L-1秘匿監理群。 四人の箱庭の娘たち
上位委員会所属、封鎖設備保全艇。
船体を引き裂いたのは、砲撃ではなかった。
衝突もない。
敵性存在の攻撃でもない。
右舷後部を走った亀裂の向こうに見えていたのは、宇宙ですらなかった。
距離のない暗闇。
上下の存在しない奥行き。
見えているにもかかわらず、そこへ向かう方向を持たない空間。
高次元封鎖設備の保守作業中に発生した、座標の反転だった。
保全艇の右舷後部は、通常空間から半分だけ外れている。
内部では床と壁の位置が一致しなくなり、直進した通路が同じ通路の側面へ接続していた。
船内乗員、二十二名。
負傷者、七名。
うち重傷者、三名。
船外作業員、一名。
位置確定不能。
合計二十三名。
保全艇は現在、ロロの固有別空間へ収容されていた。
白い柱。
金色の天井。
どこまでも続く、明るく荘厳な格納空間。
ロロが《白鍵回廊》と名づけた区画だった。
本来なら、損傷した艦艇を外部から隔離し、安全に解体や修復を行うための場所である。
だが今は、その白い床さえ歪んで見えた。
保全艇へ食い込んだ高次元方向の異常が、白鍵回廊へまで侵入し始めている。
「右舷後部、振動上昇!」
橙色の髪を持つ少女が叫んだ。
レグ。
小さな身体の輪郭から、恒星を思わせる光が漏れている。
両手を保全艇へ向け、船体の熱と振動を抑え込んでいた。
「ロロ! このままだと隔壁ごとずれる!」
「分かっていますわ!」
長い髪と豪華な衣装を翻し、ロロが大きな鍵を掲げる。
彼女の周囲には、幾重もの扉が浮かんでいた。
医療区画。
機関室。
船外作業区画。
緊急物資庫。
保全艇内部へ通じる扉のすべてが、今は不安定に揺れている。
「高次元側からの圧力が、わたくしの別空間へ食い込んでいますの。閉じれば船外作業員が取り残されます。開いたままでは、保全艇の崩壊が進みますわ」
「だから早く助ける!」
「早く助けるために、接続先を選んでいるのでしょう!」
二人の声がぶつかる。
少し離れた床では、黒色のウルフカットに水色のハイライトを持つ少女が、負傷者の意識を確認していた。
コロ。
保全艇の責任者へ手を添え、静かに問いかける。
「聞こえますか」
言葉での返答はない。
だが、精神反応は残っている。
「意識は維持されています。頭部の損傷がありますが、現在もっとも危険なのは空間認識の混乱です」
「治せる?」
レグが振り返る。
「私は医療担当ではありません」
コロは穏やかに答えた。
「本人が、自分の身体の位置を見失わないよう支えることはできます。肉体の損傷については、医療設備へ引き渡す必要があります」
夜空のような髪を揺らし、ノクトが保全艇の周囲を歩いていた。
あちこちへ小さな光を放ち、その反射を観測している。
「上位委員会側の医療拠点、三つとも接続できない」
口調は明るい。
だが、いつものような無邪気な笑顔はなかった。
「どこも封鎖設備と同じ通信網を使ってる。ここから扉を繋いだら、向こうの転送設備まで一緒に歪むかも」
「外部緊急協力先は」
コロが尋ねる。
ロロの前に、接続候補一覧が展開された。
上位委員会が四人へ与えていた、緊急時用の外部施設一覧。
複数の候補が赤く封鎖されている。
一つだけ。
封鎖設備の通信網から独立し、大規模格納庫と医療設備を保有する組織が残っていた。
惑星監理局。
第一格納庫。
上位委員会緊急案件・一次受入先。
その下には、四人が以前から何度も確認していた文言が表示されている。
受入機関への必要事項通達済み。
ロロは迷わなかった。
「惑星監理局へ接続しますわ」
「そこなら知ってる」
レグが言う。
「上位委員会と一緒に宇宙を管理してる組織でしょ」
「直属機関ではありません」
コロが訂正する。
「ただし、宇宙規模の重大案件では連携する組織です。私たちについても、必要事項はすでに通達されていると記載されています」
ノクトが指先へ光を集める。
「じゃあ、説明に時間はかからないね」
「まずは通信孔のみを開きますわ」
ロロは鍵を両手で握った。
四人は、上位委員会によって教育を受けている。
緊急時であっても、外部施設へ無警告で艦艇規模の接続を開けば、迎撃される可能性があることは理解していた。
「解錠――外部緊急連絡孔」
空間に、小さな扉が現れた。
人が通れないほどの、小さな扉。
その向こうへ、上位委員会の認証信号が送信される。
最高位救難認証。
保全艇の規模。
乗員二十三名。
船内二十二名。
負傷者七名。
重傷者三名。
船外作業員一名、位置確定不能。
送信元表示。
上位委員会・特別保全案件。
四人の名前も。
所属も。
L-1という識別名も、認証信号には含まれていなかった。
◇
惑星監理局、第一格納庫。
