七人は、それぞれのクッションへ座った。


レトの向かいにはレグ。


ロジーの隣にはノクト。


エルの隣にはコロ。


ロロは、机全体を見渡せる位置を選んだ。


「じゃあ!」


ロジーが机へ両手をつく。


「自己紹介をします!」


レトが聞く。


「もう名前、知ってるよ?」


「エルと四人は初めて会ったでしょ! それに、私たちもちゃんと自己紹介してなかったから!」


「そっか!」


「言っていいことだけ話す!」


ノクトが手を上げる。


「言えないことは秘密って言う!」


「そう!」


コロも付け加える。


「相手が答えなかった場合は、別の話にしましょう」


「それがいい!」


七人全員が頷いた。


最初はコロ。


冷たい茶のカップを両手で持つ。


「私はコロです」


「コロ!」


レトが繰り返す。


「冷たい飲み物と、静かな場所が好きです。人が何を考え、どのように物事を受け取るかを見ることにも興味があります」


エルがコロを見る。


「今も、見てる?」


「はい」


コロは正直に答えた。


「ただし、勝手に心の中を覗いてはいません」


ロジーが聞く。


「できるの?」


「詳しいことは秘密です」


「ちゃんと秘密って言った!」


レトが感心する。


コロは少しだけ微笑んだ。


「どこで何をしているか。何を管理しているか。どのような方法を使うか。それらも秘密です」


「いっぱい秘密だね」


エルが言う。


「はい」


「じゃあ、冷たいお茶、好き?」


「好きです」


「それは秘密じゃない」


「秘密ではありません」


エルは、コロのカップに冷たい茶を少し足した。


次はノクト。


両手に菓子を一つずつ持っている。


「わたしはノクト!」


「ノクト!」


レトが返す。


「お散歩と、拾い物と、お喋りが好き!」


ロジーがすぐに身を乗り出す。


「どんなもの拾うの!?」


「壊れた機械。使い方の分からない箱。片方だけの部品。きれいな石。光る板。音が鳴るけど用途不明のもの」


「見たい!」


「見せたい!」


二人は同時に言った。


コロが静かに付け加える。


「持ち出し可能か、確認が必要です」


「そうだった」


ノクトは一つも反省していない顔で笑う。


「拾う場所は秘密。置いてある場所も秘密」


「うぅ……!」


ロジーは心底残念そうだった。


「でも、名前なら教えられる」


「名前?」


「この前拾った丸い部品は、まるかじり三号」


「一号と二号は!?」


「秘密」


「それ、秘密なの!?」


「どこにあるかに繋がるかもしれないから」


ノクト本人が本当にそこまで考えているのかは、誰にも分からなかった。


次はレグ。


姿勢を正す。


輪郭の光が、少しだけ強くなる。


「ぼくはレグ!」


「レグ!」


レトの声も大きくなる。


「身体を動かすことと、勝負することが好き! 熱いものと、振動するものが得意!」


レトが手を上げる。


「わたしも、熱いの得意!」


「ほんと?」


「硝子の中に、青白い熱を入れられるよ!」


「見たい!」


レトの手のひらに、小さな硝子細工が生まれた。


短剣の形。


だが、戦闘用ではない。


透明な中心で、青白い光が揺れている。


レグが顔を近づける。


「熱い?」


「いまは、あったかいだけ」


レグも指先へ、橙色の光を灯した。


「ぼくのも、いまはあったかい」


レトが触れる。


「あったかい!」


「いっぱい出すと、もっと熱い」


「どれくらい?」


レグは答えようとした。


少し考える。


「詳しい強さは秘密!」


「分かった!」


レトは素直に引いた。


「でも、ぼくは強い」


「わたしも強い!」


二人は見つめ合う。


「勝負――」


「今日はしない!」


ロジーが止める。


「まだ、なにも言ってない!」


「顔が言ってた!」


次はロロ。


カップを持つ姿まで、妙に格式が高い。


「わたくしはロロですわ」


「ロロ!」


「美しい扉。整えられた空間。豪華な衣装。宴会。正しい命名を好みます」


「好きなもの、いっぱいあるね」


エルが言う。


「好きなものを減らす理由はありませんわ」


「どんな場所を作れるの?」


レトが聞く。


ロロは胸を張りかける。


そして。


コロを見る。


「詳しい構造、接続先、保有区画は秘密ですの」


「見せられる場所は?」


エルが聞く。


ロロは考える。


「秘密ではない応接区画があれば――」


「あるの?」


レグが聞く。


「現在、秘密ではない区画があるかどうかは秘密ですわ!」


