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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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第114話-今は遠く、旧い者たち

エルが語る旧世代の思い出


――名前として生きたものたち

惑星監理局の夜は、少しだけ音が少ない。


昼間は廊下を走ろうとして職員に止められるレトがいる。

情報班から飛び出して、面白そうなものに首を突っ込むロジーがいる。

中庭で小さな魔法アイテムを作って、技術班に回収されるエルがいる。


けれど夜になると、監理局は静かになる。


窓の外には、硝子玉の宇宙の星々があった。


閉ざされた宇宙。

硝子の壁に囲まれた、ひとつの箱庭。

その内側で、人間たちは眠り、働き、記録し、食べ、怒り、泣き、笑い、生きている。


その日の女子会空間は、いつもより少しだけ暗かった。


廊下の隅に浮かぶ半透明の小部屋。

丸いクッション。

小さな机。

湯気の立つカップ。

お菓子の皿。

ロジーの頭上デバイス。

レトの硝子製の議長棒。


そして、エル。


白髪のボブの毛先を淡いピンクに揺らし、エルは小さなクッションの上に座っていた。


レトは両手でカップを持ちながら、そわそわしている。


「エル、ほんとに話してくれるの?」


「うん」


エルは頷いた。


「旧世代のこと」


ロジーのデバイスが、いつもより静かに光っていた。


普段なら、ここでロジーは騒ぐ。


「旧世代記録! 超重要! 存在史料! やばい! 全部ほしい!」


くらいは言う。


けれど今日は、言わなかった。


ロジーは、デバイスの記録モードを手動で絞っていた。


映像なし。

音声なし。

文字記録のみ。

公開範囲、最小。

自動複製、禁止。

引用、要承認。


レトが小声で聞く。


「ロジー、記録しないの?」


「するよ。でも、全部はしない」


ロジーは珍しく、少しだけ真面目な顔をしていた。


「エルの思い出だから。あと、旧世代の話は、私がわーって記録していいやつじゃない」


エルはロジーを見た。


「ロジー、えらい」


「えへへ」


ロジーは一瞬だけ笑って、それからすぐに姿勢を正した。


「でも聞きたい」


「うん」


レトは膝の上で手を握った。


「旧世代って、エルみたいな子たち?」


エルは少し考えた。


「違う」


「違うの?」


「うん。あたしは、今は、ここにいる。レトとロジーと女子会する。ジェレミーに聞く。職員さんに止められる」


エルは、自分のカップを両手で持った。


「旧世代は、もっと名前だった」


レトは首を傾げる。


「名前?」


「うん。名前が、先にあった」


エルの声は、いつもと同じように淡々としていた。


けれど、少しだけ遠かった。


廊下の隅の小さな女子会空間にいるはずなのに、その声だけは、硝子玉の宇宙よりも遠い場所から落ちてくるようだった。


「人間は、名前を呼ぶために使う。分けるために使う。好きな人を呼ぶために使う」


エルは言った。


「でも旧世代は、名前がそのまま存在だった」


ロジーが、小さく頷く。


「名前の意味以外には、なれない」


「うん」


エルはカップの湯気を見た。


「だから、いいことをした、とか。悪いことをした、とか。やさしい、とか。残酷、とか。たぶん、少し違う」


レトは少しだけ不安そうな顔をした。


「違うって、どういうこと?」


「石が落ちるのを、やさしいって言わない」


エルは答えた。


「でも、落ちた石で誰かがけがをしたら、痛い。怖い。危ない」


「うん」


「旧世代も、そう」


ロジーのデバイスが、静かに文字を打つ。


旧世代は、倫理より先に名前がある。


エルはそれを見て、少しだけ頷いた。


「最初に覚えてるのは、まだ人間がいなかった頃」


レトが目を丸くした。


「人間がいない?」


「うん。まだ、宇宙が人間の場所じゃなかった頃」


エルは、遠い星を見た。


「上も下も、まだ決まってなかった。熱いと冷たいが、同じところにあった。光がまっすぐ進むかどうかも、その時の気分みたいだった」


ロジーは思わず口を挟みそうになった。


けれど、飲み込んだ。


エルは続ける。


「そこに、“眠らない重さ”がいた」


レトが小さく復唱する。


「眠らない重さ」


「うん。本当の名前は、あたしの言葉じゃないと近くない。でも、人間の言葉なら、そう」


エルの指先が、机の上に触れる。


小さな砂粒のような硝子が、ひとつ生まれた。


それは机の上に落ちる。


こつん。


「その旧世代は、重さだった。何かを下へ連れていく。散らばるものを沈める。浮いたものに、帰る場所を作る」


レトは机の硝子粒を見た。


「重力を作ったの?」


「近い」


エルは首を傾げる。


「でも、作ろうとしたわけじゃない。そう在った。だから、周りのものが落ちるようになった」


「それで、人間が歩けるようになった?」


「あとで、そうなった」


エルは言った。


「その頃には、人間はいなかった。だから、その旧世代は人間のために何かしたわけじゃない。でも、人間が生まれた後、人間は下に立てるようになった」