警報が鳴ったのは、通信孔が接続された瞬間だった。
『未申請空間接続を検知』
『上位委員会認証信号を受信』
『署名、真正』
『送信元、特別保全案件』
『担当組織、非表示』
『個体識別情報、非表示』
格納庫内の作業が、一斉に停止する。
整備中の艦艇は動力を切られ、職員たちが退避する。
隔壁が閉鎖。
空間固定術式が起動。
戦闘班が接続点を包囲する。
ただし、攻撃命令は出ない。
上位委員会の署名そのものは本物だった。
最高位の緊急救難認証。
偽造である可能性は極めて低い。
問題は。
その署名を使用している相手が、惑星監理局の記録に存在しないことだった。
中央指令室から、通信が開かれる。
『送信者へ。こちらは惑星監理局。接続を通信規模に限定してください』
ロロが即座に答える。
「限定済みですわ。L-1秘匿監理群、rolo_ŝlosilo。上位委員会緊急連携規程に基づき、保全艇一隻および乗員二十三名の一次受入を要請します」
短い沈黙。
『L-1秘匿監理群という名称は、当局の登録情報に存在しません』
ロロの手が止まった。
レグが顔を上げる。
「え?」
ノクトが瞬きをする。
コロだけは表情を変えず、通信孔へ近づいた。
「確認します。L-1秘匿監理群について、惑星監理局は情報を保有していないという意味でしょうか」
『保有していません』
通信の向こうの声は穏やかだった。
副長。
『L-1という識別名についても、当局が保有する星図、案件記録、上位機密目録に該当情報はありません』
レグの身体が強く光る。
「知らないって、どういうこと?」
「レグ」
コロが静かに名前を呼ぶ。
「確認は救助後に行います」
「でも!」
「負傷者の状態が悪化しています」
レグは口を閉じた。
光だけは消えない。
ロロは通信孔の向こうを見る。
「わたくしたちは、惑星監理局が自分たちを認知していることを前提に、接続先を選択しましたの」
『その前提を示す資料はありますか』
「上位委員会から配布された緊急接続先一覧に、必要事項通達済みと明記されていますわ」
『資料の真正性は、受入後に確認します』
副長の声は変わらない。
『現在の要請は、人命救助で間違いありませんか』
「そうですわ」
『異常が当局施設へ伝播する可能性は』
「あります」
ロロは隠さなかった。
「ただし、わたくしの固有別空間を中継します。接続元の位置は、そちらへ露出しません。異常が逆流した場合も、白鍵回廊を切り離せば監理局側への拡大を止められますわ」
『切り離した場合、あなた方は』
「保全艇とともに残ります」
『了解しました』
別の声が入る。
「受け入れる」
短く、迷いのない声。
ジェレミー・クリエット。
「ただし、当局側の空間固定術式と接続する。開口位置と規模は、こちらが指定する」
ロロの目がわずかに細くなる。
「わたくしの扉へ外部術式を接続するおつもり?」
「できないなら、別の方法を提示しろ」
「できますわ」
即答だった。
相手は危険を理解している。
必要な要求をしている。
ならば受け入れる。
「接続規格を送ってくださいまし」
「副長」
『すでに送信しています』
ロロの前に、第一格納庫の構造と空間固定座標が表示された。
接続に必要な情報だけ。
余分な施設情報は一切ない。
コロが確認する。
「適切です」
ノクトも光を通信孔へ通し、格納庫内を観測した。
「受入口の周囲、全員退避済み。隔壁も閉じてる。武装はいっぱいあるけど、今はこっちを撃つ配置じゃない」
「当然の警戒ですわ」
ロロは鍵を掲げた。
「それでは――開きます」
◇
第一格納庫の中央に、巨大な扉が形成された。
金色の縁。
白い柱。
表面を覆う、精密な幾何学模様。
無骨な格納庫の中で、その扉だけが宮殿の入口のように見えた。
扉は、すぐには開かない。
惑星監理局の空間固定術式が、その輪郭を包む。
接続強度。
漏出魔力。
空間圧。
異常伝播率。
すべてが測定される。
「第一段階、固定完了!」
安全担当が報告する。
「開口を許可する」
ジェレミーの指示。
扉が開く。
向こう側には、白い広間。
そして、半壊した保全艇。
右舷後部が、途中で消えている。
消失したわけではない。
見えている部分と、存在している部分が一致していなかった。
レグが船体へ両手を向けている。
ノクトの光が、無数に飛び交う。
コロは負傷者のそばにいる。
ロロは扉の正面で鍵を支えていた。
四人は、武装した監理局職員を見ても驚かなかった。
警戒されることは想定していた。
ただ。
誰一人、自分たちを知っている顔をしていない。
そのことだけが、四人の予想と違っていた。
「移送を始めますわ!」
ロロが声を張る。
第一格納庫の牽引装置が起動する。
保全艇そのものを直接引くのではない。