「全部秘密じゃん!」


「仕方ありませんでしょう!」


四人の自己紹介が終わった。


今度は監理局の三人。


レトが元気よく立ち上がる。


「わたしはレト!」


レグが拍手した。


「知ってる!」


「でも、自己紹介だから!」


ノクトとロジーが笑う。


「戦闘班です! 硝子の短剣と空間魔術が得意! 速く飛ぶのも得意!」


レグがすぐに聞く。


「どれくらい速い?」


レトはロジーを見る。


「言っていい?」


「細かい数値はだめ!」


「じゃあ、すっごく速い!」


「ぼくも、すっごく速い!」


「どっちがもっと――」


「勝負しない!」


「まだ言ってない!」


「二回目!」


レトは座り直す。


「好きなものは、お兄さんと、みんなと、お菓子と、雨と、褒めてもらうこと!」


ノクトが聞く。


「お兄さんって、誰?」


「お兄さんは、お兄さん!」


レトはそれ以上の説明をしなかった。


四人も追及しない。


次はロジー。


頭上デバイスを軽く指で示す。


「私はロジー! 情報班で、記録と整理と引用と、かわいいものが好き!」


ノクトが手を叩く。


「絶対、話が合う!」


「私もそう思う!」


「それ、いま撮影してる?」


「してない!」


ロジーは胸を張る。


「録音も文字起こしも、全部止めてる! 秘密は残さない!」


コロが頷く。


「適切です」


「褒められた!」


ロジーの顔が明るくなる。


「得意なのは、必要な情報を探して、整理して、必要な人へ渡すこと! でも、デバイスの仕組みや能力の詳細は秘密!」


ノクトが驚く。


「監理局にも秘密があるんだ」


「いっぱいあるよ!」


「じゃあ同じだね」


「同じ!」


二人は笑った。


最後に。


全員の視線がエルへ向く。


エルは小さな焼き菓子を持ったまま、少し首を傾げる。


「あたしは、エル」


コロが聞く。


「好きなものは?」


「かわいいもの。人間。レトとロジー。職員さん。遊ぶこと。いろんなものを作ること」


ノクトが身を乗り出す。


「どんなもの?」


「かわいいもの。楽しいもの。便利なもの」


「さっきの空間も?」


「うん」


「ほかには?」


エルは少し考えた。


「あんまり詳しく言っちゃだめ」


「分かりました」


コロが答える。


ノクトも素直に頷いた。


「じゃあ、いま見せても大丈夫なものはある?」


「ある」


エルは机へ手を置いた。


七つの小さな鈴が現れる。


色も形も違う。


レトには淡緑色。


ロジーには桃色。


エルには白と淡紅。


コロには黒と水色。


ノクトには夜空色。


レグには橙色。


ロロには金色。


「これ、楽しいと鳴る」


レトが自分の鈴を振る。


ちりん。


「鳴った!」


「振ったからでは?」


コロが聞く。


レトは鈴を机へ置いた。


「楽しい!」


鈴が勝手に跳ねた。


ちりりん。


レグの鈴も鳴る。


ノクトの鈴も鳴る。


ロジーの鈴は、少し騒がしいくらい連続で鳴った。


「私、すごい楽しい!」


「音で分かります」


コロが言う。


ロロの鈴は、上品に一度だけ鳴った。


ノクトがすぐに指差す。


「ロロも楽しい!」


「鈴が勝手に判断しただけですわ!」


「楽しくないの?」


「楽しくないとは言っていませんわ!」


レグの鈴が激しく鳴る。


レトの鈴も負けずに鳴った。


「ぼくの方が楽しい!」


「わたしの方が楽しいもん!」


「楽しさで勝負しないで!」


ロジーが叫ぶ。


けれど。


ロジーの鈴が、一番うるさかった。


七人は笑った。


コロも、小さく笑う。


彼女の鈴が静かに鳴った。


ちりん。


それから。


七人はいろいろな話をした。


答えられないことは、答えなかった。


四人がどこから来たのか。


秘密。


何を守っているのか。


秘密。


普段どのような仕事をしているのか。


秘密。


エルがどのように不思議なものを作っているのか。


秘密。


ロジーのデバイスがどこまで情報を扱えるのか。


秘密。


レトがどのような任務へ出ているのか。


秘密。


けれど。


秘密ではない話も、たくさんあった。


好きなお菓子。


朝が得意か。


どんな服が好きか。


寝相。


拾ったものへ、どんな名前をつけるか。


レグとレトの、どちらがたくさん食べられるか。


ロロが服を選ぶのに、どれだけ時間をかけるか。


ノクトが拾ったものを持ち帰り、コロに止められること。


ロジーが何でも撮影しようとして、情報班に止められること。