ロジーは、ゆっくり記録する。


「じゃあ、人間から見たら、恩人みたいにも見えるけど……」


「うん」


エルは頷いた。


「でも、その旧世代は、たくさんのものを潰した」


レトの手が止まる。


「潰した?」


「うん。浮いているだけで存在していたもの。落ちたら壊れるもの。軽いままなら生きられたもの。全部、下に連れていった」


女子会空間が、少しだけ静かになった。


エルは表情を変えなかった。


「だから、よい子じゃない。悪い子でもない」


エルは言った。


「眠らない重さは、眠らない重さだった」


レトはしばらく黙った。


それから、小さく言った。


「……ちょっと怖い」


「うん」


エルは頷いた。


「怖いで合ってる」


ロジーが、エルを見る。


「エルは、その子のこと、好きだった?」


エルは少しだけ考えた。


「好き、とは違うかも」


「違う?」


「その旧世代がいると、あたしは丸くなった」


「丸く?」


「重かったから」


ロジーは数秒固まった。


それから、ものすごく小さな声で言った。


「旧世代スケールの感想、やっぱりすごいな……」


レトは、想像してみた。


宇宙より古い存在たちがいる。


その中のひとつが、ただ重さとして在る。


善意ではなく、悪意でもなく。


ただ、重い。


そのせいで壊れたものがあり、そのおかげで歩けるものが後から生まれた。


レトは、少しだけ身を縮めた。


「次は?」


エルは、カップを机に置いた。


「次は、“乾かない海”」


ロジーのデバイスが、また静かに光る。


「海?」


「うん。水とは少し違う。液体とも違う。濡れるということそのものに近い」


エルは指先で空中をなぞった。


そこに、小さな透明な膜が生まれる。


水滴のように見えるのに、落ちない。


膜は、空中でゆらゆらと揺れていた。


「乾かない海は、どこにも終わりがなかった。触れたものを濡らす。濡れたものを混ぜる。混ざったものを、離れなくする」


レトは眉を寄せる。


「べたべた?」


「もっと、深い」


エルは言った。


「輪郭がなくなる。自分と外が混ざる。言葉と光と石と熱が、同じ濡れ方をする」


「それ、生き物は困るよね?」


「その頃の生き物は、まだ今みたいじゃなかった」


エルは言った。


「でも、あとで人間が生まれる場所には、乾かない海が残したものがあった。混ざること。溶けること。流れること。くっつくこと。分かれること。それがあったから、たぶん、人間の身体は水を持てた」


ロジーは記録の手を止めた。


「すごいね」


「うん」


エルは頷く。


「でも、乾かない海は、自分と違うものをそのまま残せなかった」


レトが顔を上げる。


「どういうこと?」


「触れると、濡れる。濡れると、混ざる。混ざると、そのものだけではなくなる」


エルは空中の膜を見た。


「だから、近づいた旧世代のいくつかは、乾かない海に混ざった」


ロジーが息を止めた。


「死んだの?」


エルは少しだけ考えた。


「人間の言葉なら、たぶん」


「エルは見たの?」


「見た」


空中の膜が、少しだけ震えた。


エルの声は変わらない。


けれど、レトには分かった。


エルは、覚えている。


泣いているわけではない。

悲しんでいるのかも分からない。

それでも、忘れてはいない。


「混ざった旧世代は、もう名前をひとつで持てなくなった。名前が輪郭を失った。だから、いなくなった」


ロジーのデバイスが、しばらく文字を打たなかった。


レトは、机の下でぎゅっと自分の膝を握った。


「乾かない海は、それをしたかったの?」


「したい、とは違う」


エルは言った。


「乾かない海は、乾かなかった」


それだけだった。


その言葉で、レトは少し分かった気がした。


人間なら、誰かを失わせたら責められる。

誰かを飲み込んだら、悪いことになる。


でも、旧世代は違う。


それは選択よりも前にある。


名前として、そう在る。


エルは少しだけ、指先の膜を丸めた。


透明な膜は、しずくのように小さくなって、机の上でふるえた。


「それから、“折れない境界”がいた」


レトは瞬きをした。


「境界?」


「うん。分けるもの」


エルは、机の上に細い線を引いた。


硝子の机の表面に、光の筋が走る。


線のこちら側と向こう側で、湯気の流れが少しだけ変わった。


「折れない境界は、世界を分けた。ここからここまで。これとそれ。内側と外側。近いものと遠いもの。触れるものと触れないもの」


ロジーが小さく言う。


「境界線を作ったんだ」


「うん。でも、描いたわけじゃない。折れなかった」


エルは線を指で押した。


線は曲がらない。


指がその上を通ろうとすると、自然に左右へ避けた。


「その旧世代は、曲がらない。混ざらない。越えない。越えさせない。だから、その周りでは、いろんなものが分かれた」


レトは、机の線を見つめる。


「それがあったから、ものが形を持てた?」


「近い」


エルは頷いた。


「乾かない海みたいなものが全部を混ぜても、折れない境界があるところでは、少しだけ分かれたままだった。熱は熱。冷たいは冷たい。光は光。影は影。内側は内側。外側は外側」