白鍵回廊の床面ごと、格納庫側へ接続範囲を移動させる。
損傷した船体へ、新たな負荷を加えないための措置だった。
技術班が扉越しに船体を走査する。
「通常空間への帰還率、七十二パーセント!」
「右舷後部、測定不能!」
「船内負傷者を先に搬出!」
医療班が動く。
四人へ近づく前に、コロが片手を上げた。
「負傷者三名に、強い空間認識障害があります。移動中に身体位置を誤認すると、循環と神経反応が不安定になります」
医療班主任が尋ねる。
「あなたが認識を維持しているのですか」
「はい」
「作用内容を共有できますか」
「できます」
「では継続してください。こちらで肉体を管理します」
コロは、一瞬だけ医療班主任を見た。
未知の存在による精神への干渉。
本来なら、監理局側がもっとも警戒する行為の一つである。
それでも医療班主任は、必要な確認だけを行い、コロを排除しなかった。
「分かりました」
コロは負傷者の額へ触れたまま、医療班へ情報を伝える。
呼吸。
心拍。
本人が認識している身体範囲。
痛覚の位置。
現実の肉体とのずれ。
医療班はそれを受け取り、負傷者を順番に搬出した。
レグが船体を固定しながら叫ぶ。
「船内の負傷者はそれで全部! でも、船外に一人いる!」
ジェレミーが問う。
「位置は」
「一つに決まらない!」
ノクトの光が扉の奥へ広がる。
「わたしには三人に見える。同じ人が、別々の方向にいる。光を当てるたび、位置が入れ替わる」
「生命反応は」
「全部にある!」
ロロが鍵を握り直す。
「船外作業員の帰還杭が、高次元封鎖設備と保全艇の両方へ接続されていますの。無理に片方へ引けば、身体が座標に沿って分断されますわ」
格納庫へ、新たな足音が響く。
淡緑色の長い髪。
左側頭部のワンサイドテール。
青いキューブ状の髪飾り。
レトだった。
その後ろには、戦闘班長と空間魔術担当職員がいる。
レトは、四人を見る。
初めて見る少女たち。
けれど、今は挨拶をする場面ではない。
「お兄さん」
ジェレミーを見る。
「わたし、空間の重なりを見てもいい?」
「見るだけだ。触れるな」
「うん」
レトの指先に、透明な硝子が生まれる。
青白い光を内部へ閉じ込めた、薄い硝子の膜。
扉から漏れる空間の揺らぎを受け、その表面へ複数の亀裂が走った。
レトは目を細める。
「三人じゃない」
ノクトが振り向く。
「三人に見えるよ?」
「同じ人が三つに分かれてるんじゃない」
レトは硝子膜を少し傾けた。
「一人のまわりに、三つの出口が重なってる」
ロロがすぐに理解する。
「帰還杭が本人を分割しているのではなく、三つの帰還経路が、同時に同じ人間を要求している……?」
「うん。人は一人のまま」
コロも頷く。
「精神構造も一つです。分断は、まだ始まっていません」
レグが声を上げる。
「じゃあ、三つの出口を一つにすればいいんだね!」
「言葉にすれば、ですわ」
ロロが答える。
「三つの経路は異なる方向に存在していますの。通常空間で重ねれば、扉そのものが衝突しますわ」
そこへ、ピンク髪のツインおさげを揺らし、ロジーが複数の端末を従えて入ってきた。
頭上のデバイスには、保全艇側から提供された航行記録と装置資料が表示されている。
「帰還杭の公開製造規格、照合できた!」
ロジーが叫ぶ。
「この装置、位置そのものを覚えてるんじゃない! 最後に安全だった時の周辺情報を記録して、そこを帰還先として探す方式!」
ロロが問い返す。
「周辺情報?」
「光、温度、振動、船体からの距離、魔力圧! 全部を合わせて、帰る場所を決めてる!」
ノクトの目が輝く。
「光なら、わたしが作れる」
レグが続く。
「温度と振動は、ぼく!」
「船体からの距離は、わたくしが固定しますわ」
ロロが鍵を掲げる。
コロは静かに言った。
「対象者が、その環境を自分の帰還先だと認識できるよう、私が感覚を保持します」
全員の視線がレトへ向く。
レトは硝子膜に映る空間の重なりを見る。
「わたしは、三つの出口がぶつからないように、外側を固める」
ジェレミーが確認する。
「身体へ直接作用するか」
「しない。出口のまわりだけ、硝子にする」
「負荷は」
「一人分なら大丈夫」
「異常が出たら即時申告」
「うん!」
戦闘班長と空間魔術担当職員が、レトの両側につく。
レト一人に任せるつもりはない。
ロジーも、保全艇側から正式に提供された情報だけを扱っていた。
ジェレミーが全員を見渡した。
「実行する」
副長が工程を整理する。
「ロロさんが全体接続を統括。ノクトさんが光学環境を再現。レグさんが温度と振動を一致。コロさんが対象者の意識と感覚を保持。レトが経路外縁を固定。技術班は帰還杭を制御。ロジーは記録照合」
一拍置く。
「失敗時は、ロロさんがすべての経路を白鍵回廊側へ切り離してください」