エルが眠い時に何かを作ると、だいたい寝具になること。


「ロロ、服を選ぶの時間かかる?」


レトが聞く。


「当然ですわ。衣装は、自己を示す大切なものですの」


コロが静かに言う。


「迷った時は、私が候補を減らします」


「コロが選ぶの?」


「はい」


ロロは少し誇らしそうに頷く。


「コロは、わたくしに似合うものを理解していますの」


「ロロが候補を二十六着出すので、選ばなければ出発できません」


「二十六!?」


レトが驚く。


「少ない方ですわ」


「多いよ!」


レグが即座に言った。


ノクトが笑いながら菓子を食べる。


「レグは、ほとんど同じ服を何枚も持ってるよ」


「全部違う!」


「少しずつ色が違う」


「違うなら、違う服だろ!」


「説明されても分からなかった」


「ノクトは拾った布を服にしようとするじゃん!」


「かわいい時もあるよ?」


「穴が開いてた!」


七つの鈴が、次々と鳴る。


お茶は減り。


菓子の皿は空になっていった。


中庭に作られた、小さなお茶会空間の中で。


七人は。


上位委員会が何を命じていたかも。


監理局がどれほど慎重に情報を封印したかも。


自分たちが突然ここへ集まっていることが、どれほど大きな問題になるかも。


ほとんど考えていなかった。


秘密は話していない。


記録もしていない。


一回だけ会いに来た。


だから、大丈夫。


七人とも。


本気で、そう思っていた。



副長が中庭へ来たのは、その頃だった。


理由は、定時確認。


レト、ロジー、エルの三名が中庭にいる。


エルが作ったと思われる小規模な空間が展開されている。


魔力変動に異常なし。


危険な兆候なし。


そこまでは、よくある報告だった。


エルが中庭へ小さな遊び場を作ることも。


レトとロジーがそこにいることも。


珍しくはない。


副長は、いつもの薄い笑みを浮かべたまま中庭へ入った。


「楽しそうですね」


硝子膜の向こうへ、声をかける。


最初に振り返ったのはロジー。


「あ、副長!」


続いてレト。


「副長! いま七人でお茶会してる!」


「七人」


副長の足が止まった。


エルが、お茶会空間の入口を開く。


薄い硝子膜が左右へ分かれた。


中が見える。


レト。


ロジー。


エル。


そこまではいい。


その向かいに。


コロ。


ノクト。


レグ。


ロロ。


独立封印された案件の中でしか存在しないはずの四人が。


七色のクッションへ座り。


エルの作った茶を飲み。


楽しさに反応する小さな鈴を鳴らしながら。


笑っていた。


副長の笑みが止まった。


形だけは残っている。


だが。


目が完全に固まっていた。


ロロがカップを掲げる。


「ごきげんよう、副長」


ノクトが手を振る。


「お邪魔しています!」


レグが言う。


「秘密は話してないよ!」


コロも補足した。


「記録も行っていません。恒常的な経路も形成していません」


ロジーが胸を張る。


「私も撮影も録音も全部止めてる!」


レトも大きく頷いた。


「だから大丈夫!」


エルは静かに、副長のための八つ目のカップを作った。


「副長も、お茶する?」


副長は。


七人を見る。


空になった菓子皿を見る。


鳴り続ける七つの鈴を見る。


ロロの背後に残っている、一回限りだという金色の扉を見る。


そして。


自分のために用意された八つ目のカップを見る。


「……なるほど」


副長は、ゆっくり言った。


いつもの口調。


いつもの笑顔。


けれど。


レトも。


ロジーも。


エルも知っている。


これは、副長が本当に驚いている時の顔だった。


副長は懐から端末を取り出す。


上位委員会最高機密窓口。


緊急通信。


最上位優先接続。


認証。


送信。


一回。


二回。


接続。


副長は七人から目を逸らさないまま、極めて丁寧な声で言った。


「惑星監理局、副長です。緊急の確認事項があります」


七つの鈴が、ちりん、と鳴る。


「現在、先日の特別保全案件に関係する四名が、当局中庭におります」


もう一度。


ちりん。


「エルが展開したお茶会空間にて、当局所属の箱庭の娘三名と、楽しそうに茶会中です」


副長の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「これは――上位委員会の承認を受けた訪問でしょうか」



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