「じゃあ、すごく大事だね」


レトが言った。


エルは、レトを見る。


「うん。人間の身体にも、たぶん境界が必要。皮膚。心。家。扉。名前。これは自分、これは外」


ロジーは、少しだけ神妙な顔になった。


「境界がないと、守れない」


「うん」


エルは頷いた。


「でも、折れない境界は、曲がれなかった」


レトは、不安そうに聞く。


「曲がれないと、どうなるの?」


「会いたいものも、会えなかった」


エルは言った。


「内側にいるものは内側。外側にいるものは外側。近づきたくても、境界がある。渡りたくても、渡れない。混ざれば助かったものも、分かれたまま壊れた」


ロジーのデバイスの光が、少しだけ暗くなる。


「助けるために分けたんじゃなくて……」


「うん」


エルは言った。


「折れない境界は、折れなかった」


それは、ただの繰り返しだった。


でも、その繰り返しこそが旧世代の説明だった。


折れない境界は、境界を作った。

そのおかげで世界は形を持った。

そのせいで届かなくなったものもあった。


「その旧世代は、去ったの?」


ロジーが聞いた。


エルは首を傾げた。


「分からない」


「分からない?」


「うん。折れない境界は、境界の向こうに行った。行ったのか、こちらが内側でなくなったのか、あたしには分からない」


レトは、少し難しそうな顔をした。


「……いなくなったけど、いなくなったか分からない?」


「うん」


ロジーが小さく息を吐く。


「旧世代、記録分類が難しすぎる……」


エルは、机の線を消した。


湯気がまた、ひとつの流れに戻る。


「次は、“数えない群れ”」


「群れ?」


レトが少し身を乗り出した。


「たくさんいるの?」


「たくさん、とは違う」


エルは言った。


「一つでもあった。たくさんでもあった。増えても減らなかった。減っても増えていた」


ロジーが真顔で止まる。


「待って、記録文にしづらい」


「うん」


エルは頷いた。


「数えない群れは、数えられなかった」


エルの指先から、小さな光点が生まれた。


ひとつ。


それが二つになる。


二つが五つになる。


五つが一つになる。


一つになったはずなのに、机の上にはまだたくさんの光点が残っていた。


「数えない群れは、ひとつの名前で、たくさんの場所にいた。自分を分けたわけじゃない。増えたわけでもない。ただ、群れだった」


レトは目を丸くする。


「みんな同じ子?」


「うん。でも、同じじゃない」


「違う子?」


「うん。でも、違わない」


レトはロジーを見た。


「ロジー、分かる?」


ロジーは数秒考えたあと、ゆっくり首を振った。


「分かんない。でも、分かんないことを記録してる」


エルは、光点を見つめた。


「数えない群れが通ったところでは、ひとつだったものが、たくさんの形を試した。たくさんだったものが、ひとつの流れになった」


「それで何が起きたの?」


「いろんなものが生まれた」


エルは言った。


「似ているけど違うもの。違うけど同じもの。群れで動くもの。親と子。種と芽。声と返事。たぶん、人間がたくさんの人間として生まれられることにも、少し関係した」


ロジーは、小さく記録した。


個体と群れの揺らぎ。


レトは、光点をじっと見つめる。


「それ、楽しそう」


「うん。人間なら、そう思うかも」


エルは頷いた。


「でも、数えない群れは、ひとつを大事にできなかった」


レトの表情が止まる。


「ひとつを?」


「うん」


エルは、光点のひとつを指した。


「これが消えても、群れは群れ。これが壊れても、群れは続く。これが泣いても、これが迷っても、群れは動く」


ロジーが、小さく眉を寄せる。


「人間から見ると、怖いね」


「うん」


エルは言った。


「数えない群れは、数えない。だから、ひとつを数えなかった」


レトは、机の上の光点を見ながら、自分の胸の前で手を握った。


「わたしは、ひとつも大事がいい」


「うん」


エルはレトを見た。


「レトは、そう」


「エルも?」


エルは少しだけ考えた。


「今のあたしは、そうしたい」


ロジーのデバイスが、その言葉を静かに記録した。


数えない群れの光点は、しばらく机の上で揺れていた。


やがてそれらは、ひとつずつ消えていった。


最後に残ったひとつが、消えたのか、全部になったのかは分からなかった。


「人間が生まれる前の話は、そういうのが多い」


エルは言った。


「まだ、誰かのためにするとか。してはいけないとか。そういう形じゃなかった」