ロロが鍵を正面へ構えた。
「承知しましたわ」
コロが即座に頷く。
ノクトとレグも、それぞれの位置へ散った。
「それでは皆様」
豪華な衣装の裾が揺れる。
「わたくしの扉へ、正確に合わせてくださいまし」
◇
ノクトの光が、暗い空間へ放たれた。
無数の小さな星。
反射する場所など存在しないはずなのに、光は途中で折れ、曲がり、戻ってくる。
ノクトは、そのすべてを目として扱う。
「あった!」
一つ。
二つ。
三つ。
同じ宇宙服。
同じ姿勢。
同じ生命反応。
ただ、見えている方向だけが違う。
「三経路、輪郭出すよ!」
光が、三人分の輪郭を描く。
レグの身体が強く輝いた。
保全艇の最後の安定記録。
温度。
振動。
機関部から伝わっていた微細な周期。
一つずつ、現在の環境へ再現する。
「温度一致!」
船体を通じて、不規則だった震えが一定の周期へ整っていく。
レグは歯を食いしばった。
「振動も合わせる! ロロ、まだ!?」
「急かさないでくださいまし!」
ロロの周囲に、三つの扉が開く。
正面。
側面。
そして、通常空間には存在しない方向。
人間の目には、三枚目の扉だけが薄く潰れて見えた。
レトが両手を広げる。
青白い光を含んだ硝子が、三つの扉の外側へ形成される。
出口同士を閉じ込めるための器。
人間の身体には触れない。
重なろうとする空間の縁だけを、硝子質へ置き換えて固定する。
甲高い音。
硝子へ亀裂が走る。
「レト、状態」
ジェレミーの声。
「固定できてる! 右側がちょっと重い!」
「痛みは」
「ない!」
「継続」
「うん!」
コロの黒髪の身体から、水色の精神体が静かに抜け出した。
物質体はその場に残り、精神体だけが三つの扉へ向かう。
淡い水色の髪を揺らし、肉体を持たない少女の輪郭が光の中へ沈んだ。
船外作業員は、意識を失いかけていた。
身体の感覚が、三方向へ引かれている。
右腕が遠い。
脚が別の場所にある。
頭部だけが回転している。
実際には、身体は一つ。
帰還経路から送り込まれる矛盾した感覚によって、本人が自分を分割されたものとして認識し始めている。
コロの精神体は、作業員の意識へ静かに触れた。
「聞こえますか」
弱い反応。
「あなたの身体は一つです」
反応が揺れる。
「腕も、脚も、頭も、すべて同じ場所にあります」
感覚を一つずつ繋ぐ。
「今から戻ります。光を見てください」
ノクトの光が、作業員の視界を満たす。
保全艇の作業灯と同じ色。
同じ明滅周期。
「暖かさを感じてください」
レグが温度を合わせる。
宇宙服越しに伝わる、船外作業直前の格納区画の温度。
「振動を感じてください」
船体の低い振動。
帰る場所の感覚。
「そこが、あなたのいた場所です」
コロの声。
三つの生命反応が、少しずつ重なる。
ロジーのデバイスが警告を出す。
「帰還杭、再判定開始!」
三つの経路が、一斉に作業員を引いた。
レトの硝子へ、亀裂が増える。
「出口が動いた!」
「固定を維持してくださいまし!」
ロロが鍵を回す。
三つの扉が、互いへ近づくのではない。
ロロの固有別空間の中で、同じ一つの部屋へ繋ぎ替えられていく。
異なる方向の扉。
異なる位置の扉。
そのすべての向こう側を、一つの床面へ揃える。
だが、三枚目の扉が大きく揺れた。
レグの光が激しくなる。
「振動がずれた!」
保全艇の損傷部から、新たな衝撃が走っている。
このままでは、最後の安定記録と現在の環境が一致しない。
レグは、船体へ向けていた片手を強く握った。
周囲から、音が消えた。
保全艇。
帰還杭。
白鍵回廊。
硝子の固定面。
すべての振動が、限りなく小さくなる。
「これでどう!」
ロジーが叫ぶ。
「一致率、九十六! 九十七! 九十八!」
「足りませんわ!」
ロロの鍵が軋む。
ノクトが光をさらに増やした。
「じゃあ、最後の二パーセントは、見え方で合わせる!」
「ごまかすと言わなかったことだけは評価しますわ!」
光が重なる。
人間の感覚では区別できないほど精密に、最後の安定環境が再現された。
ロジーの表示が変わる。
「一致率、百!」
ジェレミーが言った。
「今だ」
「全帰還経路――統合!」
ロロが鍵を振り下ろした。
三つの扉が閉じる。
一枚だけが残る。
レトの硝子面が、その周囲を完全に固定した。
扉の中から、水色の髪を持つコロの精神体が現れる。
その後ろには、ほどけかけていた作業員の意識が、一本の輪郭へまとめられていた。
続いて。
宇宙服を着た作業員の身体が、扉の向こうから滑り出した。
一人。
欠損なし。
分断なし。
格納庫の床へ落ちる直前、医療班の浮遊担架が受け止める。
「呼吸あり!」
「心拍確認!」
「全身循環、低下!」
「医務区画へ搬送!」