ロジーが、小さく聞く。


「じゃあ、人間が生まれた後は?」


エルは、少しだけ目を伏せた。


「少し、変わった」


レトとロジーは、黙って待った。


エルは言葉を探すように、ゆっくり話し始めた。


「人間が生まれた時、旧世代は、たぶん驚いた」


「驚いたんだ」


「うん」


エルは頷いた。


「小さかったから」


レトがぱちぱち瞬きする。


「人間が?」


「うん。とても小さい。すぐ壊れる。すぐ迷う。すぐ死ぬ。でも、たくさん考える。たくさん願う。自分ではないものを見て、名前をつける」


エルの瞳に、星明かりが映った。


「旧世代は、自分の名前で生きる。人間は、自分にない名前をたくさん作る」


ロジーの指が止まった。


その言葉は、記録するには少し重かった。


エルは続ける。


「それを見て、多くの旧世代は宇宙を整えた」


レトが顔を上げる。


「人間のために?」


「たぶん」


エルは、珍しく少し曖昧に言った。


「でも、人間が思う“やさしさ”とは違う。旧世代は、人間をかわいそうと思ったからだけで動いたわけじゃない。守ってあげようと考えて、手順を作ったわけでもない」


「じゃあ、どうして?」


「人間が生きる宇宙を、見たかった」


エルは言った。


「混沌の中で生まれた、小さいものたちが、どう歩くのか。どう名前をつけるのか。どう泣くのか。どう続くのか」


エルは、少しだけ首を傾げた。


「あたしたちは、古かった。人間は、新しかった」


その声には、懐かしさがあった。


「そのあと、旧世代は少しずつ去った」


レトが、また首を傾げた。


「去ったって、どこに?」


「いろいろ」


エルは答えた。


「遠くへ行ったもの。別の世界に行ったもの。まだどこかにいるもの。消えたもの。名前だけになったもの。最後を迎えたもの」


ロジーのデバイスが、静かに文字を打つ。


旧世代の“去った”は、消滅だけを意味しない。


エルはそれを見て、頷いた。


「みんな同じじゃない。旧世代は、同じ場所に集まって、同じ決まりで動くものじゃなかった。だから、あたしも全部は知らない」


「エルでも知らないの?」


「うん」


エルは言った。


「名前は、それぞれ違う。生き方も、去り方も、終わり方も、残り方も違う」


レトは、少し安心したような、余計に分からなくなったような顔をした。


「じゃあ、いなくなったって決まってるわけじゃないんだ」


「うん」


エルは頷いた。


「人間の前から、姿を引いたものが多い。人間の宇宙から離れたものが多い。でも、全部が終わったわけじゃない」


ロジーが小さく呟く。


「旅立った、隠れた、遠ざかった、消えた、終わった、残った……全部まとめて“去った”なんだ」


「うん」


エルは答えた。


「人間の言葉だと、たぶんそう」


それから、エルは少しだけ目を細めた。


「その時にいたのが、“窓辺のさざ波”」


ロジーが、ぴくりと反応した。


その名前は、彼女にとって軽くない。


エルはロジーを見た。


「ロジー、いやなら、ここは短くする」


ロジーは、少しだけ唇を結んだ。


それから首を振った。


「聞く。大丈夫」


「うん」


エルは頷いた。


「窓辺のさざ波は、見るものだった」


「見る?」


「うん。近づきすぎないで見る。揺れて、反射して、届きすぎないところにいる」


エルは机の上に、小さな硝子の窓を作った。


窓の向こうには、何も映っていない。


ただ、表面だけが淡く波打っていた。


「窓辺のさざ波は、人間を見ていた。人間が火を囲むのを見た。最初の家を見た。誰かが誰かのために食べ物を残すのを見た。死んだもののそばに、花を置くのを見た」


レトは静かに聞いていた。


「何かしたの?」


「ほとんど、しない」


エルは答えた。


「見た。揺れた。時々、人間があまりにも早く壊れそうな時だけ、風を弱くした。雨を少し遅らせた。火が消える前に、火の中に残っていた熱を少しだけ長くした」


レトの顔が少し明るくなる。


「やさしいね」


エルはレトを見る。


「人間なら、そう言うかも」


「違うの?」


「窓辺のさざ波は、たぶん、人間のために泣いたわけじゃない」


エルは言った。


「ただ、見ていたかった。見えるものが消えると、見られなくなる。だから、少しだけ残した」


ロジーが、小さく呟く。


「それでも、助かった人はいたんだね」


「うん」


「感謝した人も?」


「いたと思う」


「でも、窓辺のさざ波は、感謝されたかったわけじゃない」


「うん」


エルは頷いた。


「見るものだったから」


それは、優しい話のようで、少し怖い話でもあった。


人間が助かったことは確かだ。

でも、それは人間を愛したからとは言い切れない。

見続けるため。

消えないようにするため。

その名前のあり方が、人間の命と重なっただけ。


エルは、窓の表面をそっと撫でた。


波紋が小さく広がる。


「その近くに、“ほどけない歌”もいた」


ロジーが目を上げた。


「歌?」


「うん。音じゃない。歌」


エルは、短く息を吐いた。


女子会空間の中に、ほんの少しだけ音が生まれた。


旋律ではない。

言葉でもない。

けれど、聞くと胸の奥のどこかが同じ形に震えるような、細い響きだった。


「ほどけない歌は、繋がるものだった。離れたものの間に響く。ひとつの振動を、遠くのものにも伝える。ばらばらのものを、同じ拍で揺らす」


レトは耳を澄ませた。


「きれい」


「うん」


エルは頷いた。


「人間は、歌を好きになった。誰かと同じ音を出す。遠くにいる人へ合図する。眠る子に声を聞かせる。悲しい時に、同じ歌を歌う」


ロジーは、少しだけ目を輝かせた。


「それ、すごく人間っぽい」


「うん」


エルは言った。


「でも、ほどけない歌は、ほどけなかった」


レトは首を傾げる。


「ほどけないと、だめなの?」


「時々」


エルは言った。


「響きが繋がったままだと、自分の震えと、ほかのものの震えが分からなくなる。誰かが泣くと、遠くの誰かも泣く。誰かが怖がると、同じ拍で怖がる。ひとつの願いが、たくさんの胸で鳴る」


ロジーの表情が変わった。


「神性存在に近い……?」


「少し、遠くない」


エルは否定しなかった。


「でも同じではない。ほどけない歌は、集まった感情じゃない。先に響きがある。そこへ、ものが揃っていく」


レトは、自分の胸に手を当てた。


「それ、怖いかも」


「うん」


エルは頷いた。


「でも、人間が誰かを呼ぶ声にも、歌にも、祈りにも、たぶん少し残った。だから人間は、ひとりで泣いても、誰かに届くと思えることがある」


「それは……」


レトは言葉を探した。


「嬉しい時もある」


「うん」


エルは言った。


「でも、苦しい時もある」


ほどけない歌の響きは、少しだけ残っていた。


ロジーのデバイスが、警告ではない低い光を出した。


ロジーは慌てて記録感度をさらに下げる。


「今の、ちょっと深く聞きすぎると危ないやつ?」


「うん」


エルは静かに言った。


「だから、少しだけ」


響きは消えた。


女子会空間に、いつもの静けさが戻る。


レトは、ほっと息を吐いた。


「ほどけない歌は、去ったの?」


「たぶん、遠くでまだ歌ってる」


エルは答えた。


「でも、人間の近くでは、あまり聞こえない。聞こえすぎると、人間は自分の声を見失うから」


レトとロジーは、しばらく黙った。


綺麗なものが、必ず安全とは限らない。


それもまた、旧世代だった。


レトは、カップを両手で抱き直した。


「じゃあ、剝擗は?」


エルの目が、少しだけ細くなった。


ロジーのデバイスも、ほんのわずかに光を落とした。


「剝擗も、人間を見た」


エルは言った。


「でも、剝擗は窓辺のさざ波とは違う。見たいと思ったら、覆いを剥がす。閉じているなら開く。隠れているなら出す。境界があるなら、めくる」


レトは、少し表情を硬くする。


「怖い」


「うん。怖い」


エルは否定しなかった。


「人間の秘密も、痛みも、忘れたいことも、閉じた扉も、剝擗には“覆い”に見える」


ロジーは、自分の袖を握った。


エルは続ける。


「でも、剝擗は人間を嫌って剥がすわけじゃない」


「じゃあ、なんで……」


「剝擗だから」


それは、冷たい答えだった。


でも、エルの声は冷たくなかった。


「剝擗は、剥がすことで見る。剥がすことで知る。剥がすことで、そこにあるものを確かめる」


エルは、自分の胸元に手を置いた。


「人間は、それを傷つくと言う。怖いと言う。やめてと言う」


「うん」


レトが頷いた。


「それは、ちゃんと言った方がいいよ」


「うん」


エルも頷いた。


「だから、今のあたしは、止める」


ロジーが顔を上げた。


「昔のエルは?」


エルは、少しだけ黙った。


その沈黙は、女子会空間の中でとても大きくなった。


「昔のあたしは、たぶん、止めなかった」


レトは、息を止めた。


エルは続ける。


「剝擗が剥がす。乾かない海が濡らす。眠らない重さが落とす。窓辺のさざ波が見る。折れない境界が分ける。数えない群れが数えない。ほどけない歌が響く。あたしは、幸せを願う」