医療班が走る。
水色の精神体は作業員へ付き添いながら、黒髪の物質体へ戻っていく。
二つの身体が重なる。
黒い髪に、水色のハイライトが戻った。
レトの硝子面が砕ける。
青白い粒子が格納庫内へ散った。
レグの光が弱まる。
ロロの扉が消える。
ノクトの星明かりも、一つずつ消えていった。
副長が報告を確認する。
「船内二十二名、船外作業員一名。計二十三名、全員受入済み。死亡者なし」
一瞬。
誰も動かなかった。
レグが最初に息を吐く。
「助かった……」
「まだ医療処置中です」
コロが訂正する。
「でも、生きたまま渡せた」
「はい」
レグの輪郭が、少しだけ明るくなった。
ノクトが横から覗き込む。
「嬉しいの?」
「今は否定しない!」
「珍しい!」
「うるさい!」
ロロは鍵を下ろし、姿勢を整えた。
疲れていても、立ち方だけは崩さない。
「惑星監理局の皆様。救助への協力に感謝いたしますわ」
ジェレミーは短く頷いた。
「礼は事後報告でいい。四人も検査を受けろ」
ロロが瞬きをする。
「わたくしたちも?」
「空間異常へ長時間接触している」
「ですが、わたくしたちは――」
「能力があることと、損傷しないことは別だ」
平坦な声。
「医療班」
「四名分、準備します」
レグが小声で言う。
「ぼくたちも患者扱い?」
「救助活動のあとは、職員さんもみんな検査されるよ」
レトが答えた。
四人の視線が、初めてまともにレトへ向く。
レトは片手を上げた。
「わたし、レト。戦闘班です」
少し考え、付け加える。
「さっきは、知らない人だと思って警戒してた。ごめんね」
ロロは首を振った。
「謝罪は不要ですわ。身元不明の空間接続を警戒するのは当然ですもの」
レグは、納得しきれない顔をしていた。
「でも、ぼくたち、身元不明じゃないはずだった」
その言葉だけは、誰も否定できなかった。
◇
救助から一時間後。
惑星監理局、第七会議室。
出席者は、ジェレミー、副長、情報班主任、医療班主任。
L-1秘匿監理群の四人。
記録担当としてロジー。
レトは医療班の検査を終え、後方の席へ座っていた。
ロジーの頭上デバイスには、四人から提供された緊急接続先一覧が表示されている。
「資料の真正性、確認できた」
ロジーが言った。
「上位委員会発行。改竄なし。発行権限も正規。四人へ渡された資料には、確かに『受入機関への必要事項通達済み』って書いてある」
レグが腕を組む。
「ほら」
「でも、惑星監理局へ渡されてたのは、最高位署名を受け取ったら一次救助を行うっていう規程だけ」
別の資料が表示される。
送信者一覧。
担当組織。
案件名。
能力情報。
医療情報。
秘匿対象。
そのすべてが空欄だった。
「L-1も、四人の名前も、一文字もない」
ノクトが頬杖をつく。
「知ってると思ってた相手が、ほんとに何も知らなかったんだね」
声は明るい。
けれど、笑ってはいなかった。
ロロは背筋を伸ばしたまま尋ねる。
「別の機密目録が存在する可能性は?」
副長が答える。
「局長権限で確認しました。ありません」
「では、上位委員会は」
レグの身体が明るくなる。
「ぼくたちに嘘をついたってこと?」
「断定はできません」
コロが言う。
「必要事項という言葉が、最高位署名と受入規程のみを意味していた可能性があります」
レグがコロを見る。
「ぼくたちが勘違いするって分かる書き方じゃん」
「そうですね」
コロは、あっさり認めた。
「少なくとも、私たちが個体情報まで共有されていると解釈することは、予測できたはずです」
ロロは資料へ視線を落とした。
「わたくしは、接続後に正式な識別手順へ移ると考えていましたわ」
「わたしも」
ノクトが言う。
「武装されるのは分かる。でも、名前を言えば、知ってるって返ってくると思ってた」
レグは机の下で足を揺らしていた。
「知られてないなら、なんで緊急接続先にしたの」
ジェレミーは、推測では答えなかった。
「上位委員会へ確認する」
最高機密窓口へ接続。
三度の認証を経て、音声だけが開かれる。
『ジェレミー・クリエット局長。本件の受入対応に感謝する』
「感謝は不要だ」
ジェレミーは言った。
「緊急連携手順について確認する」
『当該案件の固有名称を、通信上で反復する必要はない』
「四人へ渡された資料には、惑星監理局へ必要事項を通達済みと記載されていた」
『緊急受入に必要な認証情報は通達している』
「監理局へ共有されていたのは、署名の真正性を確認する規程だけだ」
『その通りだ』
「四人の個体識別情報、能力概要、医療上の注意事項は、一切共有されていなかった」
『秘匿維持のためだ』
ジェレミーは端末へ、必要項目だけを表示した。
氏名。
外見識別。
能力の大分類。
接触上の危険事項。