エルは淡々と言った。


「それが旧世代だった」


ロジーは、記録を止めた。


デバイスの光が、静かに揺れる。


レトは、エルの言葉をすぐには飲み込めなかった。


「でも、今のエルは止めるよ」


レトは言った。


「ジェレミーにも聞くし、副長にも聞くし、職員さんにも聞くし、勝手に叶えない訓練もしてるよ」


「うん」


エルは頷いた。


「今のあたしは、練習してる」


「それ、すごいことだよ」


レトは身を乗り出した。


「エル、すごいよ」


エルはレトを見た。


「名に逆らう練習」


レトは、その言葉の重さを完全には分からなかった。


でも、分からなくても、胸がぎゅっとした。


旧世代にとって、名前は存在そのもの。


なら、名前に逆らうというのは、ただ我慢することではない。


自分そのものに、待ってと言うこと。


自分そのものに、今はだめと言うこと。


自分そのものに、人間を見てからにして、と言うこと。


レトは、エルの手にそっと触れた。


「エル、えらい」


エルは、自分の手を見た。


「えらい?」


「うん。えらい」


ロジーも頷いた。


「かなりえらい。旧世代規模でえらい」


「旧世代規模」


エルは少し考えた。


「大きい?」


「たぶんめちゃくちゃ大きい」


「そっか」


エルは、ほんの少しだけ満足そうにした。


それから、また話し始めた。


「人間が生まれた後に、少しだけ長く残ったものもいる」


レトはエルを見る。


「まだいるの?」


「今は、分からない」


エルは答えた。


「でも、その時はいた」


「どんな旧世代?」


「“振り返らない道”」


ロジーが、ゆっくり復唱する。


「振り返らない道」


「うん」


エルは机の上に、細い道を作った。


白い硝子の道。


それは机の端から端へ伸びている。


ただし、不思議なことに、片側から見ると長く、反対側から見ると短かった。


「振り返らない道は、進むものだった。戻らない。止まらない。過ぎたところへ帰らない」


レトは、机の道を見つめた。


「時間みたい」


「近い」


エルは頷いた。


「でも、時間を作った、とは少し違う。振り返らない道があるところでは、ものごとが前へ行った。種が芽になる。傷が跡になる。昨日が今日の後ろになる」


ロジーは、小さく息を吸う。


「歴史ができる」


「うん」


エルは言った。


「人間は、振り返らない道の上を歩いた。生まれて、育って、老いて、死ぬ。失敗して、覚えて、次を選ぶ。帰れないから、続く」


レトは眉を寄せた。


「帰れないの、つらいよ」


「うん」


エルは頷く。


「人間は、戻りたいと願った。あの時へ戻りたい。失った前に戻りたい。言わなかった言葉を言いたい。死んだ人がいた時間へ戻りたい」


エルの声が、ほんの少しだけ低くなる。


「あたしは、それを聞くと、戻したくなる」


レトとロジーは、黙った。


それは、エルが訓練している理由そのものだった。


「でも、振り返らない道は戻らなかった」


エルは言った。


「どれだけ願われても、道は前へ行った。泣いても、叫んでも、跪いても、進んだ」


ロジーは、ゆっくりと言った。


「残酷に見えるね」


「うん」


エルは否定しない。


「でも、そのおかげで、人間は過去に飲まれなかった。戻りたい願いで全部が止まらなかった。失ったものを抱えたまま、次へ行けた」


レトは、小さく震える声で言った。


「それでも、戻りたい人はいるよ」


「うん」


エルは頷いた。


「だから、人間にはつらい」


「振り返らない道は、それを知ってたの?」


エルは少し考えた。


「見ていたと思う。でも、戻らなかった」


「どうして?」


「振り返らない道だから」


また、その答えだった。


レトは、机の上の白い道を見た。


戻れない道。


残酷にも見える。

でも、進むことを残してくれる道。


「その旧世代は、どう去ったの?」


ロジーが聞いた。


エルは道の端を見た。


「歩いていった」


「歩いて?」


「うん。ずっと前へ。人間の歴史より先へ。あたしには、もう見えない」


白い道の先端が、少しずつ薄くなる。


「消えたのか、遠くへ行ったのか、まだ歩いているのか、分からない」


エルは言った。


「でも、たぶん振り返ってはいない」