医療上の注意事項。
「今後の事故対応に必要な最低限の情報だ。位置、任務内容、管理対象の情報は要求しない」
『認められない』
即答。
ジェレミーは、表示した項目を消した。
同じ要求を、別の言葉で繰り返さない。
副長も、上位委員会の応答に付随した認証階層を確認している。
いつもの薄い笑みは残っていた。
だが、すでに監査請求画面から手を離していた。
「確認します」
副長が言った。
「今回の情報断絶は、連絡上の不備ではなく、意図的な隔離措置ですね」
短い沈黙。
『そうだ』
「惑星監理局が四人を恒常的な接触対象として認識すること自体が、許容されない」
『そうだ』
「情報の内容だけではなく、監理局との継続的な関係も漏洩経路になり得る」
通信の向こうは答えなかった。
副長は、追加の確認を行わない。
端末に開かれていた監査請求の草案を、保存せず閉じた。
ジェレミーが問う。
「本件は、惑星監理局の管轄権より上位の宇宙維持命令に指定されているか」
『指定されている』
ロジーのデバイスへ、命令の認証情報が表示される。
通常の最高機密指定ではない。
組織間の管轄調整を行うための命令でもない。
文明。
惑星。
宙域。
惑星監理局そのものの権限。
それらよりも、硝子玉の宇宙の存続を優先する場合にのみ使用される権限。
情報班主任は、開いていた照合画面を閉じた。
医療班主任も、四人へ尋ねる予定だった出自項目を消去する。
ロジーのデバイスが自動生成していた関連検索候補も、情報班主任の操作で停止された。
理由を説明すること自体が危険なのだ。
最低限の個体情報すら、監理局という組織へ定着させられない。
ジェレミーは言った。
「理由の開示は求めない」
レグが顔を上げる。
「漏洩影響の規模も聞かない。回答の有無が推測材料になる」
『適切な理解だ』
「最低限の個体情報すら共有できない以上、情報が監理局に存在する状態そのものを避けている」
『それ以上の分析は不要だ』
「了解した。推測を記録しない。検証も行わない」
ジェレミーは即座に退いた。
上位委員会の声が続く。
『通告する』
『惑星監理局は、本件について審議権、評価権、照会権、調査権、監査請求権および異議申立権を持たない』
会議室の空気が、静かに固まる。
『今回得た情報は、救助記録から分離し、独立封印すること。四名を人員記録、所属組織一覧、接触対象一覧、緊急協力先一覧へ登録してはならない』
ロジーのデバイスが、指示を記録する。
『当該案件に関する分析、複製、照合、追跡を禁止する』
「了解した」
『恒常的な連絡経路を設定してはならない』
「了解した」
『今後も、惑星監理局への情報共有は一切行わない』
レトが、わずかに身を動かした。
レグの輪郭が強く光る。
ロロの指が、鍵を握り締める。
ノクトは笑わない。
コロだけが、静かに通信を聞いていた。
『本措置は、当該惑星系のみを保護するためのものではない』
『当該秘匿と、四名による現行の管理体制は、硝子玉の宇宙の維持管理に必要である』
副長は、閉じた監査請求画面を完全消去した。
情報班主任が、接続中に取得された空間残滓の解析処理を停止する。
医療班主任は、四人の検査結果から出自推定に繋がる項目を分離した。
誰も、追加の説明を求めなかった。
現状を維持することが、宇宙の維持に必要と判定されている。
監理局が連携の利点を提示する段階は、すでに終わっていた。
ジェレミーは一度だけ、四人を見る。
コロ。
ノクト。
レグ。
ロロ。
今日、初めて会った四人。
「通告を受諾する」
ジェレミーが言った。
レグが勢いよく立ち上がりかける。
「でも――」
「レグ」
コロが呼ぶ。
ジェレミーはレグを責めなかった。
「惑星監理局は、本件について意見を述べない。照会、調査、分析、監査請求も行わない」
副長が引き継ぐ。
「接続時の空間残滓から経路や発生地を推測することも、禁止対象として扱います」
『その理解でよい』
「保全艇の航行記録は、救助に必要な箇所以外を即時分離します。提供元へ返却し、監理局側の一時記録を破棄します」
『認める』
ジェレミーが言う。
「ただし、本日受け入れた負傷者の治療は、完了まで当局が責任を持つ」
『認める』
「四人の検査結果は、本人たちへ伝える」
短い沈黙。
『認める』
「以上だ」
『本件に関する通信を終了する』
回線が切断された。
◇
会議室へ静けさが戻った。
ロジーのデバイスには、上位委員会の命令が表示されている。
登録禁止。
分析禁止。
照会禁止。
追跡禁止。
恒常的連絡経路の設定禁止。
以後、情報共有なし。
誰も、すぐには話さなかった。
レグの身体から漏れる光だけが、落ち着かず揺れている。
情報班主任が端末を操作する。