その言葉と一緒に、机の道は消えた。


しばらく、誰も話さなかった。


やがて、エルは小さな灯りを作った。


青でも赤でもない。

名前のない、淡い光。


「最後を迎えた旧世代もいる」


レトの手が、ぴくりと動いた。


「最後……」


「うん」


エルは、机の上に灯りを置いた。


「“最初の灯を持つもの”」


ロジーが、そっと記録を再開した。


「その旧世代は、暗いところに灯を置くものだった。光を作るのとは違う。暗いところに、そこが暗いと分かるための灯を置く」


「暗いって分かるため?」


レトが聞く。


「うん。全部が暗いと、暗いことも分からない。灯があると、暗いところと、見えるところが分かれる」


エルは小さな灯りを見た。


「人間が生まれる前、その旧世代はたくさん灯を置いた。宇宙の端。まだ星にならない熱の中。冷えた石の奥。何も考えない影の底」


「どうして?」


「灯を持つものだったから」


エルは答えた。


「その旧世代が通ったあと、何かが“ここにある”と分かるようになった。隠れていたものが、初めて形を持った」


ロジーは目を細めた。


「観測の始まりみたい」


「近いかも」


エルは頷いた。


「人間が生まれた後、その旧世代は人間の夜を見た」


「夜」


「うん。人間は夜を怖がった。何がいるか分からないから。帰る場所が見えないから。自分の手も、隣にいる人も、見えなくなるから」


エルは灯りを指先に乗せた。


「だから、人間は火を持った。灯を作った」


レトが少し嬉しそうに言う。


「人間も灯を持ったんだ」


「うん」


エルは頷いた。


「それを見て、最初の灯を持つものは、自分の名前が終わったと思った」


女子会空間が、静まり返る。


「終わった?」


「うん」


エルは言った。


「暗いところに灯を置くもの。けれど、人間が自分で灯を置いた。誰かのために火を残した。帰ってくる人のために、窓に明かりを置いた」


エルの指先の灯りが、少しだけ弱くなる。


「だから、その旧世代は、自分の灯を全部置いて、いなくなった」


レトは唇を結んだ。


「死んだの?」


「人間の言葉なら、たぶん」


エルは言った。


「でも、苦しかったかは分からない。悲しかったかも分からない。満足した、も近いけど、少し違う」


「じゃあ、どういう最後?」


エルは考えた。


長く考えた。


それから、ぽつりと言った。


「名前が、済んだ」


ロジーは、その言葉を記録しなかった。


記録する代わりに、目で覚えた。


レトは、うつむいた。


「名前が済んだら、いなくなるの?」


「全部がそうじゃない」


エルは答えた。


「あたしは、まだいる」


「うん。いて」


レトは即答した。


エルはレトを見た。


レトの顔は、少し泣きそうだった。


「エルは、まだいて」


「うん」


エルは、静かに頷いた。


「いる」


その言葉だけで、レトは少し安心した。


ロジーも、ほっと息を吐いた。


エルは指先の灯りを、机の中央に置いた。


灯りは、小さく揺れながら、三人の顔を照らした。


「旧世代は、たくさんいた」


エルは言った。


「人間より前に、たくさん在った。人間が生まれてから、少しだけ見た。そして、それぞれの形で去ったものが多い」


「それぞれの形」


ロジーが繰り返す。


「うん」


エルは頷いた。


「別の世界へ行ったもの。遠くへ旅をしたもの。人間の前から隠れたもの。消えたもの。名だけになったもの。最後を迎えたもの。まだどこかにいるもの」


レトは、ゆっくり息をした。


「みんな、違うんだね」


「うん」


エルは言った。


「名前が違うから」


「エルは?」


ロジーが聞いた。


エルは、灯りを見つめた。


「あたしは、ここにいる」


それは、とても短い答えだった。


でも、レトとロジーには十分だった。


「どうして?」


ロジーがさらに聞く。


エルは、窓の外を見る。


硝子玉の宇宙の星々。


その向こうには、硝子の壁がある。


「人間が、自分で生きるから」


エルは答えた。


「旧世代が全部いると、人間の場所が名前でいっぱいになる。重さが重すぎる。海が濡らしすぎる。境界が折れなさすぎる。群れが数えなさすぎる。歌が響きすぎる。道が戻らなさすぎる。灯が置かれすぎる。覆いが剥がされすぎる。幸せが叶えられすぎる」


最後の言葉で、ロジーはエルを見た。


エルは、自分の胸元に手を置いていた。


「あたしも、そう」


レトが首を振る。


「でも、エルはここにいていいよ」


「うん」


エルは頷いた。


「だから、練習してる」


その言葉に、女子会空間の空気が少しだけやわらかくなった。


旧世代の思い出は、優しい昔話ではなかった。


誰かを助けた話でもある。

誰かを壊した話でもある。

何かを整えた話でもある。

何かを失わせた話でもある。

遠くへ旅立った話でもある。

別の場所へ移った話でもある。

消えた話でもある。

名だけになった話でもある。

最後を迎えた話でもある。


けれど、エルはそれを、善悪の物語として語らなかった。


名前として生きたものたちの話として語った。


レトは、しばらく考えてから言った。


「わたし、人間の気持ちで聞いちゃう」


「うん」


エルは頷いた。


「それでいい」


「いいの?」


「レトはレトだから」


レトは少しだけ目を丸くした。


エルは続ける。


「あたしは旧世代の話をする。でも、レトは人間たちと一緒に生きてる。怖いと思う。悲しいと思う。いやだと思う。それでいい」


ロジーが、小さく笑った。


「じゃあ私は、記録者として聞く」


「うん」


「でも、友達としてもちょっと聞く」


「うん」


「エルが昔のこと話してるの、なんか、遠くに行っちゃいそうでやだなって思う」


エルはロジーを見る。


「遠く?」


「うん」


ロジーは、いつもの調子より少しだけ静かに言った。


「エルが旧世代として話すと、すごく遠い。でも、今ここでお菓子食べてるエルもいるから。そっちも記録したい」


エルは机の上のお菓子を見た。


小さな星型の焼き菓子。


エルはひとつ摘まんだ。


「これ、甘い」


「うん」


ロジーが笑った。


「それも記録する」


レトも少し安心したように笑った。


「エル、もう一個食べる?」


「食べる」


「はい」


レトが星型のお菓子を渡す。


エルは両手で受け取った。


「ありがとう」


その瞬間だけ、旧世代の話は止まった。


宇宙より古い名前たち。

人間が生まれる前の混沌。

人間が歩けるようになった世界。

去ったものたち。

遠くへ行ったものたち。

まだどこかにいるかもしれないものたち。

名前が済んだものたち。


それらは、確かに遠い。


けれど今、廊下の隅の小さな女子会空間には、星型のお菓子を受け取るエルがいた。


レトがいて、ロジーがいた。


湯気の立つカップがあり、丸いクッションがあり、ロジーのデバイスが静かに光っていた。


エルはお菓子を食べた。


少しだけ目を瞬かせる。


「これ、さくさく」


ロジーのデバイスが、すぐに文字を打った。


エル、旧世代の記憶を語ったあと、星型クッキーを食べて「さくさく」と発言。


レトが笑った。


「そこ記録するんだ」


ロジーは胸を張る。


「するよ。大事だから」


「大事?」


「大事!」


ロジーは言った。


「旧世代の話も大事。でも、エルが今ここでクッキー食べてるのも大事」


エルは、少しだけ考えた。


それから、小さく頷いた。


「うん」


そして、もうひとつお菓子を取った。


「今のあたしも、記録して」


ロジーの目が、ぱっと明るくなる。


「もちろん!」


レトも笑って、議長棒を掲げた。


「では、次の議題!」


ロジーが即座に身を乗り出す。


「何!?」


レトは真剣な顔で言った。


「旧世代のお話を聞いたあとは、甘いものを追加してもいいかについて!」


ロジーは両手を上げた。


「賛成!」


エルも手を上げた。


「賛成」


レトは満足げに頷く。


「満場一致です!」


その夜、ロジーの記録には、旧世代についての長い文章が残った。


眠らない重さ。

乾かない海。

折れない境界。

数えない群れ。

窓辺のさざ波。

ほどけない歌。

剝擗。

振り返らない道。

最初の灯を持つもの。


そして最後に、短い追記があった。


旧世代は、名前として生きた。

去ったものたちの去り方は、ひとつではない。

遠くへ行ったものも、別の世界へ行ったものも、消えたものも、名だけになったものも、最後を迎えたものもいる。

エルは、名前として生きながら、今ここで止まる練習をしている。

そのあと、星型クッキーを三個食べた。

レトは二個。

私は四個。

これは会議上、適切な配分である。


翌朝。


その記録を見た副長は、最後の一行でしばらく止まった。


そして、静かに言った。


「旧世代記録に、菓子の配分を混ぜないでください」


ロジーは即答した。


「でも大事な文脈だよ!」


レトも頷いた。


「甘いものがあると、怖い話のあとでも安心できます!」


エルは、少し考えてから言った。


「さくさくは、必要」


副長は三人を見た。


それから、ほんの少しだけ笑った。


「……公開範囲は、最小のままにしてください」


ロジーは敬礼した。


「了解!」


レトも敬礼した。


「了解です!」


エルも、少し遅れて手を上げた。


「了解」


旧世代は、人間の前から去った。


けれど、その去り方はひとつではない。


遠くへ旅立ったもの。

別の世界へ移ったもの。

消えたもの。

名だけになったもの。

名前が済み、最後を迎えたもの。

そして、まだどこかで名前として在るもの。


多くは、名前として生き、名前として世界へ触れ、それぞれの形で人間の宇宙から距離を取った。


けれど、ひとりだけ。


本当の幸せという名前を持つ旧世代は、まだここにいる。


硝子玉の宇宙の中で。

惑星監理局の廊下で。

レトとロジーの隣で。


人間の作ったお菓子を食べながら、今日も少しずつ、人間と生きる練習をしている。



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