「解析処理を全停止します。接続残滓、航行記録、一時照合結果も封印対象に含めます」
「含めろ」
ジェレミーが答える。
「復元可能な索引も残すな」
「了解」
医療班主任も続く。
「四名の検査記録は、本人への説明が終了次第、通常医療記録から分離します」
「そうしろ」
副長は、四人へ向き直った。
「単なる軽視であれば、宇宙維持権限までは使用されません」
ロロが顔を上げる。
「では、何だと?」
「監理局と連携する利点を捨てても、情報隔離を維持する必要がある。それだけです」
「正しいってこと?」
レグが問う。
ジェレミーは、安易に頷かなかった。
「正しいかどうかを判断する情報は、私たちにはない」
「じゃあ」
「だが、宇宙維持命令の正規性は確認した」
ジェレミーは言う。
「監理局が独自に調査すれば、守るべき宇宙を監理局自身が危険にさらす可能性がある」
レグは唇を噛んだ。
「だから、知らないままにするの?」
「そうだ」
「ぼくたちのことも?」
「記録上はな」
レグの光が強くなる。
だが、ジェレミーは目を逸らさなかった。
「お前たちが存在しないと思うわけではない」
「でも、登録しない」
「登録できない」
短い言葉だった。
言い訳も。
慰めもない。
「惑星監理局は宇宙を維持するためにある。自分たちが知りたいという理由で、宇宙維持命令を破ることはできない」
レグはしばらく黙っていた。
やがて、椅子へ座り直す。
「……分かった」
納得ではない。
それでも、相手が何を守ろうとしているのかは理解した。
レトが、隣から小さく声をかける。
「怒ってる?」
「怒ってる」
レグは即答した。
「ぼくたち、監理局が知ってると思ってた。何かあったら、ここに来ていいと思ってた」
「うん」
「でも、知らなかった」
「うん」
「怖がられた」
レトは少し考えた。
「わたしも、最初は怖かったよ」
レグが見る。
「ぼくたちが?」
「ううん。何が来るか分からなかったから」
レトは自分の胸元へ手を置く。
「扉が開く前は怖かった。でも、みんなが怪我した人を助けようとしてるのを見たら、怖くなくなった」
「……そっか」
「監理局は、みんなのことを記録できないんだね」
「うん」
「でも、わたしは覚えてるよ」
レグが瞬きをする。
「記録しちゃだめなのに?」
「記録じゃないもん」
レトは胸を指した。
「わたしが覚えてるだけ」
レグは、しばらく黙っていた。
「ぼくも、レトを覚えてていい?」
「いいよ!」
即答。
「絶対、忘れないでね!」
「レトもね!」
レグの身体が、少しだけ明るくなった。
ノクトが横から覗き込む。
「嬉しいの?」
「今は否定しない!」
「珍しい!」
「うるさい!」
少し離れた場所では、ノクトがロジーのデバイスを覗いていた。
画面には、作成途中の四つの登録欄が残っている。
そのすべてに、赤い封印表示が重なっていた。
「消すの?」
ノクトが尋ねる。
「消さない」
ロジーは答えた。
「独立封印。通常検索から外す。引用禁止。複製禁止。私も勝手には開けない」
「ロジーなのに?」
「ロジーでも」
ノクトは、少しだけ目を丸くした。
「嫌じゃない?」
「嫌だよ」
即答だった。
「すっごく嫌。四人のこと、もっと知りたいし、写真も撮りたいし、好きなものも、今日まで何してたかも、全部記録したい」
「うん」
「でも、それをすると宇宙の維持に影響するかもしれない」
ロジーの指が、封印処理の実行欄へ触れる。
「だから見ない」
画面が閉じる。
四人の情報が、通常記録から消える。
「記録しないことも、記録を守る仕事だから」
ノクトはしばらくロジーを見ていた。
それから、小さく笑う。
「あなた、ちゃんと記録する子なんだね」
「当然!」
ロジーは胸を張る。
「私は超優秀な情報班だからね!」
◇
四人が帰還する時間になった。
第一格納庫。
ロロが大きな鍵を掲げる。
金色の縁を持つ扉が形成された。
向こう側には、白い柱と金色の天井。
白鍵回廊。
L-1の空は見えない。
惑星の位置も分からない。
秘匿は保たれたままだった。
ロロは、扉を開く前にジェレミーへ向き直る。
「一つ、確認してもよろしくて?」
「何だ」
「本当に、もう何もお尋ねにならないの?」
「命令を受け入れた」
「納得していないように見えますわ」
「納得するための情報を持っていない」
「それでも、受け入れるのですね」
ジェレミーはロロを見る。
「惑星監理局は、知りたいことを調べるための組織ではない」
「では、何のための組織ですの」
「宇宙を維持するための組織だ」
ロロは黙った。
「上位委員会は、情報の遮断を宇宙の維持に必要だと判断した」
「ええ」
「監理局への情報共有による利益より、共有によって生じる危険の方が大きいと判断した。それ以上の推測を記録しない。検証もしない」
「そこまで、分かってしまうのですね」
「命令の形式を見れば分かる」
ロロの指が、鍵の装飾をなぞる。
「わたくしたちを見捨てるの?」
「案件へ介入しないことと、お前たちを見捨てることは別だ」
「難しい言い方ですわね」
「そうか」
「ですが、嫌いではありませんわ」
ロロは姿勢を正した。
「今日、わたくしたちがここへ来たことは事実ですもの」
「そうだ」
「惑星監理局は、わたくしたちを知らなかった」
「ああ」
「でも今は、知っている」
「記録上の接触対象としては扱えない」
「それでもですわ」
ジェレミーは否定しなかった。
コロが、最初に扉の前へ立つ。
振り返る。
「ジェレミー局長」
「何だ」
「私たちは、惑星監理局を知っていました」
静かな声。
「組織名。役割。緊急時の接続先。それだけです」
「そうか」
「あなた方は、今日まで私たちを知らなかった」
「ああ」
「そして、これ以上知ることを禁じられた」
「そうだ」
コロは、少しだけ目を伏せる。
「会ったことで、関係が始まるとは限らないのですね」
惑星監理局と、L-1秘匿監理群。
本来なら。
今日から連携が始まってもおかしくなかった。
だが。
始まらない。
始めることを、宇宙の維持のために禁じられた。
ジェレミーは言う。
「関係として記録できなくても、今日の救助が消えるわけではない」
コロは顔を上げる。
「はい」
ほんの少しだけ微笑んだ。
「それで十分です」
コロが扉を越える。
ノクトはロジーの前で立ち止まった。
「写真、撮れなかったね」
「うん」
「次は?」
ロジーは答えようとして、言葉を止めた。
次があるとは言えない。
連絡することも。
会いに行くことも。
約束できない。
「……分かんない」
正直に答える。
ノクトは少しだけ笑った。
「そっか」
「でも、今日見たことは忘れない」
「記録できないのに?」
「私は、記録だけでできてるわけじゃないもん」
ノクトは目を丸くする。
それから、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、わたしも覚えておく」
「うん!」
「ピンク髪の、見たがり記録魔」
「言い方!」
「合ってる?」
「合ってるけど!」
ノクトが扉を越える。
レグはレトの前へ立った。
「勝負、したかった」
「わたしも」
「また会えたら」
レグは、そこで言葉を切った。
「……会えたら、勝負しよう」
レトは大きく頷く。
「うん!」
「ぼく、強いよ」
「わたしも強い!」
「忘れないで」
「忘れない!」
レグは眩しく光り、扉の向こうへ走っていった。
最後にロロが残る。
「本日の受入施設としては、合格ですわ」
副長が尋ねる。
「改善点は」
「格納庫の意匠が無骨すぎます」
「緊急救助に支障は」
「ありません」
「では、現状維持ですね」
「美しさも機能ですわ!」
いつも通りの、誇らしげな声。
だが、そのあと。
ロロは少しだけ静かになった。
「次があるかは、分かりませんわね」
「そうですね」
副長も否定しなかった。
「ですが」
ロロは鍵を掲げる。
「今日、わたくしたちはここへ来ました」
「ええ」
「それだけは、誰にも変えられませんわ」
「同感です」
ロロは満足そうに顎を上げた。
「閉錠――白鍵回廊」
扉が閉じる。
金色の縁も。
白い柱も。
四人の姿も消えた。
第一格納庫に残ったのは。
砕けた青白い硝子の粒子。
救助作業の痕跡。
そして、ロジーのデバイスに一時的に作られた四つの記録だった。
koro_kribrado/コロ。
algluiĝi_nokto/ノクト。
suno_rego/レグ。
rolo_ŝlosilo/ロロ。
ロジーは、その四つを一つずつ確認した。
忘れないように見る。
それから。
上位委員会の命令に従い、記録を独立封印領域へ移した。
通常検索から消える。
人員一覧から消える。
組織記録から消える。
接触対象一覧にも残らない。
惑星監理局は、L-1の位置を知らない。
住民を知らない。
封鎖の理由を知らない。
四人の任務の全容も知らない。
知ろうとする権限さえ、持たない。
それが宇宙の維持に必要であることだけを、理解した。
だから、監理局は退いた。
レトは、レグの光を覚えている。
ロジーは、ノクトの笑顔を覚えている。
副長は、ロロの誇らしげな立ち姿を覚えている。
ジェレミーは、ほどけかけた人間の意識を、静かに一つへ繋ぎ止めていたコロを覚えている。
四人は。
惑星監理局が、自分たちを知っていると思っていた。
惑星監理局は。
その日まで、四人を知らなかった。
そして、その日を境に。
知ることを許されないまま。
四人が確かに存在することだけを、知った。




